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三話

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 管理棟の一階外れにコの字型の小部屋がある。飲料と菓子パンの自販機が置かれていた。七海はベンチに腰かけて、紙パックのイチゴオレを飲んでいた。
「松本、そのイチゴ色、虫から抽出するらしいよ」
 七海はパックの表示に目を向けた。「コチニール色素か。中南米のカイガラムシが原料だね。練り物や化粧品にも使われている。折原くんは抵抗あるの?」
「いやない。小春はダメだと言ってたけれど」
「ああ、寺西さんは苦手そうだ」
 ベンチの隣をポンポン叩き、七海に着座を促される。コーヒーを買ってから、僕はそれに従った。
 金属バットがボールを弾く音がする。窓からのぞいた校庭で、野球部が練習していた。この夏は、県予選で四回戦まで勝ち上がり「県立の伝統校、二十年ぶり十六強」と新聞の地方版に見出しが躍った。
 
「折原くんを好きなんだ」
 外に視線を向けたまま、七海は言った。黄昏時の低い西日に照らされて、白い頬が茜色に染まっている。
「理由も説明すべきだろうか?」
「いいよ。たぶん僕は腑に落ちない。慣れていないし、照れ臭い」
 ふと両親を思い浮かべた。あの人たちにも結婚前、こういう会話があったのだろうか。想いはどこですれ違い、憎みながらも依存しあう、いびつな夫婦になったのだろう。
「すぐに答えは求めてないんだ。ただ、フェアじゃないと感じたから、伝えようと思っただけ」
「フェア?」
 七海は黙って立ち上がり、ごみ箱にパックを捨てた。細い顎を天に向け、両手を伸ばす。うーんと唸り、腰の辺りでそのまま後ろに組み直した。
「こういう気持ちを隠したまま、折原くんと接しているのはフェアじゃない」
「そうなのか?」
「そうでしょう。自分を好きなどこかの異性が、それを隠してどんどん間合いを詰めてくる。気づかぬ側は無防備だ。すぐそばまで入り込まれ、急に技を繰り出されたら、達人だって受け身が取れない」
「一理あるね」
「話はそれだけ。私は確かに想いを伝えた。この先の距離感のイニシアチブは折原くんの側にある。困りそうなら、受け身が可能な間合いを取ってね。――じゃまた明日」
 七海が背負ったリュックには、ぬいぐるみもアクセサリーもついてない。シンプルで飾りがなく、まるで剥き身の七海みたいだ。
 廊下の手前で立ち止まり、「ああそうだ」と七海が振り向く。「とっくに気づいているだろうけど、寺西さんも、折原くんを好きだと思うよ」
「そうだね」
「折原くんはどうなんだ?」
「好意は持ってる」
「私のことは?」
「好意は持ってる」
 七海は顔色一つ変えず、「モテる男は大変だな」と言い残し、自販機部屋を出て行った。


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 管理棟の一階外れにコの字型の小部屋がある。飲料と菓子パンの自販機が置かれていた。七海はベンチに腰かけて、紙パックのイチゴオレを飲んでいた。
「松本、そのイチゴ色、虫から抽出するらしいよ」
 七海はパックの表示に目を向けた。「コチニール色素か。中南米のカイガラムシが原料だね。練り物や化粧品にも使われている。折原くんは抵抗あるの?」
「いやない。小春はダメだと言ってたけれど」
「ああ、寺西さんは苦手そうだ」
 ベンチの隣をポンポン叩き、七海に着座を促される。コーヒーを買ってから、僕はそれに従った。
 金属バットがボールを弾く音がする。窓からのぞいた校庭で、野球部が練習していた。この夏は、県予選で四回戦まで勝ち上がり「県立の伝統校、二十年ぶり十六強」と新聞の地方版に見出しが躍った。
「折原くんを好きなんだ」
 外に視線を向けたまま、七海は言った。黄昏時の低い西日に照らされて、白い頬が茜色に染まっている。
「理由も説明すべきだろうか?」
「いいよ。たぶん僕は腑に落ちない。慣れていないし、照れ臭い」
 ふと両親を思い浮かべた。あの人たちにも結婚前、こういう会話があったのだろうか。想いはどこですれ違い、憎みながらも依存しあう、いびつな夫婦になったのだろう。
「すぐに答えは求めてないんだ。ただ、フェアじゃないと感じたから、伝えようと思っただけ」
「フェア?」
 七海は黙って立ち上がり、ごみ箱にパックを捨てた。細い顎を天に向け、両手を伸ばす。うーんと唸り、腰の辺りでそのまま後ろに組み直した。
「こういう気持ちを隠したまま、折原くんと接しているのはフェアじゃない」
「そうなのか?」
「そうでしょう。自分を好きなどこかの異性が、それを隠してどんどん間合いを詰めてくる。気づかぬ側は無防備だ。すぐそばまで入り込まれ、急に技を繰り出されたら、達人だって受け身が取れない」
「一理あるね」
「話はそれだけ。私は確かに想いを伝えた。この先の距離感のイニシアチブは折原くんの側にある。困りそうなら、受け身が可能な間合いを取ってね。――じゃまた明日」
 七海が背負ったリュックには、ぬいぐるみもアクセサリーもついてない。シンプルで飾りがなく、まるで剥き身の七海みたいだ。
 廊下の手前で立ち止まり、「ああそうだ」と七海が振り向く。「とっくに気づいているだろうけど、寺西さんも、折原くんを好きだと思うよ」
「そうだね」
「折原くんはどうなんだ?」
「好意は持ってる」
「私のことは?」
「好意は持ってる」
 七海は顔色一つ変えず、「モテる男は大変だな」と言い残し、自販機部屋を出て行った。