月の綺麗な夜だった。
青鬼は『エルフの大森林』に身を潜めていた。
大峡谷の『扉』からすぐ近く。
鬼たちはこの『扉』から敵が攻めてくる可能性を警戒していた。
サンデル領から南下した位置にあるこの『扉』は『エルフの大森林』のど真ん中にあると言って良い。加えて、新国側の拠点に近かった。
今までの傾向から、相手が打って出ることは想定している。
その予測は正確だった。実際、ナタリー達は奇襲を狙っている。
もっとも、奇襲場所が違うのだが。
青鬼の考えは白鬼の居場所が知られていないという大前提がある。
だからこそ、青鬼はこの森の中で物音一つ立てずにいる。
ふと、大峡谷から吹く風が青鬼の横を抜けていった。
雲が流されたのか、月の光が青鬼に差し込んだ。
無意識に青鬼が夜空を見上げる。
満月か、と青鬼が内心で呟いた。
明るいわけだ、と納得する。
「なぁ、王女を殺してどうするんだ?」
「…………」
不意に聞こえてきた声があった。
青鬼は意図的に無視をして、黙り込む。
声は自分の足元から聞こえてきた。
そう、まるで自分の影が喋っているようだ。
「まさか本気で鬼が……失敗作がヒトに成り替わろうってか?」
「…………」
影はさらに続けた。
鬼の目的をけらけらと笑う。
その耳障りな声を青鬼は無視し続けた。
だが、それを気にした様子もなく、影も続ける。
「バカバカしいな。それに失敗したからこの有様なんだろ?」
「…………」
影が言う。
お前たちはすでに負けたんだと。
その声は、随分と昔に刃を交えた相手のものだ。
思えば――あの時も満月だったか。
「上手くいかなかったから、やり直そうと俺を喚んだ。
それも失敗したから、今度は俺を取り込んだ……随分と他力本願じゃないか」
「…………」
影は追求をやめない。
次々と青鬼を責め立てる。
「そうして機会を手に入れて、失敗作をやめたい……?
ははは! ここまで他人任せにしておいて、そんなことが出来るのか?」
「…………」
影は止まらない。
まるで青鬼自身の不安を煽るように、どこまでも続いていく。
「無理だろうな。どうせまた、失敗して俺を喚ぶんだろうよ。
そもそも、実力が足りなかったから、お前たちはルールを破ろうとしている」
「…………」
影の追求に青鬼は答えない。
軽く目を閉じて、青鬼は影の言葉を聞き流す。
「ならば、失敗を認めるか、失敗し続けるか、ということになる。
なかなかに面白いな……まさに失敗作だ。自己矛盾も含めてな」
「…………」
影はまるで呪いのような言葉を吐く。青鬼は答えない。
夜が明けて、綺麗な満月が消えるまで声は続いた。
青鬼は答えない。