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第四部 78話 いじわる

ー/ー



 村の近くの『扉』までは急いで二日ほどかかる。
 そこからさらに『ドワーフの大空洞』を通って二日ほど。

 ナタリーの見立てでは王国と新国がぶつかるのが二日後くらい。
 それから何度か衝突と撤退を繰り返すとのこと。簡単に王都まで辿り着けるとは考えにくい。

「最終的に王都近くで睨み合うことになるのは三日後くらいかな」
 馬車の中でナタリーがへらっと笑う。

「その頃にあたしたちがいないと伝わるでしょうね。
 ……うん、追いつかれる心配はないと言って良いかな」
 さらにへらへらと続ける。

 その様子は、まるで子供の頃に俺やブラウン団長に悪戯をしていた時のままだった。きっと、ナタリーにとっては同じことなのだ。

「ま、それでも時間との勝負なのは変わらない。出来るだけ急ぐよ。
『扉』から少し離れた場所に馬車を停めたら、直接向かおう」

 後ろからは騎士団の一番隊隊長『クロード・ベルク』が付いてきている。数千ほどの兵を連れているらしい。

 俺たちが奇襲を仕掛けた後、そのままなだれ込む計算だ。
 人数が足りるのか、訊くと「さあ」なんて答えが返ってくる。

「そもそも、メインはあたしたちだからねぇ。
 白鬼の居場所まで突撃して『ゼノ・イリオス』が討てれば良いよ」

 なるほど。
 敵が多くても少なくても、奇襲を掛けるだけだと。

「どちらかと言えば、あたしたちが逃げるための兵だよ。
 戦力分散と『扉』の確保。これだけで十分」

 さらにナタリーは続ける。

「でも、個人的な見解を言わせてもらえば……。
 わざわざ姿を隠しているんだから、常駐している兵力は少ないでしょ」

 ……そりゃそうだ。
 王都に戦力を集中するために隠れているはずだった。



 予定通りに馬車は進み、俺たちは『扉』の近くまで来ていた。
 アッシュとナタリーの故郷に近いため、森の風景もどこか見慣れたものだ。

 今日は森の中で野営をして、明日の朝にそのまま馬車を置いて『扉』まで向かうことになった。

 その日は森の中というのもあり、珍しく騒がしくない夜だった。
 俺は一人で夜の見張りをしていた。近くには馬車とテントがある。

「…………」

 俺は火を絶やさないようにしながら、本を読んでいた。
 しかし、どうにも集中ができない。

 これから、青鬼と戦うことになる。
 緊張がないと言えば、嘘になってしまう。

「……兄さん、見張りですか?」
「? まだ起きてたのか。明日からは大変だから休んでおけよ」

 声が掛けられる。近くの木の影からティアナがひょこっと顔を出した。
 その仕草はいかにもティアナらしい。俺は読んでいた本を閉じる。

「良いじゃないですか。
 たまには私だって夜更かしくらいしますよっ」

 ティアナは憮然とした様子で俺の隣に腰かける。
 近くで丸まって寝ているエルを軽く撫でた。

「ははは! それは悪かった。
 でも、これくらいじゃ夜更かしとは言わないなぁ?」
 
 ナタリーやアリスと比べれば可愛いものである。
 あいつらは徹夜で騒いだ挙句、翌日の夕方まで寝てるような奴らだ。

 俺の言い草に小さく唸った後、ティアナは俺の肩を殴り始めた。
 小さく「ふんっ」「ふんっ」なんて言うが、ダメージなんてありはしない。

「静かに。起きちゃうだろ」
「あ」

 俺が窘めるように囁く。
 すると、ティアナは皆の方をちらりと見て口に手を当てた。

 もっとも、この程度で聞こえるはずもないのだが。
 少しの間、俺とティアナは見つめ合う……もう無理だ。

「く……」
「……!? このッこのッ」

 しかし、俺が思わず吹き出すと、ティアナも遊ばれたことに気づいたようだ。
 そもそもこの程度で冒険者が眠れないはずはない。俺の肩を再び殴り始めた。

「痛い痛い。あー、でも……もうちょっと左の方が良いかも?」
「? 左? こっちですか?」

 俺の言う通り、ティアナは殴る位置を少し変える。
 両手でぽかぽかと叩く。それを受けて、俺はうんうんと頷いた。

「そうそう、そこそこ……ちょうど凝っていてなぁ」
「そうなんですかー……? って、肩叩きじゃないですよっ!」

 ティアナはもう一度遊ばれて、今度は俺の頭を叩いた。
 怒り心頭と言った様子でそっぽを向いてしまう。

「……何か用か?」
「……いじわるですね」

 話したいことがあって来たのだろう、と当たりを付けていた俺が訊くと、ティアナはじろっと恨みがましい目を向けてきた。

 しかし、俺が今度は黙って待つと、ティアナは小さく溜息を吐いた。
 それから、ゆっくりと口を開く。俺は相槌を打つ。

「私はずっと考えていたんですよ」
「へえ、何を?」
「どうして兄さんは貴方に体を貸しているんだろうって」
「……なるほど」
「せっかく王立学院へ入学したのに、知力を全て捨てるような真似を……」
「す、全てじゃないぞ?」
「誤差ですよ」
「……俺の知力を無視できる程度として扱わないでくれ」
「ふふ……でも、貴方の強みはそこではないんでしょうね」
「認めないぞ、知力だって俺の武器だ。無視をするな、可哀想だろ」
「あ、それは確かに。正論ですね、ごめんなさい……可哀想に」
「おい、その言い方は違うんじゃないか……? 謝るなよぉ」
「兄さんは私を助けようとしたんですね」
「――!」

 不意にティアナは核心へと切り込んだ。
 それは俺も感じていたことだ。

 オリジナルの『キース・クロス』が自称『神様で良いや』と取引をしたとして、自身の体を貸し出す理由は一つしかないだろうと。

「詳しい経緯は分かりません。
 でも、私を助けるためには兄さんでは駄目だった」

「…………」

 それはきっと正しい。
 ティアナを守るためには俺が必要だったのだろう。

 おそらくティアナの運命は不安定だった。
 何せ、本来はすでに死んでいるはずの人物だ。

 本来の運命に従って死んでもおかしくない。『鍵』になってもおかしくない。
 ……きっと、本当に何が起こってもおかしくなかったんだ。

 でも、俺と兄さんは運命とは関係なく動ける。
 ティアナが死にそうになっても、俺はその運命を変えることもできるのだ。

「……ああ、そう思うよ」
「まったく……昔から相談もなしにこういう真似をするんですよ?」

 ティアナが親しみを込めて文句を言った。
 俺が思わず苦笑をすると、ティアナは真っ直ぐに俺を見た。

「でも――」
「……!」

 ぐい、とティアナが俺に顔を近づける。
 少しだけ大人びた顔を夜空が照らしていた。

「でも、一つ言えることがあります。
 兄さんは貴方が相手だから、今も体を貸している」

「? どうして?」

「あの兄さんが信頼できない人間に、自分と私を預けるはずがない。
 その点だけは――いくら賭けても良いですよ」

「…………」

 その言葉に、数秒だけ俺は黙り込んだ。
 どうにか我に返って、言葉を繋ぐ。

「俺の何が信頼できるんだよ」

 結局、俺は失敗ばかりだ。信頼に足るとは思えない。
 兄さんを止められず、アッシュとして死に、ソフィアを助けられなかった。

「結果は分からないけれど……。
 必ず――貴方は私を助けようとしてくれるでしょう?」

 ティアナが柔らかく微笑んだ。
 ……貴方は私の味方でしょう、と。

「これ以上の信頼は、ちょっと持ち合わせがないですね」
「そうかよ」

 俺が乱暴に返すと、ティアナは不意に体を引いて立ち上がった。
 そのまま背中を向けると、自分のテントへと歩いてゆく。

 途中、一度だけくるりと振り返る。
 楽しそうに後じさりながら、得意げに微笑う。

「……信頼しているんですから、少しは自信を持ってくださいね?」
「……くそ、いじわるはどっちだよ」

 ティアナは上機嫌にころころと笑って、もう一度くるりと半回転。
 スキップでもしそうな足取りで去っていった。

 あいつ、俺が緊張していると考えて、話をしに来やがった。
 生意気な……と思う反面、効果的だと認めざるを得なかった。



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 そこからさらに『ドワーフの大空洞』を通って二日ほど。
 ナタリーの見立てでは王国と新国がぶつかるのが二日後くらい。
 それから何度か衝突と撤退を繰り返すとのこと。簡単に王都まで辿り着けるとは考えにくい。
「最終的に王都近くで睨み合うことになるのは三日後くらいかな」
 馬車の中でナタリーがへらっと笑う。
「その頃にあたしたちがいないと伝わるでしょうね。
 ……うん、追いつかれる心配はないと言って良いかな」
 さらにへらへらと続ける。
 その様子は、まるで子供の頃に俺やブラウン団長に悪戯をしていた時のままだった。きっと、ナタリーにとっては同じことなのだ。
「ま、それでも時間との勝負なのは変わらない。出来るだけ急ぐよ。
『扉』から少し離れた場所に馬車を停めたら、直接向かおう」
 後ろからは騎士団の一番隊隊長『クロード・ベルク』が付いてきている。数千ほどの兵を連れているらしい。
 俺たちが奇襲を仕掛けた後、そのままなだれ込む計算だ。
 人数が足りるのか、訊くと「さあ」なんて答えが返ってくる。
「そもそも、メインはあたしたちだからねぇ。
 白鬼の居場所まで突撃して『ゼノ・イリオス』が討てれば良いよ」
 なるほど。
 敵が多くても少なくても、奇襲を掛けるだけだと。
「どちらかと言えば、あたしたちが逃げるための兵だよ。
 戦力分散と『扉』の確保。これだけで十分」
 さらにナタリーは続ける。
「でも、個人的な見解を言わせてもらえば……。
 わざわざ姿を隠しているんだから、常駐している兵力は少ないでしょ」
 ……そりゃそうだ。
 王都に戦力を集中するために隠れているはずだった。
 予定通りに馬車は進み、俺たちは『扉』の近くまで来ていた。
 アッシュとナタリーの故郷に近いため、森の風景もどこか見慣れたものだ。
 今日は森の中で野営をして、明日の朝にそのまま馬車を置いて『扉』まで向かうことになった。
 その日は森の中というのもあり、珍しく騒がしくない夜だった。
 俺は一人で夜の見張りをしていた。近くには馬車とテントがある。
「…………」
 俺は火を絶やさないようにしながら、本を読んでいた。
 しかし、どうにも集中ができない。
 これから、青鬼と戦うことになる。
 緊張がないと言えば、嘘になってしまう。
「……兄さん、見張りですか?」
「? まだ起きてたのか。明日からは大変だから休んでおけよ」
 声が掛けられる。近くの木の影からティアナがひょこっと顔を出した。
 その仕草はいかにもティアナらしい。俺は読んでいた本を閉じる。
「良いじゃないですか。
 たまには私だって夜更かしくらいしますよっ」
 ティアナは憮然とした様子で俺の隣に腰かける。
 近くで丸まって寝ているエルを軽く撫でた。
「ははは! それは悪かった。
 でも、これくらいじゃ夜更かしとは言わないなぁ?」
 ナタリーやアリスと比べれば可愛いものである。
 あいつらは徹夜で騒いだ挙句、翌日の夕方まで寝てるような奴らだ。
 俺の言い草に小さく唸った後、ティアナは俺の肩を殴り始めた。
 小さく「ふんっ」「ふんっ」なんて言うが、ダメージなんてありはしない。
「静かに。起きちゃうだろ」
「あ」
 俺が窘めるように囁く。
 すると、ティアナは皆の方をちらりと見て口に手を当てた。
 もっとも、この程度で聞こえるはずもないのだが。
 少しの間、俺とティアナは見つめ合う……もう無理だ。
「く……」
「……!? このッこのッ」
 しかし、俺が思わず吹き出すと、ティアナも遊ばれたことに気づいたようだ。
 そもそもこの程度で冒険者が眠れないはずはない。俺の肩を再び殴り始めた。
「痛い痛い。あー、でも……もうちょっと左の方が良いかも?」
「? 左? こっちですか?」
 俺の言う通り、ティアナは殴る位置を少し変える。
 両手でぽかぽかと叩く。それを受けて、俺はうんうんと頷いた。
「そうそう、そこそこ……ちょうど凝っていてなぁ」
「そうなんですかー……? って、肩叩きじゃないですよっ!」
 ティアナはもう一度遊ばれて、今度は俺の頭を叩いた。
 怒り心頭と言った様子でそっぽを向いてしまう。
「……何か用か?」
「……いじわるですね」
 話したいことがあって来たのだろう、と当たりを付けていた俺が訊くと、ティアナはじろっと恨みがましい目を向けてきた。
 しかし、俺が今度は黙って待つと、ティアナは小さく溜息を吐いた。
 それから、ゆっくりと口を開く。俺は相槌を打つ。
「私はずっと考えていたんですよ」
「へえ、何を?」
「どうして兄さんは貴方に体を貸しているんだろうって」
「……なるほど」
「せっかく王立学院へ入学したのに、知力を全て捨てるような真似を……」
「す、全てじゃないぞ?」
「誤差ですよ」
「……俺の知力を無視できる程度として扱わないでくれ」
「ふふ……でも、貴方の強みはそこではないんでしょうね」
「認めないぞ、知力だって俺の武器だ。無視をするな、可哀想だろ」
「あ、それは確かに。正論ですね、ごめんなさい……可哀想に」
「おい、その言い方は違うんじゃないか……? 謝るなよぉ」
「兄さんは私を助けようとしたんですね」
「――!」
 不意にティアナは核心へと切り込んだ。
 それは俺も感じていたことだ。
 オリジナルの『キース・クロス』が自称『神様で良いや』と取引をしたとして、自身の体を貸し出す理由は一つしかないだろうと。
「詳しい経緯は分かりません。
 でも、私を助けるためには兄さんでは駄目だった」
「…………」
 それはきっと正しい。
 ティアナを守るためには俺が必要だったのだろう。
 おそらくティアナの運命は不安定だった。
 何せ、本来はすでに死んでいるはずの人物だ。
 本来の運命に従って死んでもおかしくない。『鍵』になってもおかしくない。
 ……きっと、本当に何が起こってもおかしくなかったんだ。
 でも、俺と兄さんは運命とは関係なく動ける。
 ティアナが死にそうになっても、俺はその運命を変えることもできるのだ。
「……ああ、そう思うよ」
「まったく……昔から相談もなしにこういう真似をするんですよ?」
 ティアナが親しみを込めて文句を言った。
 俺が思わず苦笑をすると、ティアナは真っ直ぐに俺を見た。
「でも――」
「……!」
 ぐい、とティアナが俺に顔を近づける。
 少しだけ大人びた顔を夜空が照らしていた。
「でも、一つ言えることがあります。
 兄さんは貴方が相手だから、今も体を貸している」
「? どうして?」
「あの兄さんが信頼できない人間に、自分と私を預けるはずがない。
 その点だけは――いくら賭けても良いですよ」
「…………」
 その言葉に、数秒だけ俺は黙り込んだ。
 どうにか我に返って、言葉を繋ぐ。
「俺の何が信頼できるんだよ」
 結局、俺は失敗ばかりだ。信頼に足るとは思えない。
 兄さんを止められず、アッシュとして死に、ソフィアを助けられなかった。
「結果は分からないけれど……。
 必ず――貴方は私を助けようとしてくれるでしょう?」
 ティアナが柔らかく微笑んだ。
 ……貴方は私の味方でしょう、と。
「これ以上の信頼は、ちょっと持ち合わせがないですね」
「そうかよ」
 俺が乱暴に返すと、ティアナは不意に体を引いて立ち上がった。
 そのまま背中を向けると、自分のテントへと歩いてゆく。
 途中、一度だけくるりと振り返る。
 楽しそうに後じさりながら、得意げに微笑う。
「……信頼しているんですから、少しは自信を持ってくださいね?」
「……くそ、いじわるはどっちだよ」
 ティアナは上機嫌にころころと笑って、もう一度くるりと半回転。
 スキップでもしそうな足取りで去っていった。
 あいつ、俺が緊張していると考えて、話をしに来やがった。
 生意気な……と思う反面、効果的だと認めざるを得なかった。