第四部 77話 よーいどん
ー/ー
こんこん、と俺は組合長の部屋をノックした。
組合の窓口の二階である。俺の後ろにはブラウン団長とニナさん、エリーナの三人がいる。
中から「どうぞ」という声がして、俺は扉を開く。
見れば、組合長とラルフの二人が座っていた。その正面にはナタリーもいる。
「ナタリー、連れてきたぞ」
「うん、ありがとね」
ナタリーからの依頼で、俺は三人を呼んできたのだ。
おそらく、王都の防衛について細かい役割などを詰めるのだろう。
すでに、ジークとフレアの二人は連合へと帰っていった。
エリーナは王都に残って、防衛を手伝ってくれるらしい。
帝国が出す戦力は一人だけということになってしまうが、帝国の状況などを考えれば不満はない。つーか、エリーナの個人的な私闘のような気もする。
三人が席に着いたのを見計らって、ナタリーが口を開いた。
「こちらの準備は整ったよ。相手が動いたら、すぐに出発できる。
あたしたちが先行するから、兵士たちは後を追うようにして」
ニナさんが頷いた。この兵力は騎士団が主になるのだろう。
俺たちのパーティの方が動きは速い。奇襲を掛けるなら急いだ方が良い。
「当然だけど、グレイと師匠は連れていくよ」
「そりゃあな。そいつらがいねぇと話にならないだろ」
ナタリーの言葉に今度は組合長が頷く。
グレイがいなければ『扉』を開けられず、ミアがいなければ白鬼の場所が分からない。
「ふむ。ではウチからも『セシル・ルイス』を連れて行きなさい」
「セシル?」
ブラウン団長が意外な名前を言ったので、俺は思わず聞き返してしまった。
それに頷いて、ブラウン団長は笑いながら補足する。
「ああ、本人の強い希望でね。
それに、治癒術持ちは必要だろう」
なるほど、セシルが一緒に行くと言ったわけだ。
……実際、治癒術があればかなり助かる。
例えば道中でミアが怪我でもしたら笑えない。最悪、迷子である。
治癒術があるだけでかなりリスクが減るだろう。
「……肝心の『ティアナ・クロス』はどうするんだい?」
「あたしとしては『ドワーフの大空洞』へ入る前に隠そうと思うんだけど……」
ラルフの疑問にナタリーが答える。
俺は思わず「え」と声を出した。
「? どうしたのよ。
敵の狙いはティアナなんだから、敵の本拠地に連れて行かないでしょ?」
「いや、それは……そうなんだけど」
ナタリーの言うことはもっともで、俺は口ごもるしかない。
だが、実際はティアナを殺せるのは青鬼だけなのだ。
言い換えれば、ティアナを連れて行っても青鬼以外にはティアナを殺せない。
……そして、必ず青鬼が追ってくることになる。それを迎え撃つのが最善だ。
だが、伝えようがない。
「……いや『ティアナ・クロス』は連れて行った方が良いだろうな」
「? そう?」
ブラウン団長が援護に入ってくれる。
ナタリーが不満げに首を傾げた。
「これまでナタリーが言ってきた通り、ティアナの居場所を特定されてはいけない。青鬼のスキルがあるからだ。だが『ドワーフの大空洞』を抜ければどうだ」
「……王都にいないと分かれば『扉』の近くを探すね」
「そうだ。『扉』付近でティアナが潜伏できる場所を虱潰しに探すだろう。
本来であれば、時間の掛かる作業だが……」
「分かった。それは認めるよ。
青鬼が本気を出せば、あっという間に探し終わる」
ブラウン団長がナタリーに意見を通してくれる。
意見自体の正しさもあるだろうが、おそらく『鍵』について知っているから助けてくれたのだろう。
「でも、連れていくのは抵抗が……」
「いやいや、そこは兄が頑張るのだろう?」
「う」
気乗りしないナタリーにエリーナが茶化して見せた。
俺を覗き込むように見る。悪戯っ子の笑みである。
「仕方ない、か……」
ナタリーはやれやれと俺を見た。
すると、唐突に席を立つ。
言うべきことは言ったということか。
そのまま、俺を引き連れて部屋を出て行った。
「…………」
「…………」
ナタリーが出て行った後、組合長とラルフの二人は真剣な顔で黙っていた。
視線の先には一枚の紙がある。
「どうした?」
様子に気付いたエリーナが声を掛ける。
その紙は三人が後から来た時点ですでに机に置かれていた。
「実は……『悪戯娘』からいくつか進言があってな」
「……これです」
組合長が言うと、ラルフはその紙を差し出した。
ブラウン団長が受け取る。ニナとエリーナも隣から覗き込んだ。
そこには無数の情報と推測と発想が書かれていた。
思わず三人も苦笑してしまう。
まずは王都内の鬼の数と潜伏場所のリスト。
それどころか、いつの間に調べたのか、王都周辺の『扉』の正確な位置。
敵の戦力についての予想。青鬼を含む主力の居場所も根拠を添えて書かれている。加えて、敵が取り得る戦略戦術にその対策。
さらに各メンバーの運用方法にまで触れている。
中でも目を引いたのは『エリーナ・コルト』に単身で大峡谷を越えさせるというものだった。
本来なら大峡谷を越えての戦闘は無謀とされてきた。
そもそも越えることが難しい上、連合と戦う前に『エルフの大森林』に入ることになるからだ。
しかし、今回は『エルフの大森林』を目的地としているのだから関係ないと書かれている。要は大峡谷を越えれば奇襲として成立するというのだ。
最後に青鬼がいると推測されるので、戦力として『エリーナ・コルト』をぶつけるのが妥当だろうとある。
「あいつ……新国が王国に手を出した瞬間、連合と挟み撃ちにした上で『エリーナ・コルト』による奇襲を提案しやがった」
その効果はナタリー本人が良く知っているはずだった。
……それも大峡谷を越えての奇襲である。
今後の動きについても提案があった。
新国が動いたら、泳がせている王都の鬼を一気に襲撃。同時にナタリーたちは王都を発つ。
さらに王都周辺の『扉』を待ち伏せするために兵を派遣。
そこに紛れる形で一部の兵がナタリーの後を追うように、と。
情報を潰した上で畳みかける動きだった。これで相手は王都の肝心な情報は何も掴めない。潰しきれなくても、情報収集の役割は果たせないだろう。
「勝算ありそうじゃないか? 不満なのか?」
ブラウン団長が軽く笑って言う。
「今更ながら、敵に回さなくて良かったと思ってな」
組合長は溜息交じりに答えた。
「はは、そりゃそうだろうな。
あのカードが帝国にあれば、私は王国を制圧していたよ」
エリーナは上機嫌に言った。
「……はは」
ニナが乾いた笑い声を出した。頑張ってはみたが、あまりにも笑えなかった。
それから三日後だった。
ナタリーはピノから連絡を受ける。
連合と王国の国境付近。
王国の砦が突破されたという話だった。
その日の内に彼女たちは王都を発った。
これまで毎日のように宿を変えていたから、移動を気に掛ける者はいない。
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こんこん、と俺は組合長の部屋をノックした。
組合の窓口の二階である。俺の後ろにはブラウン団長とニナさん、エリーナの三人がいる。
中から「どうぞ」という声がして、俺は扉を開く。
見れば、組合長とラルフの二人が座っていた。その正面にはナタリーもいる。
「ナタリー、連れてきたぞ」
「うん、ありがとね」
ナタリーからの依頼で、俺は三人を呼んできたのだ。
おそらく、王都の防衛について細かい役割などを詰めるのだろう。
すでに、ジークとフレアの二人は連合へと帰っていった。
エリーナは王都に残って、防衛を手伝ってくれるらしい。
帝国が出す戦力は一人だけということになってしまうが、帝国の状況などを考えれば不満はない。つーか、エリーナの個人的な私闘のような気もする。
三人が席に着いたのを見計らって、ナタリーが口を開いた。
「こちらの準備は整ったよ。相手が動いたら、すぐに出発できる。
あたしたちが先行するから、兵士たちは後を追うようにして」
ニナさんが頷いた。この兵力は騎士団が主になるのだろう。
俺たちのパーティの方が動きは速い。奇襲を掛けるなら急いだ方が良い。
「当然だけど、グレイと師匠は連れていくよ」
「そりゃあな。そいつらがいねぇと話にならないだろ」
ナタリーの言葉に今度は組合長が頷く。
グレイがいなければ『扉』を開けられず、ミアがいなければ白鬼の場所が分からない。
「ふむ。ではウチからも『セシル・ルイス』を連れて行きなさい」
「セシル?」
ブラウン団長が意外な名前を言ったので、俺は思わず聞き返してしまった。
それに頷いて、ブラウン団長は笑いながら補足する。
「ああ、本人の強い希望でね。
それに、治癒術持ちは必要だろう」
なるほど、セシルが一緒に行くと言ったわけだ。
……実際、治癒術があればかなり助かる。
例えば道中でミアが怪我でもしたら笑えない。最悪、迷子である。
治癒術があるだけでかなりリスクが減るだろう。
「……肝心の『ティアナ・クロス』はどうするんだい?」
「あたしとしては『ドワーフの大空洞』へ入る前に隠そうと思うんだけど……」
ラルフの疑問にナタリーが答える。
俺は思わず「え」と声を出した。
「? どうしたのよ。
敵の狙いはティアナなんだから、敵の本拠地に連れて行かないでしょ?」
「いや、それは……そうなんだけど」
ナタリーの言うことはもっともで、俺は口ごもるしかない。
だが、実際はティアナを殺せるのは青鬼だけなのだ。
言い換えれば、ティアナを連れて行っても青鬼以外にはティアナを殺せない。
……そして、必ず青鬼が追ってくることになる。それを迎え撃つのが最善だ。
だが、伝えようがない。
「……いや『ティアナ・クロス』は連れて行った方が良いだろうな」
「? そう?」
ブラウン団長が援護に入ってくれる。
ナタリーが不満げに首を傾げた。
「これまでナタリーが言ってきた通り、ティアナの居場所を特定されてはいけない。青鬼のスキルがあるからだ。だが『ドワーフの大空洞』を抜ければどうだ」
「……王都にいないと分かれば『扉』の近くを探すね」
「そうだ。『扉』付近でティアナが潜伏できる場所を虱潰しに探すだろう。
本来であれば、時間の掛かる作業だが……」
「分かった。それは認めるよ。
青鬼が本気を出せば、あっという間に探し終わる」
ブラウン団長がナタリーに意見を通してくれる。
意見自体の正しさもあるだろうが、おそらく『鍵』について知っているから助けてくれたのだろう。
「でも、連れていくのは抵抗が……」
「いやいや、そこは兄が頑張るのだろう?」
「う」
気乗りしないナタリーにエリーナが茶化して見せた。
俺を覗き込むように見る。悪戯っ子の笑みである。
「仕方ない、か……」
ナタリーはやれやれと俺を見た。
すると、唐突に席を立つ。
言うべきことは言ったということか。
そのまま、俺を引き連れて部屋を出て行った。
「…………」
「…………」
ナタリーが出て行った後、組合長とラルフの二人は真剣な顔で黙っていた。
視線の先には一枚の紙がある。
「どうした?」
様子に気付いたエリーナが声を掛ける。
その紙は三人が後から来た時点ですでに机に置かれていた。
「実は……『悪戯娘』からいくつか進言があってな」
「……これです」
組合長が言うと、ラルフはその紙を差し出した。
ブラウン団長が受け取る。ニナとエリーナも隣から覗き込んだ。
そこには無数の情報と推測と発想が書かれていた。
思わず三人も苦笑してしまう。
まずは王都内の鬼の数と潜伏場所のリスト。
それどころか、いつの間に調べたのか、王都周辺の『扉』の正確な位置。
敵の戦力についての予想。青鬼を含む主力の居場所も根拠を添えて書かれている。加えて、敵が取り得る戦略戦術にその対策。
さらに各メンバーの運用方法にまで触れている。
中でも目を引いたのは『エリーナ・コルト』に単身で大峡谷を越えさせるというものだった。
本来なら大峡谷を越えての戦闘は無謀とされてきた。
そもそも越えることが難しい上、連合と戦う前に『エルフの大森林』に入ることになるからだ。
しかし、今回は『エルフの大森林』を目的地としているのだから関係ないと書かれている。要は大峡谷を越えれば奇襲として成立するというのだ。
最後に青鬼がいると推測されるので、戦力として『エリーナ・コルト』をぶつけるのが妥当だろうとある。
「あいつ……新国が王国に手を出した瞬間、連合と挟み撃ちにした上で『エリーナ・コルト』による奇襲を提案しやがった」
その効果はナタリー本人が良く知っているはずだった。
……それも大峡谷を越えての奇襲である。
今後の動きについても提案があった。
新国が動いたら、泳がせている王都の鬼を一気に襲撃。同時にナタリーたちは王都を発つ。
さらに王都周辺の『扉』を待ち伏せするために兵を派遣。
そこに紛れる形で一部の兵がナタリーの後を追うように、と。
情報を潰した上で畳みかける動きだった。これで相手は王都の肝心な情報は何も掴めない。潰しきれなくても、情報収集の役割は果たせないだろう。
「勝算ありそうじゃないか? 不満なのか?」
ブラウン団長が軽く笑って言う。
「今更ながら、敵に回さなくて良かったと思ってな」
組合長は溜息交じりに答えた。
「はは、そりゃそうだろうな。
あのカードが帝国にあれば、私は王国を制圧していたよ」
エリーナは上機嫌に言った。
「……はは」
ニナが乾いた笑い声を出した。頑張ってはみたが、あまりにも笑えなかった。
それから三日後だった。
ナタリーはピノから連絡を受ける。
連合と王国の国境付近。
王国の砦が突破されたという話だった。
その日の内に彼女たちは王都を発った。
これまで毎日のように宿を変えていたから、移動を気に掛ける者はいない。