「……戻った」
「おかえりなさい、兄さん」
俺が部屋に戻ると、ティアナが笑い返してくれた。
部屋に残っていたのはナタリーとティアナの二人だけ。
他のメンバーは別の部屋にいるはずだ。
というのも、今はできるだけミアを一人にはしたくないから部屋割りも配慮している。
今のミアは白鬼の位置を把握する上で重要な存在だ。
また、そのためにスキルを使うこともできない。白鬼をスキルの対象として固定する必要がある。
ちらりと目を向ければ、ナタリーは未だに「うーん……」と唸っていた。
ただし、その体はうつ伏せでベッドに横たわっていて、足をぱたぱたと動かしている。そしてたまに「……むにゃむにゃ」と言う。寝てるのか?
おそらく、先ほどの助言はナタリーのあの様子と関係あるのだろう。
もちろん「……むにゃむにゃ」の方ではなく「うーん……」の方だ。
で、わざわざ伝えに来たということは、ナタリー一人では解決できないということかも知れない。
……結局、良く分からないな。
ナタリー自身が知っている、という話だったが。
「……ナタリー? 大丈夫か?」
「むにゃむにゃ……はっ。え? 何?」
俺が声を掛けると、ナタリーは驚いたように目を見開いた。
いや、そっちじゃねえんだよ。声を掛けるタイミングを間違えたか?
「あ、そっか。ごめんね。気になるよね。
実は最近ちょっと寝不足で……」
「だから、そっちじゃねえよ!?」
俺が思わず声を荒げる。
ナタリーは「?」と首を傾げた。
「兄さんが言ってるのは、何か悩んでいるみたいだからじゃないですか?」
「そうそう! それだ! ……痛」
俺がティアナをびしっと指さした。
すぐさまエルが飛び跳ねて俺の腕を蹴り飛ばした。
いや、確かに指をさすのは失礼かもしれないけどさ。
もう少し穏便に指摘しようぜ。「無礼者ッ!」じゃないんだよ。
「ああ、そっち? うん、実は一つ考えていることがあるの」
そう言って、ナタリーは自分が気にしていることについて話してくれた。
白鬼のいる場所に新国の首都があるだろうこと。さらに、そこまで『ドワーフの大空洞』を通れば辿り着けるであろうこと。
『ドワーフの大空洞』を主に使っているのは鬼だから、新国の首都周辺を移動中に見つかる可能性は低いということ。
先に『ドワーフの大空洞』の出口を押さえてしまえば、首都での戦闘を優位に運べるであろうこと。
「? 何も問題はないじゃないか」
「そう。出てからは問題ない。問題は入る方よ」
「あ、そうか。大峡谷からグレイさんと一緒に入るしかないんですね」
ナタリーの答えにティアナが納得した様子で頷いた。
大峡谷から王国の北東の端まで移動する、か。確かに現実的ではないな。
「そうなの、遠すぎるのよ。
だから別の『扉』を見つける必要がある」
なるほど。
助言はこれか。
「……この間、レンブラントを襲撃した時に鬼が使った奴はどうだ?」
「ああ、あれは間違いなく王国内にあるって話でしたね」
俺が言うと、ティアナはぽん、と手を打った。
しかし、ナタリーは首を左右に振る。
「その『扉』はどこにあるかは分かっていないけど、たとえ見つかったとしても王都のすぐ近くにあるはずよ。王都から『ドワーフの大空洞』を使って移動するくらいなら大峡谷から移動した方がまだマシね」
そりゃそうだ。
そもそも王都周辺だと鬼と出くわす可能性もある、か。
「だから、今あたしが悩んでいるのは、どうやって『扉』を見つけるか。
確実なのはピノを飛ばすことだけど、時間が掛かる。それに、できればピノはあたしたちから離したくない」
……そういうことか。
確かに、ピノが離れると情報収集に不安が残るだろう。
「そういうわけで、どうにかして『扉』の位置を推測しようとしてるんだけど、情報が足りなすぎるのよ……いくつか分布パターンは考えたけどねぇ」
ナタリーはそう言って溜息を吐いた。
嘘だろ。「うーん……むにゃむにゃ……」と言いながら、そんな高度なことを考えていたのかよ。
その時、いつのまにか俺の足元まで来ていたエルが俺の頭まで一気に駆けあがって来た。
そのまま、俺の頭のてっぺんをぺちん、と叩いた。
やめろ、クイズ番組じゃねえんだから。
だが、直後のエルの言葉でふざけた空気は吹き飛んだ。
「私、心当たりがあるわ!」
「!?」
エルの言葉に俺は驚く。
あまりにも予想外の場所から答えが来た。
「心当たりって『扉』の?」
「そうよ、他にないでしょ?」
俺はエルを連れて、部屋の隅に行くと小声で話しかける。
エルが『扉』を見たということか?
俺が訊くと、エルは首を左右に振った。
そして「知っているのは私じゃない」と言う。
「アッシュとナタリーがその扉を見つけているの。
……二人が子供の頃、私がその時の視覚情報を消したのよ」
なんだと?
俺は目を見開きながら、助言の通りだと感じていた。
「どうしてそんなことになってるんだ!?」
「アッシュの頼みよ」
「だからどうして!?」
「その時、鬼に見つかったから」
「……ッ」
アッシュとナタリーが『扉』を見つけて、その様子が鬼に見つかった?
「正確には遠目に見られたみたい。ちょうど私は離れていたの。
鬼たちは扉をナタリーたちに見られたかも知れないと思ったはずよ」
「…………」
今更ながら、俺は自分が知らない『アッシュ・クレフ』の姿を知った。
「自分たちが鬼や扉のことを知っていれば、きっと鬼に狙われる。
だからアッシュは私の能力で二人の記憶から『扉』を消そうとしたの」
エルの能力なら『扉』を見た時の視覚を操作することが出来る。
別のものを見たことにもできるし、見なかったことにもできるだろう。
「その上で、私自身の情報も消した。村人はもちろん、アッシュ自身からも。
そうしなければ、きっと私がナタリーの記憶を消したと気づくから」
そうだった。
アッシュは使い魔の召喚で、魔法陣は起動したが何も召喚されなかったんだ。
だが、実際はエルが召喚されていた。
その上で、村人全員がエルの姿を見なかったことにしたのだ。
召喚時の視覚を操作して、エルの姿を消した。
「だけど、それでも二人は鬼に襲われるようになってしまった。
アッシュは最初の襲撃で、心臓が止まったって聞いたわ。その後、息を吹き返したけどね」
アッシュが最初に殺されたのも、鬼の仕業だった?
盗賊だと聞いていたが……いや、鬼ならどうとでもできるだろ。
そして、息を吹き返した後は――俺になった。
「そういうこと、か」
鬼が襲ってきた理由はナタリーが『鍵』だというだけではなく、アッシュとナタリーの二人が『ドワーフの大空洞』への入口も知っている恐れがあったから?
もう随分と昔になった記憶を思い出す。
青鬼と最初に遭遇した時だ。
――でも、お兄ちゃんはずっと一緒にいてくれるって、約束したじゃない!
――いつでも『怖い鬼』から守ってあげるって、言ってくれたじゃない!
――あらら、そんなに怖くないよ。
あれはナタリーの五感を消し切れていなかったということか?
そして、青鬼はその台詞を聞いて襲ってきた?
ナタリーが『扉』について知っていると確信したから危険度を上げたんだ。
だとしたら大峡谷で『黒鬼』がグレイを呼び込んだのも意味が変わるのか。
鬼にとって『ドワーフの大空洞』の存在はすでに知られている想定だったんだ。アッシュとナタリーが王都に逃げ込んだ時点で、王国には伝わっていると。
そりゃあそうだ。
まさか、自分たちで勝手に記憶を消しているなんて考えない。
いや、消せるとも思わない。
アッシュにしてみれば、そんな重要なものを見た認識もなかった。
せいぜい危険な魔物の巣を見つけてしまった、くらいだ。
しかし、大人に相談しても無理だとは分かったのだろう。
その程度には鬼について知ってしまった。
だから記憶を消すしかなかったんだ。
見たこともない高い知能を持つ魔物。
自分たちがその秘密を知っていると知られれば、村ごと消されてもおかしくないと考えた。だから、見なかったことにした。ボロを出さないように。
「ああ、そうか」
だからこそ、オリジナルの『アッシュ・クレフ』はあんなにも憔悴した様子で去っていったのだ。
俺を通して、ナタリーに襲い掛かる赤鬼を見た。
初めて見たはずなのに、ナタリーが殺されると――狙われると感じていたんだ。
だから、俺に守れと言ったんだ。