今日も俺たちは宿を移動する。ティアナの護衛だ。
捕虜の鬼が逃がされたという話を聞くと、ナタリーの考え通り、場所を特定されないことは有効だろう。
また、近い内に新国が攻めてくるという話はナタリーから聞いている。
……そのタイミングで奇襲をかけるということも。
それと関係があるのか、ナタリーは何か考えているようだ。
今も「うーん」と唸っている。もっとも、部屋のベッドに寝転がっているから、緊張感は今一つかもしれない。
俺は部屋の窓から外を覗いてみた。
二階の部屋からは目の前の通りが良く見えた。
常に見張っておく必要はないが、警戒はしている。
……というのも、潜伏している鬼がこちらを尾けているかもしれないからだ。
「……!」
そして、視線の先に現れた人物を見て驚く。
相手は俺へと小さく会釈して見せた。
「ちょっと出てくる」
「兄さん?」
すぐに部屋を出ようとすると、ティアナが心配そうな声を出す。
一緒に遊んでいたエルが付いて来ようとするが、手で「来なくて大丈夫」と伝えると急いで宿屋を出た。
「いやぁ、お久しぶりです」
「…………」
相変わらずの悪人面。最後に会ったのは連合の路地だったか?
どうせこちらの動向を把握していたであろう行商人を俺は軽く睨んだ。
「こ、怖いですよぉ……」
「また、アイツの声ですか?」
この人が来たということは伝言があるということだろう。
行商人は「冷たいですねぇ……」なんて言いながらも頷いた。
「……声が言うには、これが最後です」
それはつまり、次の奇襲で決着が付くということか。
「成功すれば、この世界は元のレールの上に戻る。
失敗すれば、完全にレールから外れてしまう。もう元には戻せない」
行商人が続ける。
自称『神様で良いや』の言葉をそのまま伝えてくる。
「レールから外れた場合、どうなるのかは誰にも分からない。
……何かと衝突するのか、あるいはどこかに辿り着くのか」
逆に言えば、ゼノや黒鬼にもやり直せる可能性があるということだ。
だけど、俺はそれを認められない。
「らしいのですが……レールってなんですか?」
「締まらないですね……」
ただの伝言係である行商人が首を傾げる。
それに俺は苦笑するしかない。
「で、きっとここからが本題です」
「……はい」
行商人の言葉に頷いた。
この人が来る時は助言がある場合が多い。
「『扉』の場所は『ナタリー・クレフ』自身が知っている」
「? 『扉』ですか?」
行商人の言葉に訊き返す。
しかし、言っている本人は伝えているだけである。
行商人は肩を竦めて「さぁ?」と言わんばかりに首を左右に振った。
俺は苛立ちを押さえて「ですよね」と返す。
妙に愛想が良いのが昔から腹立たしいのだ。
こんなにも悪人面なのに。
「分かりました。ありがとうございます」
「……はい」
お礼を言って、俺は行商人に背中を向ける。
とりあえず、ナタリーが関係あるのだろう。
そのまま立ち去ろうと――
「……貴方のお名前は?」
まるで不意打ちのように、行商人が訊いた。
――足を止めて、顔だけで振り向いた。
相変わらず、愛想の良い悪人面があった。
考えてみれば、この腹立たしい顔を見るのも最後なのだ。
先ほどの質問はきっと、この人自身の言葉だった。
いくつか選択肢はあったが、俺が答えるべきは一つだろう。
「草薙仁と言います」
「……覚えておきますよぉ」