君は、三日月の影を見たことがあるかい? 地面に落ちている影じゃない。三日月に隣合っている暗い影のことさ。 そうだね。 綺麗な三日月が出ているのに、わざわざ影の方に注目するなんて、僕は変わっているのかもしれない。けれど、僕から言わせてみれば、あんなに恐ろしいものを、まるで何もないかのように見て見ぬふりができる君たちの方がよっぽど変わっているよ。
初めてそれを認識したとき、僕は「空に穴が空いている」と思った。 今でもはっきりと覚えている。 黄昏時の綺麗な空だった。 まるで胎内から母親の皮膚を透かして見ているような、ある種、生命の神秘さえ感じさせるような美しい空に、それはあった。 いや、違う。 何も無かった。 そこだけ、何も無かった。 星も、光も、昼も夜も、温もりさえ無かった。 空っぽだったんだ。 僕は震え上がった。 この目で初めて「空虚」というものを現象として捉えて、酷く恐ろしくなったんだ。
それからと言うもの、僕はあの影に落ちていく夢をみるようになった。 突然世界が反転して、僕だけが、あの空っぽのところへ落ちていくんだ。 本当に恐ろしい夢さ。 でも、考えてみて欲しい。 これは、暗に何かを示しているとは思わないかい? 僕は考えた。 そして至ったんだ。 三日月の影には、この世の終焉がある! 僕はもう、これしか考えられない。 人類が知恵を絞って、あと何十億年後に終わりを迎えるとか計算しているけれど、実際は、実に身近なところに形としてそれはあったんだよ。 そう、僕らはずっと見られていたんだ。 そして、僕らもそいつのことを見ているはずなのに、綺麗な三日月に気を取られて気が付けなかったんだよ。 怖い話さ。 でも、僕は気づいてしまった。 真実に辿り着いた。 だから、そいつに目をつけられたんだ。 僕だけが落ちて、君たちは落ちていかないのはきっとそういうわけさ。 寂しいね。 けれど、そう悲観することでも無いかもしれないんだ。 この世の終わりは、想像を絶するような遠い遠い未来に可能性として存在しているのではなくて、形としてそこにあるんだ。 まるで恋愛小説のようだとは思わないかい? もう終わりは決まっているんだ。 そう思ったら、僕は安心したよ。 近い将来、君たちもみんな、必ず真実に辿り着く。 君も、あの影に落ちる夢を見るんだ。 ひとつになるのさ。それこそ恋愛小説みたいにね。
おや、もう帰るのかい? そうか、急用ができたのか。それは仕方ない。 また、話を聞きに来てくれると嬉しいよ。 それじゃあ。