しばらくの間、俺たちは警戒を解かずに周囲を見回していた。
しかし、ラルフの馬がやってくるとミアが小さく息を吐いた。
「随分と遅刻っすね」
「仕方ないじゃないか。これでも急いだんだ」
ミアの半笑いにラルフは小さく肩を竦めて見せる。
さらにラルフはバツが悪そうに目を逸らした。しかし、実際は鬼が一瞬の隙を突いたと言うべきだろう。
「ひとまずは本隊に合流したいかな」
「さっき、都市防衛のリーダーらしき組合員と会いました。
……そこまで行けば良いですか?」
ラルフの言葉に俺が訊き返す。
すぐにラルフは「頼むよ」と答えた。
「じゃあ、ひとまずナタリーのところまで戻ろうか」
「このままじゃ、ピノが過労で倒れちゃうしね」
そう言いながらアリスと加奈が笑う。
他の組合員もいるが、馬車の護衛はピノ一人ということになるのだ。
周囲の情報収集なども進めているだろうから、二人の言葉に嘘はない。
「分かった。とりあえずは馬車まで案内してくれるかな」
「了解っす。あたしが先導するっすよ」
ラルフがそう言うと、すぐにミアが応じた。
さらに一歩踏み出そうとするが、アリスが先に口を開いた。
「ちょっと待って」
「?」
首を傾げた俺たちを他所に、アリスは「よいしょ」なんて言いながら、ラルフが乗る馬に座った。がしっと後ろからラルフにしがみついた。
「おまたせ」
「…………」
ちゃっかりとラルフに相乗りするつもりらしい。
お前、このメンバーの中で一番動いてないだろ。
数分ほど移動すると、馬車が見えてきた。
思えば、青鬼に斬られていてもおかしくなかったのだ。
青鬼本人も確証があったとは思えないが、あれは本当に危なかった。
最悪の場合、中にいるティアナまでやられていた可能性もある。
青鬼の手による攻撃であれば、自覚が無くてもティアナは殺せるだろう。
……そう考えると、アリスと加奈は良くやったと言える。
本人は「おーい!」とラルフを掴みながら、ナタリーへと片手を振っていた。
優秀な魔術師なんだがなぁ……今も俺とミアを風で補助しているし。
対するナタリーはと言えば「おーい!」とこちらは両手を振っている。
その肩でピノが「……ぴ」と少し疲れた声を出した。周囲の安全確認まで済んでいるということだろう。
ラルフが馬車の隣に馬を止まらせる。俺とミアもすぐ隣に着地した。
組合員も少し離れた位置からこちらを見ている。ラルフと話があるのだろう。
「……ラルフさん、お疲れ様です」
「うん、留守中にすまないね」
ナタリーがにこっと笑うと、ラルフは申し訳なさそうに返す。
そのまま右手を差し出した。
「? これは?」
「王都からの救援に感謝するよ」
どうやら握手らしい。
ナタリーは気が付くと、同じように右手を伸ばす。
手の平が触れる瞬間――
「こいつはラルフさんじゃない! 白鬼よ!」
「!?」
――ナタリーが叫ぶ。
白鬼!? こいつが? 俺とミアが急いで反応する。
同時に白鬼が左腕の袖に仕込んだナイフをナタリーに向けて振るった。
「……ッ!」
俺はどうにかナタリーの前に体を割り込ませると、俺のナイフで白鬼のナイフを弾く。
「この……っ」
ミアは白鬼の右手を掴んだ。
「師匠!? 触ったらダメ!」
ナタリー叫ぶ。
そうだ。白鬼は相手の姿を真似ることが出来る。
……その条件は相手に触れることだ。そして、その際に相手の意識を奪う。
「……どうして分かったんですか?」
ラルフの姿が白い鬼の姿に変わる。
「ミア!」
ミアがその場に崩れた。俺は急いでナイフを斬り返す。
しかし、白鬼は後ろに大きく跳んだ。
ミアは標的ではないということか。
「炎よ、焼き払え」
さらに追撃の魔法をアリスが放つ。
……だが、白鬼は姿を『二代目赤鬼』に変える。
太い両腕で顔を覆って、炎球を防いだ。
一瞬後には白鬼の姿に戻っている。
その様子を眺めて、ナタリーは口を開いた。
「分かったわけじゃない。あんたは昔、ラルフさんの姿を奪った。
使わずに済ませるわけがない……で、使うとしたら今よ」
ナタリーが獰猛に笑って見せた。
しかし、言われてみれば不自然だった。
無数のスキルを扱うラルフがわざわざ馬に乗って移動するはずはない。
加えて、性格を考えれば握手なんてしないだろう。
……おそらく、ナタリーの意識を奪ってから仕込みナイフで殺す気だった。
ナタリーは白鬼でも殺せるから、こちらの戦力を奪いに来たのか。
危ないところだった。ちらりと足元に目を向ければ、ミアが倒れている。
怪我はないようだが、やはり意識はないらしい。
「……潮時ですね」
白鬼は「はあ」と小さく溜息を吐いた。
見れば、周囲の組合員たちも集まっている。
後は全員で囲むだけ……白鬼が小さく呟く。
「青」
「ッ!」
その言葉に俺は急いで踏み込んだ。
そのまま迷わずにナイフを払う。
直後、白鬼の傍らには青鬼がいた。
青鬼は白鬼の腕に触れると、すぐさま消える。もちろん白鬼ごと。
「……くそ」
俺のナイフが空を切った。
馬車に向けられた青鬼の視線だけが、いつまでも印象に残った。