私は、手を伸ばした。
授業で習ったお釈迦様の垂らした蜘蛛の糸に縋る亡者のように彼に向かって細くなり過ぎた両手を伸ばした。
彼は、そっとその手を握ってくれた。
温かい……。
温かい……。
私は、口を動かす。
機能を止めようとした喉を必死に動かそうとする。
「無理に話そうとしなくていいですよ」
彼は、抑揚のない声で言う。
いやだ……いやだ!
話したい……話したい……!
「………………ったぁ」
私の喉が僅かに動いてくれた。
「……会いだがったぁ」
酷い声だ。
掠れてて、弱々しくて、自分でもなんて言ってるか分からない。
「僕もです」
彼は、三白眼をきゅっと細める。
心が熱くなる。
緩慢になった心臓が高鳴る。
「あの後……どうなったのかずっと気になってました」
「た……たずげてくらて……あいがと……」
「そんなことないです」
彼の手がきゅっと私の手を握る。
「僕は……何も出来ませんでした」
そんなことない。
貴方はたくさんのことをしてくれた。
たくさんのものを私にくれた。
「あの時……僕は言葉の選択を間違えました」
言葉の……選択?
「貴方を傷つけてしまった」
そんなことないよ。
私が勝手に好きになって勝手に苛立ちをぶつけただけなんだから。
「あ……あなだは……なんで……?」
「貴方のお父さんに頼まれました」
お父さんに?
「このホスピスには身内がいなかったり、立ち会いたくても立ち会えないご家族がいる場合があります。そう言った方の最後の瞬間に立ち会い者をつけるサービスです」
そういえば前に言ってたっけ?
凄く心配される仕事をしてるって。
報酬は交通費とシウマイ弁当だっけ?
お父さん……こんなこと頼んでたんだ。
彼だって知ってたのかな?いや、知ってるわけないか。彼のこと話したことないもんね。
でも……と言うことは……。
「私……じぬの?」
「……はいっ」
彼は、抑揚のない声で言って頷く。
あーっ相変わらずだな。
凄く辛いこと言われてるのに何でか心地よい。
お医者さんに言われても、パパに言われてもきっと悲しくて泣いてたはずなのに彼に言われると何でか受け入れてしまう。
「僕は医師ではないのでそれがいつになるかは明言できません。でも……お父さんが来るまで……貴方が旅立つまで一緒にいます」
……嬉しい。
涙が止まらなく流れる。
最後の最後にこんなサプライズがあるなんて……。
神様……ありがとう。
「……き」
私は、声を絞り出す。
「貴方が……好き」
彼の三白眼が震える。
「ずっど……ずっど……入学……式の日に初めて会っだ時から貴方が好きでじた」
彼の手に力がこもる。
温もりがじわりっと伝わってくる。
「貴方は……私のこど……好ぎ?」
「……僕は……」
「嘘はづがないで……」
私は、彼の手をきゅっと握る。
「ごれが最後なの。好ぎなら……好きって言っで。振るなら……思い切り振って。来世に繋がる失恋を私にちょうだい」
私は、じっと彼を見る。
彼もじっと私を見る。
「……ごめんなさい」
彼の抑揚のない声が小さく震える。
「貴方のことは人として尊敬してます。でも……友達以上の感情を貴方に抱くことは出来ません」
彼の手がぎゅっと私の手を握る。
ああっあったかいなあ。
本当にあったかい。
「あいがとう」
私は、全身の力を表情に込めて笑う。
「おかげで……思い残すことなぐ旅立てるよ」
彼は、きゅっと唇を結んだ。
ああっ好きだなぁ。本当に好きだぁ。
「最後に一つ……お願いを聞いてくれる?」
「願い……ですか?」
「うんっ」
私は、小さく頷くと彼にそのお願いを告げた。
彼の三白眼が大きく震えた。
「……お願いね」
「……はいっ」
私は……にっこりと微笑んだ。
それから私達は最後まで話し続けた。
あの時、話すことが出来なかったことをいっぱい……いっぱい話した。
そして夜明け……。
思い切り扉が開く。
息を切らしたパパが私のところに走ってきて私の痩せ細った身体を抱きしめる。
「パパ……」
私は、パパの耳に小さく声をかける。
「大好きだよ」
パパの嗚咽が胸に響く。
パパの後ろに女の人の姿が見える。
優しく微笑む女の人の姿が……。
「ママ……」
迎えにきてくれたんだ……。
ありがとう……ママ。
私は、彼を見る。
特徴的な三白眼が私を見る。
「……ありがとう……バイバイ」
私は、小さな声で笑った。
あーあっ本当に……ありがとう……。
「どうぞ安らかに。ご冥福をお祈りいたします」