「すまん。本当にすまん」
パパは、何度も何度も頭を下げる。
「私は大丈夫だよ。パパ」
私は、小さく笑みを浮かべて言う。
私とパパはホスピスという施設に来ていた。
とても綺麗な外観で一見すると大きなデザイナーズアパートのようにも見えたが実は私のような末期の癌患者や難病を患っておうちで暮らせなくなった人達が最後の最後に穏やかに過ごすための所らしい。
室内も白を基調にした簡素だが清潔感のある落ち着いた空間だ。
と、いっても私はここに暮らす為に来たのではない。
パパの会社で大きなトラブルがあり、どうしても出張に出なくてはいけなくなり、その間、私を一人にしておけないのでここで預かってもらうことになったのだ。
パパは、必死にいけないと会社に訴えたが会社は受け入れなかった。パパじゃなきゃ解決出来ないからと。
そんなに頼りにされるなんて凄いなぁパパ。
でも、パパは今だに納得出来てないようで、ひょっとしたらこの出張を最後に本当に辞めるつもりかもしれない。
「ニ、三日中には必ず戻ってくるから」
「うんっ。わかった。それまでは死なないよう頑張るね」
私は、冗談めかしに言うとパパは目頭に涙を溜めて「お願いだから……そんなこと言わないでくれ……」と懇願された。
ああっもうユーモアセンスまで枯れちゃったみたい。
パパごめんね。
「娘さんは大切にお預かりします。ご安心ください」
扉のところで美しい顔立ちの女性が立っている。
ホスピスの所長さんで英国と日本のハーフらしい。
年齢はもう還暦を過ぎてるらしいけどとてもそうは見えない。
ママが入院していた病院の看護師長さんだったらしくてママともとても親しくしてくて、亡くなった今でも年賀状のやり取りをしていたらしい。
本当ならホスピスでショートステイと言うサービスはやらないらしいが今回は特別に受けてくださったそうだ。
「何かあったら直ぐに連絡してください。仕事なんて捨ててきます」
「分かりました」
所長さんは丁寧に頭を下げる。
「あと……あの件ですが……」
「はいっ。大丈夫です。利用がないことを祈っております」
何の話しだろう?
何かのお仕事だろうか?
「それじゃあ行ってくる」
「うんっいってらっしゃい。お土産待ってるね」
そう言って私は笑顔で送り出した。
所長さんも何かあったらナースコールを押してねと言って出ていった。
二人がいなくなると私はそのままベッドの上に倒れ込む。
もう立ってるのも辛かった。
身体中の力がもうない。
トイレにも一人でいけないからオムツだし、お着替えも出来なくなって、ご飯だってほとんど食べれない。紅茶も匂いを嗅ぐだけだ。
「私……ここで死ぬのかな?」
何となくそんな気がした。
身体と魂が一緒にいるのを嫌がっている。
さっさと楽にしろと訴えてる。
うんっそれに関しては賛成だよ。
私も楽になりたい。
でも、ちょっとだけ頑張ってくれないかな?
パパにちゃんとお別れ言いたいんだ。
それに友達にもお手紙を書きたい。
友達になってくれてありがとうって伝えたい。
それに……それに……。
そんなことを考えながら私の意識は微睡に溶けていった。
身体が熱い……。
息苦しい……。
目が覚めた私はあまりの辛さにナースコールを押す。
看護師さん達が直ぐ様駆けつけて私のバイタルを調べ……首を横に振る。
ああっそうなんだ……。
やっぱり……ダメだったんだ。
ここで……死ぬんだ……私……。
「今、お薬入れてあげるからね」
看護師さんは笑顔で言って私のズボンを脱がして坐薬を入れ、胸に麻薬シールを貼ってくれた。
「点滴入れるよ。楽になるから……ね」
うんっ。楽にして。
最後まで……辛いの嫌だよ。
薬は直ぐに効いた。
息苦しさも火照りもない。
その変わり身体の感覚もない。
「直ぐ来るからね」
看護師さん達は部屋から出ていった。
行かないでよ……。
パパを呼んでよ……。
一人にしないでよ……。
パパ……パパ……パパ……。
涙が止まらない。
私は、こんなところで一人で……誰とも話さないで、誰にも看取られないで死ぬの?
嫌だよ……嫌だよ……。
パパ……ママ……誰か……。
扉が開く。
涙にぼやけた視界に人影が映る。
誰?
パパ?
ママ?
人影はゆっくりと近づいてくる。
細い指が私の顔に触れ、涙を優しく拭う。
「お久しぶりです」
特徴的な三白眼が私を見る。
私は、驚き過ぎて魚のように口をパクパクさせる。
彼だ……彼がいる。
私の目から再び涙が流れる。
「僕は、看取り人です」
彼は、抑揚のない声で静かに言う。
「貴方と最後の時を過ごす為にやってきました」