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神様への恨み

ー/ー



 翌日からも毎日、夕暮れのその時間、遥かな海を見渡せるその砂浜で私と寝間着姿の変なガキ……真人との交流は続いた。
 それは、大体は「変なガキ」「変なおばさん」なんて呼び合う、他愛のないものだったけれど、日が経ち、交流を重ねるにつれて、それまではお互いに触れずにいた、真人の病気についても徐々に知ることとなった。
 私が最も驚いたのは、真人は幼い頃から心臓を悪くしていて、ほんの二か月前に臓器移植手術を受けていた、ということだった。
 彼の病気がまさか、それほど重いものだったとは思わなかったというのもあるし、それにもう一つ……私には「臓器移植」という言葉に特別な想いがあった。
 何故なら、他ならぬ海斗も、自らの身に何かあった場合に臓器提供の意思表示をしていたから。そして、事故のあったあの日……もう助からないと判断されたあの日、海斗の臓器は、心臓を患っていた誰かに移植されていたのだ。
 もちろん、こうした場合の臓器移植では、レシピエントの情報は漏らされることはないし、真人に移植された心臓は、全く別の人のものである可能性の方が高い。しかし、私は彼の境遇に何処か、運命めいたものを感じていたのだった。

 そんなある日のことだった。
 いつもの時間、いつもの砂浜に、真人は姿を現さなかった。待ちぼうけた私は、冬も近い海岸の寒さにぶるりと震えた。
「どうして……」
 白くそびえる灯台を見詰めながら、ぼんやりと呟いた。
 その前日までは、いつも通りだった。
 いつもの時間、いつもの砂浜で、いつも通りに、寝間着にコートを羽織った真人と出会い、他愛のない話をした。そして、いつも通りに、約束の灯台に想いを馳せて、いつも通りに、翌日に会う約束をした。
 全てはいつも通りに……
 いや、違う。
 一人、首を横に振った私は、その前日に微かに覚えていた違和感……真人の顔を想起した。
 夕陽に照らされた彼の顔は一見、赤く染まっていた。だが、その顔色は……毎日見ていた彼の顔は何処か蒼白で、夕方の寒さが辛そうで。しかし私に心配をかけまいと、無理に元気そうに振る舞っていたのだ。
「まさか……」
 嫌な予感が頭を掠めて……私は思わず、真人が入院しているという、海のほとりの病院へと向かい駆け出した。

 息を切らしながら、私は病院の受付へと駆け込んだ。
「真人は……真人は、何処にいますか?」
 すると、病院のスタッフは目を丸くした。
「えっ、あなたは……神谷 真人くんの身内の方?」
「あ……はい! 真人の姉です」
 あまりの迫力に、咄嗟についた嘘も信じてもらえたようで、私は彼の寝かされている集中治療室の前へ通された。
「真人は……」
「心臓の移植拒絶反応が出てしまいました。今はまだ、予断を許さない状況です」
「拒絶反応……移植手術は成功したんじゃなかったのですか?」
「手術は成功したのですが、移植後、三か月間は拒絶反応が出る可能性は高いのです。だから、入院していただいていたのですが……」
「そんな……」
 私は膝から崩れ落ちた。
 つい三か月前に、最愛の恋人を失って、私は絶望の淵に沈められた。
 交わされることのない約束は、呪いのように私を縛り付けた。
 しかし、真人と交わした二回目の『灯台の約束』は、徐々にだけれど凍てついた私の心を溶かしていった。
 それなのに……
「どうして? どうしてよう……」
 またしても、私達の約束を不意にしようとする。約束の場所を奪おうとする……神様への恨みの念は、言葉にならない嗚咽となって、病院の廊下に響いたのだった。


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 翌日からも毎日、夕暮れのその時間、遥かな海を見渡せるその砂浜で私と寝間着姿の変なガキ……真人との交流は続いた。
 それは、大体は「変なガキ」「変なおばさん」なんて呼び合う、他愛のないものだったけれど、日が経ち、交流を重ねるにつれて、それまではお互いに触れずにいた、真人の病気についても徐々に知ることとなった。
 私が最も驚いたのは、真人は幼い頃から心臓を悪くしていて、ほんの二か月前に臓器移植手術を受けていた、ということだった。
 彼の病気がまさか、それほど重いものだったとは思わなかったというのもあるし、それにもう一つ……私には「臓器移植」という言葉に特別な想いがあった。
 何故なら、他ならぬ海斗も、自らの身に何かあった場合に臓器提供の意思表示をしていたから。そして、事故のあったあの日……もう助からないと判断されたあの日、海斗の臓器は、心臓を患っていた誰かに移植されていたのだ。
 もちろん、こうした場合の臓器移植では、レシピエントの情報は漏らされることはないし、真人に移植された心臓は、全く別の人のものである可能性の方が高い。しかし、私は彼の境遇に何処か、運命めいたものを感じていたのだった。
 そんなある日のことだった。
 いつもの時間、いつもの砂浜に、真人は姿を現さなかった。待ちぼうけた私は、冬も近い海岸の寒さにぶるりと震えた。
「どうして……」
 白くそびえる灯台を見詰めながら、ぼんやりと呟いた。
 その前日までは、いつも通りだった。
 いつもの時間、いつもの砂浜で、いつも通りに、寝間着にコートを羽織った真人と出会い、他愛のない話をした。そして、いつも通りに、約束の灯台に想いを馳せて、いつも通りに、翌日に会う約束をした。
 全てはいつも通りに……
 いや、違う。
 一人、首を横に振った私は、その前日に微かに覚えていた違和感……真人の顔を想起した。
 夕陽に照らされた彼の顔は一見、赤く染まっていた。だが、その顔色は……毎日見ていた彼の顔は何処か蒼白で、夕方の寒さが辛そうで。しかし私に心配をかけまいと、無理に元気そうに振る舞っていたのだ。
「まさか……」
 嫌な予感が頭を掠めて……私は思わず、真人が入院しているという、海のほとりの病院へと向かい駆け出した。
 息を切らしながら、私は病院の受付へと駆け込んだ。
「真人は……真人は、何処にいますか?」
 すると、病院のスタッフは目を丸くした。
「えっ、あなたは……神谷 真人くんの身内の方?」
「あ……はい! 真人の姉です」
 あまりの迫力に、咄嗟についた嘘も信じてもらえたようで、私は彼の寝かされている集中治療室の前へ通された。
「真人は……」
「心臓の移植拒絶反応が出てしまいました。今はまだ、予断を許さない状況です」
「拒絶反応……移植手術は成功したんじゃなかったのですか?」
「手術は成功したのですが、移植後、三か月間は拒絶反応が出る可能性は高いのです。だから、入院していただいていたのですが……」
「そんな……」
 私は膝から崩れ落ちた。
 つい三か月前に、最愛の恋人を失って、私は絶望の淵に沈められた。
 交わされることのない約束は、呪いのように私を縛り付けた。
 しかし、真人と交わした二回目の『灯台の約束』は、徐々にだけれど凍てついた私の心を溶かしていった。
 それなのに……
「どうして? どうしてよう……」
 またしても、私達の約束を不意にしようとする。約束の場所を奪おうとする……神様への恨みの念は、言葉にならない嗚咽となって、病院の廊下に響いたのだった。