その灯台は、いつもの砂浜から臨むことのできる港湾の中にそびえていた。頬を撫でる風の冷たさが秋の深まりを感じさせるけれども、あと一時間もすれば、夕陽が射し始める。空の碧とオレンジ色のグラデーションの中に映える白い塔は、より美しく、何処か神々しい風貌を備えてゆくのだ。
「今日もまた、お祈り? 変なおばさん!」
その日もぼんやりと灯台を見詰めていた私は、背後からかけられるお馴染みの声で現実に引き戻された。
「だから……お祈りじゃないって、言ってるじゃない。それに、もう何回も言ってるけど、変なおばさんっての、やめなさいよ」
「えー、だって、本当に変なんだもの。昨日は急に怒り出して、急にどっか行ったし」
「…………」
『おばさん』と言われることへの抗議はさておき、自分が『変』だというのは否定できなかった。
私自身、分かっていた。何も知らないガキにあたっても、仕方がない。何を言っても、私の一番、大切な人は戻って来ない。
だけれども、こいつに言われると……海斗が言っていたことと全く同じことを言われると、どういう訳か、むきになってしまう。
「ねぇ。灯台を見て、何を祈ってるの? 昨日、言っていた、死んじゃった人との約束?」
「……ええ」
前日の大人気なさへの反省から、その日は素直にうなずいて、口を開いた。
「大切な人とね、約束したの。春になったら、二人であの灯台の上から、海を眺めようって。だけどね、その人は交通事故で死んじゃった……もう、決して会えない。だから、どれだけ私が祈っても、願いを込めても、約束は果たされることはないの」
彼に語る私の声は、微かに震えた。
切なくて、悲しくて、寂しい。そんな気持ちを抑える。
私の想いを悟ったのか、彼も暫しの間、沈黙を続けた。
しかし、砂浜に座っていた私の隣へゆっくりと歩み寄り、ちょこんと腰を下ろした。
「……分からないよ。祈ることが無意味かどうかだなんて」
「えっ……」
「そりゃあ、死んじゃった人は生き返ったりはしない。でも、その人の『想い』はきっと、ずっと、この世界にあるんだよ」
「…………」
私は思わず、彼の顔を見詰めた。
無邪気なその顔は、私の記憶の中の海斗とは似ても似つかぬほどに幼くて、あどけない。
それなのに、どうしてだろう?
切なそうな……真剣な彼の顔は、私を想う海斗の表情と重なった。
それは、「海斗ならきっと、こう語る」と思われる言葉を、彼がそのまま口にしたからかも知れなかった。
ぼんやりと見詰める私に、彼は静かに口を開いた。
「ねぇ。春になって、僕が本当に元気になったら。退院することができたら、二人で行こうよ、あの灯台に」
「えっ?」
「大切な人と見ようと思っていた、その景色。僕も見たいんだ」
静かに語る彼の目は、海よりも深く澄んでいて、私の意識は吸い込まれた。
それは、ずっと会いたかった大切な人と同じ目で……だから、私はただ、こくりとうなずくことしかできなかった。そんな私に、彼はいつものように、澄んだ目を悪戯っぽく光らせた。
「それと……僕は『変なガキ』じゃないよ。ちゃんと、真人(まさと)って名前があるんだ」
「私も……『変なおばさん』じゃなくて。これからは、美咲(みさき)って呼びなさい」
年下の少年に不本意にも顔を熱らせる私は、照れ隠しについ、命令口調になってしまった。