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春に風

ー/ー



 この文章が私の人生における最後の恥じらいです。
 どうか、笑ってください。

 私の人生を振り返ったときに思い出される記憶は、恥ずかしさのあまり思わず声が出そうになるものばかりです。
 私はドジで、不器用で、あなたの前でも恥ずかしい失敗ばかりをしてきました。
 その度にあなたは笑ってくれましたが、いちばんよく見せたい相手に、下手な自分ばかり見せてしまうのは本当に残念な性分です。
 まさしく、恥の多い生涯。
 ですが、その最後の最後にもうひとつだけ、とっておきの恥をお見せすることにしたのです。
 あなたは、笑ってくれるでしょうか。

 いつか、あなたは私に「一緒の墓に入らないか」と言ってくださいました。
 そのとき、私はどういう風に返答したか定かではありませんが、とても嬉しかったことははっきりと覚えています。あなたの伴侶に選ばれたこと、とても誇らしく思いました。
 ですが、恥を忍んで、私からあなたにお願いがあります。
 どうか、私のお墓の上には、墓石の代わりに桜の樹を植えてください。

 私は、春という季節が嫌いでした。
 風は強いし、肌は荒れるし、環境は目まぐるしく変化して、置いてかれぬよう必死にしがみついて奔走しているうちに、へとへとになってしまう。そんな春が嫌いでした。
 ですが、あなたと出会ってから、春が好きになりました。
 理由は単純で、あなたが春を好きだと言ったからです。
 だから、私のお墓の上には桜を植えてほしいのです。
 あなたとの繋がりをたしかに感じられると思ったのです。

 桜の木の下には何とやら、ではありませんが、私の遺骨は、ゆっくりと土へと還り、小さくなって桜の中を巡るでしょう。そうしたら、私の魂は、春には花びらとなって、この世界で形となるでしょう。そして、成仏するように少しずつ散りながら、春の風に舞い、世界に彩りを与えるのです。
 どんくさくて、満足な踊りなんて一度もできた試しはありませんが、春の乱暴な風に身を任せれば、それなりにはなると踏んでいます。
 春を舞う私は、見た人に様々な感情を抱かせることでしょう。ある人は哀愁。ある人は懐かしさ。また、ある人は希望かもしれません。
 生きている間には叶いませんでしたが、ようやく人々に感動を与えられる存在になれると思うのです。
 そうして初めて、墓前のあなたと、胸を張って会えることでしょう。

 以上が、私のたったひとつの願いです。
 つい、あれこれと難しく書いてしまいましたが、お恥ずかしいことに、本当の理由は、あなたとお付き合いを始めた頃から何ひとつ変わってはいないのです。
 あなたとはいちばん綺麗な私で会いたい。
 ただ、それだけなのです。

 どうか、笑ってください。




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 この文章が私の人生における最後の恥じらいです。
 どうか、笑ってください。
 私の人生を振り返ったときに思い出される記憶は、恥ずかしさのあまり思わず声が出そうになるものばかりです。
 私はドジで、不器用で、あなたの前でも恥ずかしい失敗ばかりをしてきました。
 その度にあなたは笑ってくれましたが、いちばんよく見せたい相手に、下手な自分ばかり見せてしまうのは本当に残念な性分です。
 まさしく、恥の多い生涯。
 ですが、その最後の最後にもうひとつだけ、とっておきの恥をお見せすることにしたのです。
 あなたは、笑ってくれるでしょうか。
 いつか、あなたは私に「一緒の墓に入らないか」と言ってくださいました。
 そのとき、私はどういう風に返答したか定かではありませんが、とても嬉しかったことははっきりと覚えています。あなたの伴侶に選ばれたこと、とても誇らしく思いました。
 ですが、恥を忍んで、私からあなたにお願いがあります。
 どうか、私のお墓の上には、墓石の代わりに桜の樹を植えてください。
 私は、春という季節が嫌いでした。
 風は強いし、肌は荒れるし、環境は目まぐるしく変化して、置いてかれぬよう必死にしがみついて奔走しているうちに、へとへとになってしまう。そんな春が嫌いでした。
 ですが、あなたと出会ってから、春が好きになりました。
 理由は単純で、あなたが春を好きだと言ったからです。
 だから、私のお墓の上には桜を植えてほしいのです。
 あなたとの繋がりをたしかに感じられると思ったのです。
 桜の木の下には何とやら、ではありませんが、私の遺骨は、ゆっくりと土へと還り、小さくなって桜の中を巡るでしょう。そうしたら、私の魂は、春には花びらとなって、この世界で形となるでしょう。そして、成仏するように少しずつ散りながら、春の風に舞い、世界に彩りを与えるのです。
 どんくさくて、満足な踊りなんて一度もできた試しはありませんが、春の乱暴な風に身を任せれば、それなりにはなると踏んでいます。
 春を舞う私は、見た人に様々な感情を抱かせることでしょう。ある人は哀愁。ある人は懐かしさ。また、ある人は希望かもしれません。
 生きている間には叶いませんでしたが、ようやく人々に感動を与えられる存在になれると思うのです。
 そうして初めて、墓前のあなたと、胸を張って会えることでしょう。
 以上が、私のたったひとつの願いです。
 つい、あれこれと難しく書いてしまいましたが、お恥ずかしいことに、本当の理由は、あなたとお付き合いを始めた頃から何ひとつ変わってはいないのです。
 あなたとはいちばん綺麗な私で会いたい。
 ただ、それだけなのです。
 どうか、笑ってください。