「僕達、おんなじ誕生日なんだね」
幼稚園の入園式で、この言葉をきっかけに、兎望と想空は仲良くなった。
兎望は幼稚園から歩いて5分のところにある、住宅街に住む3人兄弟の末っ子。
片や、想空は隣町から送迎バスで通う一人っ子である。
それ故、兎望の方が甘え上手で、性格がしっかりしている想空にとっては、可愛い弟のように思えた。
それから2人は、小・中と同じ学校に通い、高校も無事に卒業を迎え、晴れて社会人となったわけである。
これを機に、2人は家を出て1人暮らしをしようと思い立った。
だが、先立つものがない為、暫くアパートの一室をシェアしようと決め、今に至る。
さて、部屋をシェアしてから半月が経った8月。
お互いお盆休みに入ったということもあり、顔を会わせる機会が多くなったある日の午後。
昼食の準備をしていた想空の横に、無言で隣に兎望が、何を思ったのか突然
「プリンが食べたい」
と、真剣な表情で訴えた。
「何?」
「だから、プリンが食べたい!」
「そんな物、冷蔵庫にはない!」
「え-っ、何で?」
「スーパー特製プリンが売り切れていたから」
「残っていた物があったら、それを買ってくればいいじゃん!」
“また始まった”と内心で呆れながら、不貞腐れて下を向く兎望に、どんな言葉をかけたらいいのかと、想空は困惑する。
しかし、ここで負けたらずっと兎望のいいなりだ。
想空は自分に言い聞かせ
「お前、この前買ってやった残り物のプリンを、気に食わなくいからって、オレの目の前でゴミ箱に捨てただろう?
食料と他人の動力を無駄にする奴には、二度と買ってやらない!」
と、目を吊り上げて言い放つ。
「それは……悪かったと思ってる……」
兎望はいつになく睨みつける想空に瞳を向けず、さも申し訳なさそうに謝った。
プリン大好き人間にとって今の言葉は、きつかったかもしれない。
しかし、気持ちを踏みにじられた身にとっては、ちゃんと伝えないといけない言葉である。
そうしなければ、これから先2人で生活出来ない日が、確実に訪れることが目に見えていた。
“謝っても許さない”という強い意識で、想空は、とどめを刺すかのように
「普段でさえ、お前の我儘を聞いてやってるんだから、今日ぐらい我慢しろ!」
と、思わずそう言い放つ。
だが、何も反応がないことに不思議に思った想空は、そっと耳を澄まして驚いた。
そこには、涙ぐんだ兎望が、恐い顔を浮かべて睨んだまま立っている。
その姿は、想空の言葉に対し、握り拳を作ることで、痛みを必死に我慢しているのが目に見えた。
このまま放っておけば、更に声を上げて泣いてしまう姿が、容易に想像出来る。
この鬱陶しさをどうにかしなくてはと考えた想空。
「仕方ないな、プリン作ってやるから涙拭け」
溜め息混じりにそう言いながら、近くにあったポケットティッシュを手に取り、兎望の手の中に収めた。
それから想空は、鬱々とした気持ちを抱えたまま、冷蔵庫を開けると、今度はキョトンとした表情を浮かべる。
3日前に買ったはずの牛乳が、何処を探しても見つからなかったからだ。
「なぁ、牛乳」
「……ごめん、昨日僕が飲んじゃった」
“夜中に喉が乾いちゃったからつい”と、申し訳なさそうに説明する兎望に、想空は、背中で“呆れた”と語る。
それから、無言で兎望と向き合った想空は
「牛乳がないと、プリンが作れないことは、知っているよな?」
と、まるで幼児に訊ねるかのように、瞳を覗き込んで言った。
この態度が、想空が静かに怒っている時に出る癖だと知っていた兎望は、たじろいたと同時に、コクリと頷いてみせる。
この威圧を何とかしなければ、暫く家に帰れないかもしれないと、兎望は悟った。
「ぼ、僕が今からスーパーにでも行って牛乳を買ってくるから、怒りを治めてくれると嬉しいな……なんて……」
漸く意を決して、仲直りの提案条件を伝えた兎望。
目の前の想空の瞳は、まだ吊り上がっているようにも見えて、これ以上は言葉を出せないでいた。
そんな兎望を見て“しまった”と、心の中で気付いた想空は、泣かれる前に何とかしようと、頭を働かせる。
そうしなければ、一晩中泣きつかれ、大変な目に遭うからだ。
「……スーパーに行かなくても、大丈夫だから」
想空は不機嫌な声でそう言って、兎望を宥めると、近くにあった携帯電話を取り、行き付けの近くのコンビニへ連絡する。
最近流行りの宅配というやつだ。
想空は牛乳だけでは忙しい店員や宅配員に対して失礼だと思い、今一番必要な牛乳を含む何品かを注文する。
電話を切り、不安な表情で見続けていた兎望に、想空は
「この辺を片付けながら待っていようぜ」
と、何処か澄ました顔で指示を出した。
こんな時はきっと“あとは成るように成るさ”という言葉が、想空の頭の中でゆっくりと浸透しているに違いない。
宅配業者が着く間、兎望そんなことを考えながら、想空と他愛ない話で盛り上がった。
お互いの会社での出来事から、今なら言える秘密にしていた事まで、時に笑い、時に泣きながら会話を楽しむ二人。
今までの険悪な空気が、嘘のように消えていく部屋に、宅配業者が訪ねてきたのは、三十分程経った頃のことだった。
そこから二人は協力し合い、一つのプリンを完成させる。
そのプリンは、コンビニ等で売っているものの二倍はあろうかという大きさで、焦げ茶色のカラメルソースの香ばしい匂いが、疲れ果てた二人の食欲を誘っていた。
「さっ、食べようぜ」
「うん!」
想空の合図で、兎望が半分に分けられたプルプルのプリンを、右手に持ったスプーンで掬い、大きく開けた口の中へ入れる。
すると、兎望の表情はプリンの美味しさで、たちまち笑顔となった。
「うーん、美味しい!」
「そりゃそうさ、オレが心を込めて作ったプリンだからな」
「ずるい!僕だって頑張ったよ!!」
「そうだった」
怒りで少々赤く染まった頬を膨らました兎望をからかうように謝った想空もまた、踊るように揺れるプリンを口に入れる。
それから暫くの間二人は無言で食べ続け、プリンはあっという間にお皿から姿を消した。
“美味しかったね”と、満足そうな表情で訊ねる兎望に、想空は何故か答えない。
天井に思いを馳せた顔を向け、何やら考えているようだ。
突然黙ってしまった想空を心配して兎望が口を開きかけた時
「兎望、いつまでも側にいてな」
と、今にも泣きそうな声で、ずっと胸の中に隠していた思いを伝える。
「……考えておく」
兎望は悪戯ぽく答え、空のお皿を片付けようと席を立った。
「何だよ、人が折角」
「僕だって選ぶ権利はあるよ」
二人は再び小さな喧嘩を繰り広げながら、台所へと向かう。
その光景は、これからの二人の未来を暗示させるかのような、幸せに満ちた姿だった。
お仕舞い