大魔法

ー/ー



「うわっ!」

 絵美ちゃんの叫び声を聞いて私は手早く視点を切り替えた。

 町の門の近くでは牙をむき出した四足歩行の恐ろしい獣が暴れている。猫というかチーター? ヒョウ? ジャガー? ピューマ? 私には違いがわからないけどモンスター名は【バイオレンスヒューガー】だ。なのに、タイガーを連想してしまうのはなんでだろう?

 戦っているのは名のあるプレイヤーを要するふたつのパーティーと、町の衛兵NPCが五人。それとサクさんだ。

「絵美ちゃんとサーラちゃんはどこよ」
「あたしはここです」

 VR空間に繋がっているスマホからそんな声が聞こえてきた。

「ここってどこ?」
「町の門のあたりです」

 言われた場所を映すと、そこにはエナコがひっくり返っていた。近くにサーラちゃんも倒れている。

「一撃でした。速すぎでしょ。無理無理」
「そんな攻撃を受けたのに死ななかったのは良かったよ。レベルダウンしたらヤバイから」

 戦闘不能で済んだのは幸いだった。この町の教会が機能しない今の現状だと、死んでしまった場合の復活場所は一番近くの教会や神殿となるはず。そうなれば戦線への復帰に時間がかかるので、そういう意味でも幸いだ。

「あんなにでっかいくせに猫みたいに素早く動くんですよ。後衛にいたのに一瞬でぶっとばされました」

 ローブの痛みと壁の壊れ具合から、そうとうの衝撃があったことがわかる。盾持ちのサーラちゃんでさえ一撃だったのだからレベル差が大きいのだろう。

 別パーティーのヒーラーも余裕がなく、ふたりの治療には来られない。レベル三十二のボスがダンジョンブレイクで強化されたのだから無理もない。おそらくレベル四十は超えているのかも。

「起きたらサーラちゃんとアレ(・・)やって。町に入られたら使えないかもしれないし」
「ですね。ここで食い止めます」

 ダメージのマイナス分が回復してさらに一定時間が経過したサーラちゃんが立ち上がった。彼女よりもダメージが大きかったエナコも数秒遅れて戦闘不能状態から復帰し、ふたりは治療用のポーションを一気に飲み干した。

「サーラちゃん、アレ(・・)やるわよ」
「はい!」

 私たちが言っているアレ(・・)とは、バーニングゴリラこと魔炎獣イグニグオーリラ戦と同様の、一回こっきりの大魔法作戦のことだ。とはいえ、あのときとまったく同じとはいかない。

「吸い上げろ、【吸血の魔眼】
 解き放て、【明月の光玉】」

 イグニグオーリラ戦よりもさらに高火力でなければ、この危機は脱せないと思う。そのために使ったこの魔具の効果は魔力増大とMPの補填だ。

 本来なら対ディーグラ戦に用意したこいつを使ってしまえば、今日中にバージョン1のクリアはできなくなってしまう。それでも使う意味のある戦いなんだと私も絵美ちゃんも判断した。それを理解したうえでサーラちゃんも白魔術の詠唱に入った。

「ディネブ エールタ ビーガ
 祝福されしアステの申し子よ
 飛び立つふたつの翼で聖なる音を奏で
 大いなる星の力を大地に降り注げ」

 首から下げた【聖人の銀時計】が、これから先に得られる経験値を肩代わりして、今は使えない上位魔術の使用を可能にする。さらに、腕にハメた【懲罰の手錠】が最大体力値と最大生命値を一時的に半減させるペナルティと引き換えに、足りないMPを補填してくれる。

 そうすることでようやく行使することのできる星印(せいいん)魔術により、朝日が昇って間もない空に大きな三角形の魔術陣が描かれた。その内部が夜空へと変わり煌めく星々が浮かび上がる。

「いきまーす。トライアングルウィングフォース!」

 魔術陣の彼方からほとばしる光が大地を駆け回るバイオレンスヒューガーへと降り注ぎ、ネコ科の暴君を光の檻に封じ込めた。

 対象を拘束するこの魔術は、星の力によって攻撃の威力を強化する効果を持ち合わせている。レアな魔具を用意することで可能とする一回限りの大魔術だ。

「エナコさん、やっちゃってください!」
 サーラちゃんに促され、エナコが杖を振りかざした。

常夜(とこよ)に燃えるかがり火よ
 封じられし悪意を目覚めさせ
 呪炎の種火となれ
 焼くは悪しき者
 その者の黒き汚れた念を汝の力とし
 現世(うつよ)一度(ひとたび)咲き乱れることをゆるさん」

 この魔法はイグニアグオーリラに勝利したことで得た報酬で、その正体である聖獣ゴウオリアを苦しめていた呪炎の魔法を一度だけ使えるというモノだ。

「皆さん、離れてくださーい!」

 サクさんが跳び下がるのを見た者たちが一斉に光の檻から離れていく。

「いくぞ、滅殺呪炎……アーテルイグニスっだぁぁぁぁ!」

 強化錬金を施した杖が、極限まで増幅した紫の炎を吐き出した。その威力は凄まじく、杖は限界を超えて燃え散った。

 地獄から漏れ出した呪いの炎が星の力と合わさって、これまで使った魔法の威力を超える大炎が立ち上がった。もしも、町中で放っていたら家屋にも人にも多大な被害を出しただろう。

 バージョン1のボスに対して用意した特大魔法が、檻に囚えたバイオレンスヒューガーを爆発と呪炎で飲み込んだ。

「絵美ちゃん凄い!」

 盛大なキャンプファイヤーよろしく燃え上がる炎と煙の柱を囲んだ人たちが、喜びと驚きの声を上げている。勝利を祝す炎にしては不気味な紫の光があたりを照らしていた。

 空をくり抜いていた夜空が消え、清々しい青空が戦いの終わりを告げたかに思えたとき、二度目の爆発が炎を吹き散らしてバイオレンスヒューガーが飛び出した。

 油断していた剣士がひとり反応もできずに引き裂かれ、隣にいた魔法士は噛みつかれて絶命した。

「なんでよ、一発でやっつけられないにしても元気過ぎるでしょ!」

 メインストーリーボスのディーグラでさえ焼き殺し兼ねないと思えた一撃を、ダンジョンブレイクによって地上に現れたボスモンスターが耐え切った。唸りは殺意に満ち、発する気勢が私にまで届くようだ。

「だけど物凄く苦しんでます。きっと呪炎の影響ですよ」

 サーラちゃんの魔術とエナコの魔法によって生みだされた巨大な力は、バーニングゴリラのときとは違って確実にダメージを与えた。なのに、爆発に耐えたうえに呪炎でも燃え尽きていないのは、よほど汚れた念を内包しているからだろう。

 紫の炎はその身体を包んだまま燃え続けている。これはつまり、エナコの唱えた呪文が示すとおり、汚れた念を燃やして魔獣の力を削っているに違いない。

 フロンティアを始めてから半月ほどのエナコが最前線で戦うためには、継戦能力を捨てたビルドにするしかなかった。それもサーラちゃんが特殊なビルドにするという協力があってこそ。ふたりのビルドの相乗効果が巨猫に多大なダメージを与えたはずだ。エナコ、サーラちゃん、よくやった! 次は彼の番だ!

「サクさん、あとは任せました。あたしらはもう戦えませーん」
「任された!」

 エナコと同じく初心者を脱したばかりのサクさんもまた、最前線で戦うための特殊なビルドだ。防御力と耐久力を捨てた攻撃特化の極端なビルドにしている彼にミスは許されない。プレイヤースキルが持ち味であり生命線だ。

 普通に考えればこのレベル差では太刀打ちできるはずもない。それをやってのけるのが、この世界に『赤い流星』のふたつ名を轟かせ始めている彼だ。

 呪炎に包まれたバイオレンスヒューガーが荒れ狂っている。多くの冒険者が対応できないなかで、ふたりの高レベルプレイヤーと【聖獣ゴウオリアの加護・極】による恩恵で呪炎によるダメージが軽微なサクさんだけが渡り合っていた。

「エナコさんとサーラさんはハヤト君の援護に行ってくれ」
「まだ治療の白魔術が一回は使えます。同じパーティーじゃないと回復量が半減しちゃうじゃないですか。だから、わたしがいたほうが」
「それはハヤト君に使ってあげて。オレは大丈夫。こういうのをゾーンっていうのかな? 自分の身体のような感覚で思い通りに動くんだ。負ける気がしない」

 サクさんの動きがこれまでとは違う。彼の言うとおりダークという異質な剣士に負けたときとは違って動きに幅がある感じだ。

「絵美ちゃん、ここはサクさんと他のプレイヤーに任せよう。そこにいたらまた巨猫にぶっとばされちゃうかもしれないし。何より、ハヤトにはサーラちゃんの力が必要なの」
「了解です。サーラちゃん行こう。ハヤト君を助けに」

 サクさんが心配で動かなかった彼女の足は、『ハヤト』という呪文によって解放された。

 そのハヤトの戦いもまだ続いている。HPの減少はほとんどない。ボスモンスターの討伐に三人を送り出しただけはある。弟は近くて遠いゲームの世界で立派に成長した。そんなことを思いながら切り替えた画面に映っていたのは圧倒されるハヤトの姿だった。



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「うわっ!」
 絵美ちゃんの叫び声を聞いて私は手早く視点を切り替えた。
 町の門の近くでは牙をむき出した四足歩行の恐ろしい獣が暴れている。猫というかチーター? ヒョウ? ジャガー? ピューマ? 私には違いがわからないけどモンスター名は【バイオレンスヒューガー】だ。なのに、タイガーを連想してしまうのはなんでだろう?
 戦っているのは名のあるプレイヤーを要するふたつのパーティーと、町の衛兵NPCが五人。それとサクさんだ。
「絵美ちゃんとサーラちゃんはどこよ」
「あたしはここです」
 VR空間に繋がっているスマホからそんな声が聞こえてきた。
「ここってどこ?」
「町の門のあたりです」
 言われた場所を映すと、そこにはエナコがひっくり返っていた。近くにサーラちゃんも倒れている。
「一撃でした。速すぎでしょ。無理無理」
「そんな攻撃を受けたのに死ななかったのは良かったよ。レベルダウンしたらヤバイから」
 戦闘不能で済んだのは幸いだった。この町の教会が機能しない今の現状だと、死んでしまった場合の復活場所は一番近くの教会や神殿となるはず。そうなれば戦線への復帰に時間がかかるので、そういう意味でも幸いだ。
「あんなにでっかいくせに猫みたいに素早く動くんですよ。後衛にいたのに一瞬でぶっとばされました」
 ローブの痛みと壁の壊れ具合から、そうとうの衝撃があったことがわかる。盾持ちのサーラちゃんでさえ一撃だったのだからレベル差が大きいのだろう。
 別パーティーのヒーラーも余裕がなく、ふたりの治療には来られない。レベル三十二のボスがダンジョンブレイクで強化されたのだから無理もない。おそらくレベル四十は超えているのかも。
「起きたらサーラちゃんと|アレ《・・》やって。町に入られたら使えないかもしれないし」
「ですね。ここで食い止めます」
 ダメージのマイナス分が回復してさらに一定時間が経過したサーラちゃんが立ち上がった。彼女よりもダメージが大きかったエナコも数秒遅れて戦闘不能状態から復帰し、ふたりは治療用のポーションを一気に飲み干した。
「サーラちゃん、|アレ《・・》やるわよ」
「はい!」
 私たちが言っている|アレ《・・》とは、バーニングゴリラこと魔炎獣イグニグオーリラ戦と同様の、一回こっきりの大魔法作戦のことだ。とはいえ、あのときとまったく同じとはいかない。
「吸い上げろ、【吸血の魔眼】
 解き放て、【明月の光玉】」
 イグニグオーリラ戦よりもさらに高火力でなければ、この危機は脱せないと思う。そのために使ったこの魔具の効果は魔力増大とMPの補填だ。
 本来なら対ディーグラ戦に用意したこいつを使ってしまえば、今日中にバージョン1のクリアはできなくなってしまう。それでも使う意味のある戦いなんだと私も絵美ちゃんも判断した。それを理解したうえでサーラちゃんも白魔術の詠唱に入った。
「ディネブ エールタ ビーガ
 祝福されしアステの申し子よ
 飛び立つふたつの翼で聖なる音を奏で
 大いなる星の力を大地に降り注げ」
 首から下げた【聖人の銀時計】が、これから先に得られる経験値を肩代わりして、今は使えない上位魔術の使用を可能にする。さらに、腕にハメた【懲罰の手錠】が最大体力値と最大生命値を一時的に半減させるペナルティと引き換えに、足りないMPを補填してくれる。
 そうすることでようやく行使することのできる|星印《せいいん》魔術により、朝日が昇って間もない空に大きな三角形の魔術陣が描かれた。その内部が夜空へと変わり煌めく星々が浮かび上がる。
「いきまーす。トライアングルウィングフォース!」
 魔術陣の彼方からほとばしる光が大地を駆け回るバイオレンスヒューガーへと降り注ぎ、ネコ科の暴君を光の檻に封じ込めた。
 対象を拘束するこの魔術は、星の力によって攻撃の威力を強化する効果を持ち合わせている。レアな魔具を用意することで可能とする一回限りの大魔術だ。
「エナコさん、やっちゃってください!」
 サーラちゃんに促され、エナコが杖を振りかざした。
「|常夜《とこよ》に燃えるかがり火よ
 封じられし悪意を目覚めさせ
 呪炎の種火となれ
 焼くは悪しき者
 その者の黒き汚れた念を汝の力とし
 |現世《うつよ》で|一度《ひとたび》咲き乱れることをゆるさん」
 この魔法はイグニアグオーリラに勝利したことで得た報酬で、その正体である聖獣ゴウオリアを苦しめていた呪炎の魔法を一度だけ使えるというモノだ。
「皆さん、離れてくださーい!」
 サクさんが跳び下がるのを見た者たちが一斉に光の檻から離れていく。
「いくぞ、滅殺呪炎……アーテルイグニスっだぁぁぁぁ!」
 強化錬金を施した杖が、極限まで増幅した紫の炎を吐き出した。その威力は凄まじく、杖は限界を超えて燃え散った。
 地獄から漏れ出した呪いの炎が星の力と合わさって、これまで使った魔法の威力を超える大炎が立ち上がった。もしも、町中で放っていたら家屋にも人にも多大な被害を出しただろう。
 バージョン1のボスに対して用意した特大魔法が、檻に囚えたバイオレンスヒューガーを爆発と呪炎で飲み込んだ。
「絵美ちゃん凄い!」
 盛大なキャンプファイヤーよろしく燃え上がる炎と煙の柱を囲んだ人たちが、喜びと驚きの声を上げている。勝利を祝す炎にしては不気味な紫の光があたりを照らしていた。
 空をくり抜いていた夜空が消え、清々しい青空が戦いの終わりを告げたかに思えたとき、二度目の爆発が炎を吹き散らしてバイオレンスヒューガーが飛び出した。
 油断していた剣士がひとり反応もできずに引き裂かれ、隣にいた魔法士は噛みつかれて絶命した。
「なんでよ、一発でやっつけられないにしても元気過ぎるでしょ!」
 メインストーリーボスのディーグラでさえ焼き殺し兼ねないと思えた一撃を、ダンジョンブレイクによって地上に現れたボスモンスターが耐え切った。唸りは殺意に満ち、発する気勢が私にまで届くようだ。
「だけど物凄く苦しんでます。きっと呪炎の影響ですよ」
 サーラちゃんの魔術とエナコの魔法によって生みだされた巨大な力は、バーニングゴリラのときとは違って確実にダメージを与えた。なのに、爆発に耐えたうえに呪炎でも燃え尽きていないのは、よほど汚れた念を内包しているからだろう。
 紫の炎はその身体を包んだまま燃え続けている。これはつまり、エナコの唱えた呪文が示すとおり、汚れた念を燃やして魔獣の力を削っているに違いない。
 フロンティアを始めてから半月ほどのエナコが最前線で戦うためには、継戦能力を捨てたビルドにするしかなかった。それもサーラちゃんが特殊なビルドにするという協力があってこそ。ふたりのビルドの相乗効果が巨猫に多大なダメージを与えたはずだ。エナコ、サーラちゃん、よくやった! 次は彼の番だ!
「サクさん、あとは任せました。あたしらはもう戦えませーん」
「任された!」
 エナコと同じく初心者を脱したばかりのサクさんもまた、最前線で戦うための特殊なビルドだ。防御力と耐久力を捨てた攻撃特化の極端なビルドにしている彼にミスは許されない。プレイヤースキルが持ち味であり生命線だ。
 普通に考えればこのレベル差では太刀打ちできるはずもない。それをやってのけるのが、この世界に『赤い流星』のふたつ名を轟かせ始めている彼だ。
 呪炎に包まれたバイオレンスヒューガーが荒れ狂っている。多くの冒険者が対応できないなかで、ふたりの高レベルプレイヤーと【聖獣ゴウオリアの加護・極】による恩恵で呪炎によるダメージが軽微なサクさんだけが渡り合っていた。
「エナコさんとサーラさんはハヤト君の援護に行ってくれ」
「まだ治療の白魔術が一回は使えます。同じパーティーじゃないと回復量が半減しちゃうじゃないですか。だから、わたしがいたほうが」
「それはハヤト君に使ってあげて。オレは大丈夫。こういうのをゾーンっていうのかな? 自分の身体のような感覚で思い通りに動くんだ。負ける気がしない」
 サクさんの動きがこれまでとは違う。彼の言うとおりダークという異質な剣士に負けたときとは違って動きに幅がある感じだ。
「絵美ちゃん、ここはサクさんと他のプレイヤーに任せよう。そこにいたらまた巨猫にぶっとばされちゃうかもしれないし。何より、ハヤトにはサーラちゃんの力が必要なの」
「了解です。サーラちゃん行こう。ハヤト君を助けに」
 サクさんが心配で動かなかった彼女の足は、『ハヤト』という呪文によって解放された。
 そのハヤトの戦いもまだ続いている。HPの減少はほとんどない。ボスモンスターの討伐に三人を送り出しただけはある。弟は近くて遠いゲームの世界で立派に成長した。そんなことを思いながら切り替えた画面に映っていたのは圧倒されるハヤトの姿だった。