「
康之先生、あの。──少し、お話させていただけませんか?」
高橋姓の先生が校内に複数いらっしゃるから、基本的に下の名前で呼ぶケースが多いのよね。特に康之先生は、最初の授業で必ず名前で呼んでいいからって言ってくれるの。
中庭での歓談タイムも、しばらく前に終わりを迎えてた。
康之先生が受け持っていたクラスの生徒がもうこの場には残っていないのを確かめて、わたしは勇気を振り絞るようにして彼に声を掛ける。
「……構わないよ。今?」
担任したこともないわたしの用件なんて、先生には予想もつかないわよね。康之先生は微かに不思議そうな表情で、それでも優しく承諾してくれた。
「あ、もし先生がよろしければ。ご都合が悪ければ仰ってください」
付け加えたわたしの言葉に、先生は笑みを浮かべて答える。
「職員室にちょっと顔だけ出さないといけないんだ。そんなに時間は掛からないと思うから、その間だけ待っててくれるかな」
「はい。もちろんです」
軽く片手を上げて、急ぎ足で校舎に戻って行く康之先生を見送りながら、わたしは大きく息を吐いた。思ったより緊張してるみたい。
……当然よね。
『卒業したら、康之先生に告白するの』
親友の怜那ちゃんにそう宣言したのは、もう一年以上前になるわ。
わたしと同じく先生を好きになった怜那ちゃん。
二年生の時に隣のクラスだった彼女と仲良くなったきっかけも、わたしが怜那ちゃんとそのクラス担任だった
沖先生の間の、なんとなく特別な空気、に気づいたからだった。
そういえば彼女はさっきの野上くんの幼馴染みで、その関係もあって彼とも結構親しくなったのよね。もともと野上くんとは一年生の時に同じクラスだったけど、それまではただのクラスメイトでしかなかったから。
わたしたちが入学するのと同時に新任でいらした、まだ二十五歳の沖先生。康之先生はもっとずっと年上なの。確か三十四歳だった筈。
でも年なんかより決定的な違いは、彼女と沖先生は互いに想い合っていること。
ただ、片想いのわたしと両想いなのに二人きりにもなれない怜那ちゃんたちと、どっちが苦しいのかな、って考えたことはあるわ。
こんなの変かしら。両想いがいいに決まってる、のに。
だけど好きなのにきちんと卒業まで待つ、って毅然としてた沖先生は、凄く格好いい大人だと思う。怜那ちゃんの気持ちは、もしかしたら別かもしれないけど。
ねぇ怜那ちゃん。わたし、変わるから。──これは、その第一歩なの。
戻ってきた康之先生と一緒に、中庭の木の下へ移動する。
「康之先生、わたし。──わたし、先生が好きなんです」
あまりお時間取っちゃいけない、と単刀直入に告げたわたしに、先生はさすがに驚いたらしくて息を呑むのがわかった。
いつも落ち着いた先生には珍しく、明らかに目が泳いでる。困らせてる? わたし。
「……あー、えーと。──ごめん」
大丈夫。こんなの想定内、だから。
必死で自分に言い聞かせているわたしに向けて、康之先生がゆっくりと口を開いた。
「実は、その。長いこと交際してる人が居るんだ。隣の市の女子校で教師をしてるんだけど、お互い仕事が忙しくてここまで来てしまって。でも、その彼女しか考えられないんだ。……生徒に何言ってるんだって感じだよなぁ」
先生が、真摯に正直に話してくれているのはわたしにも伝わってる。
「俺は、──屋敷がどうとかじゃなくて、俺は君には応えられない」
「そ、そうなんですね。先生くらい素敵な方なら、お相手がいない筈ありませんよね。すみません、わたし。すみません、忘れてくださ、──」
鼻の奥がツンとして、声が詰まる。
そうよね。康之先生みたいな人、見る目のある女の人なら放っておかない。
……彼女さんも先生なんだ。どんな感じの──。
「……どういう方、あ! 何を──」
頭の中身がそのまま漏れてしまって、わたしは慌てて掌で口を塞いだ。いけない!
「……写真、見る?」
苦笑しながら康之先生が切り出した言葉に、わたしは一瞬迷ったけど好奇心には勝てなかった。
見たい。見せてもらいたい!