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アルト⑺

ー/ー



 陽射しが白く鈍い光になって差し込む中、アルトは高日中学校の校庭に立っていた。

 体育の授業。種目はサッカーだった。
 
 生徒たちはジャージの上から赤や黄のゼッケンを羽織り、鼻をすすりながら校庭に散らばっている。
 
 アルトは静かに足元のサッカーボールを転がし、味方の位置と相手の動線を視線でなぞった。常に一手、二手先を読む癖は魔族との戦いで身についたものだ。この世界に来てからも、それは鈍っていない。

 ――紅いカケラ。あれは一体なんだったのか。ショッピングモールで女と相対した瞬間、背筋を刺すような魔神の気配を確かに感じた。カケラは魔神と繋がっているのか。だが、なぜこの世界に現れた?

 右サイドでボールを受けた味方が軽く視線をよこした。アルトは一歩引いてマークを引きつけ、滑り込むボールを受けて反転。キレのあるターンで一人をかわし、足裏ワンタッチでわずかに横へずらす。

「ナイス、日向!」

 歓声を背に、アルトはすぐ次の動きに移る。

 ――天陽山についてもそうだ。この世界にあるはずのないマナ。たどり着けない御神木。過去にいくら調べても掴めなかったその場所が、今になってなにかを訴えかけてくる気がする。

「日向、いけーっ!」

 アルトは走りながら右足を振り抜いた。

 次の瞬間、相手ゴールキーパーが叫びながら跳んだ。だが、掴めたのは自分の白い息だけだった。

 サッカーボールは一直線にゴール右隅へ突き刺さる。

 ネットが揺れ、笛が鳴った。

「決めたー! 今のやばくね? 完璧じゃん」
 
「お前ほんとに日向かよ!」
 
「ってか、サッカー部だったっけ?」

「いや、帰宅部だろ?」

「スゲー、マジでスゲー!」

 歓声が波紋のように広がった。

 アルトは驚きのあまり、目が点になる。微かな起伏に身がゆすられるようだった。

 ハイタッチとハグが繰り返された。身体に残る味方の体温は、しっかりと暖かい。元の世界では決して得られなかった温度だった。

 
 夕暮れの光が斜めに差し、学校の校舎は長い影を引いていた。空を仰ぐと、薄い白雲が空に浮かんでいる。

 アルトは校門を出た。

「おつかれ」

 赤いマフラーが視界に入りこんだ。美咲が両腕を組み、つま先で地面をつつきながら立っている。ローズピンクの髪は夕陽を吸い込み、淡い琥珀色に輝いていた。

「相変わらず勇斗っぽくない動きをしてたわね」

 マフラーの端を指先でくるくると弄びながら、あきれ気味に言う。

「見てたのか?」

「もちろん。というか、アンタ最近目立ちすぎ。勇斗はビビりで運動オンチなのを忘れないでよね」

 美咲は周囲の生徒を一瞥し、声を落とした。

「身体が勝手に動いてしまうんだ」

 アルトは頬をかき、視線を外す。

「噂になってるわよ。裏で猛特訓してるとか、とっておきの必殺技があるとか」

 美咲は口元を手で隠し、いたずらっぽく目を細めた。

「で、元の世界に戻る方法は? 何か見つかった?」

「いや、それは――」

 アルトは俯き、眉根を寄せる。

「こっちもいろいろ調べてるけど、手がかりゼロ。共有できるものがあったら教えてよ」

「山と、紅いカケラ――」

「山って、天陽山のこと?」

 アルトは、天陽山に漂うマナと、ショッピングモールで女が落とした紅いカケラのことを語った。

「ふぅん、なるほどね」

「何か、知っているのか?」

「いや、全然。でも、山に関しては光太のほうが詳しいんじゃない?」

「コータには、前に聞いた。でも、わからないって」

「そう。じゃあ、お手上げだね」

 沈黙が流れる。二人は無言のまま歩き続けた。

 行き詰まった空気を振り払うように、アルトは話題を変えた。

「そういや、あいつ、今日は休みだったな」

「朝、メッセージが来たよ。風邪だって。バカは風邪ひかないって言うのにね」

 ははっ、とアルトは苦笑した。

「それより、勇斗と連絡が取れるってほんと? 光太から聞いたけど。勇斗、本当に異世界にいるんだってね。鎧なんか着て、まるで勇者みたいって言うじゃない」

 似合わなさそう、と美咲がクスクス笑った。

「ああ。このスマホに時々、ユートから連絡が来る。仕組みはわからない」

 アルトは制服のポケットからスマートフォンを取り出した。

「こっちから発信は?」

「何度か試したが、無理だった」

「なら次に来たとき、山のことを聞いてみて。勇斗と光太、あそこが遊び場だったらしいし。意外と何か知ってるかも。わたしも今度図書館で調べてみるね」

 ――ユートに聞く、か。あいつは今、無事なのだろうか。

 有益かどうかはわからない。それでも、行き止まりの道に風穴くらいは空く予感した。

 二人は坂道を下り始めた。街灯がぼうと灯り、電線の上でカラスがかすれ声を上げる。

 坂の下で救急車のサイレンが鳴り、アルトは思わず高日中央病院の方角へ目をやった。

 美咲は横断歩道の手前で立ち止まっていた。

「どうした? ミサキの家は反対じゃ――」

 アルトは不思議そうに首を傾げた。

「わたしは病院に寄ってく。アンタは先に帰ってて」

「病院?」

「うん。弟の、お見舞い」

 アルトは、はじめて美咲と会ったときのことを思い出した。確かあのときも弟のお見舞いとか言っていた気がする。

「陽介って言うんだけどね。あることがきっかけで全然目を覚まさないの」

「あることって?」

「夏祭りの最中、真弘くんといっしょにどっか行っちゃって。必死に探したら神社の鳥居の下で倒れていたの。呼びかけても目を覚まさなくて――命に別状はないんだけど、意識が戻らない」

 白い息が漏れるたび、美咲の瞳がわずかに揺れた。

「重い話でごめん」

「いや、心配だ。その、はやく意識が戻るといいな」

「励まし下手。でも、ありがと」

 美咲がふっと笑い、赤いマフラーを引き直す。

 二人は信号が青に変わるのを待った。青に変わるまでの数秒が、やけに長く感じられた。

「また明日。勇斗のフリ、忘れないでよ」

 信号が点滅し、青に変わった。

 美咲は片手を上げ、横断歩道を渡り始める。半分ほど進んだところで振り返り、風にほどけかけたマフラーを結び直して微笑んだ。

 アルトは手を振り返し、その背中を見送った。


 勇斗の家に帰ったアルトは、夕食を済ませ、風呂で冷えた身体を温めると、そのままベッドに身を投げた。
 
 天井をぼんやり眺めながら、傍らのカレンダーに目をやる。この世界に来て三ヶ月が過ぎていた。

「もうすぐ冬休みか」

 学校はしばらく休みに入るらしい。その間に、元の世界へ戻る糸口が見つかればいいのだが。アルトの胸の奥で、期待と焦りが押し合いをしていた。

「ユートからの連絡はまだか」

 言ってみたところで、画面は沈黙を守るばかりだ。じっとしていられない。時計の秒針が、やけに耳障りだった。

 黒い画面に自身の顔が映る。頼りない顔だ。アルトは思わず視線をそらした。

 瞬間、右手首に電流のような痺れが走った。向こうの世界から通信が来る合図だ。
 
 アルトはベッドの上にあぐらをかき、息を整えると、揺れる鼓動を抑えながら画面を凝視した。

 ザザっとノイズが走り、やがて像が結ばれる。勇斗の顔がアップで映った。

『アルト!』

「ユート――」

 挨拶を交わす暇もない。向こうが騒がしい。背後の風を切る音や怒号が、スピーカー越しに溢れ出していた。

『敵襲っス!』

 映像がぐるりと回る。視界が乱れ、地面と空がめまぐるしく入れ替わる。

『ごめん、話はあと! 魔族が襲ってきた! ランパ、フォンタイト持ってて。すぐ片づける!』

 勇斗の焦り声が遠のくと、代わりにエメラルドグリーンの髪とくりっとした瞳が画面に映り込んだ。

「お前は――」

『おっす、オイラはランパ。樹の精霊だ、よろしく!』

「それは以前聞いた」

『ありゃ、そうだったっけ? ま、いいや。ユートがちゃちゃっと片づけるから、それまでオイラとにらめっこでもしていようぜ』
 
 アルトは眉間にしわを寄せつつ、ランパの奇妙な変顔を見つめた。スピーカーからは爆発音、金属がぶつかり合う高い音、獣の咆哮が断続的に届く。激戦の真っただ中だ。

『そろそろ笑ってくれよ。ずっとこの顔は、けっこうキツいんだぞ』

 どうしてこの精霊はこんなにも余裕なんだ? ユートをサポートしなくてもいいのか?

「戦いの様子を見せてくれないか」

『ん、いいけど。すぐ終わるぞ?』

 画面が移り替わる。
 
 黄金色の鎧を纏った勇斗が、三体の巨大な獣型魔族を相手に舞っていた。咥えている葉巻から立ち昇る緑煙が、夕闇の戦場を妖しく照らしている。

 鮮やかな斬撃。聖剣を振れば炎や風が踊る。時に刃を収め、拳のみで魔族の懐へ潜り込む。動きに一切の無駄がない。

 五分とかからず、魔族は膝を屈し、灰色の塵と化した。

『終わった。ランパ、フォンタイト貸して』

『ほいよー』

 再び勇斗の顔が映し出される。口から煙を吐きながら、少しだけ得意気な笑みを浮かべた。

『待たせたね。そっちはどう?』

「あ、いや――」
 
 言葉が詰まる。賛辞よりも戸惑いが先に立った。

「さっきの戦い、見させてもらった。なかなかやるじゃないか」

『――ありがとう』
 
 勇斗はそう言うと、葉巻を咥え、頬をすぼめた。

「ユート、その葉巻は一体」

『ドラシガー。ランパの合成の力で作ったんだ。これで力を引き出してる。副作用もあるけどね』

 淡い緑煙の向こうで勇斗の瞳がわずかに細くなる。

 その葉巻が力の源なのか? いや、それだけではない。表情も体つきも、以前見た彼とはまるで別人だ。

『それで、そっちは進展あった?』

「あぁ――」

 アルトは、天陽山と紅いカケラの件を報告した。
 
 勇斗はしばし沈黙したあと、静かに首を縦に振った。

『天陽山は昔から誰も頂上に辿りつけないんだ。でも――僕、小学生の頃に御神木を間近で見たことがある』

「何だと!?」

『光太と秘密基地で遊んでいたとき、急に景色が切り替わってね。巨大な樹の根本に、錆びた刀が突き刺さっていた。触れた瞬間、真っ暗になって――気づいたら病院のベッドの上。みんなには崖から落ちたんだって言われたけど』

「他に覚えていることは?」

『うーん』

 勇斗はこめかみを押さえ、記憶の糸を手繰ろうとする。

『ごめん、わからない』

「紅いカケラについては? 何か知らないか?」

『それなんだけど。真弘くん――光太の弟が持っていた。禍々しくて、不気味で――』

 その瞬間、通信にノイズが走った。画面が崩れ、音声が遠ざかる。

『――ん――地下――で――』

「ユート!」

 アルトの叫びも空しく、映像は闇に沈む。通信は途切れた。

 静寂が部屋を満たす。時計の秒針がやけに甲高く響いている。さっきまで世界を隔てて届いていた喧騒が嘘のようだ。

 ――マヒロ。そいつが鍵となるのか?

 アルトはスマートフォンをベッドに置き、窓辺へ歩む。

 紺色の夜空に白い雪片が舞っていた。


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 陽射しが白く鈍い光になって差し込む中、アルトは高日中学校の校庭に立っていた。
 体育の授業。種目はサッカーだった。
 生徒たちはジャージの上から赤や黄のゼッケンを羽織り、鼻をすすりながら校庭に散らばっている。
 アルトは静かに足元のサッカーボールを転がし、味方の位置と相手の動線を視線でなぞった。常に一手、二手先を読む癖は魔族との戦いで身についたものだ。この世界に来てからも、それは鈍っていない。
 ――紅いカケラ。あれは一体なんだったのか。ショッピングモールで女と相対した瞬間、背筋を刺すような魔神の気配を確かに感じた。カケラは魔神と繋がっているのか。だが、なぜこの世界に現れた?
 右サイドでボールを受けた味方が軽く視線をよこした。アルトは一歩引いてマークを引きつけ、滑り込むボールを受けて反転。キレのあるターンで一人をかわし、足裏ワンタッチでわずかに横へずらす。
「ナイス、日向!」
 歓声を背に、アルトはすぐ次の動きに移る。
 ――天陽山についてもそうだ。この世界にあるはずのないマナ。たどり着けない御神木。過去にいくら調べても掴めなかったその場所が、今になってなにかを訴えかけてくる気がする。
「日向、いけーっ!」
 アルトは走りながら右足を振り抜いた。
 次の瞬間、相手ゴールキーパーが叫びながら跳んだ。だが、掴めたのは自分の白い息だけだった。
 サッカーボールは一直線にゴール右隅へ突き刺さる。
 ネットが揺れ、笛が鳴った。
「決めたー! 今のやばくね? 完璧じゃん」
「お前ほんとに日向かよ!」
「ってか、サッカー部だったっけ?」
「いや、帰宅部だろ?」
「スゲー、マジでスゲー!」
 歓声が波紋のように広がった。
 アルトは驚きのあまり、目が点になる。微かな起伏に身がゆすられるようだった。
 ハイタッチとハグが繰り返された。身体に残る味方の体温は、しっかりと暖かい。元の世界では決して得られなかった温度だった。
 夕暮れの光が斜めに差し、学校の校舎は長い影を引いていた。空を仰ぐと、薄い白雲が空に浮かんでいる。
 アルトは校門を出た。
「おつかれ」
 赤いマフラーが視界に入りこんだ。美咲が両腕を組み、つま先で地面をつつきながら立っている。ローズピンクの髪は夕陽を吸い込み、淡い琥珀色に輝いていた。
「相変わらず勇斗っぽくない動きをしてたわね」
 マフラーの端を指先でくるくると弄びながら、あきれ気味に言う。
「見てたのか?」
「もちろん。というか、アンタ最近目立ちすぎ。勇斗はビビりで運動オンチなのを忘れないでよね」
 美咲は周囲の生徒を一瞥し、声を落とした。
「身体が勝手に動いてしまうんだ」
 アルトは頬をかき、視線を外す。
「噂になってるわよ。裏で猛特訓してるとか、とっておきの必殺技があるとか」
 美咲は口元を手で隠し、いたずらっぽく目を細めた。
「で、元の世界に戻る方法は? 何か見つかった?」
「いや、それは――」
 アルトは俯き、眉根を寄せる。
「こっちもいろいろ調べてるけど、手がかりゼロ。共有できるものがあったら教えてよ」
「山と、紅いカケラ――」
「山って、天陽山のこと?」
 アルトは、天陽山に漂うマナと、ショッピングモールで女が落とした紅いカケラのことを語った。
「ふぅん、なるほどね」
「何か、知っているのか?」
「いや、全然。でも、山に関しては光太のほうが詳しいんじゃない?」
「コータには、前に聞いた。でも、わからないって」
「そう。じゃあ、お手上げだね」
 沈黙が流れる。二人は無言のまま歩き続けた。
 行き詰まった空気を振り払うように、アルトは話題を変えた。
「そういや、あいつ、今日は休みだったな」
「朝、メッセージが来たよ。風邪だって。バカは風邪ひかないって言うのにね」
 ははっ、とアルトは苦笑した。
「それより、勇斗と連絡が取れるってほんと? 光太から聞いたけど。勇斗、本当に異世界にいるんだってね。鎧なんか着て、まるで勇者みたいって言うじゃない」
 似合わなさそう、と美咲がクスクス笑った。
「ああ。このスマホに時々、ユートから連絡が来る。仕組みはわからない」
 アルトは制服のポケットからスマートフォンを取り出した。
「こっちから発信は?」
「何度か試したが、無理だった」
「なら次に来たとき、山のことを聞いてみて。勇斗と光太、あそこが遊び場だったらしいし。意外と何か知ってるかも。わたしも今度図書館で調べてみるね」
 ――ユートに聞く、か。あいつは今、無事なのだろうか。
 有益かどうかはわからない。それでも、行き止まりの道に風穴くらいは空く予感した。
 二人は坂道を下り始めた。街灯がぼうと灯り、電線の上でカラスがかすれ声を上げる。
 坂の下で救急車のサイレンが鳴り、アルトは思わず高日中央病院の方角へ目をやった。
 美咲は横断歩道の手前で立ち止まっていた。
「どうした? ミサキの家は反対じゃ――」
 アルトは不思議そうに首を傾げた。
「わたしは病院に寄ってく。アンタは先に帰ってて」
「病院?」
「うん。弟の、お見舞い」
 アルトは、はじめて美咲と会ったときのことを思い出した。確かあのときも弟のお見舞いとか言っていた気がする。
「陽介って言うんだけどね。あることがきっかけで全然目を覚まさないの」
「あることって?」
「夏祭りの最中、真弘くんといっしょにどっか行っちゃって。必死に探したら神社の鳥居の下で倒れていたの。呼びかけても目を覚まさなくて――命に別状はないんだけど、意識が戻らない」
 白い息が漏れるたび、美咲の瞳がわずかに揺れた。
「重い話でごめん」
「いや、心配だ。その、はやく意識が戻るといいな」
「励まし下手。でも、ありがと」
 美咲がふっと笑い、赤いマフラーを引き直す。
 二人は信号が青に変わるのを待った。青に変わるまでの数秒が、やけに長く感じられた。
「また明日。勇斗のフリ、忘れないでよ」
 信号が点滅し、青に変わった。
 美咲は片手を上げ、横断歩道を渡り始める。半分ほど進んだところで振り返り、風にほどけかけたマフラーを結び直して微笑んだ。
 アルトは手を振り返し、その背中を見送った。
 勇斗の家に帰ったアルトは、夕食を済ませ、風呂で冷えた身体を温めると、そのままベッドに身を投げた。
 天井をぼんやり眺めながら、傍らのカレンダーに目をやる。この世界に来て三ヶ月が過ぎていた。
「もうすぐ冬休みか」
 学校はしばらく休みに入るらしい。その間に、元の世界へ戻る糸口が見つかればいいのだが。アルトの胸の奥で、期待と焦りが押し合いをしていた。
「ユートからの連絡はまだか」
 言ってみたところで、画面は沈黙を守るばかりだ。じっとしていられない。時計の秒針が、やけに耳障りだった。
 黒い画面に自身の顔が映る。頼りない顔だ。アルトは思わず視線をそらした。
 瞬間、右手首に電流のような痺れが走った。向こうの世界から通信が来る合図だ。
 アルトはベッドの上にあぐらをかき、息を整えると、揺れる鼓動を抑えながら画面を凝視した。
 ザザっとノイズが走り、やがて像が結ばれる。勇斗の顔がアップで映った。
『アルト!』
「ユート――」
 挨拶を交わす暇もない。向こうが騒がしい。背後の風を切る音や怒号が、スピーカー越しに溢れ出していた。
『敵襲っス!』
 映像がぐるりと回る。視界が乱れ、地面と空がめまぐるしく入れ替わる。
『ごめん、話はあと! 魔族が襲ってきた! ランパ、フォンタイト持ってて。すぐ片づける!』
 勇斗の焦り声が遠のくと、代わりにエメラルドグリーンの髪とくりっとした瞳が画面に映り込んだ。
「お前は――」
『おっす、オイラはランパ。樹の精霊だ、よろしく!』
「それは以前聞いた」
『ありゃ、そうだったっけ? ま、いいや。ユートがちゃちゃっと片づけるから、それまでオイラとにらめっこでもしていようぜ』
 アルトは眉間にしわを寄せつつ、ランパの奇妙な変顔を見つめた。スピーカーからは爆発音、金属がぶつかり合う高い音、獣の咆哮が断続的に届く。激戦の真っただ中だ。
『そろそろ笑ってくれよ。ずっとこの顔は、けっこうキツいんだぞ』
 どうしてこの精霊はこんなにも余裕なんだ? ユートをサポートしなくてもいいのか?
「戦いの様子を見せてくれないか」
『ん、いいけど。すぐ終わるぞ?』
 画面が移り替わる。
 黄金色の鎧を纏った勇斗が、三体の巨大な獣型魔族を相手に舞っていた。咥えている葉巻から立ち昇る緑煙が、夕闇の戦場を妖しく照らしている。
 鮮やかな斬撃。聖剣を振れば炎や風が踊る。時に刃を収め、拳のみで魔族の懐へ潜り込む。動きに一切の無駄がない。
 五分とかからず、魔族は膝を屈し、灰色の塵と化した。
『終わった。ランパ、フォンタイト貸して』
『ほいよー』
 再び勇斗の顔が映し出される。口から煙を吐きながら、少しだけ得意気な笑みを浮かべた。
『待たせたね。そっちはどう?』
「あ、いや――」
 言葉が詰まる。賛辞よりも戸惑いが先に立った。
「さっきの戦い、見させてもらった。なかなかやるじゃないか」
『――ありがとう』
 勇斗はそう言うと、葉巻を咥え、頬をすぼめた。
「ユート、その葉巻は一体」
『ドラシガー。ランパの合成の力で作ったんだ。これで力を引き出してる。副作用もあるけどね』
 淡い緑煙の向こうで勇斗の瞳がわずかに細くなる。
 その葉巻が力の源なのか? いや、それだけではない。表情も体つきも、以前見た彼とはまるで別人だ。
『それで、そっちは進展あった?』
「あぁ――」
 アルトは、天陽山と紅いカケラの件を報告した。
 勇斗はしばし沈黙したあと、静かに首を縦に振った。
『天陽山は昔から誰も頂上に辿りつけないんだ。でも――僕、小学生の頃に御神木を間近で見たことがある』
「何だと!?」
『光太と秘密基地で遊んでいたとき、急に景色が切り替わってね。巨大な樹の根本に、錆びた刀が突き刺さっていた。触れた瞬間、真っ暗になって――気づいたら病院のベッドの上。みんなには崖から落ちたんだって言われたけど』
「他に覚えていることは?」
『うーん』
 勇斗はこめかみを押さえ、記憶の糸を手繰ろうとする。
『ごめん、わからない』
「紅いカケラについては? 何か知らないか?」
『それなんだけど。真弘くん――光太の弟が持っていた。禍々しくて、不気味で――』
 その瞬間、通信にノイズが走った。画面が崩れ、音声が遠ざかる。
『――ん――地下――で――』
「ユート!」
 アルトの叫びも空しく、映像は闇に沈む。通信は途切れた。
 静寂が部屋を満たす。時計の秒針がやけに甲高く響いている。さっきまで世界を隔てて届いていた喧騒が嘘のようだ。
 ――マヒロ。そいつが鍵となるのか?
 アルトはスマートフォンをベッドに置き、窓辺へ歩む。
 紺色の夜空に白い雪片が舞っていた。