子供たちがいない。そんな状況は、しのびの里全体に大いなる衝撃を与えたのだ。布団はただ寝て起きたにしては酷く乱れ、中央部に集まるようなものであった。何かがあった以外に思えない。
「――なんで、子供たちがいないの!?」
「……そこが、特に違和感でしかないんだ」
まず、忍者たちだけではなく、信一郎は夜寝ずの番をしていた。本人は圧倒的なショートスリーパーであり、一時間未満の睡眠である程度エネルギーを賄える。しかし、昨晩しのびの里の門戸を通った人間は誰一人として存在しない。そのため、一番の疑問であったのだ。
子供たちはどこからいなくなったか。そしてどこへ消えたのか。
「――本当に、誰も門戸を通ってないんですよね」
「無論だよ。私こういう時に吐くような下らない嘘が嫌いでね。笑えない嘘は何より嫌いだ」
忍者たちもその剣道場を見渡すも、誰もいないことを強く証明してしまう以外に情報の進歩はなかった。
「どこからいなくなったか……という点だけど、周りの柵から逃げ出した……っていうのは無いんですか、御庭番衆さん」
「周りには侵入者防止のために、高さにして四メートルの電気柵が設けられています。葵だけならその可能性もあり得るでしょうが、はっきり言って不可能です。たった一人が主導するとして、全員を連れ出すには時間がいるでしょうし、それほどの派手な動きをしたら……」
「まあ、間違いなく私が気付くね。私、仮にも『原初の英雄』だし」
外の柵から抜け出すという可能性は排除。次点で忍術の一類である、凧に自分を括り付け空を飛ぶ方法もあるのだが……それも可能性としてあり得ないものである。理由は至極単純、先ほどと同じでそれほど派手な動きをすれば信一郎にバレる。信一郎に一切気づかれない脱出方法ではなかった。
「じ、じゃあ一体どうやって抜け出したんですか……このままじゃあ、神隠しのようなものじゃあないですか」
「…………」
信一郎は考え込み、剣道場に礼をしながら入場。こんな状況ではあるが、丁寧に靴を揃えていた。辺りを物色しながらこの謎に立ち向かった。
ありがちなものは、掛け軸の裏。そこには隠し通路があったものの、それはあくまで剣道場から外に出るためのもの。
エヴァが確認した場所は、従業員通路のギミックを超えた先にある昇降機。そこは、稼働履歴はエヴァが来た時のもの以外になかった。監視カメラの映像も同様で、そこを通ったものはいなかった。
次第に寒気がしてきた中、信一郎はある疑問に行き着いた。それは、その子供たちの寝室と化した剣道場の荒れ方であった。辺りの子供たちの荷物には、一切手がかかっていない。さらに、その場で布団が乱れている以外に、何かしらの争いの痕跡があったわけでもないこと。
「――失礼、現場証拠の一つではあるが……布団を盛大にバラさせてもらうよ」
その言葉通りに、子供たちの布団を全て丁寧に投げていくと、信一郎は大声でエヴァのことを呼んだ。
そこにあったものは、あろうことか地下通路。しかも、これはどの忍者も与り知らないものであった。
「――謎が一個明らかになった。どこからいなくなったか、は……この場の誰も知らない隠し通路から抜け出したのが答えだった。正直、なんで布団がこう重なっているか、というところはずっとあったんだ」
剣道場の丁度真ん中、脱獄囚が作り上げたような乱雑な穴ではなく、しっかりとコンクリートで仕上げられたちゃんとした通路。誰も知らない割には、ここまでするのには時間も騒音も生じるはず。少なくとも、一日二日で仕上げられるものではない。能力を用いれば話は違うが、あまり実用性のないものであるため考えづらい。
「ご丁寧に梯子まで……この先に何が待っているか正直不明です、もし決死隊のように死ぬ覚悟を持つ者がいれば、私たち英雄の面子に付いて来て下さい。隊長は私、瀧本信一郎が務めます」
その場の御庭番衆含む忍者を始めとして、エヴァが立候補。しかし、この場に残り手薄な状況を、守ることのできるようなメンバー選出が必要であった。
「――では、御庭番衆の皆さんは、しのびの里に残ってください。もし侵攻があった際にどうにかする手立てを持つのは、基本的にしのびの里に熟知した貴方がたです」
御庭番衆は苦い顔をしていたが、納得したため静かに頷く。
「……梯子に繋がるこの隠し扉は、二回、五回、二回のリズムでノックしない限り、絶対に開けないでくださいね、皆さん」
その言葉とともに、信一郎とエヴァ、そして忍者五名ほどは子供たちを取り戻しに、隠し通路の先へと向かったのだった。
しかし、この時複数名は知らなかった。これが最悪の前触れであるということを。