売春所を抜け、誰も守衛のいない仰々しい扉を開く。その瞬間から、扉によって封じられていた血液や臓物の臭いが、四人の鼻腔と脳内を蹂躙する。正常でいようとするなら、まず真っ先にそこに居続けることを拒みたがるほどの、叫びがこだまする。
「人身売買があるなら……これも、って訳か……」
「――ここは、俺たち王漣組統括ではない、それこそ山梨支部統括の場……子供を麻薬の試験台にしたのち、データを取得した後掻っ捌いて、綺麗な臓物を引きずり出し、ブラックマーケットを介して世に放流……通称『大麻と臓物牧場』。売春とかの選択肢すら取らず、自分でヤッて産んだ子供にも拘らず、厄介になった親が子供を連れてきて……ここで間接的に殺す場だ」
脳内にこびり付く、痛覚のままに叫ぶ子供たち。一通り臓物を取り出し終わった子供たちの死体は、ベルトコンベアに乗せられどこかへ連れられて行くのみである。その先は、誰も知らない。
「――よほどの酷い趣味を持っていない限り、ここには立ち寄らない。俺も……組長に繰り上がってからは今まで寄った試しはない。気が狂いそうになるからな」
多くの機械の駆動音、そして子供たちの叫びによって、四人がここにいることは誰も知り得なかったものの。
唐突に、そのフロア最奥に存在する巨大なビジョンに、ある人物が映し出される。他でもない、『教会』の頂点に立つ存在、カルマであった。相変わらず口元以外一切の表情を窺い知ることはできず、人であるかすら常人には理解しがたい。
『あー、テステス。よくここが分かったね英雄の卵とその付き添い諸君。まさか、まさか王漣組自体が、しかも現状トップの組長代理が裏切る……だなんてことはないよねえ。せっかくドライバーも渡してあげたのにさ』
事のすべてを理解しているかのような口ぶりに、清志郎以外の全員は冷や汗を流す。
『あーあ、私ショックだなあ。あろうことか身内から裏切っちゃうなんて……そんな不届き物が現れちゃうなんてさ』
「ふざけんな……組長殺したのもお前だろうが!!」
『はて、よく分からないけど……あの人が死んだ理由は「どこか高いところから足を滑らせて落ちた」だけさ。私が関わっているとか……そんな言いがかり辞めてほしいなァ』
画面の向こうに存在するカルマは、スマホを操作しながら四人をじわりじわりと追い詰めていく。
まるで、無邪気な小学生が、働き蟻を追い詰めて指で潰すかのように。あるいは――巣自体に多量の水を流し込むかのように。
無邪気な、純粋な悪意こそ、最悪の悪意であるのだ。
『――正直ね? グレープ・フルボディはいい遊び場だったよ。麻薬もちょーっとお世話になってたし……でもね、飽きちゃったんだ』
辺りで作業していた解体人たちが、血肉が未だ滴り落ちる錆びた鋸を手に、一行にじりじりと迫りくる。清志郎を除く三人はじりじりと後退しつつあった。
『もうそろそろ潮時よねえ。別支部管轄にしてあげれば、また人身売買ビジネスは続けられる。金も大量に手に入る。だから……現体制の山梨支部も王漣組も、全て消しちゃおっか』
そうだけ語ると、解体人たちの理性も消えた。清志郎は当然と言わんばかりに、大勢の前に立つ。そして恐怖心をばねに立ち向かう院と透もまた、灰崎を庇うようにして立ちはだかったのだ。
「――今すぐ、アンタだけでも逃げろ! こいつら……お前を含む王漣組自体を消しにかかってる!!」
透の叫びも虚しく、灰崎はその場にて腰を抜かしてしまい、動けずにいた。皆何とか鋸を蹴り飛ばし、徒手空拳だけの状態に持ち込む。
「……貴方のやったことは、当然ですが許されません。そして貴方のような反社会的勢力はいつだって許されません。ですが……ここで死なれるのは、特に私たちの前で死なれるのは……最ッッ高に気分が悪いので」
あくまで、私情よりも己の信じる正義のために動く。それこそが、英雄と言えるもの。そして、院はその場で怒りを露わにし、モニターを指さし高らかに宣言するのだった。
「――覚悟しておきなさい、私たち英雄が……このクソの坩堝たるグレープを完膚なきまでにぶっ潰しますわよ!!」
『おー、怖い怖い。でも……その言葉に嘘はないことくらい私も分かる。なら……やってみろよ、三下』
底冷えがするほどドスの効いた声で侮蔑したのちに、映像は途切れた。その場の全員が、カルマへの敵対心を残している中、透は頭一つ抜けて冷静であった。
「――話を聞いている限り、アンタは本当にただ仕事を引き継いだだけのようだ。それに……組に起こった不幸も最近のようだ。そこに嘘がないのを知れただけで進歩だ。……向けるべき怒りの矛先は、アンタたちじゃあない」
蜥蜴の尻尾切り。現代でもよくあるだろう、権力者がそれ以上の被害を受けないようリスクカットする行為。それの中に、たまたま王漣組がいただけ。
「……もし不安なら、俺もついていく。子供を食いモンにしていたお前は許せねえけどよ、言っていることが正しいならお前の非は多少なり薄まる。足洗って少しくらいまともになる覚悟があるんなら……この天音透が、お前を守ってやる。お前の用心棒になってやる。反社に恩作りたかないから、後々金は貰うけどよ」
「……すまない、頼めるか」
「頼み方がだいぶ上からだなあ、オイ!!」
「分かったよ守ってくださいお願いします!」
「よく言えた」と言わんばかりに、灰崎の背を押しその場を急いで後にする透。
次第に、清志郎と院の周りには、理性の消えた解体人が大量に押し寄せる。緊急音が解体場全体に広がっているため、侵入者を殺害するべく皆が動き出したのだろう。
「――皆、チーティングドライバー持ちとは。これは過剰戦力かな」
「……いえ、先ほど美味しいところをぜーんぶ貴方に持っていかれたので、このくらいじゃあないと暴れがいがありませんわ」
「おやおや、エネルギッシュな若い子の力ってのは……実に眩しいもんだねえ」
院と清志郎。二人がこの場の障害を蹴散らすべく、隣り合った状態でライセンスを認証、装填。
『認証、ギルガメッシュ叙事詩、属性モリモリ女神イシュタル!』
『認証、狼王ロボ、戦場に立つ!!』
辺りに、灼熱の炎と絶対零度の氷結空間が広がっていく。理性の無い解体人たちですら、眼前の二人を脅威と認識した瞬間であった。
「「変身!!」」
『『『Loading――――Game Start』』』
未来ある子供たちを食いつぶさんとする災厄。それを打ち砕かんと、二人の英雄が立ちはだかった瞬間だった。