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第百五十九話

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 きっかけは偶然であった。最初はそこまで裕福そうには見えなかったものの、通院の回数を重ねるごとに、親の身なり『だけ』が良くなっていたのだ。子供は、そこまで華美な服を着させてもらっているわけでもない中、その子の表情はずっと暗いままであった。
 一回ごとに、清志郎はその子の警戒心を解いていった。決して急ぐことはない、しかし確実に。次第に、その子とは――その日あった些細なことを話し合うような仲になったのだ。
 そしてついに。ある時、その子の辛いことに触れたのだ。その子の本心に触れたのだ。
(――私ね、いけないことしてお金を稼いでるの)
(……いけないこと、っていうのは?)
(保健体育の教科書に載っているような……それより酷いこと)
 次第に漏れ出していく事実の濁流に翻弄されつつも、清志郎はその子の手を優しく包む。すると、彼の優しさがその手から伝わったようで、その子は大粒の涙を流し始めたのだ。親に言われるがままその『行為』を了承したものの、心の奥底では嫌がっていたこと。望まない金を受け取った中で褒められることに、嫌気がさしていたこと。
(――私、苦しいよ……私を求めてくる人が……絶え間なくやってくる。その『遊び』相手をするのが……いやだよ)
 その時から、疑念から確信に変わった。この子の家族は、法に反することをして、子供に一切還元することなく甘い汁を吸い続けている、最悪の関係であること。そして、そんな関係を結びつけるような場所が、この山梨のどこかに存在することを。

「――その子は、その後悪い客につかまった結果、性的虐待の末殺害された。それがあってもなお……お前はウィンウィンだと語るか?」
「…………」
「――喋れよ、今『俺』は機嫌が悪い。患者を侮辱され、あまつさえ嘘まで吐かれた『俺』はよ」
「……嘘じゃあ、無いさ」
 子供のことを真に思っているのなら、少なくとも幼子の時点から子供に金を稼ぎに行け、だなんて語ることはない。もしいたとしたら、それは人でなしか親の姿形をした鬼畜のどちらかだ。
 あろうことか売春にまで手を染めさせ、自分たちのことを棚に上げ子供が死んだことを訴求するのは話が違う。殺した当人も無論悪いだろうが、そうなるきっかけを作り出した自分たちも悪いのだ。そこに、子供が悪いかなどありはしない。ただの被害者である。
 実際、親子相互理解の上でここにいる、と言われたとしても。子供の自由意識がある程度ありはするだろうが、結局は親が一番という認識で動くだろう。子供の自我が確立する以前の話にはなるが、どんなことでも基本は正しいことという認識で動く。
 子供が本当の意味で、そして自分の意志で了承できるときは、少なくとも高校生以上からの話である。
「――子供たちを見てみろ。俺とお前のやり取りの中、内心どっち側に立っているか。ルールほぼ無用のこの状況下、客からどんな嫌がらせを受け、肉体被害と精神被害を負ってきたか。ただビジネスをこなす場所を提供してきたお前に……分かるはずがないだろうな。子供がいないから……分からないんだろうな」
「…………ああ、分かっていたさ。『分からない』ことが分かっていたさ」
 現代社会において、暴対法による取り締まりにより、表層……ライトボディに、ヤクザの居場所は皆無に等しい。あったとしても、警察の厳しい監視下に置かれるか、秘密警察の隠れ蓑として勝手に利用されるか。今や、違法のシノギなど許されるはずもなく、さらに多額の金を元手に組を大きくすることも難しい。
 結果何が起こるか。規模縮小により、ゆくゆく待ち受ける未来は自然消滅である。
 何をするにも、金が必要なら。その金の成る木を多くの支援者と共に作りだすことが先決。しかも、それは自分たちだけが甘い汁を吸えるような場所ではなく、運命共同体にするべく結託する以外にない。
 そのための、グレープ。ヤクザと各県の重鎮が作り上げた、大人のための楽園である。
「……俺らだって、いつか終わる夢だってのは分かってる。『奴ら』に吸収されることくらい。しかも、『原初の英雄』が現れたその時から、いつかこの楽園は終わるのは重々理解していた。ミドルボディにお前らが来た、ってなった時。いくらある程度『援助』を受けているとはいえ、俺たちにどうすることもできないってのは……痛いほど理解していたんだ」
 援助とは、他でもない『教会』。しかし反乱分子とならないように、渡されたチーティングドライバーは一つきり。相手が英雄の卵二人と『原初の英雄』のライバル一人。勝てる訳がなかったのだ。
「――初めから負ける。そう計算されて俺らは偽りの王冠を被らされたんだ。組長(オヤジ)も殺され、トップの席が空席だった中で、だ。よほど……元あった売春所の『健全さ』が気に食わなかったんだろう。死ぬ気はあったが……最初から勝手に死ぬための戦いを仕組まされていたんだよ」
 その発言に、さらに眉を(ひそ)める清志郎。その場の全員、その意図は読めずにいた。
 昔は、今ほどの淀んだ場所ではなかった。いわゆる、昔の遊郭。それに近いような性風俗所であった。ある程度嬢の気持ちを汲んだ、高級ソープのような役割を果たしていたのだ。
 しかし、組長が何者かに殺害され、昔あったような売春場が壊れてしまったのは、灰崎の語る『奴ら』と『教会』が関わってきてから。王漣組は、長い間グレープ・フルボディでの権力を握っていたためか、そして組長の精神性が他の組長よりも秀でていたためか、ある組を覗いて他の組から酷い恨みを買っていた。結果、現状があるのだろう。
 灰崎は殴られた頬を庇いながら、一行の先に立つ。それは、売春所を案内するための姿ではない。
「――じきに、王漣組は終わる。その前に……これ以上の『最悪』を見せる。お前らに……山梨に巣食う闇を暴いてほしいからよ」



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 きっかけは偶然であった。最初はそこまで裕福そうには見えなかったものの、通院の回数を重ねるごとに、親の身なり『だけ』が良くなっていたのだ。子供は、そこまで華美な服を着させてもらっているわけでもない中、その子の表情はずっと暗いままであった。
 一回ごとに、清志郎はその子の警戒心を解いていった。決して急ぐことはない、しかし確実に。次第に、その子とは――その日あった些細なことを話し合うような仲になったのだ。
 そしてついに。ある時、その子の辛いことに触れたのだ。その子の本心に触れたのだ。
(――私ね、いけないことしてお金を稼いでるの)
(……いけないこと、っていうのは?)
(保健体育の教科書に載っているような……それより酷いこと)
 次第に漏れ出していく事実の濁流に翻弄されつつも、清志郎はその子の手を優しく包む。すると、彼の優しさがその手から伝わったようで、その子は大粒の涙を流し始めたのだ。親に言われるがままその『行為』を了承したものの、心の奥底では嫌がっていたこと。望まない金を受け取った中で褒められることに、嫌気がさしていたこと。
(――私、苦しいよ……私を求めてくる人が……絶え間なくやってくる。その『遊び』相手をするのが……いやだよ)
 その時から、疑念から確信に変わった。この子の家族は、法に反することをして、子供に一切還元することなく甘い汁を吸い続けている、最悪の関係であること。そして、そんな関係を結びつけるような場所が、この山梨のどこかに存在することを。
「――その子は、その後悪い客につかまった結果、性的虐待の末殺害された。それがあってもなお……お前はウィンウィンだと語るか?」
「…………」
「――喋れよ、今『俺』は機嫌が悪い。患者を侮辱され、あまつさえ嘘まで吐かれた『俺』はよ」
「……嘘じゃあ、無いさ」
 子供のことを真に思っているのなら、少なくとも幼子の時点から子供に金を稼ぎに行け、だなんて語ることはない。もしいたとしたら、それは人でなしか親の姿形をした鬼畜のどちらかだ。
 あろうことか売春にまで手を染めさせ、自分たちのことを棚に上げ子供が死んだことを訴求するのは話が違う。殺した当人も無論悪いだろうが、そうなるきっかけを作り出した自分たちも悪いのだ。そこに、子供が悪いかなどありはしない。ただの被害者である。
 実際、親子相互理解の上でここにいる、と言われたとしても。子供の自由意識がある程度ありはするだろうが、結局は親が一番という認識で動くだろう。子供の自我が確立する以前の話にはなるが、どんなことでも基本は正しいことという認識で動く。
 子供が本当の意味で、そして自分の意志で了承できるときは、少なくとも高校生以上からの話である。
「――子供たちを見てみろ。俺とお前のやり取りの中、内心どっち側に立っているか。ルールほぼ無用のこの状況下、客からどんな嫌がらせを受け、肉体被害と精神被害を負ってきたか。ただビジネスをこなす場所を提供してきたお前に……分かるはずがないだろうな。子供がいないから……分からないんだろうな」
「…………ああ、分かっていたさ。『分からない』ことが分かっていたさ」
 現代社会において、暴対法による取り締まりにより、表層……ライトボディに、ヤクザの居場所は皆無に等しい。あったとしても、警察の厳しい監視下に置かれるか、秘密警察の隠れ蓑として勝手に利用されるか。今や、違法のシノギなど許されるはずもなく、さらに多額の金を元手に組を大きくすることも難しい。
 結果何が起こるか。規模縮小により、ゆくゆく待ち受ける未来は自然消滅である。
 何をするにも、金が必要なら。その金の成る木を多くの支援者と共に作りだすことが先決。しかも、それは自分たちだけが甘い汁を吸えるような場所ではなく、運命共同体にするべく結託する以外にない。
 そのための、グレープ。ヤクザと各県の重鎮が作り上げた、大人のための楽園である。
「……俺らだって、いつか終わる夢だってのは分かってる。『奴ら』に吸収されることくらい。しかも、『原初の英雄』が現れたその時から、いつかこの楽園は終わるのは重々理解していた。ミドルボディにお前らが来た、ってなった時。いくらある程度『援助』を受けているとはいえ、俺たちにどうすることもできないってのは……痛いほど理解していたんだ」
 援助とは、他でもない『教会』。しかし反乱分子とならないように、渡されたチーティングドライバーは一つきり。相手が英雄の卵二人と『原初の英雄』のライバル一人。勝てる訳がなかったのだ。
「――初めから負ける。そう計算されて俺らは偽りの王冠を被らされたんだ。|組長《オヤジ》も殺され、トップの席が空席だった中で、だ。よほど……元あった売春所の『健全さ』が気に食わなかったんだろう。死ぬ気はあったが……最初から勝手に死ぬための戦いを仕組まされていたんだよ」
 その発言に、さらに眉を|顰《ひそ》める清志郎。その場の全員、その意図は読めずにいた。
 昔は、今ほどの淀んだ場所ではなかった。いわゆる、昔の遊郭。それに近いような性風俗所であった。ある程度嬢の気持ちを汲んだ、高級ソープのような役割を果たしていたのだ。
 しかし、組長が何者かに殺害され、昔あったような売春場が壊れてしまったのは、灰崎の語る『奴ら』と『教会』が関わってきてから。王漣組は、長い間グレープ・フルボディでの権力を握っていたためか、そして組長の精神性が他の組長よりも秀でていたためか、ある組を覗いて他の組から酷い恨みを買っていた。結果、現状があるのだろう。
 灰崎は殴られた頬を庇いながら、一行の先に立つ。それは、売春所を案内するための姿ではない。
「――じきに、王漣組は終わる。その前に……これ以上の『最悪』を見せる。お前らに……山梨に巣食う闇を暴いてほしいからよ」