第1章「それ、夢じゃなくて異世界ってやつ?」
少女は、白いワンピースに狐のお面をつけていた。
背丈は悠真と同じくらい。歳もそんなに変わらなさそうだった。
「……やっと来たね、目覚めた子」
「は?」
「その反応、いいね。やっぱり“普通の子”って感じ」
少女はゆるりと笑って、拝殿の奥へと悠真を誘った。
戸惑いながらも、彼の足は自然とその後を追っていた。だって──
「この“止まった町”が嫌なら、こっちに来た方がいいよ?」
「こっちって……なにがあるの?」
「ファンタジー。ドラゴンとか、魔法とか、世界を救う勇者の運命とか──そういう、君たちが夢見てたやつ」
バカバカしい。けど、目の前の少女の言葉には、どこか抗えない引力があった。
だって現実は、壊れていた。人々は昨日を繰り返し、時間は進まない。
なら──
「ちょっとくらい、見てみてもいいかもな」
「そういうの、軽いノリで踏み込んじゃうのが“選ばれし者”っぽくて、嫌いじゃないよ」
少女が手を叩くと、拝殿の奥の床が軋んで開いた。
黒く、ぐにゃりと揺れるような空間がそこにあった。穴というより、“裂け目”だった。
悠真は深呼吸し、スマホの電源を切った。
なぜかその瞬間、全身が軽くなったように感じた。
「じゃあ──行ってみるか、ファンタジーってやつに」
そして彼は、現実から一歩踏み外した。
第2章「ようこそ、戦場へ」
視界がねじれた。
落ちているのか、飛んでいるのか、自分の体すらわからないまま、悠真は暗闇の中をすべっていく。
そして──着地したのは空中だった。
「……っぶねえええええ!?!?!?」
重力に抗えず、悠真は地面へまっ逆さま。だが、その身体はふわりと空中で止まり、金色の魔方陣の中へと吸い込まれるように、ふわっと着地した。
「おい、新入り!? 生きてるか!?」
聞き慣れない男の声。
悠真が顔を上げると、そこには鎧をまとった青年と、巨大な火の鳥のような魔獣が戦っていた。
「へ……?」
「無事なら剣拾って!今は話してる暇ねぇ!!」
ズドォォォォン!!!
魔獣の炎弾が地面を抉り、悠真の足元を吹き飛ばす。
「!?!?!?」
身体が勝手に動いた。地面に転がっていた剣を拾うと、その瞬間──脳に直接、言葉が流れ込んできた。
【スキル開放:異界語翻訳】
【スキル開放:戦闘本能(封)】
【契約者特権:適応補正 - 戦闘習熟】
「……なにこれ!?ゲーム!?」
「だから言ったろ!! ここは異世界《ツヅラ》、そして今は“戦争の真っ最中”だ!!」
青年が叫び、魔法陣から雷がほとばしる。
悠真も咄嗟に剣を構え、無我夢中で突っ込む。
そう──その瞬間は思ったのだ。
「やば、これ……めちゃくちゃ楽しいかも」
第3章「世界を救う鍵」
悠真がツヅラに来てから、ちょうど7日が経った。
最初はただの足手まといだった彼も、戦闘スキルが急激に成長し、今では小隊を任されるまでになっていた。
火の魔法、風の刃、敵の動きを読む勘──どれもまるで、最初からそのために作られたかのように体に馴染んだ。
「やっぱり、“契約者”は違うな」
そう言ったのは、あの時の鎧の青年──リュウガ。
彼はツヅラ王国の精鋭であり、“この世界に呼ばれし者”たちの中でも、最も多くの仲間を失ってきた男だった。
「お前が来てから、戦局が明らかに変わった。これなら……この戦争も終わるかもしれない」
その言葉に、悠真は少しだけ笑った。
「でもさ、なんで俺だけ……こんなに成長してんだろうな。怖いくらい、全部うまくいく」
「それは、お前がこの世界の“核”だからだ」
「は?」
リュウガの声が、妙に静かだった。
「この世界ツヅラは、お前を中心に“再構築”された仮想界だ。いわば……“願いの殻”だよ」
悠真は思わず笑った。
「いやいや、ちょっと何言ってるか──」
「この世界は、もう何度も壊れてる。お前が来るたびにリセットされ、その度に“より都合のいい物語”に組み替えられてきた」
「……っ」
「それを止められるのは、お前だけだ。元の世界に戻るためには、“この世界の中枢核=お前自身”を破壊するしかない」
「破壊って……俺が、死ねってことか?」
リュウガは何も言わなかった。
その沈黙が、すべての答えだった。
「それが“目覚め”の代償かよ……」
空は青く、花は咲き乱れ、仲間たちの笑い声が響いていた。
そんな世界の終わりが、もうすぐそこに迫っていた。
最終章「覚醒、そして…」
火の海だった戦場は、悠真の一撃で静寂に包まれた。
巨大な魔獣は消え、空には二つの月が並び、仲間たちは歓喜の声を上げていた。
「勝ったぞ!!」
「悠真が世界を救ったんだ!!」
王都では鐘が鳴り、花びらが空を舞う。
誰もが彼を讃え、彼を英雄と呼んだ。
そして、狐面の少女──ヨミが再び姿を現した。
「おめでとう、悠真くん。“ツヅラ”は、君の望み通りに完成したよ」
「……完成?」
ヨミは、面を外した。
その顔は、どこかで見たことのある──悠真自身の顔だった。
「この世界は、君が“現実を拒絶した瞬間”に生まれた願望の渦。
君は、現実の崩壊から逃れるために、自分でこれを作ったの。何度も、何度も繰り返しながらね」
「なにを……言って……?」
「この町《稲葉町》はもう、とっくに滅びてるんだよ。
君が生きてた現実は、あの朝──隕石の直撃で焼き尽くされた。君も、死んだ」
「……嘘だ」
「でも脳の一部だけ、奇跡的に機能が残った。“夢”として生きる選択を、君自身が選んだの。
この世界はその延長。だけど、もう終わらせる時間」
ヨミは静かに手を差し出す。
「“核”である君の意識が崩壊すれば、この世界も終わる。ようやく君は、本当に眠れる」
「じゃあ、俺が消えたら……」
「そう。“ここ”にいた皆も、全部消える。
リュウガも、仲間たちも、恋したあの子も──全部、君の脳が作ったものだから」
悠真の手の中で、剣が重くなる。
遠くで仲間たちが、彼の名を呼ぶ。
「ありがとう、って顔してる。
でもその感情も、“君が思ってる彼ら”にしか過ぎない」
……悠真は、静かに目を閉じた。
「全部、……俺の、嘘だったんだな」
そして、自らの胸に剣を突き立てた。
完。