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第二話「理想のシチュエーション」

ー/ー



 立てかけていた折りたたみの小さなテーブルを部屋の真ん中に設置し、その上にカップラーメンを置く。
 その更に上に割り箸を置いて蓋が上がらないようにする。
 蓋の隙間からラーメンのいい匂いが漂う。

 先ずは腹ごしらえだ。腹が減っては戦はできぬと言うしな。

「まぁそこに座れ」
「はい」

 金髪少女は俺の正面にちょこんとテーブルの前に座ると、不思議な物体を見るかのようにしてカップラーメンを観察している。異世界にはカップラーメンがないのだろう。

 それにしても我が城は狭いものだ。
 小さなテーブルを広げ、小さな女の子を座らせただけでもう殆どスペースが残っていない。
 女の子一人増えればこれから物も増えていくだろう。
 お金以外にも課題は山積みだな。

 まぁいい。未来のことは未来の俺に任せるとして、今の俺は今の問題から解決して行こう。

 さて、今の目の前にある問題。
 異世界とかエルフ少女とかいろいろ問題は山積みだが、まずは現実的に解決できるものから解決して行こう。

 同居。
 もちろん彼女いない歴=年齢の俺にはそんな経験はない。
 家族以外の人と、しかも世界の違う人と一緒に暮らしていく上で最も重要なのはなにか。
 それは信頼だと俺は思う。
 そしてその信頼を培うにはお互いをよく知る必要がある……と俺は思う。

 俺はこいつの事をよく知らない。なんたって異世界人でエルフでロリ。未確認生命体だ。
 こいつだって、中卒で家出した童貞野郎な俺の事なんてよく知らないだろうし、知りたくもないだろう。
 でも、知らなくてはならない。お互いのことを。
 ならコミュニケーションだ。言葉のキャッチボールをしよう。

「そういや、さっきまでなにしてたんだ?」
「え?」
「さっきそこに頭突っ込んでたろ。なんか探してたのか?」

 俺がキッチンに目を向けると、聞いていることを理解したのか三つ編みを揺らし、謝罪の意を込めて大きく頭を下げた。

「食材を探していたのですが、すみません。見つからなくて……。この世界ではレイゾウコという冷たくする箱に食材が入ってると教わったのですが……」

 ああ、なるほど。
 確かにお食事を用意するとか言ってたな。
 あれは食材を探していたのか。

 …………。

 いや、待てよ?

 もしかして、もしかすると俺は重大なミスを犯したのではなかろうか。

 よく考えてみろ、これは物語によくある定番のシュチュエーションだ。

 慕われている後輩の女の子が一人暮らしの主人公の家にやってくる。で、女の子が言うのだ。

 まったくもー。 ゴミ箱カップラーメンばっかりじゃないですか。ちゃんとしたもの食べていませんね? ちょっと待ってて下さい。ご飯作りますから!

 なんて言って、持参して来たエプロンを身につけて女の子は台所を陣取るのだ。

 そして、

 はい、できました! 冷蔵庫にあったもののあり合わせですけど。コンビニだけじゃなくてちゃんと自炊しないと体に悪いですよ!

 と締めくくる。

 この神シュチュエーションの破壊力は皆も承知しているだろう。

 まず、慣れた様子で一人暮らしの男の家に入ってくる女の子。警戒されていない、信用されてると思うだけで男は嬉しいものだ。
 そしてエプロン。明らかにご飯作ってくれるために来てくれいる。
 さらに冷蔵庫にある少ない食材で料理できちゃう家庭的な能力を披露。こんなことをしてくれちゃったらどんな男でも惚れしまう。

 そんな、そんな奇跡でも起きない限り出会えないシチュエーションを今しがた俺は逃したというのか!?

「っぐ……」
「シノさま? 顔色が屍人のように悪いですけど大丈夫ですか?」
「いやダメだ。やり直しを要求する」
「やり直し……ですか?」
「そうだ。お前、料理作れるんだよな?」
「え、はい! お料理はお任せください!」

 こいつは相当料理には自信があるらしい。料理という単語を聞いて、ピンっと立ち上がる。

「よし! じゃあ今から料理だ。冷蔵庫はそれ。白いやつ」

 少女の気合いの入った起立にノって、俺もキッチンの人隅にある自慢の冷蔵庫をビシッと指さす。

 前にも言ったが、俺は形から入るタイプだ。一人暮らしを始めるときにそこそこ良い冷蔵庫を購入した。
 確かマイナスイオン? なんていうものを出すらしい。俺の冷蔵庫は癒し系だ。もしかしてこの冷蔵庫、擬人化したら癒し系美少女になるのではなかろうか。

「あれ……? でもあれは……」
「いやいい。あるもので作ってくれればそれでいい。なに、遠慮するな。冷蔵庫にあるもの全てを使っていいぞ」

 我は太っ腹じゃ。と、ドンと胸を張って見せる。

「でも……」

 金髪エルフ少女は困ったように冷蔵庫の前まで移動すると、冷蔵庫の中身を確認する。そしてこっちを向いて言った。

「なにも入ってないように見えるのですが……」
「なん、だと……」

 俺は両手を床に付いて大袈裟に落ち込んだ。

 薄々は気づいていた。だって俺、自炊しないんだもん。
 自炊しない奴の冷蔵庫に食材なんか入ってるわけないじゃん?

 つまり、女の子が自宅に来て、自炊しない男子に料理を作るシチュエーション。
 あれは幻想だ。
 あり得ない。
 自炊しな男子の家には食材がないのだから。
 Q.E.D. 証明終了。

「あの……」
「いやいい。つまり今食材はないんだ。悪かったな。俺の幻想に付き合わせちまって。戻ってそこに座れ」
「はい……」

 現実なんてこんなものだ。
 しかし現実で起こり得そうで起こり得ないギリギリの理想のシチュエーション。これを考えた人は天才だな。

 そんな下らないことをしているうちに、カップラーメンが出来上がるちょうどいい時間が経過した。蓋を全部剥がすと、いい匂いが部屋に充満する。思わずヨダレが垂れそうになった。

「お前、箸は持てるか?」
「はい。知ってます」

 コンビニで貰った割り箸を割って渡してやる。それを少女が受け取ると、ぎこちなく箸を持った。
 もしお箸検定たるものがあれば、こいつは8級くらいだろう。多分豆とか、豆腐とか箸では取れそうにない。それくらい不格好で、見ただけで箸に慣れてないことがわかった。

 でもラーメンを食べるくらいなら大丈夫だろう。箸なんかこれから慣れていけばいい。

「ほれ、三分たった。食っていいぞ」

 少女はお湯を入れただけで完成した料理に驚くと、次にカップ麺と俺を見比べる。

「でもシノさまの分がありません」
「俺のはいいんだよ。これからバイトだから」

 本当は死ぬほど腹は減っているが、腹を空かせた女の子を目の前に一人でラーメンをすする程、俺は落ちぶれちゃいない。それに俺には飯の当てがある。

「バイト、ですか?」
「ああ、仕事だ。俺はそこで飯が食える」
「お勤めですか!」

 バイトが仕事とわかると、立ち上がり大きくお辞儀した。

「行ってらっしゃいませ!」
「お、おう……」

 よくわからないが、そう言えと教育されているのだろうか。
 布切れ一枚を纏う少女にお辞儀をされながら出る支度をする。と言っても、何も入っていないカバンを一つ持つだけだが。

「ああそうだ。行く前に一つ……いや、三つくらい教えることがある」

「はい」
「まずトイレはそこだ。水はこれをひねれば出る。
飲み水はこっち。喉が乾いたらそこら辺にあるコップに入れて飲め。
 あとは……そう。誰か来ても出るな」
「シノさまのお客様が来てもですか?」
「ああ、そうだ。誰かが来たらインターホンが鳴る」

試しにインターホンを押してやると、理解したのかコクコクと頷いた。

「いいか。返事もするなよ。この音がなったら物音を立てるな。気配を消せ。あたかもこの家には誰も居ないように装え」

 知り合いか近所の人が訪ねて来て、俺の家から布切れ一枚しか纏わない少女が出てみろ。俺が通報されかねん。

「わかりました」
「よし。帰りは夜になる」
「はい。行ってらっしゃいませ!」

 久々に人に見送られながら家を出る。不安はあったが、九歳の割にしっかりしてるみたいだし、まぁ大丈夫だろう。
 ……大丈夫だよな?


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 立てかけていた折りたたみの小さなテーブルを部屋の真ん中に設置し、その上にカップラーメンを置く。
 その更に上に割り箸を置いて蓋が上がらないようにする。
 蓋の隙間からラーメンのいい匂いが漂う。
 先ずは腹ごしらえだ。腹が減っては戦はできぬと言うしな。
「まぁそこに座れ」
「はい」
 金髪少女は俺の正面にちょこんとテーブルの前に座ると、不思議な物体を見るかのようにしてカップラーメンを観察している。異世界にはカップラーメンがないのだろう。
 それにしても我が城は狭いものだ。
 小さなテーブルを広げ、小さな女の子を座らせただけでもう殆どスペースが残っていない。
 女の子一人増えればこれから物も増えていくだろう。
 お金以外にも課題は山積みだな。
 まぁいい。未来のことは未来の俺に任せるとして、今の俺は今の問題から解決して行こう。
 さて、今の目の前にある問題。
 異世界とかエルフ少女とかいろいろ問題は山積みだが、まずは現実的に解決できるものから解決して行こう。
 同居。
 もちろん彼女いない歴=年齢の俺にはそんな経験はない。
 家族以外の人と、しかも世界の違う人と一緒に暮らしていく上で最も重要なのはなにか。
 それは信頼だと俺は思う。
 そしてその信頼を培うにはお互いをよく知る必要がある……と俺は思う。
 俺はこいつの事をよく知らない。なんたって異世界人でエルフでロリ。未確認生命体だ。
 こいつだって、中卒で家出した童貞野郎な俺の事なんてよく知らないだろうし、知りたくもないだろう。
 でも、知らなくてはならない。お互いのことを。
 ならコミュニケーションだ。言葉のキャッチボールをしよう。
「そういや、さっきまでなにしてたんだ?」
「え?」
「さっきそこに頭突っ込んでたろ。なんか探してたのか?」
 俺がキッチンに目を向けると、聞いていることを理解したのか三つ編みを揺らし、謝罪の意を込めて大きく頭を下げた。
「食材を探していたのですが、すみません。見つからなくて……。この世界ではレイゾウコという冷たくする箱に食材が入ってると教わったのですが……」
 ああ、なるほど。
 確かにお食事を用意するとか言ってたな。
 あれは食材を探していたのか。
 …………。
 いや、待てよ?
 もしかして、もしかすると俺は重大なミスを犯したのではなかろうか。
 よく考えてみろ、これは物語によくある定番のシュチュエーションだ。
 慕われている後輩の女の子が一人暮らしの主人公の家にやってくる。で、女の子が言うのだ。
 まったくもー。 ゴミ箱カップラーメンばっかりじゃないですか。ちゃんとしたもの食べていませんね? ちょっと待ってて下さい。ご飯作りますから!
 なんて言って、持参して来たエプロンを身につけて女の子は台所を陣取るのだ。
 そして、
 はい、できました! 冷蔵庫にあったもののあり合わせですけど。コンビニだけじゃなくてちゃんと自炊しないと体に悪いですよ!
 と締めくくる。
 この神シュチュエーションの破壊力は皆も承知しているだろう。
 まず、慣れた様子で一人暮らしの男の家に入ってくる女の子。警戒されていない、信用されてると思うだけで男は嬉しいものだ。
 そしてエプロン。明らかにご飯作ってくれるために来てくれいる。
 さらに冷蔵庫にある少ない食材で料理できちゃう家庭的な能力を披露。こんなことをしてくれちゃったらどんな男でも惚れしまう。
 そんな、そんな奇跡でも起きない限り出会えないシチュエーションを今しがた俺は逃したというのか!?
「っぐ……」
「シノさま? 顔色が屍人のように悪いですけど大丈夫ですか?」
「いやダメだ。やり直しを要求する」
「やり直し……ですか?」
「そうだ。お前、料理作れるんだよな?」
「え、はい! お料理はお任せください!」
 こいつは相当料理には自信があるらしい。料理という単語を聞いて、ピンっと立ち上がる。
「よし! じゃあ今から料理だ。冷蔵庫はそれ。白いやつ」
 少女の気合いの入った起立にノって、俺もキッチンの人隅にある自慢の冷蔵庫をビシッと指さす。
 前にも言ったが、俺は形から入るタイプだ。一人暮らしを始めるときにそこそこ良い冷蔵庫を購入した。
 確かマイナスイオン? なんていうものを出すらしい。俺の冷蔵庫は癒し系だ。もしかしてこの冷蔵庫、擬人化したら癒し系美少女になるのではなかろうか。
「あれ……? でもあれは……」
「いやいい。あるもので作ってくれればそれでいい。なに、遠慮するな。冷蔵庫にあるもの全てを使っていいぞ」
 我は太っ腹じゃ。と、ドンと胸を張って見せる。
「でも……」
 金髪エルフ少女は困ったように冷蔵庫の前まで移動すると、冷蔵庫の中身を確認する。そしてこっちを向いて言った。
「なにも入ってないように見えるのですが……」
「なん、だと……」
 俺は両手を床に付いて大袈裟に落ち込んだ。
 薄々は気づいていた。だって俺、自炊しないんだもん。
 自炊しない奴の冷蔵庫に食材なんか入ってるわけないじゃん?
 つまり、女の子が自宅に来て、自炊しない男子に料理を作るシチュエーション。
 あれは幻想だ。
 あり得ない。
 自炊しな男子の家には食材がないのだから。
 Q.E.D. 証明終了。
「あの……」
「いやいい。つまり今食材はないんだ。悪かったな。俺の幻想に付き合わせちまって。戻ってそこに座れ」
「はい……」
 現実なんてこんなものだ。
 しかし現実で起こり得そうで起こり得ないギリギリの理想のシチュエーション。これを考えた人は天才だな。
 そんな下らないことをしているうちに、カップラーメンが出来上がるちょうどいい時間が経過した。蓋を全部剥がすと、いい匂いが部屋に充満する。思わずヨダレが垂れそうになった。
「お前、箸は持てるか?」
「はい。知ってます」
 コンビニで貰った割り箸を割って渡してやる。それを少女が受け取ると、ぎこちなく箸を持った。
 もしお箸検定たるものがあれば、こいつは8級くらいだろう。多分豆とか、豆腐とか箸では取れそうにない。それくらい不格好で、見ただけで箸に慣れてないことがわかった。
 でもラーメンを食べるくらいなら大丈夫だろう。箸なんかこれから慣れていけばいい。
「ほれ、三分たった。食っていいぞ」
 少女はお湯を入れただけで完成した料理に驚くと、次にカップ麺と俺を見比べる。
「でもシノさまの分がありません」
「俺のはいいんだよ。これからバイトだから」
 本当は死ぬほど腹は減っているが、腹を空かせた女の子を目の前に一人でラーメンをすする程、俺は落ちぶれちゃいない。それに俺には飯の当てがある。
「バイト、ですか?」
「ああ、仕事だ。俺はそこで飯が食える」
「お勤めですか!」
 バイトが仕事とわかると、立ち上がり大きくお辞儀した。
「行ってらっしゃいませ!」
「お、おう……」
 よくわからないが、そう言えと教育されているのだろうか。
 布切れ一枚を纏う少女にお辞儀をされながら出る支度をする。と言っても、何も入っていないカバンを一つ持つだけだが。
「ああそうだ。行く前に一つ……いや、三つくらい教えることがある」
「はい」
「まずトイレはそこだ。水はこれをひねれば出る。
飲み水はこっち。喉が乾いたらそこら辺にあるコップに入れて飲め。
 あとは……そう。誰か来ても出るな」
「シノさまのお客様が来てもですか?」
「ああ、そうだ。誰かが来たらインターホンが鳴る」
試しにインターホンを押してやると、理解したのかコクコクと頷いた。
「いいか。返事もするなよ。この音がなったら物音を立てるな。気配を消せ。あたかもこの家には誰も居ないように装え」
 知り合いか近所の人が訪ねて来て、俺の家から布切れ一枚しか纏わない少女が出てみろ。俺が通報されかねん。
「わかりました」
「よし。帰りは夜になる」
「はい。行ってらっしゃいませ!」
 久々に人に見送られながら家を出る。不安はあったが、九歳の割にしっかりしてるみたいだし、まぁ大丈夫だろう。
 ……大丈夫だよな?