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第一話「チェンジ?ノーチェンジ?」

ー/ー



 眼が覚めると、見慣れた我が城の天井だった。

「変な、夢だったな……」

 最悪な夢だ。
 なりたいの初投稿が大失敗して、
 食料が尽きる。

 まるで現実のような悪夢だった。
 でもその途中からワニ人間が届け物を持って来て、その届け物が金髪少女。
 あまりにも非現実的だ。
 つまり夢で間違いない。

 あーよかった。
 全て夢か。
 つまり、なりたいの初投稿もまだ失敗してないってことだ。
 うん。よかったよかった。

 ベッドから起き上がると、腹が鳴った。
 どうやら食料不足なのは夢じゃなかったらしい。

「ふむ」

 ラーメンを食べよう。
 ガマンは体に良くない。
 あの夢はそういうお告げだったのかもしれない。
 来月は反省してバイトのシフトをたくさん入れたし、給料日までは友人に頭下げて少し借りればいいのだ。

 夢の中の俺は冷静さが欠けていた。
 少し考えればどうとでもなるじゃないか。

 そこまで考えて、気兼ねなくキッチンへ向かう。
 と言っても1K家賃3万円の我が城は三歩もあればキッチンへ到着するが。
 その途中、二歩目で俺の足が止まった。
 キッチンに何かがいたのだ。

 カーテンで締め切られ薄暗い中、確かにキッチンに何者かがいた。

 金髪少女だった。
 よく目を凝らしてみれば金髪の少女が真っ裸のまま四つん這いになってシンク下の戸棚に顔を突っ込んでいる。

「おい」
「っ!」

 その俺の声に、少女の肩がビクンと大きく揺れて、ごつんと頭をぶつけた。
 相当びっくりしたらしい。
 しかし、声を掛けといて失敗したと思った。
 この金髪少女、さっきの夢に出て来たのと全く同じ奴だ。

 だとすれば、だ。
 あのトンチンカンな出来事は夢じゃなかったことになる。
 そして金髪少女は俺の家を荒らしている。

 まずったな……。

 これらの状況から導き出されるのは一つ。
 こいつは新手の空き巣だ。

 宅配便で子供を送って、金目の物を盗むという……なんて巧妙な手口だ。
 というか俺がいるから空き巣じゃないな。
 居る巣だ。
 居留守をした罰なのかも知れない。なんてね。


 泥棒に声を掛けて身の危険を心配したが、相手はまだ小さな女の子。
 問題ないだろう。
 ワニ人間とか勝てない相手には弱気だったが、確実に勝てる相手になら俺は強気でいく。
 女子供だって俺は容赦しないぜ。

 少女は戸棚から抜け出し、四つん這いになったままわなわなと俺を見上げる。

 小学校低学年ぐらいだろうか、なぜか服は着ていない。代わりに白い布で前をかくしている。
 髪は綺麗な金髪で、染めているようには見えない。
 前髪はパッツンと綺麗に揃っていて、長い髪は腰辺りまで届きそうだ。
 目の色は鮮やかなサファイアブルー。
 小さな艶のある唇。
 とても日本人には見えなかった。
 どこの国の人だろうか。

「なにしてる」
「ご主人さまにお食事をご用意しようと……」
「ほう」

 とても流暢な日本語だった。
 どうやら言葉は通じるようだ。
 でも話がイマイチわからない。
 俺の予想ではこの少女は泥棒で、盗みを働いている真っ最中。
 それが見つかったというのに、ご主人さまにお食事を用意ときた。
 全くわからん。

「ご主人さまって?」
「し、シノさまでございます」

 シノさま?
 誰だ。
 俺だ。
 篠原(しのはら) 梓乃(しの)。
 俺の名前だ。

 女の子っぽい名前で小さい頃は嫌だったが、今となっては結構気に入っている。
 だって可愛いじゃない?

 それはさておき、俺がご主人さまか。
 悪くないな。
 正直メイドカフェとかバカにしてたけど実際に言われてみるとなんとも言えない高揚感が……。
 いやいやいや。騙されるな。コレは詐欺の類だ。

 そう。昔、オレオレ詐偽というものが流行ったのを知っているだろうか。
 それが日に日に進化していると実家にいるときにテレビで見たことがある。
 ついこの前も〝ねぇ、お兄ちゃんお兄ちゃん詐欺〟があったとネットの記事で見た。

 内容は妹萌のオタクに、萌え声の詐欺師が「ねぇ、お兄ちゃんお金貸して?」と電話で囁くのだ。
 すると妹萌のオタクは迷わずお金を振り込んでしまう。

 当たり前だ。
 大好きな妹がピンチなのだから数百万くらい簡単に振り込むに決まっている。
 妹萌のオタクとはそういう生き物なのだから。
 後日、自分に妹がいないという現実を思い出して詐欺と気づいたらしい。
 なんて巧妙でかつ、卑劣で恐ろしい詐欺なんだと思った。
 許されねぇ!

 つまりこれはご主人さまご主人さま詐欺だ。
 あっぶねぇ。騙されるところだった。

「どちら様で?」

 ふん。
 詐欺とわかってしまえばもう恐れるものはないぜ。

「私はシノさまの奴隷でございます」

 あれ、そいう設定なの?
 てっきりメイドさんだと思ってた。
 でもそうだよな。
 メイド服着てないもんな。
 メイドさんはメイド服を着ていないとだもんな。

「名前は?」
「名前は……ありません」

 なに言ってんじゃこいつ。

「んじゃ歳は?」
「きゅ……二十歳です! ふくしの……大学? に通ってます!」
「…………」

 あまりにもわかりやすいウソに、きっと俺はジト目になっているだろう。
 やっぱこいつ嘘をつきやがる。
 こんなロリっ子二十歳がいてたまるか。
 いたらいたでたまらないが。

 そんなウソを言いながらも少女は至って真剣な表情だ。
 それもそうか、泥棒ってバレたら警察だもんな。

 子供の嘘を見透かすように無言で少女を見ていると、訴えるような少女の表情が徐々に崩れていった。不安な表情へと。

「……チェンジですか?」
「は?」

 チェンジ?
 デリバリーなお姉さんが自分の好みと違ったら言う魔法の言葉か?
 言ったら別のお姉さんが来てくれるという。

「やっぱり、オトナの方がいいですよね……」

 え、なにどうしよう。
 泣きそうな声であながち間違ってないような返しが来てしまったんだけど?

 マジか。
 俺、無意識にいかがわしいお店に電話でもしたのか?
 ダンボールで奴隷設定のロリっ子を送ってもらって、ご主人さまと言わせてにゃんにゃんな事をするプレイ内容で?

 いやいや、いくら男は変態だからって、なにかの手違いで送られて来たデリバリー少女に手を出す鬼畜まで成り下がってはいない。

 だとすればだ返事は一択だ。

「ノーチェンジだ」
「あ、ありがとうございます!」

 それを聞くとほっとしたのか少女ははにかむ。

 しまった!
 返事を間違えた!
 つい本音が出てしまった!

 丁寧にお辞儀をすると、少女は作業に戻る。
 キッチンを荒らす作業に。

 おいこら待て。
 堂々と荒らすなよ。
 やっぱりデリバリーじゃねーな?

 いよいよわからなくなってきた。
 この子は一体誰で、どこから来て、今なにをしているのかが分からない。

 整理しよう。

 この子は誰? 自称俺の奴隷。
 どこから来た? 宅配便から。
 なにをしているか? 俺にご飯を作ろうとしているらしい。

  …………………わっけわかんね。

「なぁ、聞いていいか?」
「はい」

 少女は律儀に作業を止め、姿勢を正して俺の方を向く。
 俺は改めて質問する。

「キミは……」

 その途中で、少女の耳に目が止まった。
 普通と比べてちょっと尖った形。
 普通の子とちょっと違うと言われれば、そうなんだと頷いてしまうほどの些細な異形。
 でも、なりたい作家の端くれである俺はそこにファンタジーを感じた。
 思い返せば、この子を届けに来たのも人間ではない。
 ワニ人間だ。
 もしあれが夢でも幻でもないとすれば……。

「エルフなのか?」

 そんな単語が口から溢れた。

「エルフはお嫌いですか?」

 耳を抑えながら心配そうに言った少女のその言葉を聞いて、泥棒とか、デリバリー少女とか、現実で起こりうるような考えを一旦諦めた。


÷-÷-


 それから、俺はエルフ少女に質問攻めをした。
 少女はキッチンにちょこんと正座して俺を見上げている。
 俺は舐められないように立って腕を組み質問した。
 そしてわかった事をまとめよう。

 まずどこから来たか。
 それに対して少女は牢屋と答えた。
 色々質問を変えて聞いてみると、本当に少女はどこから来たかよくわかっていないようだった。
 もの心ついた頃からずっと牢屋にいて、奴隷として育てられた。
 だから牢屋以外の場所はここが初めてと答えた。

 うーむ。俺としては異世界から来ましたーとズバッと言って欲しかったが、しょうがない。

 じゃあ、なんでそんなエルフ奴隷がうちに来たのか。
 どうやら俺が購入したらしい。
 もちろん心当たりなんかない。
 同人誌じゃあるまいし。

 試しにどうやって買われたか聞いてみたが、わかりませんと言われた。
 少女は商品で、売っている人ではない。
 まぁ、知らなくてもおかしくはないか。

 歳は九歳。なんで二十と嘘ついたかと言うと、体を自由にできた方が返品されないと考えたらしい。
 体を許せとでも教育されたのだろうか。
 もしこの子がロリコンの手に渡っていたら大変なことになっていた。
 よかったな、俺で。

 名前は本当にないみたいで、もし良ければ名前を頂きたいと言われた。

「なるほど」

 現状を理解した。なりたい作家になると異世界への理解力は早いのだ。
 つまり俺は知らないうちに異世界からロリエルフ奴隷を購入していたらしい。
 送り先を間違えたのでは? とも思ったが、俺の名前を言っているとなると、俺宛に来ていることは間違いないのか?

「チェンジ……ですか?」

 考えるように少女を見下ろしていると、不安そうに聞いてくる。
 質問の間にもちょくちょく聞いてくるのだ。チェンジですかと。
 牢屋にはどうしても戻りたくないのだろうか。

「いや、まだしないって」
「まだ、ですか……」

 返品の可能性が残っていることを不安がる少女を見て、少し心が痛い。
 なんだよ、なんか俺が悪いみたいじゃん。
 でも嘘ついてもしょうがない。
 返品どうこうの前に、これまでの話が本当なのか俺はまだ信じきってないのだから。

「じゃあ最後の質問な」
「はい……」
「なんで日本語喋れるんだ?」

 もし異世界から来たのであれば日本語は話せないはずだ。
 まさか別世界の言語と日本語が全く同じなんてことはないだろう。
 なのにこいつは日本語を流暢に話している、圧倒的違和感だ。

「勉強しました。一年くらい前からシノさまの使う言語と、身の回りのことを」
「一年前?」

 なに、つまり一年前には購入していたのか? 勝手に一週間前とか最近に買ったと思っていた。

一年前、つまりちょうど俺がライトノベル作家を目指して一人暮らしを始めた頃だ。その頃に俺はエルフを購入したのか。

 記憶を遡るも、そんな過去あるわけもない。
 いや、確かに異世界系の資料をネットで買い漁っていた時期ではあるが、その時に?
 すげーな、最近の異世界はネット通販で人身売買してるのか。

「シノさま?」
「オッケー。わかった。とりあえずわかった」

 だいたい状況を把握した。つまり、このエルフは俺が買った。
 すなわち、俺の所有物ってことだ。
 法律はアレだ。
 異世界からだから法律外。
 脱法だ。
 うん。モウマンタイ。
 切り替えていこう。

「よし、お前、料理はできるのか?」
「はい! お勉強しましたので」
「掃除洗濯は?」
「できます! 任せて下さい! 家事全般はお勉強しましたので!」
「ほう」
「頑張ってお役に立ってみせます! 夜の営みもお勉強しました!」

 掃除洗濯料理の家事全般ができるハイスペック。一人暮らしの身としてはとても嬉しい機能だ。
 見た目も可愛い。まだ幼いが、将来さぞ美人になるだろう。そしてお触りオーケーときた。

 文句の付けようがない条件だ。
 素晴らしい。
 俺は満足気にうんと大きく頷いて笑顔で言ってやった。



「チェンジだ」


「え?」
「チェンジ。てか返品。他もいらん」
「な、なんでですか!?」

 少女は悲鳴をあげるかのように懇願してきた。

「なんでも! なんでもします! どうかチェンジだけは!?」

 前を隠していた布を投げ捨て、俺の足にしがみついてくる。真っ裸の少女が。

「ちょっ、困るんだよ! 幼女と同棲とか俺が許しても世間が許さないんだよ! だいたいお前を養う余裕もねぇ!」

「ご飯とか全然少なくてもいいです! 雑草も食べます! 泥水だって飲みます! ですからっ! ですからどうか私を置いて……置いてくだひゃい!」

 ぶぇぇぇんっと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で見上げてくる。こうなっては可愛い顔も台無しだ。
 それよりも体の震えようが異常だった。
 なにかに怯えるかのようにガクガクと震えている。
 そんなに戻るのは嫌なのか?
 嫌か、牢屋だもんな。

「まいったな……」
「なんでも……どんなことでも……します、から……」

 普段の俺なら「ん? なんでも?」と言って悪い顔をするところだが、そんな冗談をかましていい雰囲気でもない。

「うーん」

 仮に世間が許してくれたとしよう。
 お前らは許さないかも知れないが。
 一人暮らしの中卒、十八歳童貞、フリーター、ライトノベル作家志望の男と九歳美少女が同棲することを一万歩譲って許可したとしよう。

 で、金だ。
 雑草でも泥水でもとか言っているが、そんな事させるわけにもいかない。
現状、食料はカップラーメン一個。
 仮に今月凌げたとして、この先アルバイトの収入だけで女の子一人を養えるのだろうか。
 自分一人でこのざまなのに。
 普通に考えて無理だろ。

「なぁ、マジで金が無いんだ。戻っても飯は貰えてるんだろ? 絶対そっちの方がいいって」
「そ、そんな……」

 絶望した顔で俺を見上げると、ゆっくりと俯いて、ポツリと呟くように言った。

「…………では、殺してください」
「は?」
「私に死ねって命令すれば、首についた爆弾が爆発するので」
「ば、爆発!?」

 俯いた少女の首には確かに黒いチョーカーのような物が付いていた。

「安心して下さい。爆発は私の首が飛ぶくらいなので、シノさまに被害はありません」
「いやいやいやいや!」

 安心できねーよ!?

「戻れば、死ぬことも許されません。きっと私を買ってくれる人は現れません。一生あんな生活をするぐらいなら、いっそ……」

 少女は思いつめた顔をしていた。
 本気の顔だ。
 本気で死にたいと思っている。
 首に爆弾は買い手に服従させるための措置だろうか。
 ファンタジー怖い。

「牢屋ってそんなに酷いところのか?」
「……わかりません」
「なんでだよ」

 死にたいほど戻りたく無いのに、牢屋生活が酷いと肯定しない。謎だ。

 ああ、そうか。
 こいつは言っていた。牢屋以外はここが初めてと。
 だから分からないんだ。
 今までが酷いのか、酷くないのか。
 そもそも普通がわからないから。でも死にたいほど辛かったのだろう。

 なるほどな。だからここに可能性を求めているってわけか。
 今までが異常で、生きる事はもっと楽しい事だって。

 まぁ、こっちもこっちで楽じゃないけどな。俺の自信作が撃沈したんだから。
 って、夢を追えてるだけでも贅沢だよな。今はそんな事はどうでもいいか。

 長い沈黙が続いた気がした。その間、少女はぎゅっと眼を瞑って死を待っている。
 なんでこんなシリアス展開になったんだろ。

 ぐぅ……。

 気の抜けた音がなった。それはシリアスには似つかわしく無い音。
 腹の音がなったのだ。

「……」

 因みに俺じゃない。俺も死ぬほど腹が減っているが、俺ではない。少女のだ。

「腹、減ってるのか?」
「いえ、私は……」

 雑草でも泥水でもって言っているくらいだ。牢屋生活でもロクなものを食べさせてもらってないのだろう。

「はぁ、しょうがねぇな」

 片っ端から開かれたキッチンの扉を閉じて、取っ手にぶら下げられたスーパーのビニール袋を引き上げる。

 その中から最後のラーメンを取り出すと、蓋を半分剥がした。

「あの……」
「一ヶ月だ」
「え?」
「一ヶ月様子を見る。ダメだったら悪いけど返品だ。でも死ぬのはなしな」

 少女は俺の言葉に驚くと、ピンッと立ち上がって深々とお辞儀した。

 子供らしからぬ立派なお辞儀だ。
 真っ裸なのが問題だけど。

「頑張ります!」
「あ? ああ」

 どうやら少女は少し勘違いしているようだ。
 一ヶ月様子を見るのは金の問題だ。俺のアルバイトで生活が回るのか。
 でもまぁ、いいか。節約料理は頑張ってもらうし。それに、物書きのいいネタになりそうだ。

 こうして俺とロリっ子エルフの貧乏生活が始まったのだった。


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 あーよかった。
 全て夢か。
 つまり、なりたいの初投稿もまだ失敗してないってことだ。
 うん。よかったよかった。
 ベッドから起き上がると、腹が鳴った。
 どうやら食料不足なのは夢じゃなかったらしい。
「ふむ」
 ラーメンを食べよう。
 ガマンは体に良くない。
 あの夢はそういうお告げだったのかもしれない。
 来月は反省してバイトのシフトをたくさん入れたし、給料日までは友人に頭下げて少し借りればいいのだ。
 夢の中の俺は冷静さが欠けていた。
 少し考えればどうとでもなるじゃないか。
 そこまで考えて、気兼ねなくキッチンへ向かう。
 と言っても1K家賃3万円の我が城は三歩もあればキッチンへ到着するが。
 その途中、二歩目で俺の足が止まった。
 キッチンに何かがいたのだ。
 カーテンで締め切られ薄暗い中、確かにキッチンに何者かがいた。
 金髪少女だった。
 よく目を凝らしてみれば金髪の少女が真っ裸のまま四つん這いになってシンク下の戸棚に顔を突っ込んでいる。
「おい」
「っ!」
 その俺の声に、少女の肩がビクンと大きく揺れて、ごつんと頭をぶつけた。
 相当びっくりしたらしい。
 しかし、声を掛けといて失敗したと思った。
 この金髪少女、さっきの夢に出て来たのと全く同じ奴だ。
 だとすれば、だ。
 あのトンチンカンな出来事は夢じゃなかったことになる。
 そして金髪少女は俺の家を荒らしている。
 まずったな……。
 これらの状況から導き出されるのは一つ。
 こいつは新手の空き巣だ。
 宅配便で子供を送って、金目の物を盗むという……なんて巧妙な手口だ。
 というか俺がいるから空き巣じゃないな。
 居る巣だ。
 居留守をした罰なのかも知れない。なんてね。
 泥棒に声を掛けて身の危険を心配したが、相手はまだ小さな女の子。
 問題ないだろう。
 ワニ人間とか勝てない相手には弱気だったが、確実に勝てる相手になら俺は強気でいく。
 女子供だって俺は容赦しないぜ。
 少女は戸棚から抜け出し、四つん這いになったままわなわなと俺を見上げる。
 小学校低学年ぐらいだろうか、なぜか服は着ていない。代わりに白い布で前をかくしている。
 髪は綺麗な金髪で、染めているようには見えない。
 前髪はパッツンと綺麗に揃っていて、長い髪は腰辺りまで届きそうだ。
 目の色は鮮やかなサファイアブルー。
 小さな艶のある唇。
 とても日本人には見えなかった。
 どこの国の人だろうか。
「なにしてる」
「ご主人さまにお食事をご用意しようと……」
「ほう」
 とても流暢な日本語だった。
 どうやら言葉は通じるようだ。
 でも話がイマイチわからない。
 俺の予想ではこの少女は泥棒で、盗みを働いている真っ最中。
 それが見つかったというのに、ご主人さまにお食事を用意ときた。
 全くわからん。
「ご主人さまって?」
「し、シノさまでございます」
 シノさま?
 誰だ。
 俺だ。
 篠原(しのはら) 梓乃(しの)。
 俺の名前だ。
 女の子っぽい名前で小さい頃は嫌だったが、今となっては結構気に入っている。
 だって可愛いじゃない?
 それはさておき、俺がご主人さまか。
 悪くないな。
 正直メイドカフェとかバカにしてたけど実際に言われてみるとなんとも言えない高揚感が……。
 いやいやいや。騙されるな。コレは詐欺の類だ。
 そう。昔、オレオレ詐偽というものが流行ったのを知っているだろうか。
 それが日に日に進化していると実家にいるときにテレビで見たことがある。
 ついこの前も〝ねぇ、お兄ちゃんお兄ちゃん詐欺〟があったとネットの記事で見た。
 内容は妹萌のオタクに、萌え声の詐欺師が「ねぇ、お兄ちゃんお金貸して?」と電話で囁くのだ。
 すると妹萌のオタクは迷わずお金を振り込んでしまう。
 当たり前だ。
 大好きな妹がピンチなのだから数百万くらい簡単に振り込むに決まっている。
 妹萌のオタクとはそういう生き物なのだから。
 後日、自分に妹がいないという現実を思い出して詐欺と気づいたらしい。
 なんて巧妙でかつ、卑劣で恐ろしい詐欺なんだと思った。
 許されねぇ!
 つまりこれはご主人さまご主人さま詐欺だ。
 あっぶねぇ。騙されるところだった。
「どちら様で?」
 ふん。
 詐欺とわかってしまえばもう恐れるものはないぜ。
「私はシノさまの奴隷でございます」
 あれ、そいう設定なの?
 てっきりメイドさんだと思ってた。
 でもそうだよな。
 メイド服着てないもんな。
 メイドさんはメイド服を着ていないとだもんな。
「名前は?」
「名前は……ありません」
 なに言ってんじゃこいつ。
「んじゃ歳は?」
「きゅ……二十歳です! ふくしの……大学? に通ってます!」
「…………」
 あまりにもわかりやすいウソに、きっと俺はジト目になっているだろう。
 やっぱこいつ嘘をつきやがる。
 こんなロリっ子二十歳がいてたまるか。
 いたらいたでたまらないが。
 そんなウソを言いながらも少女は至って真剣な表情だ。
 それもそうか、泥棒ってバレたら警察だもんな。
 子供の嘘を見透かすように無言で少女を見ていると、訴えるような少女の表情が徐々に崩れていった。不安な表情へと。
「……チェンジですか?」
「は?」
 チェンジ?
 デリバリーなお姉さんが自分の好みと違ったら言う魔法の言葉か?
 言ったら別のお姉さんが来てくれるという。
「やっぱり、オトナの方がいいですよね……」
 え、なにどうしよう。
 泣きそうな声であながち間違ってないような返しが来てしまったんだけど?
 マジか。
 俺、無意識にいかがわしいお店に電話でもしたのか?
 ダンボールで奴隷設定のロリっ子を送ってもらって、ご主人さまと言わせてにゃんにゃんな事をするプレイ内容で?
 いやいや、いくら男は変態だからって、なにかの手違いで送られて来たデリバリー少女に手を出す鬼畜まで成り下がってはいない。
 だとすればだ返事は一択だ。
「ノーチェンジだ」
「あ、ありがとうございます!」
 それを聞くとほっとしたのか少女ははにかむ。
 しまった!
 返事を間違えた!
 つい本音が出てしまった!
 丁寧にお辞儀をすると、少女は作業に戻る。
 キッチンを荒らす作業に。
 おいこら待て。
 堂々と荒らすなよ。
 やっぱりデリバリーじゃねーな?
 いよいよわからなくなってきた。
 この子は一体誰で、どこから来て、今なにをしているのかが分からない。
 整理しよう。
 この子は誰? 自称俺の奴隷。
 どこから来た? 宅配便から。
 なにをしているか? 俺にご飯を作ろうとしているらしい。
  …………………わっけわかんね。
「なぁ、聞いていいか?」
「はい」
 少女は律儀に作業を止め、姿勢を正して俺の方を向く。
 俺は改めて質問する。
「キミは……」
 その途中で、少女の耳に目が止まった。
 普通と比べてちょっと尖った形。
 普通の子とちょっと違うと言われれば、そうなんだと頷いてしまうほどの些細な異形。
 でも、なりたい作家の端くれである俺はそこにファンタジーを感じた。
 思い返せば、この子を届けに来たのも人間ではない。
 ワニ人間だ。
 もしあれが夢でも幻でもないとすれば……。
「エルフなのか?」
 そんな単語が口から溢れた。
「エルフはお嫌いですか?」
 耳を抑えながら心配そうに言った少女のその言葉を聞いて、泥棒とか、デリバリー少女とか、現実で起こりうるような考えを一旦諦めた。
÷-÷-
 それから、俺はエルフ少女に質問攻めをした。
 少女はキッチンにちょこんと正座して俺を見上げている。
 俺は舐められないように立って腕を組み質問した。
 そしてわかった事をまとめよう。
 まずどこから来たか。
 それに対して少女は牢屋と答えた。
 色々質問を変えて聞いてみると、本当に少女はどこから来たかよくわかっていないようだった。
 もの心ついた頃からずっと牢屋にいて、奴隷として育てられた。
 だから牢屋以外の場所はここが初めてと答えた。
 うーむ。俺としては異世界から来ましたーとズバッと言って欲しかったが、しょうがない。
 じゃあ、なんでそんなエルフ奴隷がうちに来たのか。
 どうやら俺が購入したらしい。
 もちろん心当たりなんかない。
 同人誌じゃあるまいし。
 試しにどうやって買われたか聞いてみたが、わかりませんと言われた。
 少女は商品で、売っている人ではない。
 まぁ、知らなくてもおかしくはないか。
 歳は九歳。なんで二十と嘘ついたかと言うと、体を自由にできた方が返品されないと考えたらしい。
 体を許せとでも教育されたのだろうか。
 もしこの子がロリコンの手に渡っていたら大変なことになっていた。
 よかったな、俺で。
 名前は本当にないみたいで、もし良ければ名前を頂きたいと言われた。
「なるほど」
 現状を理解した。なりたい作家になると異世界への理解力は早いのだ。
 つまり俺は知らないうちに異世界からロリエルフ奴隷を購入していたらしい。
 送り先を間違えたのでは? とも思ったが、俺の名前を言っているとなると、俺宛に来ていることは間違いないのか?
「チェンジ……ですか?」
 考えるように少女を見下ろしていると、不安そうに聞いてくる。
 質問の間にもちょくちょく聞いてくるのだ。チェンジですかと。
 牢屋にはどうしても戻りたくないのだろうか。
「いや、まだしないって」
「まだ、ですか……」
 返品の可能性が残っていることを不安がる少女を見て、少し心が痛い。
 なんだよ、なんか俺が悪いみたいじゃん。
 でも嘘ついてもしょうがない。
 返品どうこうの前に、これまでの話が本当なのか俺はまだ信じきってないのだから。
「じゃあ最後の質問な」
「はい……」
「なんで日本語喋れるんだ?」
 もし異世界から来たのであれば日本語は話せないはずだ。
 まさか別世界の言語と日本語が全く同じなんてことはないだろう。
 なのにこいつは日本語を流暢に話している、圧倒的違和感だ。
「勉強しました。一年くらい前からシノさまの使う言語と、身の回りのことを」
「一年前?」
 なに、つまり一年前には購入していたのか? 勝手に一週間前とか最近に買ったと思っていた。
一年前、つまりちょうど俺がライトノベル作家を目指して一人暮らしを始めた頃だ。その頃に俺はエルフを購入したのか。
 記憶を遡るも、そんな過去あるわけもない。
 いや、確かに異世界系の資料をネットで買い漁っていた時期ではあるが、その時に?
 すげーな、最近の異世界はネット通販で人身売買してるのか。
「シノさま?」
「オッケー。わかった。とりあえずわかった」
 だいたい状況を把握した。つまり、このエルフは俺が買った。
 すなわち、俺の所有物ってことだ。
 法律はアレだ。
 異世界からだから法律外。
 脱法だ。
 うん。モウマンタイ。
 切り替えていこう。
「よし、お前、料理はできるのか?」
「はい! お勉強しましたので」
「掃除洗濯は?」
「できます! 任せて下さい! 家事全般はお勉強しましたので!」
「ほう」
「頑張ってお役に立ってみせます! 夜の営みもお勉強しました!」
 掃除洗濯料理の家事全般ができるハイスペック。一人暮らしの身としてはとても嬉しい機能だ。
 見た目も可愛い。まだ幼いが、将来さぞ美人になるだろう。そしてお触りオーケーときた。
 文句の付けようがない条件だ。
 素晴らしい。
 俺は満足気にうんと大きく頷いて笑顔で言ってやった。
「チェンジだ」
「え?」
「チェンジ。てか返品。他もいらん」
「な、なんでですか!?」
 少女は悲鳴をあげるかのように懇願してきた。
「なんでも! なんでもします! どうかチェンジだけは!?」
 前を隠していた布を投げ捨て、俺の足にしがみついてくる。真っ裸の少女が。
「ちょっ、困るんだよ! 幼女と同棲とか俺が許しても世間が許さないんだよ! だいたいお前を養う余裕もねぇ!」
「ご飯とか全然少なくてもいいです! 雑草も食べます! 泥水だって飲みます! ですからっ! ですからどうか私を置いて……置いてくだひゃい!」
 ぶぇぇぇんっと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で見上げてくる。こうなっては可愛い顔も台無しだ。
 それよりも体の震えようが異常だった。
 なにかに怯えるかのようにガクガクと震えている。
 そんなに戻るのは嫌なのか?
 嫌か、牢屋だもんな。
「まいったな……」
「なんでも……どんなことでも……します、から……」
 普段の俺なら「ん? なんでも?」と言って悪い顔をするところだが、そんな冗談をかましていい雰囲気でもない。
「うーん」
 仮に世間が許してくれたとしよう。
 お前らは許さないかも知れないが。
 一人暮らしの中卒、十八歳童貞、フリーター、ライトノベル作家志望の男と九歳美少女が同棲することを一万歩譲って許可したとしよう。
 で、金だ。
 雑草でも泥水でもとか言っているが、そんな事させるわけにもいかない。
現状、食料はカップラーメン一個。
 仮に今月凌げたとして、この先アルバイトの収入だけで女の子一人を養えるのだろうか。
 自分一人でこのざまなのに。
 普通に考えて無理だろ。
「なぁ、マジで金が無いんだ。戻っても飯は貰えてるんだろ? 絶対そっちの方がいいって」
「そ、そんな……」
 絶望した顔で俺を見上げると、ゆっくりと俯いて、ポツリと呟くように言った。
「…………では、殺してください」
「は?」
「私に死ねって命令すれば、首についた爆弾が爆発するので」
「ば、爆発!?」
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「安心して下さい。爆発は私の首が飛ぶくらいなので、シノさまに被害はありません」
「いやいやいやいや!」
 安心できねーよ!?
「戻れば、死ぬことも許されません。きっと私を買ってくれる人は現れません。一生あんな生活をするぐらいなら、いっそ……」
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 本気の顔だ。
 本気で死にたいと思っている。
 首に爆弾は買い手に服従させるための措置だろうか。
 ファンタジー怖い。
「牢屋ってそんなに酷いところのか?」
「……わかりません」
「なんでだよ」
 死にたいほど戻りたく無いのに、牢屋生活が酷いと肯定しない。謎だ。
 ああ、そうか。
 こいつは言っていた。牢屋以外はここが初めてと。
 だから分からないんだ。
 今までが酷いのか、酷くないのか。
 そもそも普通がわからないから。でも死にたいほど辛かったのだろう。
 なるほどな。だからここに可能性を求めているってわけか。
 今までが異常で、生きる事はもっと楽しい事だって。
 まぁ、こっちもこっちで楽じゃないけどな。俺の自信作が撃沈したんだから。
 って、夢を追えてるだけでも贅沢だよな。今はそんな事はどうでもいいか。
 長い沈黙が続いた気がした。その間、少女はぎゅっと眼を瞑って死を待っている。
 なんでこんなシリアス展開になったんだろ。
 ぐぅ……。
 気の抜けた音がなった。それはシリアスには似つかわしく無い音。
 腹の音がなったのだ。
「……」
 因みに俺じゃない。俺も死ぬほど腹が減っているが、俺ではない。少女のだ。
「腹、減ってるのか?」
「いえ、私は……」
 雑草でも泥水でもって言っているくらいだ。牢屋生活でもロクなものを食べさせてもらってないのだろう。
「はぁ、しょうがねぇな」
 片っ端から開かれたキッチンの扉を閉じて、取っ手にぶら下げられたスーパーのビニール袋を引き上げる。
 その中から最後のラーメンを取り出すと、蓋を半分剥がした。
「あの……」
「一ヶ月だ」
「え?」
「一ヶ月様子を見る。ダメだったら悪いけど返品だ。でも死ぬのはなしな」
 少女は俺の言葉に驚くと、ピンッと立ち上がって深々とお辞儀した。
 子供らしからぬ立派なお辞儀だ。
 真っ裸なのが問題だけど。
「頑張ります!」
「あ? ああ」
 どうやら少女は少し勘違いしているようだ。
 一ヶ月様子を見るのは金の問題だ。俺のアルバイトで生活が回るのか。
 でもまぁ、いいか。節約料理は頑張ってもらうし。それに、物書きのいいネタになりそうだ。
 こうして俺とロリっ子エルフの貧乏生活が始まったのだった。