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第三話「初めての魔法」

ー/ー



 家から数分歩き、交差点の信号を渡ったすぐそこに俺のバイト先がある。

 回転する飲食店だ。
 一皿百円が売りの回転寿司。
 俺はここでキッチンのバイトをしている。

 予定のシフト時間よりだいぶ早く到着した俺は、適当に挨拶を済ませると、キッチンからデザート用の皿を盗み取って、裏にある事務室に入る。
 誰も居ないことを確認すると、事務室に用意された炊飯器からご飯を山盛りによそい、そこら辺にあった割り箸で米をを頬張った。

「お、食ってるねぇビンボー人」

 米を頬張りながら顔を上げると、同じキッチンで働いているアルバイトが事務室に入るところだった。

 年上の大学生。バイトの先輩だ。
 ちなみにこいつ、イケメンである。
 顔もいいし、仕事もできる。それに加えて性格もいい。
 なんせ俺がシフトの代わりを頼むと嫌な顔せずに代わってくれるのだ。
 イケメンは嫌いだが、俺の中ではこいつは別だ。

「どうも」
「店長ちゃんはさっき休憩入ってたから当分大丈夫だ」
「どうも」

 実はこの米、俺が食っていいものではない。
 長時間のシフトが入っているアルバイトやパートの人にお弁当が用意されていて、そのお弁当に〝ご飯おかわり自由〟の特典が付いているのだ。
 そしてそのお弁当は無料ではない。
 ロングシフトの人が事前に注文していて、百円ほど給料から天引きされている。
 俺は注文してないし、払ってないから食っちゃいけない。

 イケメン先輩は店長と入れ替わりなのか、今休憩に入ったところらしい。
 長机を挟んで、俺の正面のパイプ椅子に座ると、米を頬張る俺をジッと見てくる。

 熱い視線だ。こいつ、イケメンだけどホモかもしれない。
 なんて考えながらも俺には関係ない。次のお代わりをよそう。

「凄いな篠原は」
「は?」
「それで四杯目」

 どうやら俺のお代わりを数えていたらしい。しかし残念だったな。イケメン先輩が来る前にもう一杯食ってたからこれで五杯目だ。

「最近まともに飯食べてなかったんで」
「ふーん。どれくらい?」
「三日くらい」
「っぶ! 三日ってやべぇな! そりゃそんだけ食うわけだ」

 吹き出してケラケラ笑うイケメン先輩に不思議と不快感がない。これもイケメンがなせる技なのだろうか。

「なんだ、金ないのか?」
「まぁ、そうっすね」
「次の給料まであと二日か。金貸してやろうか?」
「いや……、あー……」

 俺は金の貸し借りは好きじゃない。
 貸すのももちろん、借りるのも嫌だ。
 だからすぐに断ろうとしたが、不思議の国から宅配されてきたエルフ少女を思い出して返事の切れが悪くなる。

 俺は最悪ここに忍び込んで飯を食えばいい。だが、あいつにあげる食い物は出る前に開けたカップ麺で最後だ。

「なんだ。どれくらい必要?」

 俺の反応を見て借りたいと判断したのか、イケメン先輩は既に財布を開けている。

「五百……いや、千円……」
「あー悪りぃ。今これしかないわ」

 そう言って、イケメン先輩は一万円札を俺の前に置いた。

 でも俺は見た。財布の中に千円札があるのを。
 なのに気を使って一万円も……。
 やっぱこいつ、イケメンだ。

「別にいいだろ。明後日には給料日だし、余っても返してくれればいいんだからさ」
「ありがとうございます。イケメン先輩」
「いつも言ってるけど、そのイケメン先輩はやめろな?」

 その言葉を軽く流し、俺は貰った一万円札を賞状のように摘んで深々とお辞儀した。

「盗まれるなよー」
「うす」

 一文無しの俺は財布を持参していない。そのままポケットに一万円札を突っ込むと、バイトの制服に着替えて仕事に勤しんだのだった。


÷-÷-


 シフト通りの時間にバイトが終わると、外はすっかり暗くなっていた。
 六月の下旬。
 夏真っ盛りの今、日が沈んでも蒸し暑くてしょうがない。

 普段なら直帰する俺だが、今日は寄り道をすることにした。

 着いたところは古着屋。
 中古の服が売っている店だ。

 なんでこんな所に来たかというと、エルフ少女の服を買いに来たためだ。

 正直、イケメン先輩から一万円を借りれて良かった。
 あの時は食費しか考えていなかったが、あいつには色々足りない物が多い。
 服、下着、靴……あとは歯ブラシとか?
 他にも諸々。生活用品が圧倒的に不足している。

 一万円。
 大金だが、ゼロから全ての生活用品を集めるとなると心許ない。
 バイト中、この一万円で何を買うか色々考えてみた。その中で一番重要なものは服と判断したわけだ。
 衣食住で、衣以外はなんとか目処が立っているからな。
 それに服がなければ外に出れない。
 服を買いに行く服がない状態だ。

 まず最初に適当な古着を購入した。
 次に下着、靴と店を転々と回ってできるだけ安く、見栄えが良いのを揃えていく。
 バイト中に考えていた物を買い揃える頃には、財布(ポケット)の中身はだいぶ寂しくなっていた。
 因みに下着は子供用のはなかった。
 これは安い新品を買うしかない。

「まぁ、こんなもんか」

 両手にエルフ少女の生活用品をぶら下げ、我が城へ向かった。


÷-÷-


 我が城には光が灯っていなかった。まるで無人かの様に人の気配さえ感じない。

「おいおい。まさかここまでやってやっぱり〝ねぇ、シノさまシノさま〟詐欺だったってオチじゃないだろうな」

 もし詐欺だったらこの女児パンツどうすんだよ。

 イヤな汗をかきながら、鍵を開けて中に入る。明かりをつけると、エルフ少女がせっせとゴミ袋をまとめているところだった。

「お帰りなさいませシノさま」
「お、おう。ただいま」

 詐欺じゃなかった。
 よかった。
 ちゃんと異世界から女の子が宅配されていて、俺が面倒みることになっている。

  ……いや、よくねーよ。詐欺だった方がまだよかったな。

 なんて思いつつも、美少女の笑顔で出迎えられるのは悪くないものだ。

「で、なにやってんだ? 明かりもつけないで」
「お掃除をしていました」
「ほう」

 明かりのつけ方は後で教えよう。
 それよりこの変わり果てた俺の城の状態だ。

 汚かったシンクは綺麗に磨き上げられ、山のように積み重なっていたカップ麺の容器はゴミ袋に収まっている。

 部屋に上がってみれば、散乱していたライトノベルが本棚に収納され、ぐちゃぐちゃだったベッドはシワ一つなくベッドメイキングされている。更に言うなら、埃まみれだったパソコンの裏まで綺麗に掃除されていた。

「ほう!」
「いかがでしょうか? なにか間違った点があれば……」
「素晴らしいな!」
「ありがとうございます!」

 見違えった我が城に感服する。

「いや、お前すげーよ。よくここまで綺麗にできたな」
「い、いえ。そんな……えへへ」

 褒めてやると、謙遜しきれずに喜びが漏れている。なにこの可愛い生物。

 しかし冗談抜きで優秀だ。
 女の子一人なんて荷が重いと思ったが、俺が助かっている。もしかしたらめちゃくちゃ良い買い物をしたのかもしれない。

 感激をも覚える掃除っぷりに感心していると、一つ疑問が浮かぶ。

 どうやって掃除したんだ?

 料理しない男の家に食材が無いのと同様に、普段掃除をしない俺の城には掃除アイテムなんてほとんどない。
 あるものといえばゴミ袋と、食器洗い用の洗剤と、コロコロくらい。掃除機すら無いんだぞ?

「なぁ、一つ聞いていいか?」
「はい」
「例えばパソコン裏の埃ってどうやって掃除したんだ?」
「ぱそこんうら、ですか?」
「ここだ、ここ。ここも掃除したんだろ?」
「あ、はい。そちらは魔法を使わせてもらいました」

 ……魔法、だと?

「……魔法、だと?」

 魔法というワードに思わず声を出してしまった。
 魔法っつたらあれだろ?
 ファンタジー世界には欠かせないアレだよな!?

「ダメ、だったでしょうか?」
「ダメじゃない。今、魔法って言ったよな?」
「はい。お掃除魔法を使用しました」

 お掃除魔法。
 なんだそれ、カッコよくもないけどこの際どうでもいい。
 俺の知っている魔法は厨二病をこじらしたおっさん達の妄想から生まれた、カッコいい魔法(笑)だけだ。
 今こいつが言っている魔法はマジもんの魔法。
 おっさん妄想魔法じゃなくてマジ魔法だ。

「み、見せてくれ!」
「え?」
「魔法だよ。使えんだろ? そのお掃除魔法見せてくれ」
「でもお掃除はもう終わってしまって……」
「いや、掃除しなくていい。魔法が見たい。っは! まさかMP切れで一日一回しか魔法が使えないとか? 爆裂魔法的な?」

 魔法にはよくある設定だ。
 魔力的な不思議な力があって、体力と同じように消費される。
 これもおっさん妄想設定で、実際の原理はわからんけどな。

「えむぴー? はわからないですけど、一日一回なんで事はありません。私はエルフなので魔法回数には自信があります。ですが、ゴミがないとお掃除魔法は目では見えませんので……」

「マジか。魔法って見えないのか」

 残念だ。
 実に残念だ。
 だって魔法だぞ。
 なりたい作家達が毎日妄想してる魔法だぞ。
 それを眼前にして見えないなんて悔しすぎる。

 ……ん? ゴミがないと見えない?

「じゃあゴミがあれば見えるのか?」
「はい」

 ゴミがあれば見えんの?
 どういうことだ?
 全くわからん。
 流石本場の魔法だ。俺たちの妄想を超えているぜ。

 ゴミの用意ならお安い御用だ。
 ゴミを出すだけで魔法が見えるならいくらでもゴミを出そうじゃないか。
 なんなら俺がゴミだぞ。社会のゴミだ。

 という冗談は置いといて、掃除が完璧すぎて部屋を見渡してもゴミを製造できそうなアイテムがない。ならば外だ。

「ちょっと待ってろ」

 俺は裸足で外へ飛び出すと、適当な雑草をきっこ抜いて、持って帰る。

「ゴミを用意した」

 ゴミという定義があまりわからないが、この持ってきた雑草は捨てるものだ。捨てるものならゴミだろう。

「これに魔法を使えばいいのですか?」
「ああそうだ。少し離れた方がいいとかあるか?」
「大丈夫です。お掃除魔法なので赤ちゃんが近くにいても安心安全なのです」

 そういうとエルフ少女が立ち上がる。俺は床に置いた雑草の前に正座した。

 正直ワクワクする。
 聞きなれた言葉だが、未知の現象。
 それが今目の前で起こる。

「いきます」

 すると、雑草がクルクルと回って宙に浮いた。

「おお!」

 誰も手を触れていないのに、雑草が浮いている!
 まさに超常現象!

 超常現象には違いないのだが……。

 なんか地味だな。

 異世界語による詠唱も、魔法陣もない。
 もっと想像を超えたなにかが起こると期待していただけに、ちょいと拍子抜けだ。

「小さな風の渦を作っています。これを手の届かない隙間に入れて埃を集めます」

 なるほど、風を操っているのか。確かに風は目に見えんよな。

 この風の渦は操作可能のようで、床の隅々、手の届かない本棚の上に移動して、ゴミを渦の中に絡め取っていく。
 といっても、既に掃除済みなので、宙に浮いた雑草だけがクルクルと踊りながら移動しているだけだが。
 部屋の周りを一通り通ると、ゴミ袋を広げて渦を中に閉じ込めた。

「こんな、感じ、ですけど……」

 俺の反応がイマイチなのを感じ取ってか、不安そうに顔を覗き込んでくる。

「ブラボー! ブラボーだ!」

 俺は拍手した。
 感動した。
 初めて本物を見て感激した。

「他にどんな魔法が……いや、待て。楽しみは後に取っておこう」

 いやしかし凄いぞ。
 これが魔法か。魔法は本当にあったんだ!
 後でメモに残しておこう。これは書き物のネタになるぞ。

「あ、そうそう。お前に色々買ってきた」

袋を差し出すと、キョトンと不思議そうに受け取る。

「あの、これは?」
「お前のだ。開けてみろ」

 エルフ少女が袋から服を取り出すと、びっくりした様子で、俺を見た。

「い、頂けません!」
「は?」
「私なんかにこんな……こんな素敵なもの……」

 目を輝かせながら服を広げて見つめている。
 そんなに大袈裟に喜ぶところじゃない。
 それにそれ、中古の服だからな。
 そんなに喜ぶほど素敵な代物じゃなからな?

「服がないと外にも出れないだろ」
「外! 外に出てもいいんですか!?」
「当たり前だろ。外に行かないと買い物もできん。あとこれが下着。こっちが靴だ。サイズわからなかったから適当に買ってきた。ちょっと着てみろ」

 いつまでも裸だと困る。
 せめて一張羅くらいあってもいいだろう。
 今は夏だからまだいいけど、冬だったら風邪をひく。

「ぴったりです」
「いや、どう見てもぶかぶかだろ。なんか余計華奢に見えるな」
「チェンジですか?」
「これは返品不可だ。ま、すぐ大きくなるだろ。もうちょいピッタリなのはまた今度な。当分それはパジャマだ」
「ありがとうございます!」

 エルフ少女は深々とお礼のお辞儀をすると、本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。


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 家から数分歩き、交差点の信号を渡ったすぐそこに俺のバイト先がある。
 回転する飲食店だ。
 一皿百円が売りの回転寿司。
 俺はここでキッチンのバイトをしている。
 予定のシフト時間よりだいぶ早く到着した俺は、適当に挨拶を済ませると、キッチンからデザート用の皿を盗み取って、裏にある事務室に入る。
 誰も居ないことを確認すると、事務室に用意された炊飯器からご飯を山盛りによそい、そこら辺にあった割り箸で米をを頬張った。
「お、食ってるねぇビンボー人」
 米を頬張りながら顔を上げると、同じキッチンで働いているアルバイトが事務室に入るところだった。
 年上の大学生。バイトの先輩だ。
 ちなみにこいつ、イケメンである。
 顔もいいし、仕事もできる。それに加えて性格もいい。
 なんせ俺がシフトの代わりを頼むと嫌な顔せずに代わってくれるのだ。
 イケメンは嫌いだが、俺の中ではこいつは別だ。
「どうも」
「店長ちゃんはさっき休憩入ってたから当分大丈夫だ」
「どうも」
 実はこの米、俺が食っていいものではない。
 長時間のシフトが入っているアルバイトやパートの人にお弁当が用意されていて、そのお弁当に〝ご飯おかわり自由〟の特典が付いているのだ。
 そしてそのお弁当は無料ではない。
 ロングシフトの人が事前に注文していて、百円ほど給料から天引きされている。
 俺は注文してないし、払ってないから食っちゃいけない。
 イケメン先輩は店長と入れ替わりなのか、今休憩に入ったところらしい。
 長机を挟んで、俺の正面のパイプ椅子に座ると、米を頬張る俺をジッと見てくる。
 熱い視線だ。こいつ、イケメンだけどホモかもしれない。
 なんて考えながらも俺には関係ない。次のお代わりをよそう。
「凄いな篠原は」
「は?」
「それで四杯目」
 どうやら俺のお代わりを数えていたらしい。しかし残念だったな。イケメン先輩が来る前にもう一杯食ってたからこれで五杯目だ。
「最近まともに飯食べてなかったんで」
「ふーん。どれくらい?」
「三日くらい」
「っぶ! 三日ってやべぇな! そりゃそんだけ食うわけだ」
 吹き出してケラケラ笑うイケメン先輩に不思議と不快感がない。これもイケメンがなせる技なのだろうか。
「なんだ、金ないのか?」
「まぁ、そうっすね」
「次の給料まであと二日か。金貸してやろうか?」
「いや……、あー……」
 俺は金の貸し借りは好きじゃない。
 貸すのももちろん、借りるのも嫌だ。
 だからすぐに断ろうとしたが、不思議の国から宅配されてきたエルフ少女を思い出して返事の切れが悪くなる。
 俺は最悪ここに忍び込んで飯を食えばいい。だが、あいつにあげる食い物は出る前に開けたカップ麺で最後だ。
「なんだ。どれくらい必要?」
 俺の反応を見て借りたいと判断したのか、イケメン先輩は既に財布を開けている。
「五百……いや、千円……」
「あー悪りぃ。今これしかないわ」
 そう言って、イケメン先輩は一万円札を俺の前に置いた。
 でも俺は見た。財布の中に千円札があるのを。
 なのに気を使って一万円も……。
 やっぱこいつ、イケメンだ。
「別にいいだろ。明後日には給料日だし、余っても返してくれればいいんだからさ」
「ありがとうございます。イケメン先輩」
「いつも言ってるけど、そのイケメン先輩はやめろな?」
 その言葉を軽く流し、俺は貰った一万円札を賞状のように摘んで深々とお辞儀した。
「盗まれるなよー」
「うす」
 一文無しの俺は財布を持参していない。そのままポケットに一万円札を突っ込むと、バイトの制服に着替えて仕事に勤しんだのだった。
÷-÷-
 シフト通りの時間にバイトが終わると、外はすっかり暗くなっていた。
 六月の下旬。
 夏真っ盛りの今、日が沈んでも蒸し暑くてしょうがない。
 普段なら直帰する俺だが、今日は寄り道をすることにした。
 着いたところは古着屋。
 中古の服が売っている店だ。
 なんでこんな所に来たかというと、エルフ少女の服を買いに来たためだ。
 正直、イケメン先輩から一万円を借りれて良かった。
 あの時は食費しか考えていなかったが、あいつには色々足りない物が多い。
 服、下着、靴……あとは歯ブラシとか?
 他にも諸々。生活用品が圧倒的に不足している。
 一万円。
 大金だが、ゼロから全ての生活用品を集めるとなると心許ない。
 バイト中、この一万円で何を買うか色々考えてみた。その中で一番重要なものは服と判断したわけだ。
 衣食住で、衣以外はなんとか目処が立っているからな。
 それに服がなければ外に出れない。
 服を買いに行く服がない状態だ。
 まず最初に適当な古着を購入した。
 次に下着、靴と店を転々と回ってできるだけ安く、見栄えが良いのを揃えていく。
 バイト中に考えていた物を買い揃える頃には、財布《ポケット》の中身はだいぶ寂しくなっていた。
 因みに下着は子供用のはなかった。
 これは安い新品を買うしかない。
「まぁ、こんなもんか」
 両手にエルフ少女の生活用品をぶら下げ、我が城へ向かった。
÷-÷-
 我が城には光が灯っていなかった。まるで無人かの様に人の気配さえ感じない。
「おいおい。まさかここまでやってやっぱり〝ねぇ、シノさまシノさま〟詐欺だったってオチじゃないだろうな」
 もし詐欺だったらこの女児パンツどうすんだよ。
 イヤな汗をかきながら、鍵を開けて中に入る。明かりをつけると、エルフ少女がせっせとゴミ袋をまとめているところだった。
「お帰りなさいませシノさま」
「お、おう。ただいま」
 詐欺じゃなかった。
 よかった。
 ちゃんと異世界から女の子が宅配されていて、俺が面倒みることになっている。
  ……いや、よくねーよ。詐欺だった方がまだよかったな。
 なんて思いつつも、美少女の笑顔で出迎えられるのは悪くないものだ。
「で、なにやってんだ? 明かりもつけないで」
「お掃除をしていました」
「ほう」
 明かりのつけ方は後で教えよう。
 それよりこの変わり果てた俺の城の状態だ。
 汚かったシンクは綺麗に磨き上げられ、山のように積み重なっていたカップ麺の容器はゴミ袋に収まっている。
 部屋に上がってみれば、散乱していたライトノベルが本棚に収納され、ぐちゃぐちゃだったベッドはシワ一つなくベッドメイキングされている。更に言うなら、埃まみれだったパソコンの裏まで綺麗に掃除されていた。
「ほう!」
「いかがでしょうか? なにか間違った点があれば……」
「素晴らしいな!」
「ありがとうございます!」
 見違えった我が城に感服する。
「いや、お前すげーよ。よくここまで綺麗にできたな」
「い、いえ。そんな……えへへ」
 褒めてやると、謙遜しきれずに喜びが漏れている。なにこの可愛い生物。
 しかし冗談抜きで優秀だ。
 女の子一人なんて荷が重いと思ったが、俺が助かっている。もしかしたらめちゃくちゃ良い買い物をしたのかもしれない。
 感激をも覚える掃除っぷりに感心していると、一つ疑問が浮かぶ。
 どうやって掃除したんだ?
 料理しない男の家に食材が無いのと同様に、普段掃除をしない俺の城には掃除アイテムなんてほとんどない。
 あるものといえばゴミ袋と、食器洗い用の洗剤と、コロコロくらい。掃除機すら無いんだぞ?
「なぁ、一つ聞いていいか?」
「はい」
「例えばパソコン裏の埃ってどうやって掃除したんだ?」
「ぱそこんうら、ですか?」
「ここだ、ここ。ここも掃除したんだろ?」
「あ、はい。そちらは魔法を使わせてもらいました」
 ……魔法、だと?
「……魔法、だと?」
 魔法というワードに思わず声を出してしまった。
 魔法っつたらあれだろ?
 ファンタジー世界には欠かせないアレだよな!?
「ダメ、だったでしょうか?」
「ダメじゃない。今、魔法って言ったよな?」
「はい。お掃除魔法を使用しました」
 お掃除魔法。
 なんだそれ、カッコよくもないけどこの際どうでもいい。
 俺の知っている魔法は厨二病をこじらしたおっさん達の妄想から生まれた、カッコいい魔法(笑)だけだ。
 今こいつが言っている魔法はマジもんの魔法。
 おっさん妄想魔法じゃなくてマジ魔法だ。
「み、見せてくれ!」
「え?」
「魔法だよ。使えんだろ? そのお掃除魔法見せてくれ」
「でもお掃除はもう終わってしまって……」
「いや、掃除しなくていい。魔法が見たい。っは! まさかMP切れで一日一回しか魔法が使えないとか? 爆裂魔法的な?」
 魔法にはよくある設定だ。
 魔力的な不思議な力があって、体力と同じように消費される。
 これもおっさん妄想設定で、実際の原理はわからんけどな。
「えむぴー? はわからないですけど、一日一回なんで事はありません。私はエルフなので魔法回数には自信があります。ですが、ゴミがないとお掃除魔法は目では見えませんので……」
「マジか。魔法って見えないのか」
 残念だ。
 実に残念だ。
 だって魔法だぞ。
 なりたい作家達が毎日妄想してる魔法だぞ。
 それを眼前にして見えないなんて悔しすぎる。
 ……ん? ゴミがないと見えない?
「じゃあゴミがあれば見えるのか?」
「はい」
 ゴミがあれば見えんの?
 どういうことだ?
 全くわからん。
 流石本場の魔法だ。俺たちの妄想を超えているぜ。
 ゴミの用意ならお安い御用だ。
 ゴミを出すだけで魔法が見えるならいくらでもゴミを出そうじゃないか。
 なんなら俺がゴミだぞ。社会のゴミだ。
 という冗談は置いといて、掃除が完璧すぎて部屋を見渡してもゴミを製造できそうなアイテムがない。ならば外だ。
「ちょっと待ってろ」
 俺は裸足で外へ飛び出すと、適当な雑草をきっこ抜いて、持って帰る。
「ゴミを用意した」
 ゴミという定義があまりわからないが、この持ってきた雑草は捨てるものだ。捨てるものならゴミだろう。
「これに魔法を使えばいいのですか?」
「ああそうだ。少し離れた方がいいとかあるか?」
「大丈夫です。お掃除魔法なので赤ちゃんが近くにいても安心安全なのです」
 そういうとエルフ少女が立ち上がる。俺は床に置いた雑草の前に正座した。
 正直ワクワクする。
 聞きなれた言葉だが、未知の現象。
 それが今目の前で起こる。
「いきます」
 すると、雑草がクルクルと回って宙に浮いた。
「おお!」
 誰も手を触れていないのに、雑草が浮いている!
 まさに超常現象!
 超常現象には違いないのだが……。
 なんか地味だな。
 異世界語による詠唱も、魔法陣もない。
 もっと想像を超えたなにかが起こると期待していただけに、ちょいと拍子抜けだ。
「小さな風の渦を作っています。これを手の届かない隙間に入れて埃を集めます」
 なるほど、風を操っているのか。確かに風は目に見えんよな。
 この風の渦は操作可能のようで、床の隅々、手の届かない本棚の上に移動して、ゴミを渦の中に絡め取っていく。
 といっても、既に掃除済みなので、宙に浮いた雑草だけがクルクルと踊りながら移動しているだけだが。
 部屋の周りを一通り通ると、ゴミ袋を広げて渦を中に閉じ込めた。
「こんな、感じ、ですけど……」
 俺の反応がイマイチなのを感じ取ってか、不安そうに顔を覗き込んでくる。
「ブラボー! ブラボーだ!」
 俺は拍手した。
 感動した。
 初めて本物を見て感激した。
「他にどんな魔法が……いや、待て。楽しみは後に取っておこう」
 いやしかし凄いぞ。
 これが魔法か。魔法は本当にあったんだ!
 後でメモに残しておこう。これは書き物のネタになるぞ。
「あ、そうそう。お前に色々買ってきた」
袋を差し出すと、キョトンと不思議そうに受け取る。
「あの、これは?」
「お前のだ。開けてみろ」
 エルフ少女が袋から服を取り出すと、びっくりした様子で、俺を見た。
「い、頂けません!」
「は?」
「私なんかにこんな……こんな素敵なもの……」
 目を輝かせながら服を広げて見つめている。
 そんなに大袈裟に喜ぶところじゃない。
 それにそれ、中古の服だからな。
 そんなに喜ぶほど素敵な代物じゃなからな?
「服がないと外にも出れないだろ」
「外! 外に出てもいいんですか!?」
「当たり前だろ。外に行かないと買い物もできん。あとこれが下着。こっちが靴だ。サイズわからなかったから適当に買ってきた。ちょっと着てみろ」
 いつまでも裸だと困る。
 せめて一張羅くらいあってもいいだろう。
 今は夏だからまだいいけど、冬だったら風邪をひく。
「ぴったりです」
「いや、どう見てもぶかぶかだろ。なんか余計華奢に見えるな」
「チェンジですか?」
「これは返品不可だ。ま、すぐ大きくなるだろ。もうちょいピッタリなのはまた今度な。当分それはパジャマだ」
「ありがとうございます!」
 エルフ少女は深々とお礼のお辞儀をすると、本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。