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プロローグ

ー/ー



俺は目の前にある二十四インチのモニターを死んだ魚のような目で眺めていた。
 そこに映る数字を見て、力なく息を吐く。

「マジっすか……」

 モニターにはインターネットブラウザが立ち上げてあり、〝小説家になりたい〟に投稿した作品の小説情報ページが表示されている。

 高校を辞め、
 その時に親と揉めて家を追い出され、
 一人暮らしを始めて……。

 それから一年かけて書いた記念すべき俺の処女作。
 文字数は約十万文字。
 原稿用紙にすると五百ニ枚。
 頑張った。長かった。
 推敲(すいこう)に推敲を重ね、なんども書き直し、妥協は許さなかったつもりだ。
 出来栄えは文句なしの最高傑作。

 まさか処女作で書籍化されちゃう?
 なんて思っていた時期も俺にもありました。

 でも現実は厳しかった。
 厳しすぎである。
 もうちょっとぐらい慈悲があってもいいのではないのか、そう思うほどに。

 想定より遥かに下回るポイント……ゼロという数字を見て、その悲しさを嘆くかのようにぐぐぐ~~っとお腹が鳴いた。

「腹、減ったなぁ……」

 処女作が撃沈し、気持ちも沈みに沈んでも体は正直だ。
 なにせ三日もまともに食事を取っていない。
 俺の体は限界に達する寸前である。

「カップメン食うか……いや、あれは明日まで我慢しないと次の給料日までがなぁ」

 一応バイトはやっているが、処女作の追い込みのために、先月あまりシフトに入らなかったせいで、家賃で財布の中身が消し飛んでしまったのだ。

 自炊もまともに出来ない俺は安いカップ麺を主食に生活している。
 その生命線であるカップ麺が残り一つ。そして次の給料日は三日後。
 ここでカップ麺を食べてしまうと、残り三日の食料が無くなってしまうのだ。

 まぁ、それでもいいかもしれない。
 このまま餓死しても。
 ポイントゼロの俺にはHPゼロがお似合い。
 もう死にたい。
 そう思える程に俺の気持ちは沈んでいた。

 でもここで死ぬわけにはいかない。
 俺はまだライトノベル作家になってないのだから。

 フラフラと立ち上がると、キッチンへ向かう。
 まともに掃除をしていない汚いシンク周りを気にせずに、蛇口を捻って今日の夕飯をコップに注ぐ。
 水。H2Oだ。
 それを一気に胃に流し込むと、まだ明るい空を遮るようにカーテンを閉め、パソコンの電源を落とした。

「寝ちまおう……」

 初めての小説家になりたい投稿でズタボロにされ、まともに飯も食べられない。身も心もズタボロ。

 休もう。
 ちょっとくらい休んでも許してくれるはずだ。
 あと三日、せめて次の給料日までは無駄なカロリー消費を抑えねば。

 手入れのされていないベッドに潜り込むと目を瞑り、心の中で自分を慰めた。

 なに、一作目だ。
 処女作だ。
 落ち込むことはない。
 処女作で書籍化されたら誰も苦労しないさ。
 これが普通。
 誰でも最初はこんなもん。

 でも、がんばったんだよ。

 一向に治らない悲しみと悔しさと、一向に訪れない眠気の中、ピンポーンと来客を知らせるチャイムがなった。

 もちろん無視だ。
 断固無視。
 ダンゴムシ。
 俺は丸くなる。

 どうせ新聞の勧誘かN○Kに違いない。
 幸いにもカーテンも閉めているし、居留守を貫くにはもってこいだ。

 ピンポーン…………………ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンーーーー。

「あーあー! うるせぇ! うるせぇ! うるせぇ!」

 なんて諦めの悪い勧誘業者だ。
 連打しやがって。
 どこの勧誘だ。
 ネットに晒してやる。

 悲しみの感情を怒りで上書いて、その感情についていけない体をフラフラと引きずって玄関に向かう。
 鍵を開け、威圧を込めて思いっきりドアを開けた。

「うるっ………!?」

 うるせぇの一言でも言ってやろうと思っていた。
 でも、失敗した。
 そして目の前にある物体に目を疑う。

 そこにいたのは巨体を持つ生物だった。

「…………」

 目を擦って改めて見ても巨体を持つ生物がそこに立っていた。
 その巨体を持つ生物は有名な配達会社の制服を着て、深々と帽子を被っている。
 服装だけなら普通だ。
 しかし、その生物は制服と帽子で隠しきれないほどの異様さを持っていた。

 インターフォンに伸ばす腕にはギッシリと濁った翡翠色の鱗があり、インターフォンを押しているのは指ではなく鋭い爪。
 見上げてみれば帽子で隠しきれていないワニのような顔があった。
 帽子の影の奥で黄色い目がギラリと光っている。

「ひ、ひぃ……!?」

 情けない声を出して硬直する。
 さっきまでの威勢はどこへ行ったかって?
 そんなのは今さっき死んだ。

「オノノケモノ」
「へ?」

 ワニ人間が何か喋った。
 オノノケモノ?
 ワニ語?

「オノノケモノ。ハンコ」

 あ、ああ、わかった。お届けものだ。
 恐怖で気づかなかったけど、ワニ人間は大きなダンボールを持っている。
 そしてハンコ。つまり配達だ。

「は、ハンコ。ひゃい……」

 なにかを頼んだ記憶はないが、「頼んでません」なんて言う勇気は俺にはない。
 玄関のすぐそこに置いてあるハンコを震える手に取り、逆らうことなく、爪で指された場所に押す。

「アリガ、ゴザイマシタ。コレ、オモイ。ナカ、オク」
「こ、これはご丁寧にどうも……」

 本当ならこんなバケモノを家に上げるなんてごめんだが、命を差し上げるよりはマシだ。
 丁重におもてなそう。

 ワニ人間はズシンと一歩玄関に入り、置いてある靴を踏み潰してダンボールをそっと家の中に置いた。

「オワリ。カエル」

 配達完了したワニ人間は満足げに頷くと、帰っていった。
 妙な静けさだけが残る。



「………………………………俺、そろそろヤバイな。マジで」

 俺もなりたい作家の端くれだ。常日頃、異世界の妄想を膨らませている。
 だが、まさか現実と妄想の区別が付かなくなる領域まで来ていたとは思わなかった。
 踏み潰された靴を眺めながらそんな事を考える。

 うん、あり得ない。
 冷静に考えてあり得ない。
 相当疲れてんだな俺。
 多分腹が減りすぎて頭がイカレてきたんだ。
 そうだ、カップラーメンを食べよう。
 もう明日明後日の心配をしている場合じゃない。

 潰された靴から視線を剥がすと、次にはダンボールに目が止まった。

「……開けてみるか?」

 そうだ。これを開けてみればわかる。さっき俺が見たワニ人間が見間違いだったって。

 なんなら中に入っている物を当ててやる。
 ずばり、答えは現実だ。
 うん。そうに決まっている。絶対にそうだ。
 バケモノからの贈り物なんてことはない。入っているものはありふれた物だろう。

 そう、例えば食べ物とか。
 食べ物! いいじゃないか。
 今俺が最も欲しているものだ。

 そう考えれば、ダンボールの中身に期待を持ててきた。

 随分重そうだったし米か?
 実家から米が送られてきたのかもしれない。
 俺を追い出して一年。
 やっぱり心配して、お米を送ってきたんだ。
 あり得る。
 どんなにダメ息子でも自分の子は可愛いものだ。
 十二分にあり得る。

 ベリベリとガムテープを剥がしながら両親に感謝した。
 ありがとう。とーちゃん、かーちゃん。俺もちょっと頑固なところあったよ。色々言われたけど、俺のことを思って言っていくれてたんだよね。わかってるよ。俺も愛してる。

 適当な感謝を心の中で唱えているうちにガムテープを剥がし終えて、ダンボールを開いた。



 中には綺麗な金髪の少女が丸くなって寝ていた。

 産まれたままのあられもない姿に、白い布がそっとかかっているだけだ。



 俺はそっとダンボールを閉じる。

 ああ……やっぱダメだな。俺の頭は完全にダメになってる。
 ワニ人間の次は金髪少女と来た。これは相当不味い。

「よし、やっぱ寝よう」

 睡眠は最大の癒しと聞く。
 頭を回復させて後日ダンボールを確認しよう。
 きっと全裸金髪少女がお米に変わっているはずだ。
 オカズはナニにしようかな。あ、そうだ。全裸金髪少女にしよう。でへへ、なんちゃって。

 ダンボールをそのまま放置して、まっすぐベッドに向かう。
 その途中、パタンと言う音が背後から聞こえて足を止めた。

 幻聴かもしれない。
 現状からしてその可能性が高い。
 なんだって幻覚が見えるくらいの絶不調なのだから。
 でも、幻聴とわかっていても俺の首はゆっくりと後ろを振り返る。

 そこには少女が立っていた。
 白い布で前を隠し、真っ直ぐ俺の方を向いている。

「ご、ご購入ありがとうございました! ご挨拶が遅れて申し訳ございません! 不束者ですがこれから――……」

 少女は慌てた様子でなにか言っている。でも、その声のほとんどが頭に入ってこない。視界がボヤける。

 ああ、こりゃカロリー切れだ。

 金髪少女の幻とその幻聴を前に、俺は意識を失ってぶっ倒れた。


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俺は目の前にある二十四インチのモニターを死んだ魚のような目で眺めていた。
 そこに映る数字を見て、力なく息を吐く。
「マジっすか……」
 モニターにはインターネットブラウザが立ち上げてあり、〝小説家になりたい〟に投稿した作品の小説情報ページが表示されている。
 高校を辞め、
 その時に親と揉めて家を追い出され、
 一人暮らしを始めて……。
 それから一年かけて書いた記念すべき俺の処女作。
 文字数は約十万文字。
 原稿用紙にすると五百ニ枚。
 頑張った。長かった。
 推敲《すいこう》に推敲を重ね、なんども書き直し、妥協は許さなかったつもりだ。
 出来栄えは文句なしの最高傑作。
 まさか処女作で書籍化されちゃう?
 なんて思っていた時期も俺にもありました。
 でも現実は厳しかった。
 厳しすぎである。
 もうちょっとぐらい慈悲があってもいいのではないのか、そう思うほどに。
 想定より遥かに下回るポイント……ゼロという数字を見て、その悲しさを嘆くかのようにぐぐぐ~~っとお腹が鳴いた。
「腹、減ったなぁ……」
 処女作が撃沈し、気持ちも沈みに沈んでも体は正直だ。
 なにせ三日もまともに食事を取っていない。
 俺の体は限界に達する寸前である。
「カップメン食うか……いや、あれは明日まで我慢しないと次の給料日までがなぁ」
 一応バイトはやっているが、処女作の追い込みのために、先月あまりシフトに入らなかったせいで、家賃で財布の中身が消し飛んでしまったのだ。
 自炊もまともに出来ない俺は安いカップ麺を主食に生活している。
 その生命線であるカップ麺が残り一つ。そして次の給料日は三日後。
 ここでカップ麺を食べてしまうと、残り三日の食料が無くなってしまうのだ。
 まぁ、それでもいいかもしれない。
 このまま餓死しても。
 ポイントゼロの俺にはHPゼロがお似合い。
 もう死にたい。
 そう思える程に俺の気持ちは沈んでいた。
 でもここで死ぬわけにはいかない。
 俺はまだライトノベル作家になってないのだから。
 フラフラと立ち上がると、キッチンへ向かう。
 まともに掃除をしていない汚いシンク周りを気にせずに、蛇口を捻って今日の夕飯をコップに注ぐ。
 水。H2Oだ。
 それを一気に胃に流し込むと、まだ明るい空を遮るようにカーテンを閉め、パソコンの電源を落とした。
「寝ちまおう……」
 初めての小説家になりたい投稿でズタボロにされ、まともに飯も食べられない。身も心もズタボロ。
 休もう。
 ちょっとくらい休んでも許してくれるはずだ。
 あと三日、せめて次の給料日までは無駄なカロリー消費を抑えねば。
 手入れのされていないベッドに潜り込むと目を瞑り、心の中で自分を慰めた。
 なに、一作目だ。
 処女作だ。
 落ち込むことはない。
 処女作で書籍化されたら誰も苦労しないさ。
 これが普通。
 誰でも最初はこんなもん。
 でも、がんばったんだよ。
 一向に治らない悲しみと悔しさと、一向に訪れない眠気の中、ピンポーンと来客を知らせるチャイムがなった。
 もちろん無視だ。
 断固無視。
 ダンゴムシ。
 俺は丸くなる。
 どうせ新聞の勧誘かN○Kに違いない。
 幸いにもカーテンも閉めているし、居留守を貫くにはもってこいだ。
 ピンポーン…………………ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンーーーー。
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 悲しみの感情を怒りで上書いて、その感情についていけない体をフラフラと引きずって玄関に向かう。
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 うるせぇの一言でも言ってやろうと思っていた。
 でも、失敗した。
 そして目の前にある物体に目を疑う。
 そこにいたのは巨体を持つ生物だった。
「…………」
 目を擦って改めて見ても巨体を持つ生物がそこに立っていた。
 その巨体を持つ生物は有名な配達会社の制服を着て、深々と帽子を被っている。
 服装だけなら普通だ。
 しかし、その生物は制服と帽子で隠しきれないほどの異様さを持っていた。
 インターフォンに伸ばす腕にはギッシリと濁った翡翠色の鱗があり、インターフォンを押しているのは指ではなく鋭い爪。
 見上げてみれば帽子で隠しきれていないワニのような顔があった。
 帽子の影の奥で黄色い目がギラリと光っている。
「ひ、ひぃ……!?」
 情けない声を出して硬直する。
 さっきまでの威勢はどこへ行ったかって?
 そんなのは今さっき死んだ。
「オノノケモノ」
「へ?」
 ワニ人間が何か喋った。
 オノノケモノ?
 ワニ語?
「オノノケモノ。ハンコ」
 あ、ああ、わかった。お届けものだ。
 恐怖で気づかなかったけど、ワニ人間は大きなダンボールを持っている。
 そしてハンコ。つまり配達だ。
「は、ハンコ。ひゃい……」
 なにかを頼んだ記憶はないが、「頼んでません」なんて言う勇気は俺にはない。
 玄関のすぐそこに置いてあるハンコを震える手に取り、逆らうことなく、爪で指された場所に押す。
「アリガ、ゴザイマシタ。コレ、オモイ。ナカ、オク」
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 本当ならこんなバケモノを家に上げるなんてごめんだが、命を差し上げるよりはマシだ。
 丁重におもてなそう。
 ワニ人間はズシンと一歩玄関に入り、置いてある靴を踏み潰してダンボールをそっと家の中に置いた。
「オワリ。カエル」
 配達完了したワニ人間は満足げに頷くと、帰っていった。
 妙な静けさだけが残る。
「………………………………俺、そろそろヤバイな。マジで」
 俺もなりたい作家の端くれだ。常日頃、異世界の妄想を膨らませている。
 だが、まさか現実と妄想の区別が付かなくなる領域まで来ていたとは思わなかった。
 踏み潰された靴を眺めながらそんな事を考える。
 うん、あり得ない。
 冷静に考えてあり得ない。
 相当疲れてんだな俺。
 多分腹が減りすぎて頭がイカレてきたんだ。
 そうだ、カップラーメンを食べよう。
 もう明日明後日の心配をしている場合じゃない。
 潰された靴から視線を剥がすと、次にはダンボールに目が止まった。
「……開けてみるか?」
 そうだ。これを開けてみればわかる。さっき俺が見たワニ人間が見間違いだったって。
 なんなら中に入っている物を当ててやる。
 ずばり、答えは現実だ。
 うん。そうに決まっている。絶対にそうだ。
 バケモノからの贈り物なんてことはない。入っているものはありふれた物だろう。
 そう、例えば食べ物とか。
 食べ物! いいじゃないか。
 今俺が最も欲しているものだ。
 そう考えれば、ダンボールの中身に期待を持ててきた。
 随分重そうだったし米か?
 実家から米が送られてきたのかもしれない。
 俺を追い出して一年。
 やっぱり心配して、お米を送ってきたんだ。
 あり得る。
 どんなにダメ息子でも自分の子は可愛いものだ。
 十二分にあり得る。
 ベリベリとガムテープを剥がしながら両親に感謝した。
 ありがとう。とーちゃん、かーちゃん。俺もちょっと頑固なところあったよ。色々言われたけど、俺のことを思って言っていくれてたんだよね。わかってるよ。俺も愛してる。
 適当な感謝を心の中で唱えているうちにガムテープを剥がし終えて、ダンボールを開いた。
 中には綺麗な金髪の少女が丸くなって寝ていた。
 産まれたままのあられもない姿に、白い布がそっとかかっているだけだ。
 俺はそっとダンボールを閉じる。
 ああ……やっぱダメだな。俺の頭は完全にダメになってる。
 ワニ人間の次は金髪少女と来た。これは相当不味い。
「よし、やっぱ寝よう」
 睡眠は最大の癒しと聞く。
 頭を回復させて後日ダンボールを確認しよう。
 きっと全裸金髪少女がお米に変わっているはずだ。
 オカズはナニにしようかな。あ、そうだ。全裸金髪少女にしよう。でへへ、なんちゃって。
 ダンボールをそのまま放置して、まっすぐベッドに向かう。
 その途中、パタンと言う音が背後から聞こえて足を止めた。
 幻聴かもしれない。
 現状からしてその可能性が高い。
 なんだって幻覚が見えるくらいの絶不調なのだから。
 でも、幻聴とわかっていても俺の首はゆっくりと後ろを振り返る。
 そこには少女が立っていた。
 白い布で前を隠し、真っ直ぐ俺の方を向いている。
「ご、ご購入ありがとうございました! ご挨拶が遅れて申し訳ございません! 不束者ですがこれから――……」
 少女は慌てた様子でなにか言っている。でも、その声のほとんどが頭に入ってこない。視界がボヤける。
 ああ、こりゃカロリー切れだ。
 金髪少女の幻とその幻聴を前に、俺は意識を失ってぶっ倒れた。