冬のメインイベントの一つと言えるクリスマスを終え、数日後に大晦日を控えた年の暮れ。 結局今年も恋人の居なかった友人達と三人で、怪異達の為に坂の上で開かれるクリスマスパーティーを手伝った訳だが、その報酬として机の上に出されてそれぞれが選んだ小箱の中身はとてつもない格差があり、私の選んだ箱に入っていたのは五千円分のお米券と軟膏という女子高生への贈り物としては余りにも味気ないものだった。
「ねー、塵塚君、これなんか他の物と交換してよー。」「お嬢はん、人から貰たもんに文句つけるなんてしたらあきまへんで?まあでも確かに今どきお米券は使いづらいやろし、可哀そうやからワテのマネーカードと交換したりますわ。」
無視を決め込む少年と対極に、いつもの様に話に割って入って来た河童はおもむろに甲羅と背中の隙間に手を突っ込むと、少し探ってから財布を手にした左手を引き抜き三千円分のクオカードを差し出してきた。 しれっと自分に特になるような取引を持ち掛けてくる山川の顔を、目を細めながら眺めて大きくため息をついてやった。
「なんですねんその顔。」
しょうもないヤツと会話していても時間が勿体ないだけなので、目の前に開いた新たなお勧めの本に目を落とす。 ここ二週間ほどで学習したのだが読書習慣のない私は家で本を読もうとすると自動的に瞼が落ちてくるように出来ているようで、持ち帰って読むことは諦め連日少年の所に通って暇潰しがてら怪異に関する知識を叩き込んでいるのだ。 この本の中には基本的にあいうえお順で様々な怪異とその伝承が載っていて、一部は聞いた事の有る内容もあるのだがその大半は知らない物で読んでいて非常に興味深い。 ふと思いついて部屋の隅に追いやった怪異の辞書を持って来て、目次を開き先日解決したモデルの宮比さんを悩ませていた子守雀についても載っていないかと検索する。 直ぐに見つかり『か行』の下の方に名前と数字が記載されていたのでパラパラと捲り、目的のページ開くと怪異として成立するに至った経緯と簡単な内容が書いてあった。 子守雀ーとある農家に居ついた雀がその家の子供が帰って来なかった夜、家族を怪我をして動けなくなっていた子供の元まで導いた事から子供の守り神として重宝されるようになったことで成った怪異。話の伝わる地域は狭いが今でもその地域では子供が生まれると雀の人形を赤子の枕元に飾ったり、雀が家に巣を作れば穀物を与える風習が残っている。基本的に子供を守るように生きる為直接人間に危害を与える訳ではないが、憑いた家の者を守る為であれば弱いながらも影響力を行使することもある。 怪異の話は牛鬼や大ウナギといった有名ものと違いそれだけしか載っていないが、実際に会話をした身として有名怪異よりも思い入れがあるからか一文字一文字丁寧に読み込んでしまう。 つい数週間前までは信じてもいなかった存在に出会ったことで私の中で大きく何かが変わったのは確かなのだろう。ついでに河童の項目も調べて開いてみたが文書量があまりにも多いため読むのは断念した。 子守雀に関しては僅か数行であったのに対し河童については何ページにも渡って様々なエピソードが書かれているのは格差を感じてしまうが、不平等なのは人間の世界も怪異の世界でも同じなようだ。 ちなみに一緒にパーティーを手伝った報酬として冬華と桃の選んだ箱には遺物が入っていたようで、二人ともが少年からその用途を説明され喜んでいた。 気を取り直して元の本に戻ろうと再び辞書を部屋の隅に追いやると、いつもの様にけたたましい呼び鈴がなり、そして家主もまたいつもの様に廊下をとたとた歩いて鍵をしていない玄関の扉を開いて来客の対応を始める。
「おまえ!ねえ様をかえせ!」
背中越しでは見えない何者かから舌足らずな怒号の後、顔面に雪玉を投げつけられた少年は、顔に当たって砕けた後重力に従って落ち服についた雪の欠片をぱっぱと払うと、よく聞こえないがまだ何か言っている向こうにいる何者かを無言で蹴り上げた。 いつもの様に部屋から頭だけ出してその様子を見ていた私達が、少年の肩越しに飛んでいく小学校に入学したかしないかくらいの子供を目にし、背中から着地したその子の胸倉を掴みなお追撃しようと拳を振り上げる少年を止めに走ったのだった。
つい先程まで私のいた所に幼児を座らせ守るように山川と挟んで宥めているが、童子は一向に泣き止む気配がなく弱っていると呆れた風に対面に座る少年が口を開く。
「台座よ、よもや忘れたとは言うまいな。」「わかってるけど子供が泣いてたらほっとけないでしょ普通。」
そう忘れもしない。 忘れられる訳がない。 今私が背に手をやり宥めている子供は、初めて坂を登ったあの日に霧の中で倒れた私の耳を頬張ろうとしていたあの喜色満面童子だ。 しかし自分を襲った相手だと分かってはいてもどうにも憎めないというか、結局のところどこも怪我していなかったので害のある存在だと思えないのだから仕方ない。
「最近みいへん思とったら急に顕れてお兄さん吃驚やで。今まで何処におったんや?」「……わかんない。」
ようやっと泣き止んでの一声は残念ながら質問者の欲する答えではなかったが、まだ先があるようなのでゆっくりと待ってあげる。
「このチビに僕も姉さんもバラバラにされてからずっとフワフワしてて、それでさっき気が付いたらこの家の前に居たから呼び鈴鳴らしてみたの。そしたらこいつが出て来たから姉さんを返せって言った。」
バラバラにされたという到底信じられない物騒な事を言いながら童子の指が刺したのは他でもない、対面に座り茶を啜る塵塚少年その人だった。
「そんなバラバラだなんて大げさな。塵塚君、この子と喧嘩でもしたの?」「ふん、思ったよりも早く戻ったな。どうせなら小間切れでなく粉末にしてエジプトの砂にでも混ぜればよかったか。よい機会だ。台座よ、体内不和を避けるために伏せていたが、そろそろあの日起こったことを教えてやろう。」
あちらも耳を疑うような言葉を発した後、私に向かって霧の中で起きたことの一部始終を語り始めたのだった。
「あの日、貴様は私の家の前で殺されたのだ。」
話を要約すると、家の前で怪異に襲われる私を目撃したのでその行為を阻止すべく襲撃者をバラバラにしたらしいが寸での所で間に合わず、綺麗に別れた上半身と下半身そして目の前の子供だった肉塊に握られていた部位を持ち帰り部屋で蘇生したとのことだ。 まさかと思い服を捲って確認してみるが傷一つなく、ほんのり割れた腹筋からはそのような事があったとは思えないのだが、私のお腹をみた途端に童子がまた訳の分からない言葉を言いだした。
「姉さん?」
ペタペタと触れられてくすぐったさと恥ずかしさから服を戻すと、なおもその上から名残惜しそうに撫でる童子。 どういうことかと問い詰めるような視線を向けるといつもの仏頂面で更なる真実を告げられる。
「最初の一口で台座の内臓は相当に食われていてな。使い物にならぬ物に関しては襲った者の身体から拝借したのだ。」「つまり、この子のお姉ちゃんの内臓を私に移植したってこと?」
少年は黙っ腕を組んだまま、うむと首肯した。
「ワテもそこそこ長生きしとるけど怪異の身体を人間に移植なんて聞いた事あらへんから疑うとったんやけどな。池からこっそり眺めとったら布団の上でグジュグジュいいながら治っていって驚いたわ。あれはきしょかったでー自分。」
他人事だと思ってお気楽に言ってくれる。 というかせめてその擬音は教えないで欲しかった。
「そうか、元の内臓の事なら安心するといい。貴様らの散らばっていた肉や内臓はきっちり集めて無駄なく餌にしておいた。」「餌?」
起きた瞬間がフラッシュバックする。 たしか縁側に現れた少年は何かを池に撒いていたような。 てっきり鯉の餌だと思っていたのだがアレは私や私を襲った怪異の肉だったらしい。
「塵塚君、助けてくれたってのは分かったんだけど、ちょっとごめんね。」
立ち上がって話者の隣に移動し彼の方を向いて膝を付く 何だと言う風に此方を向いた整った顔に狙いをすましつつ加減することを意識しながら右掌をバッと広げ、その左頬を打つべく右から左へと振り抜いた。
「いかに怒り狂っていたとはいえ、貴様はもう少し加減という物を知るべきだ。」
床に散った自らの小さな歯を拾い集めながら語られる言を、肩を縮こませながら聞く以外に出来る事がない。 決して打ち倒したい訳では無かったので握り拳を平手に切り替えたのだが、それでも私の右手が与える衝撃は彼の頬を貫通し奥歯達をその口腔から旅立たせてしまったのだ。 ひいふうみいと数えながら計五本もの歯を確認してから生えていたであろう元の位置に戻し口を閉じ、何度か試すようカチカチとかみ合わせると今度は卓上の瓦煎餅をバキゴリと食べ始めた。
「うむ、治った。」「いやそんな、お母さんにお願いしてお金借りるからちゃんと歯医者さん行かないと。」「不要だ。私世代はそこまで軟弱ではない。しかしこれに懲りたのならその破壊の力は易々と振るわぬことだ。大抵の人間どころか、ポッと出のまだ存在強度の緩い怪異であれば先程の一撃でその由来ごと消し飛ぶゆえ、ゆめゆめ乱用などしてくれるなよ。」
仕事を増やされては敵わんと言いつつ、本当に治ったのかと疑いの目で見る私の手を取りさっき叩いた辺りの頬を触らせる。 しかし導かれた左頬には紅葉ではなく見ているだけで痛ましい青黒い腫れが広がっているので早々に触れるのをやめ、口腔内に指を突っ込む非礼を詫びながら恐る恐る指でぐにぐにと圧を与えると、そこには何事も無かったかのように歯茎に根差す奥歯達があり、それらはぐらついている様子はなかった。
「満足したか?」
肯定しながら少し暖かくなった指を抜きハンカチで拭うと、本題に戻るぞと場を仕切り直される。 元の位置に座りなおし話を聞く姿勢に戻ると、少女に向かって貴様の姉はそのうち帰って来るがまだ少し先になると完結に告げた。
「少し先ってどれくらい?」「そうさな。まあ長くとも百年といった所か。」「それくらいなら、まあ。でもそれまで絶対おまえの事許さないんだからな!」
ちらりと此方を見ながら告げられた年数があまりにも長いと思って声を挙げる前に、糾弾していた当人の方が納得してしまったので私の口から出るはずだった音を噛み潰す。 まだ怪異というものの存在を認めるようになったばかりの身ではピンと来ていないが、おそらく彼らにとって百年という期間はほんの一時に過ぎないのだろう。
「じゃあそれまではお姉ちゃんが姉さんの変わりだね!僕は音山羊こやぎ、よろしくね!」
当初の怒りや悲しみに暮れる様子はいずこやら、隣の童女は溌剌とした笑顔で私の妹となることを宣言したのだった。