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第三部 76話 王国の鍵

ー/ー



 それから一日かけて帝国軍の司令部へと進軍した。
 騎士団員二千人と魔術師団千人の集団である。

 一度、北東へ向かう街道へ抜けた後、北へと迂回している。
 帝国軍の主力も進軍したから、ちょうどすれ違った形になるだろう。

 今は山林の中に潜んで野営をしている。
 奇しくもターナー公爵領の端だった。



「あー! 疲れた!」
 
 ナタリーが叫びながらばたばたと暴れた。
 無理もない。結果としてはかなりの強行軍になってしまった。

 迂回した分の疲労がしっかりと掛かっている。
 もっとも、帝国軍の主力と違って身軽なので、時間に十分な余裕はあるのだが。

 今は夕飯を取っている。
 ニナとセシリーにミア。後はいつものメンバーだ。
 ……考えてみれば、この部隊の中心メンバーが揃っていることになるのか。

「で、ナタリー? 作戦はどうするの?」
「むぐ?」

 アリスの言葉にナタリーが首を傾げた。
 その口からはパンの欠片が見えている。

「……それは私も気になりますね」
「ごくん」

 ニナが同意して、雰囲気が真剣味を増した。
 騎士団長がナタリーの意見を尊重しているということだ。

「うーん、そうだなぁ……」
「正面からぶつかるのか?」

 顎に手を当てて考えるナタリーに、俺が待てずに訊いた。
 ナタリーはと言うと「あはは」と笑って続ける。

「そんなことをする必要はないよ。
 ……まずあたしたちがするべきことは、明日の朝から補給を断つことだね」

 へらっと笑いながら言っているが、その内容は相手の悪手を容赦なく咎めている。
 これから主戦が始まるタイミングで補給が途切れることの効果を良く知っているのだ。

 こちらの労力が大きくないことも。
 さらに言えば、城塞都市から森に入るまでは身を隠す場所もない。
 街道の真ん中に陣取るだけでもかなりの効果があるはずだ。

「同時に主力との連絡も断つ。うん、こっちの方が優先。
 ……これについては徹底的に潰すべきだね。前線に指揮が届かないのが理想かな」
「確かに。司令部を狙うなら優先するのが良いわね」

 ナタリーの言葉にソフィアが応じた。
 この時点である程度の役割は果たせているだろう。

「具体的にはピノに働いてもらおう。空から見れば丸分かりだし、馬だけ潰せば十分。
 それならピノだけで良いでしょ。不意打ちで馬の足を止めるだけよ」
「ぴ」

 ナタリーの肩でピノが鳴く。ピノなら十分に可能だろう。
 ……正直、平均的な魔術師よりずっと強いと思っている。

「うーん、兵は……あたしなら敵の退路を塞ぐように配置するかな。
 同時に騎兵で襲撃を仕掛けよう。その後すぐに騎兵は撤退」

 ここでナタリーは一度手元のスープをずずずと飲んだ。
「ふぅ」と一息吐いて続ける。
 
「これで敵の兵をはがす。襲撃された後、退路に敵軍がいればある程度の数は出てくるんじゃないかな? 次に隙を見て本命の襲撃を仕掛ける。これは二組に分ける。つまり『エリーナの足止めをする組』と『上層部を捕虜にする組』だね」
 
 エリーナの足止め、と聞いて俺たちが顔を曇らせる。
 ナタリーは「気持ちは良く分かるよ」と苦笑する。
 
 ……しかし、次の瞬間には笑み凶悪に切り替えた。
 
「だけどエリーナを長時間止める必要はない。せいぜい数十分の足止めで十分よ」
「……なるほど。その数十分で上層部の身柄を押さえてしまおうということね」

 ナタリーの言葉に今度はセシリーが頷く。エリーナを押さえるのは短時間で良いのだと。
 あの撤退戦のような持久戦ではなく、短時間に全力を投入するということだろう。

「ふむ。もしも誘いに乗らなければ?」
「放っておけば良いよ。主戦を前に補給もなく主力との連絡も取れない。
 この状況を保ったままなら正面が勝つよ。そうなれば結果は変わらない」

 ニナの言葉にナタリーが即答する。
 次はミアが口を開いた。

「逆に主力と合流しようとしたらどうするっすか?」
「それこそこちらの勝ちよ、師匠。このまま補給を徹底的に潰して城塞都市を落としに行く。
 この状態で多くの兵を残しているとは思わない。今の兵力で落とせるはず」

 ミアが頷いた。
 続けてソフィアが口を開く。

「主力と合流されたら正面のぶつかり合いで負けてしまう危険が増すんじゃない?」
「組合長にはピノで連絡するわ。そのまま王都の手前まで撤退してもらう。
 補給もなく帰る場所もない。その状態で王都まで行ってどうするの。そこで戦えば負けるはずはないわ」
 
 ソフィアが「なるほど」と呟く。
 一通りの疑問に答えた後、ナタリーは何かを思い出そうとする素振りを見せた。

「そう。本命の突撃から半刻もかけない……えっと? 何とか作戦よ」
「……電撃作戦?」
「それだっけ? きっとそれよ」

 アリスの言葉にナタリーが軽く答えた。
 なんとも締まらない表情だなぁ。

 しかし、その内容は良く練られているように感じた。
 短期決戦にすることでエリーナに割くリソースを大きく減らせるだろう。

 それに――この作戦なら治癒魔法の優位性が大きく落ちる。
 上手く運べれば治癒する暇もないはずだ。

「明日には正面もぶつかるはず。
 そのタイミングに合わせたいね」

 このナタリーの案はほとんどそのまま採用された。
 ……ようやく俺はナタリーが『鍵』だと、実感を伴って理解したのだった。



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 それから一日かけて帝国軍の司令部へと進軍した。
 騎士団員二千人と魔術師団千人の集団である。
 一度、北東へ向かう街道へ抜けた後、北へと迂回している。
 帝国軍の主力も進軍したから、ちょうどすれ違った形になるだろう。
 今は山林の中に潜んで野営をしている。
 奇しくもターナー公爵領の端だった。
「あー! 疲れた!」
 ナタリーが叫びながらばたばたと暴れた。
 無理もない。結果としてはかなりの強行軍になってしまった。
 迂回した分の疲労がしっかりと掛かっている。
 もっとも、帝国軍の主力と違って身軽なので、時間に十分な余裕はあるのだが。
 今は夕飯を取っている。
 ニナとセシリーにミア。後はいつものメンバーだ。
 ……考えてみれば、この部隊の中心メンバーが揃っていることになるのか。
「で、ナタリー? 作戦はどうするの?」
「むぐ?」
 アリスの言葉にナタリーが首を傾げた。
 その口からはパンの欠片が見えている。
「……それは私も気になりますね」
「ごくん」
 ニナが同意して、雰囲気が真剣味を増した。
 騎士団長がナタリーの意見を尊重しているということだ。
「うーん、そうだなぁ……」
「正面からぶつかるのか?」
 顎に手を当てて考えるナタリーに、俺が待てずに訊いた。
 ナタリーはと言うと「あはは」と笑って続ける。
「そんなことをする必要はないよ。
 ……まずあたしたちがするべきことは、明日の朝から補給を断つことだね」
 へらっと笑いながら言っているが、その内容は相手の悪手を容赦なく咎めている。
 これから主戦が始まるタイミングで補給が途切れることの効果を良く知っているのだ。
 こちらの労力が大きくないことも。
 さらに言えば、城塞都市から森に入るまでは身を隠す場所もない。
 街道の真ん中に陣取るだけでもかなりの効果があるはずだ。
「同時に主力との連絡も断つ。うん、こっちの方が優先。
 ……これについては徹底的に潰すべきだね。前線に指揮が届かないのが理想かな」
「確かに。司令部を狙うなら優先するのが良いわね」
 ナタリーの言葉にソフィアが応じた。
 この時点である程度の役割は果たせているだろう。
「具体的にはピノに働いてもらおう。空から見れば丸分かりだし、馬だけ潰せば十分。
 それならピノだけで良いでしょ。不意打ちで馬の足を止めるだけよ」
「ぴ」
 ナタリーの肩でピノが鳴く。ピノなら十分に可能だろう。
 ……正直、平均的な魔術師よりずっと強いと思っている。
「うーん、兵は……あたしなら敵の退路を塞ぐように配置するかな。
 同時に騎兵で襲撃を仕掛けよう。その後すぐに騎兵は撤退」
 ここでナタリーは一度手元のスープをずずずと飲んだ。
「ふぅ」と一息吐いて続ける。
「これで敵の兵をはがす。襲撃された後、退路に敵軍がいればある程度の数は出てくるんじゃないかな? 次に隙を見て本命の襲撃を仕掛ける。これは二組に分ける。つまり『エリーナの足止めをする組』と『上層部を捕虜にする組』だね」
 エリーナの足止め、と聞いて俺たちが顔を曇らせる。
 ナタリーは「気持ちは良く分かるよ」と苦笑する。
 ……しかし、次の瞬間には笑み凶悪に切り替えた。
「だけどエリーナを長時間止める必要はない。せいぜい数十分の足止めで十分よ」
「……なるほど。その数十分で上層部の身柄を押さえてしまおうということね」
 ナタリーの言葉に今度はセシリーが頷く。エリーナを押さえるのは短時間で良いのだと。
 あの撤退戦のような持久戦ではなく、短時間に全力を投入するということだろう。
「ふむ。もしも誘いに乗らなければ?」
「放っておけば良いよ。主戦を前に補給もなく主力との連絡も取れない。
 この状況を保ったままなら正面が勝つよ。そうなれば結果は変わらない」
 ニナの言葉にナタリーが即答する。
 次はミアが口を開いた。
「逆に主力と合流しようとしたらどうするっすか?」
「それこそこちらの勝ちよ、師匠。このまま補給を徹底的に潰して城塞都市を落としに行く。
 この状態で多くの兵を残しているとは思わない。今の兵力で落とせるはず」
 ミアが頷いた。
 続けてソフィアが口を開く。
「主力と合流されたら正面のぶつかり合いで負けてしまう危険が増すんじゃない?」
「組合長にはピノで連絡するわ。そのまま王都の手前まで撤退してもらう。
 補給もなく帰る場所もない。その状態で王都まで行ってどうするの。そこで戦えば負けるはずはないわ」
 ソフィアが「なるほど」と呟く。
 一通りの疑問に答えた後、ナタリーは何かを思い出そうとする素振りを見せた。
「そう。本命の突撃から半刻もかけない……えっと? 何とか作戦よ」
「……電撃作戦?」
「それだっけ? きっとそれよ」
 アリスの言葉にナタリーが軽く答えた。
 なんとも締まらない表情だなぁ。
 しかし、その内容は良く練られているように感じた。
 短期決戦にすることでエリーナに割くリソースを大きく減らせるだろう。
 それに――この作戦なら治癒魔法の優位性が大きく落ちる。
 上手く運べれば治癒する暇もないはずだ。
「明日には正面もぶつかるはず。
 そのタイミングに合わせたいね」
 このナタリーの案はほとんどそのまま採用された。
 ……ようやく俺はナタリーが『鍵』だと、実感を伴って理解したのだった。