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第三部 68話 帝国側

ー/ー



 エリーナたち帝国軍は関所へ向かう途中の森で野営していた。
 王国が近道として利用した森である。ちょうど森の出口辺りに陣取った。
 街道の真ん中よりはマシだろうという考えだった。

 さらに言えば、水や食料の補充も兼ねている。
 ……これから王国と一戦交えるつもりなのだ。

 野営を一人で離れ、エリーナが森の中に入ってゆく。
 しばらく歩き、当たりをつけていた場所まで進むと呟いた。

「……いるんだろう?」

 返事はなかった。
 それでもエリーナは繰り返す。

「出てこい、鬼」
「……はいはい。何ですか?」

 森の奥から小柄な青い鬼が出てきた。左右の腰に刀を佩いている。
 左腰には長刀。右は脇差と()()の二本だった。

 この青鬼に唆されて、帝国は王国へと攻め入ったのだ。
 最初は王国側で魔物の大量発生が起こっているという話からだった。

 ――そのまま、こんな王国のど真ん中で野営している有様だ。
 ――鬼の力を借りてクーデターを成功させたこともあり、上層部は強い態度に出られない。

 ――それどころか、そのクーデターで帝国の人材は多くが失われている。
 ――特に優秀な若い指揮官が少ない。いや、いないと言って良いだろう。

 そう考えて、エリーナは改めて奥歯を強く噛み締めた。
 先日、関所へと逃がした彼女。一人だけでも良い。あの種の人材が残っていれば、と。

 このままでは鬼に操られる猪の集団と大差はない。
 だからせめて、相手の人材を削りたかったのだ。

 ――彼女の大局観であれば、ここ『頭』を狙ってくる。
 ――それに比べて、本当にまともな人材がいないな。

 ――逃げ切った時点で相手の勝ちに決まっている。
 ――こちらは負けたのだから、さっさと逃げれば良いものを。

 実際、ここまで来て帝国が得たものは空の『城塞都市』だけだ。
 だが逆に言えば『城塞都市』は手に入れた。そして失ったものはない。

 今そこまで戻れば王国内の強力な拠点になるだろう。今の内に戦力を補充する手もある。
 最低限の戦力しか残していないが『城塞都市』であれば相当数の兵力を配置できる。

 ――何度も撤退は進言しているのだがな。

 だが、逆に帝国は兵力を追加した。
 数日中に王国の主力と戦えるだけの援軍がやってくる。

 戦力で言えば勝算はある。帝国兵は強い。
 ただし、主力同士がぶつかった瞬間に『頭』を狙われてはたまらない。
 にもかかわらず『頭』が敵地のど真ん中にあるのだ。周囲には王国貴族の兵もある。

 エリーナには正気の沙汰とは思えない。
 せめて彼女自身は残ろうと考えているが。

 ――彼女だけでも削れていれば。

 エリーナはもう一度強く奥歯を噛んだ。
『ブラウン・バケット』はこの手の考え方が得意ではないと知っていた。

 彼は迫る帝国軍へと意識が向くだろう。
 迎え撃つか、退くか、で考える。彼はあくまで魔術師だ。

 もちろん、王国側に彼女と同じ考えを持った人物はいるかもしれない。
 だが、エリーナは彼女……すなわち『ナタリー・クレフ』は確実に気が付くと思っていた。

 エリーナにとって、ここが狙われることが確定したのだ。
 ……そういう意味では、エリーナを前線から退けただけでも逃げ切った価値はあっただろう。

 そして、エリーナは改めて元凶を見た。
 青鬼は口元を歪めながら、黙ってこちらを眺めている。

「なぜここまで王国にこだわる?」
「…………」

 青鬼が少し意外そうな顔をした。
 単刀直入に核心を突いたからだろう。

 ――だが、王国にこだわっているのは間違いない。
 ――帝国を利用して王国に攻め込ませたのは、王国の戦力を削るためだ。

 エリーナは口の中だけで舌打ちした。
 この鬼と利害が一致していることに腹が立ったのだ。

「……ふむ」

 青鬼はしばらく考え込むように視線を逸らしていたが、やがてエリーナへと向き直る。さらに獰猛な笑みを浮かべて「ま、いいか」と呟いて続けた。

「あと何人か、殺す必要があるんでね」

 そして――青鬼は腰の短刀に軽く触れた。



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 エリーナたち帝国軍は関所へ向かう途中の森で野営していた。
 王国が近道として利用した森である。ちょうど森の出口辺りに陣取った。
 街道の真ん中よりはマシだろうという考えだった。
 さらに言えば、水や食料の補充も兼ねている。
 ……これから王国と一戦交えるつもりなのだ。
 野営を一人で離れ、エリーナが森の中に入ってゆく。
 しばらく歩き、当たりをつけていた場所まで進むと呟いた。
「……いるんだろう?」
 返事はなかった。
 それでもエリーナは繰り返す。
「出てこい、鬼」
「……はいはい。何ですか?」
 森の奥から小柄な青い鬼が出てきた。左右の腰に刀を佩いている。
 左腰には長刀。右は脇差と|短《・》|刀《・》の二本だった。
 この青鬼に唆されて、帝国は王国へと攻め入ったのだ。
 最初は王国側で魔物の大量発生が起こっているという話からだった。
 ――そのまま、こんな王国のど真ん中で野営している有様だ。
 ――鬼の力を借りてクーデターを成功させたこともあり、上層部は強い態度に出られない。
 ――それどころか、そのクーデターで帝国の人材は多くが失われている。
 ――特に優秀な若い指揮官が少ない。いや、いないと言って良いだろう。
 そう考えて、エリーナは改めて奥歯を強く噛み締めた。
 先日、関所へと逃がした彼女。一人だけでも良い。あの種の人材が残っていれば、と。
 このままでは鬼に操られる猪の集団と大差はない。
 だからせめて、相手の人材を削りたかったのだ。
 ――彼女の大局観であれば、ここ『頭』を狙ってくる。
 ――それに比べて、本当にまともな人材がいないな。
 ――逃げ切った時点で相手の勝ちに決まっている。
 ――こちらは負けたのだから、さっさと逃げれば良いものを。
 実際、ここまで来て帝国が得たものは空の『城塞都市』だけだ。
 だが逆に言えば『城塞都市』は手に入れた。そして失ったものはない。
 今そこまで戻れば王国内の強力な拠点になるだろう。今の内に戦力を補充する手もある。
 最低限の戦力しか残していないが『城塞都市』であれば相当数の兵力を配置できる。
 ――何度も撤退は進言しているのだがな。
 だが、逆に帝国は兵力を追加した。
 数日中に王国の主力と戦えるだけの援軍がやってくる。
 戦力で言えば勝算はある。帝国兵は強い。
 ただし、主力同士がぶつかった瞬間に『頭』を狙われてはたまらない。
 にもかかわらず『頭』が敵地のど真ん中にあるのだ。周囲には王国貴族の兵もある。
 エリーナには正気の沙汰とは思えない。
 せめて彼女自身は残ろうと考えているが。
 ――彼女だけでも削れていれば。
 エリーナはもう一度強く奥歯を噛んだ。
『ブラウン・バケット』はこの手の考え方が得意ではないと知っていた。
 彼は迫る帝国軍へと意識が向くだろう。
 迎え撃つか、退くか、で考える。彼はあくまで魔術師だ。
 もちろん、王国側に彼女と同じ考えを持った人物はいるかもしれない。
 だが、エリーナは彼女……すなわち『ナタリー・クレフ』は確実に気が付くと思っていた。
 エリーナにとって、ここが狙われることが確定したのだ。
 ……そういう意味では、エリーナを前線から退けただけでも逃げ切った価値はあっただろう。
 そして、エリーナは改めて元凶を見た。
 青鬼は口元を歪めながら、黙ってこちらを眺めている。
「なぜここまで王国にこだわる?」
「…………」
 青鬼が少し意外そうな顔をした。
 単刀直入に核心を突いたからだろう。
 ――だが、王国にこだわっているのは間違いない。
 ――帝国を利用して王国に攻め込ませたのは、王国の戦力を削るためだ。
 エリーナは口の中だけで舌打ちした。
 この鬼と利害が一致していることに腹が立ったのだ。
「……ふむ」
 青鬼はしばらく考え込むように視線を逸らしていたが、やがてエリーナへと向き直る。さらに獰猛な笑みを浮かべて「ま、いいか」と呟いて続けた。
「あと何人か、殺す必要があるんでね」
 そして――青鬼は腰の短刀に軽く触れた。