第三部 65話 三回目
ー/ー ナタリーが操る馬を追うように俺たちは街道に沿って駆けてゆく。
さらに後を追うのが『エリーナ・コルト』だった。
ミアが神鋼の原石でエリーナを何度も狙う。
だが、エリーナはこともなげに最小限の動作で避けてゆく。
後ろへと下がりながら、エリーナの攻撃を受ける。
ミアを狙った白い剣を弾いた。さらに障壁を足場に一度、二度と跳んだ。
そのまま軽く踏み込んで、着地と同時に俺は左のナイフを小さく払った。
すぐにもう一方の白い剣が受けた。また神鋼の原石がエリーナを襲う。
エリーナがしゃがんだので、そこに右の小剣を払う。
しかし風の魔法にいなされる。今度はソフィアの鎖が伸びてきた。
風も利用しているのだろう、エリーナが後方上空へと大きく跳ぶ。
ついでとばかりに下がりながら赤い本を振るった。
頭上から青白い炎が放たれる。
ソフィアの錬金術で、地面から壁がせり上がって防いだ。
――焼き払え。
空中に浮いた体目掛けて、アリスが馬上から黒炎を放つ。
エリーナが赤い本を向ける。再度、炎を放って相殺した。
着地の隙を狙って一度踏み込む。小剣を袈裟に斬り下ろした。
同時にミアの神鋼がエリーナの右から迫る。
エリーナが後ろへと跳んで氷剣をいくつも放つ。
俺は深追いはせずに退きながら、障壁を足場に跳び回る。
小剣とナイフで氷剣を叩き落として、ミアの隣に戻った。
見れば、エリーナがまた踏み込んでくる。
思わず頬が引きつった。これを続けるのか……。
一体どれほどの攻防を繰り返したのか。
皆の消耗も限界が見えてきた頃。
「……関所が見えた!」
先行するナタリーが声を張り上げた。
ちらりと目を向ければ、遠くに見覚えのある背の高い門のような建物が見えた。
本隊の大半はすでに逃げ切ったようだ。
後は俺たちがあそこに駆け込むだけ。そうすれば王都の増援と合流できる。
「そう都合良く進むはずがないだろう?」
「!?」
思考の隙を突くようにエリーナが緩急をつけて俺の前に現れる。
俺が咄嗟に左のナイフを斬り上げる。
エリーナは俺の右側へと回り込む。
嫌な感覚を覚えながら、さらに右の小剣を払った。
――それが間違いだった。判断が鈍っていた。
――大人しく後ろへと逃げるべきだったのだ。
エリーナは俺の小剣をしゃがんで一度やり過ごす。
その後、まるで飛び掛かるように跳んで、俺の顔面を左手でがしっと掴んだ。
「……な」
今までにない動きだった。
「キース!」
「……逃げて!」
誰かの焦った声。咄嗟に体は動かなかった。
一瞬の硬直。
その後、俺の全身を電撃が走り回った。
――ッ!?
俺の喉から意味のない叫びが聞こえた。
その声が滑稽に思えて、他人事ではないのに面白かった。
どれだけ続いたのか。
やがてエリーナは俺から手を放す。
朦朧とする意識で、がく、と膝を突いた。
どう考えてもしばらくは動けそうにない。
……やられた。いや、バカか俺は。
全ての魔法を見せたとは限らないじゃないか。
「この!」
「……離れろ」
即座にミアとソフィアが援護に入る。
そこでエリーナは二人から距離を取るように跳んだ。
二人が俺を庇うようにエリーナを追う。
ミアが鋭く踏み込んだ。赤い本を狙ってその右手を伸ばす。
ソフィアも同時に踏み込んで長剣を払った。
エリーナが赤い本を軽く引いて右手を躱す。
長剣は後ろへと体を倒してそのまま転がって避けた。
受け身を取って、嫌らしい笑みを浮かべた――
「やっと不用意に離れたな」
その声にぞっとした。
――狙い通りと言うように。
「きゃ!?」
俺たちのずっと後ろ。
先行していたナタリーの小さな悲鳴が聞こえた。
どさ、と何かが倒れる音。目を向ければ、馬が倒れていた。
すぐ隣には血に濡れた白い剣がある。
まずいまずい。
でもまだ体が動かない……!
もう一度、電撃の音が響いた。
俺の時とは異なり、範囲攻撃だったらしい。
ミアとソフィアが倒れていた。
俺よりは軽傷のようだが、咄嗟には動けないようだ。
……そうか。エリーナはこの状況を狙っていたのだ。
ナタリーアリスと俺たちが十分に離れて、連携が取れなくなる瞬間を。
エリーナが動けない前衛中衛を置いて、ナタリーの方へと跳んだ。
アリスは落馬した時に頭でも打ったのか、意識がないようだ。
そして『エリーナ・コルト』はナタリーの前に立った。
ピノが間に入るものの、大局に変化はないだろう。ナタリーに戦闘力はない。
「事実上の指揮官だな?」
「…………」
「大したものだった。いや、この結果はすでに貴方の勝ちだな。
占拠するはずの都市から市民も兵士も逃がして見せた」
「…………」
「もぬけの殻になった司令部と都市。風での脱出。ここまでの旅程の計画。戦力の配置と運用。
どれも驚くほど良くやっている。ウチのバカな上層部にも見習ってほしいくらいだ」
「…………」
「森でも本隊に戦力を温存したな?
おかげで私の精鋭が動けなかった」
「…………」
「そもそも自分が指揮官だと気づかせない立ち回り。
だが、撤退の指示を出せば流石に気が付くさ……私は可能であれば頭から潰すことにしていてね」
「…………」
エリーナがナタリーへと無数の氷剣を向ける。
ナタリーは目を逸らすことはしなかった。
くそ! 関所が見えているのに!
目の前まで来たって言うのに!
「…………」
――諦めの悪さは一体誰に似たのか。
――エリーナの賞賛に一言も返すことなく、思考を続けている。
――今この瞬間も何かないかと油断なく周囲に目を配っていた。
「……ふ」
エリーナはその様子を好ましそうに微笑んで、氷剣をナタリーへと放った。
ナタリーは悔しそうに、ぎり、と歯を鳴らす。
氷剣がナタリーへと迫る――
……間に合わない。誰も動けない。
あと一分も掛からずに動けるようになる。だが、その時間を作られたのだ。
――ぎん、と氷が弾かれる音がした。
「……え?」
ナタリーの目の前で氷剣が弾き飛ばされていく。
結局、その一本もナタリーへは届かない。
――それは魔弾だった。
――魔弾の雨が氷剣を寸分違わず弾き飛ばしていた。
「……ち。射程に入ったか」
エリーナが舌打ちと一緒に後ろへ跳んだ。
追撃するように魔弾が後を追う。
いや、後ではない。
エリーナの行動を常に先読みしていた。
彼女が横に半歩避ければ、すでにそこへ魔弾が迫っていた。
しゃがめばその顔目掛けて襲い掛かる。弾けばすぐさま死角から。
俺は遠くに見える関所の屋上を見た。
きっとあそこにいるのだ。
――ああ、何度助けられるのだろう。
――それは『魔術師団長』ブラウン・バケットの魔弾だった。
「今の内よ! 急いで!」
ナタリーの声で我に返ると、俺たちは関所へと再び駆け出した。
さらに後を追うのが『エリーナ・コルト』だった。
ミアが神鋼の原石でエリーナを何度も狙う。
だが、エリーナはこともなげに最小限の動作で避けてゆく。
後ろへと下がりながら、エリーナの攻撃を受ける。
ミアを狙った白い剣を弾いた。さらに障壁を足場に一度、二度と跳んだ。
そのまま軽く踏み込んで、着地と同時に俺は左のナイフを小さく払った。
すぐにもう一方の白い剣が受けた。また神鋼の原石がエリーナを襲う。
エリーナがしゃがんだので、そこに右の小剣を払う。
しかし風の魔法にいなされる。今度はソフィアの鎖が伸びてきた。
風も利用しているのだろう、エリーナが後方上空へと大きく跳ぶ。
ついでとばかりに下がりながら赤い本を振るった。
頭上から青白い炎が放たれる。
ソフィアの錬金術で、地面から壁がせり上がって防いだ。
――焼き払え。
空中に浮いた体目掛けて、アリスが馬上から黒炎を放つ。
エリーナが赤い本を向ける。再度、炎を放って相殺した。
着地の隙を狙って一度踏み込む。小剣を袈裟に斬り下ろした。
同時にミアの神鋼がエリーナの右から迫る。
エリーナが後ろへと跳んで氷剣をいくつも放つ。
俺は深追いはせずに退きながら、障壁を足場に跳び回る。
小剣とナイフで氷剣を叩き落として、ミアの隣に戻った。
見れば、エリーナがまた踏み込んでくる。
思わず頬が引きつった。これを続けるのか……。
一体どれほどの攻防を繰り返したのか。
皆の消耗も限界が見えてきた頃。
「……関所が見えた!」
先行するナタリーが声を張り上げた。
ちらりと目を向ければ、遠くに見覚えのある背の高い門のような建物が見えた。
本隊の大半はすでに逃げ切ったようだ。
後は俺たちがあそこに駆け込むだけ。そうすれば王都の増援と合流できる。
「そう都合良く進むはずがないだろう?」
「!?」
思考の隙を突くようにエリーナが緩急をつけて俺の前に現れる。
俺が咄嗟に左のナイフを斬り上げる。
エリーナは俺の右側へと回り込む。
嫌な感覚を覚えながら、さらに右の小剣を払った。
――それが間違いだった。判断が鈍っていた。
――大人しく後ろへと逃げるべきだったのだ。
エリーナは俺の小剣をしゃがんで一度やり過ごす。
その後、まるで飛び掛かるように跳んで、俺の顔面を左手でがしっと掴んだ。
「……な」
今までにない動きだった。
「キース!」
「……逃げて!」
誰かの焦った声。咄嗟に体は動かなかった。
一瞬の硬直。
その後、俺の全身を電撃が走り回った。
――ッ!?
俺の喉から意味のない叫びが聞こえた。
その声が滑稽に思えて、他人事ではないのに面白かった。
どれだけ続いたのか。
やがてエリーナは俺から手を放す。
朦朧とする意識で、がく、と膝を突いた。
どう考えてもしばらくは動けそうにない。
……やられた。いや、バカか俺は。
全ての魔法を見せたとは限らないじゃないか。
「この!」
「……離れろ」
即座にミアとソフィアが援護に入る。
そこでエリーナは二人から距離を取るように跳んだ。
二人が俺を庇うようにエリーナを追う。
ミアが鋭く踏み込んだ。赤い本を狙ってその右手を伸ばす。
ソフィアも同時に踏み込んで長剣を払った。
エリーナが赤い本を軽く引いて右手を躱す。
長剣は後ろへと体を倒してそのまま転がって避けた。
受け身を取って、嫌らしい笑みを浮かべた――
「やっと不用意に離れたな」
その声にぞっとした。
――狙い通りと言うように。
「きゃ!?」
俺たちのずっと後ろ。
先行していたナタリーの小さな悲鳴が聞こえた。
どさ、と何かが倒れる音。目を向ければ、馬が倒れていた。
すぐ隣には血に濡れた白い剣がある。
まずいまずい。
でもまだ体が動かない……!
もう一度、電撃の音が響いた。
俺の時とは異なり、範囲攻撃だったらしい。
ミアとソフィアが倒れていた。
俺よりは軽傷のようだが、咄嗟には動けないようだ。
……そうか。エリーナはこの状況を狙っていたのだ。
ナタリーアリスと俺たちが十分に離れて、連携が取れなくなる瞬間を。
エリーナが動けない前衛中衛を置いて、ナタリーの方へと跳んだ。
アリスは落馬した時に頭でも打ったのか、意識がないようだ。
そして『エリーナ・コルト』はナタリーの前に立った。
ピノが間に入るものの、大局に変化はないだろう。ナタリーに戦闘力はない。
「事実上の指揮官だな?」
「…………」
「大したものだった。いや、この結果はすでに貴方の勝ちだな。
占拠するはずの都市から市民も兵士も逃がして見せた」
「…………」
「もぬけの殻になった司令部と都市。風での脱出。ここまでの旅程の計画。戦力の配置と運用。
どれも驚くほど良くやっている。ウチのバカな上層部にも見習ってほしいくらいだ」
「…………」
「森でも本隊に戦力を温存したな?
おかげで私の精鋭が動けなかった」
「…………」
「そもそも自分が指揮官だと気づかせない立ち回り。
だが、撤退の指示を出せば流石に気が付くさ……私は可能であれば頭から潰すことにしていてね」
「…………」
エリーナがナタリーへと無数の氷剣を向ける。
ナタリーは目を逸らすことはしなかった。
くそ! 関所が見えているのに!
目の前まで来たって言うのに!
「…………」
――諦めの悪さは一体誰に似たのか。
――エリーナの賞賛に一言も返すことなく、思考を続けている。
――今この瞬間も何かないかと油断なく周囲に目を配っていた。
「……ふ」
エリーナはその様子を好ましそうに微笑んで、氷剣をナタリーへと放った。
ナタリーは悔しそうに、ぎり、と歯を鳴らす。
氷剣がナタリーへと迫る――
……間に合わない。誰も動けない。
あと一分も掛からずに動けるようになる。だが、その時間を作られたのだ。
――ぎん、と氷が弾かれる音がした。
「……え?」
ナタリーの目の前で氷剣が弾き飛ばされていく。
結局、その一本もナタリーへは届かない。
――それは魔弾だった。
――魔弾の雨が氷剣を寸分違わず弾き飛ばしていた。
「……ち。射程に入ったか」
エリーナが舌打ちと一緒に後ろへ跳んだ。
追撃するように魔弾が後を追う。
いや、後ではない。
エリーナの行動を常に先読みしていた。
彼女が横に半歩避ければ、すでにそこへ魔弾が迫っていた。
しゃがめばその顔目掛けて襲い掛かる。弾けばすぐさま死角から。
俺は遠くに見える関所の屋上を見た。
きっとあそこにいるのだ。
――ああ、何度助けられるのだろう。
――それは『魔術師団長』ブラウン・バケットの魔弾だった。
「今の内よ! 急いで!」
ナタリーの声で我に返ると、俺たちは関所へと再び駆け出した。
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