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第三部 63話 一太刀

ー/ー



 エリーナは気負った様子もなく、無造作に俺たちの方へと踏み出した。
 さらに数歩前に出ると、弾丸のように飛んできた。

「来たっすよ!?」
「あぁもう!」

 ミアの言葉に俺が前へと踏み出した。
 俺とミアの二人が前衛だった。

 俺はいつもの小剣だ。
 ミアはナイフは持っているが、今は素手。スキルで戦うつもりだろう。

 いつものようにエリーナが赤い本を振るう。
 青白い炎が真横に払われた。

 バチ、という錬金音。
 地面から壁がいくつもせり上がって、炎を防いだ。

 そしてソフィアが中衛。
 これは致命傷を与えられないという問題があるから仕方ない。

 しかし、守りが堅いソフィアには適任に思えた。
 ソフィアは鎖を錬金してエリーナを大きく囲むように牽制する。

 対して俺とミアは壁の死角を走り回った。
 俺が跳弾を利用して魔弾を放つ。意味があるかは分からないが。

 その間にエリーナが白い剣を作り出して脇を固める。
 さらに無数の氷の剣を生み出して空中に待機させた。

「…………」

 あそこに飛び込むのかぁ……。
 内心で溜息を吐きながら、俺は壁の間から低く速く踏み込んだ。

 途端に氷剣が一斉に放たれた。
 俺は障壁を足場に高く跳ぶ。

 さらに氷の剣が後を追おうと――

「……む」
「無理っすかぁ」

 ――『引力』も利用して、後ろからエリーナへとミアが飛び掛かる。

 しかし、エリーナは反応して避けた。
 すでにミアのスキルの対象は俺に設定してある……また投げられるのだろうか。

 エリーナが本を振りかぶった。あの炎か。
 おそらく燃費は良くないのだろう。エリーナも連発はしていない。

 だが、あれは食らえば即死だから心臓に悪いんだよ。
 上空から見れば、ミアの表情も引き攣っているようだ。
 
「ぴ」

 そこで青い小鳥が鳴いた。
 途端に目くらましの煙幕が張られる。

 俺が障壁をもう一度蹴って跳ぶと、ミアもスキルも使用して跳んできた。
 ソフィアはすでに大きく下がり、馬に乗ったナタリーアリスを護衛している。
 ピノは心配いらないだろう。おそらくとっくに離脱しているはず。

「……よし」

 ミアと軽く頷きあって、真下のエリーナ向けて魔弾を乱射した。
 当然、効果はないだろう……本命は別だ。

「まったくもって面倒な」

 エリーナの呟きと一緒に一際強く風が吹く。
 煙幕が晴れると、エリーナは上空の俺たちを睨んでいた。
 ……当然のごとく無傷である。

 一度、腰を低く下げて、俺たちに飛び掛かろうと――

「――焼き払え」
 強化されている俺の耳に声が届いた。

「……ん?」

 ――エリーナが後ろを振り返る。

 俺たちが上空に避難している間を狙って、アリスが馬上から火属性の魔法を放った。
『緑竜』の時に見せた黒い炎の簡易版というところか。

 エリーナが赤い本を、迫る黒い炎へと向ける。
 そして例の青白い炎で相殺した。

 ――ここだ。

 俺とミアは、一息で地上に降りる。
 そのままエリーナへと襲い掛かった。

 そうだよな。
 方法はともかく、この状況なら相殺するよな。
 流石にこのタイミングなら隙もあるだろう……?

 二つの炎が激突した熱気に肝を冷やしながら、その背中へと小剣を払う。
 ミアはエリーナの腕を掴もうとしていた。あの赤い本を押さえれば相当有利になるはずだ。加えて、一度触れればスキルも使える。

「……!」
「くっ――!」

 エリーナが振り返った。
 同時に本を狙うミアを風で吹き飛ばす。触れることは許さないという感じだ。

 俺の小剣は白い剣が受けた。
 そのまま大きく白い剣を弾き飛ばすと、さらに踏み込んで左手で俺はナイフを抜いた。

「――ふ」

 ……赤い血が舞う。
 俺のナイフは、確かにエリーナの左肩を裂いていた。

 やっと……一太刀。
 俺は大きく後ろへと跳ぶと、戻って来たミアの隣に並んだ。
 俺たちは肩で息をしながらエリーナを見遣る。
 
 エリーナは冷静な表情で負傷した自分の左肩を眺めていた。
 やがて、小さく呟いた。

「……仕方ない」
「?」

 エリーナはどこか悲しそうに目を伏せた。
 そして、続ける。

「実戦への投入は初めてだな。
 ……本当は戦闘で使いたくはない技術だが」
 
 そう言って、エリーナの体から薄っすらと白い湯気が上がり始めた。
 今までとはどこか様子が違っていた。

 相変わらず、息の一つも上がっていないのは化け物だな……。
 いや、待て。それどころか先ほど付けた肩の傷も消えている?

「……? 『治癒術』?」
「まさか……いや、おかしい」

 ミアも気が付いたらしい。しかし、その呟きに首を傾げた。そんな情報は聞いていない。
 流石に『エリーナ・コルト』が『治癒術』のスキル持ちだったら伝わっているはずだ。

「まさか『治癒魔法』?」
「……実用化したって言うの?」

 アリスと加奈が呆然とした様子で声を荒げていた。
 だが、その言葉が事実だとすれば、驚くのも無理はない。

 この世界に『治癒魔法』というものはない。
 いや、正確に言えば使い物にならない。

 魔法とスキルを比較した場合、大きな違いとなるのは『コスト』と『汎用性』だ。
 スキルは魔法に比べて『コスト』が少ない。その代わり魔法は『汎用性』に優れている。

 ……魔法は定価で何でも売っているが、スキルは決まったものを安く売っているのだ。

 では、魔法で『治癒』を行うとすればどうなるか。
 傷口を塞ぐにしても、回復力を向上させるにしても、必要な『コスト』は桁違いに多くなる。

 壁の穴を塞ぐようにはいかない。
 それこそ絆創膏でよければ簡単だが、それなら買えば良いだけだ。

 掠り傷を治すだけでバカみたいな数の『命令』と気が遠くなるような『魔力』が必要になる。
 要するに魔法で『手術』を行うようなものなのだ。それも細胞単位で。

 以前、ピノが酔い覚ましの魔法を使ったのも同じ理屈だ。
 簡単に見えるが、体内のアルコールを分解するような魔法は制御が非常に難しい。

 だから『治癒術』というスキルは重宝される。
 初めから『汎用性』を捨てて『治癒』に特化しているが、魔法でやるよりもはるかに簡単だ。

 学院でセシルが簡単に傷を治してくれていたが、あれは本当に貴重な能力なのだ。
 ……使う側はスキルを発動しているだけだがな。

『治癒魔法』も理論上は可能だ。いつか実現すると言われている。
 要はスキルが自動で行っていることを形式化すれば良い。

 まさにそれこそが『魔術』なのだ。
 複雑な『命令』に定型を与え、必要な『魔力』を削減してゆく。
 しかし『治癒魔法』はまだ実用化されていない……はずだった。

「……もともと、私の専攻分野はコレだ」
「そうか、対人魔法」
 エリーナがやれやれと首を横に振った。

 本来であれば、学会のような場で発表されるべき技術だ。
 この世界における大きな一歩とすら言えた。

「…………」
 俺たちは咄嗟に言葉が出ない。

 対人魔法の第一人者だとは知っていたはずなのに。
 どうして自分自身に魔法を使うと考えなかったのか。

 思えば、初めからエリーナの体力は群を抜いていた。
 魔法で体力の回復を行っていたのだ……いや、それどころか。

「ああ、くそ。あんたも感覚を強化していたんだな」
「……気が付いたか」

 不意打ちへの反応が良かったのはそのためだ。
 風魔法だけでは説明が付かないとは思っていた。おそらく魔法で聴覚も強化している。

 だから、俺が同じことをしていると気づいたのだ。
 そして、今度は自分の肉体も強化した。白い湯気はおそらく代謝を上げている。
 そこに加えて『治癒魔法』だ。

「やばい。これは、まずいな。大変だ」
「……語彙力なさすぎっすね」

 思わず軽口が突いて出た。ミアが返してくれるものの、キレがない。
 エリーナが自己回復までやってくるなら持久戦で勝ち目が薄くなる。

 ……五対一だというのにな。



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 エリーナは気負った様子もなく、無造作に俺たちの方へと踏み出した。
 さらに数歩前に出ると、弾丸のように飛んできた。
「来たっすよ!?」
「あぁもう!」
 ミアの言葉に俺が前へと踏み出した。
 俺とミアの二人が前衛だった。
 俺はいつもの小剣だ。
 ミアはナイフは持っているが、今は素手。スキルで戦うつもりだろう。
 いつものようにエリーナが赤い本を振るう。
 青白い炎が真横に払われた。
 バチ、という錬金音。
 地面から壁がいくつもせり上がって、炎を防いだ。
 そしてソフィアが中衛。
 これは致命傷を与えられないという問題があるから仕方ない。
 しかし、守りが堅いソフィアには適任に思えた。
 ソフィアは鎖を錬金してエリーナを大きく囲むように牽制する。
 対して俺とミアは壁の死角を走り回った。
 俺が跳弾を利用して魔弾を放つ。意味があるかは分からないが。
 その間にエリーナが白い剣を作り出して脇を固める。
 さらに無数の氷の剣を生み出して空中に待機させた。
「…………」
 あそこに飛び込むのかぁ……。
 内心で溜息を吐きながら、俺は壁の間から低く速く踏み込んだ。
 途端に氷剣が一斉に放たれた。
 俺は障壁を足場に高く跳ぶ。
 さらに氷の剣が後を追おうと――
「……む」
「無理っすかぁ」
 ――『引力』も利用して、後ろからエリーナへとミアが飛び掛かる。
 しかし、エリーナは反応して避けた。
 すでにミアのスキルの対象は俺に設定してある……また投げられるのだろうか。
 エリーナが本を振りかぶった。あの炎か。
 おそらく燃費は良くないのだろう。エリーナも連発はしていない。
 だが、あれは食らえば即死だから心臓に悪いんだよ。
 上空から見れば、ミアの表情も引き攣っているようだ。
「ぴ」
 そこで青い小鳥が鳴いた。
 途端に目くらましの煙幕が張られる。
 俺が障壁をもう一度蹴って跳ぶと、ミアもスキルも使用して跳んできた。
 ソフィアはすでに大きく下がり、馬に乗ったナタリーアリスを護衛している。
 ピノは心配いらないだろう。おそらくとっくに離脱しているはず。
「……よし」
 ミアと軽く頷きあって、真下のエリーナ向けて魔弾を乱射した。
 当然、効果はないだろう……本命は別だ。
「まったくもって面倒な」
 エリーナの呟きと一緒に一際強く風が吹く。
 煙幕が晴れると、エリーナは上空の俺たちを睨んでいた。
 ……当然のごとく無傷である。
 一度、腰を低く下げて、俺たちに飛び掛かろうと――
「――焼き払え」
 強化されている俺の耳に声が届いた。
「……ん?」
 ――エリーナが後ろを振り返る。
 俺たちが上空に避難している間を狙って、アリスが馬上から火属性の魔法を放った。
『緑竜』の時に見せた黒い炎の簡易版というところか。
 エリーナが赤い本を、迫る黒い炎へと向ける。
 そして例の青白い炎で相殺した。
 ――ここだ。
 俺とミアは、一息で地上に降りる。
 そのままエリーナへと襲い掛かった。
 そうだよな。
 方法はともかく、この状況なら相殺するよな。
 流石にこのタイミングなら隙もあるだろう……?
 二つの炎が激突した熱気に肝を冷やしながら、その背中へと小剣を払う。
 ミアはエリーナの腕を掴もうとしていた。あの赤い本を押さえれば相当有利になるはずだ。加えて、一度触れればスキルも使える。
「……!」
「くっ――!」
 エリーナが振り返った。
 同時に本を狙うミアを風で吹き飛ばす。触れることは許さないという感じだ。
 俺の小剣は白い剣が受けた。
 そのまま大きく白い剣を弾き飛ばすと、さらに踏み込んで左手で俺はナイフを抜いた。
「――ふ」
 ……赤い血が舞う。
 俺のナイフは、確かにエリーナの左肩を裂いていた。
 やっと……一太刀。
 俺は大きく後ろへと跳ぶと、戻って来たミアの隣に並んだ。
 俺たちは肩で息をしながらエリーナを見遣る。
 エリーナは冷静な表情で負傷した自分の左肩を眺めていた。
 やがて、小さく呟いた。
「……仕方ない」
「?」
 エリーナはどこか悲しそうに目を伏せた。
 そして、続ける。
「実戦への投入は初めてだな。
 ……本当は戦闘で使いたくはない技術だが」
 そう言って、エリーナの体から薄っすらと白い湯気が上がり始めた。
 今までとはどこか様子が違っていた。
 相変わらず、息の一つも上がっていないのは化け物だな……。
 いや、待て。それどころか先ほど付けた肩の傷も消えている?
「……? 『治癒術』?」
「まさか……いや、おかしい」
 ミアも気が付いたらしい。しかし、その呟きに首を傾げた。そんな情報は聞いていない。
 流石に『エリーナ・コルト』が『治癒術』のスキル持ちだったら伝わっているはずだ。
「まさか『治癒魔法』?」
「……実用化したって言うの?」
 アリスと加奈が呆然とした様子で声を荒げていた。
 だが、その言葉が事実だとすれば、驚くのも無理はない。
 この世界に『治癒魔法』というものはない。
 いや、正確に言えば使い物にならない。
 魔法とスキルを比較した場合、大きな違いとなるのは『コスト』と『汎用性』だ。
 スキルは魔法に比べて『コスト』が少ない。その代わり魔法は『汎用性』に優れている。
 ……魔法は定価で何でも売っているが、スキルは決まったものを安く売っているのだ。
 では、魔法で『治癒』を行うとすればどうなるか。
 傷口を塞ぐにしても、回復力を向上させるにしても、必要な『コスト』は桁違いに多くなる。
 壁の穴を塞ぐようにはいかない。
 それこそ絆創膏でよければ簡単だが、それなら買えば良いだけだ。
 掠り傷を治すだけでバカみたいな数の『命令』と気が遠くなるような『魔力』が必要になる。
 要するに魔法で『手術』を行うようなものなのだ。それも細胞単位で。
 以前、ピノが酔い覚ましの魔法を使ったのも同じ理屈だ。
 簡単に見えるが、体内のアルコールを分解するような魔法は制御が非常に難しい。
 だから『治癒術』というスキルは重宝される。
 初めから『汎用性』を捨てて『治癒』に特化しているが、魔法でやるよりもはるかに簡単だ。
 学院でセシルが簡単に傷を治してくれていたが、あれは本当に貴重な能力なのだ。
 ……使う側はスキルを発動しているだけだがな。
『治癒魔法』も理論上は可能だ。いつか実現すると言われている。
 要はスキルが自動で行っていることを形式化すれば良い。
 まさにそれこそが『魔術』なのだ。
 複雑な『命令』に定型を与え、必要な『魔力』を削減してゆく。
 しかし『治癒魔法』はまだ実用化されていない……はずだった。
「……もともと、私の専攻分野はコレだ」
「そうか、対人魔法」
 エリーナがやれやれと首を横に振った。
 本来であれば、学会のような場で発表されるべき技術だ。
 この世界における大きな一歩とすら言えた。
「…………」
 俺たちは咄嗟に言葉が出ない。
 対人魔法の第一人者だとは知っていたはずなのに。
 どうして自分自身に魔法を使うと考えなかったのか。
 思えば、初めからエリーナの体力は群を抜いていた。
 魔法で体力の回復を行っていたのだ……いや、それどころか。
「ああ、くそ。あんたも感覚を強化していたんだな」
「……気が付いたか」
 不意打ちへの反応が良かったのはそのためだ。
 風魔法だけでは説明が付かないとは思っていた。おそらく魔法で聴覚も強化している。
 だから、俺が同じことをしていると気づいたのだ。
 そして、今度は自分の肉体も強化した。白い湯気はおそらく代謝を上げている。
 そこに加えて『治癒魔法』だ。
「やばい。これは、まずいな。大変だ」
「……語彙力なさすぎっすね」
 思わず軽口が突いて出た。ミアが返してくれるものの、キレがない。
 エリーナが自己回復までやってくるなら持久戦で勝ち目が薄くなる。
 ……五対一だというのにな。