第三部 61話 脱兎
ー/ー 分かっていたが『エリーナ・コルト』が追撃をするようなことはなかった。
彼女が去ってしばら経つと、濃霧は収まった。やはり、何らかの魔法らしい。
頭痛を堪えて、本隊の方へと戻ってゆく。
ソフィアの肩を借りて進んでいった。
「……昔、私は両親を殺されたの」
やがて、ソフィアは小さく呟いた。それは俺も良く知る内容だった。
でも『キース・クロス』として聞きたかったから、俺は小さく頷いた。
「そのまま、仇を討とうと王都を飛び出した」
ソフィアの表情は見なかった。
俺には見られたくない気がした。
「でも、殺せなかったのよ。すっかり忘れていた。
……いいえ。忘れさせてくれないのね」
ソフィアの呟きに応えるように、真赤の魂が一際輝いた気がした。
「……お。戻って来たっすね。ナタリーの読み通り」
「あー、良かったぁ」
戻って来た俺たちを見て、ミアとナタリーが胸をなでおろしていた。
どうやらナタリーは本隊の護衛を減らせないと考えてソフィアだけを送ったようだ。
俺が言うのも何だが、結構な賭けにも思える。
相当心配していたのだろう。
「もう! 迷子になっちゃ駄目でしょ!
ちゃんと目の届く場所にいなさい!」
ナタリーが腰に手を当てて、声を張り上げた。
……お母さんか。
馬車を一つ借りて、中で事情を説明した。
ピノだけは周囲の警戒をしているはずだ。
「……良く生きてるっすね」
一通り話を聞くと、ミアが半身下がりながら言った。
うわぁ、と聞こえてきそうだ。引くなよ。
「でも『エリーナ・コルト』の怒りを買ったのは大丈夫かな」
「……まあ、これまで以上に激しい攻撃があるだろうね」
加奈の言葉にアリスが応じる。ソフィアが軽く目を逸らした。
責められているわけではないと分かっているが、負い目はあるのだろう。
「……何言ってんのよ。関係あるわけないじゃん」
ナタリーが即答した。
それはソフィアを気遣ったわけでもないようだった。
「不意打ちで攻撃してきたのは向こうだよ。怒られる謂れはない。
そもそも相手の機嫌を窺いながら戦ってどうするの……ただの逆切れじゃない」
悪いのは相手であると。
怒りたければ勝手に怒れと。
ナタリーの言葉は簡潔だったが、あまりにも本質的だった。
この二点を押さえておけば問題はない。
……確かに『怒るか怒らないか』を決めるのは相手だった。
そして、相手の怒りに正当性はないのだ。
「……ぅ」
「キース! 大丈夫?」
頭を軽く押さえた俺を見て、ソフィアが声を上げた。
「大きな怪我でもしたっすか?」
「どうやら頭痛が酷いみたいで」
ミアの質問にソフィアが答えた。
途端にナタリーが声を張り上げる。
「頭痛!? 大丈夫なの?」
「……大丈夫。休めば回復する程度だよ」
俺がどうにか答える。嘘ではない。
エルの見立ても同じだった。
「分かった……もうすぐ森を抜ける。
そのまま野営にするから今日はあったかくして寝なさい」
ナタリーが続けた。
お母さんか。
翌日。俺たちはまた集まっていた。
森の出口近く。車座に近い形で話し合う。
「頭痛は大丈夫っすか?」
「ああ、もう収まった」
ミアの心配そうな声に応じた。
昨日はエルもケアをしてくれたようで、すでに頭痛は消えていた。
「さて。目標の関所には明日到着できると思う。
今日一日は移動に当てて、明日は関所に駆け込む感じだね」
ナタリーが切り出した。どうにかここまで逃げてきたのだ。
大きな被害は出さずに済んでいるが、関所を抜けるかどうかで安心の度合いが全然違う。
しかし、最後は関所まで一直線。
見通しの良い平原で、小細工の余地もない。
おそらく最後の襲撃があるだろう。
帝国軍はまだ追いついていないはずだから、想定される敵は『エリーナ・コルト』一人だ。
「あたしたちは最後まで残って、逃げる時間を稼がなきゃいけない」
「あの人相手に時間を稼ぐって大変じゃない?」
「はは……でも、それ以外に方法がないのも分かるなぁ」
ナタリーの言葉にアリスと加奈が応じた。
そうしなければ怒り狂った『エリーナ・コルト』が逃げる王国軍に襲い掛かる。
……考えるだけで恐ろしいと思う。
「で、ナタリー? 時間を稼いだ後はどうするんだ?」
肝心なことを訊いてみた。
「?」
ナタリーが首を傾げる。
「……どうやって私たちが関所まで行くのかってことでしょ?」
ソフィアが補足してくれたので細かく何度も頷いた。
「逃げるだけよ」
「……他には?」
ナタリーの軽い返事に訊き返す。
何かあるはずだ。アリスと加奈の風魔法の時のような。
「? 出来るだけ速く逃げるだけよ」
「ほ、ほら、他にあるでしょう?」
しかし、ナタリーは首を傾げて繰り返した。
ソフィアも俺と同じく焦った様子で続ける。
「?? 脇目も振らずに出来るだけ速く逃げるだけよ」
「また、もったいぶっちゃって……」
俺が諦め悪く食い下がる。
いつもの悪知恵と全体を見通すような視点に期待していた。
「??? 脱兎のごとく脇目も振らずに出来るだけ速く逃げるだけよ」
「…………」
「…………」
駄目だ。
結局逃げるだけだ。
「ごめんね。とにかく撤退のタイミングは伝える。それから後は本当に逃げるだけよ。
こちらに隠し玉はないの……強いて言えば、王都から増援が来ているはずだけど期待はしないで」
言葉を失う。だが、こちらの手札がないのも事実だった。
アリスと加奈の風魔法が二度も通じるはずもない。
「あたしが馬で先導する。とにかく、全力で付いてきなさい。
ちゃんと付いてこなかったら置いていくからね!」
……酷いお母さんだった。
彼女が去ってしばら経つと、濃霧は収まった。やはり、何らかの魔法らしい。
頭痛を堪えて、本隊の方へと戻ってゆく。
ソフィアの肩を借りて進んでいった。
「……昔、私は両親を殺されたの」
やがて、ソフィアは小さく呟いた。それは俺も良く知る内容だった。
でも『キース・クロス』として聞きたかったから、俺は小さく頷いた。
「そのまま、仇を討とうと王都を飛び出した」
ソフィアの表情は見なかった。
俺には見られたくない気がした。
「でも、殺せなかったのよ。すっかり忘れていた。
……いいえ。忘れさせてくれないのね」
ソフィアの呟きに応えるように、真赤の魂が一際輝いた気がした。
「……お。戻って来たっすね。ナタリーの読み通り」
「あー、良かったぁ」
戻って来た俺たちを見て、ミアとナタリーが胸をなでおろしていた。
どうやらナタリーは本隊の護衛を減らせないと考えてソフィアだけを送ったようだ。
俺が言うのも何だが、結構な賭けにも思える。
相当心配していたのだろう。
「もう! 迷子になっちゃ駄目でしょ!
ちゃんと目の届く場所にいなさい!」
ナタリーが腰に手を当てて、声を張り上げた。
……お母さんか。
馬車を一つ借りて、中で事情を説明した。
ピノだけは周囲の警戒をしているはずだ。
「……良く生きてるっすね」
一通り話を聞くと、ミアが半身下がりながら言った。
うわぁ、と聞こえてきそうだ。引くなよ。
「でも『エリーナ・コルト』の怒りを買ったのは大丈夫かな」
「……まあ、これまで以上に激しい攻撃があるだろうね」
加奈の言葉にアリスが応じる。ソフィアが軽く目を逸らした。
責められているわけではないと分かっているが、負い目はあるのだろう。
「……何言ってんのよ。関係あるわけないじゃん」
ナタリーが即答した。
それはソフィアを気遣ったわけでもないようだった。
「不意打ちで攻撃してきたのは向こうだよ。怒られる謂れはない。
そもそも相手の機嫌を窺いながら戦ってどうするの……ただの逆切れじゃない」
悪いのは相手であると。
怒りたければ勝手に怒れと。
ナタリーの言葉は簡潔だったが、あまりにも本質的だった。
この二点を押さえておけば問題はない。
……確かに『怒るか怒らないか』を決めるのは相手だった。
そして、相手の怒りに正当性はないのだ。
「……ぅ」
「キース! 大丈夫?」
頭を軽く押さえた俺を見て、ソフィアが声を上げた。
「大きな怪我でもしたっすか?」
「どうやら頭痛が酷いみたいで」
ミアの質問にソフィアが答えた。
途端にナタリーが声を張り上げる。
「頭痛!? 大丈夫なの?」
「……大丈夫。休めば回復する程度だよ」
俺がどうにか答える。嘘ではない。
エルの見立ても同じだった。
「分かった……もうすぐ森を抜ける。
そのまま野営にするから今日はあったかくして寝なさい」
ナタリーが続けた。
お母さんか。
翌日。俺たちはまた集まっていた。
森の出口近く。車座に近い形で話し合う。
「頭痛は大丈夫っすか?」
「ああ、もう収まった」
ミアの心配そうな声に応じた。
昨日はエルもケアをしてくれたようで、すでに頭痛は消えていた。
「さて。目標の関所には明日到着できると思う。
今日一日は移動に当てて、明日は関所に駆け込む感じだね」
ナタリーが切り出した。どうにかここまで逃げてきたのだ。
大きな被害は出さずに済んでいるが、関所を抜けるかどうかで安心の度合いが全然違う。
しかし、最後は関所まで一直線。
見通しの良い平原で、小細工の余地もない。
おそらく最後の襲撃があるだろう。
帝国軍はまだ追いついていないはずだから、想定される敵は『エリーナ・コルト』一人だ。
「あたしたちは最後まで残って、逃げる時間を稼がなきゃいけない」
「あの人相手に時間を稼ぐって大変じゃない?」
「はは……でも、それ以外に方法がないのも分かるなぁ」
ナタリーの言葉にアリスと加奈が応じた。
そうしなければ怒り狂った『エリーナ・コルト』が逃げる王国軍に襲い掛かる。
……考えるだけで恐ろしいと思う。
「で、ナタリー? 時間を稼いだ後はどうするんだ?」
肝心なことを訊いてみた。
「?」
ナタリーが首を傾げる。
「……どうやって私たちが関所まで行くのかってことでしょ?」
ソフィアが補足してくれたので細かく何度も頷いた。
「逃げるだけよ」
「……他には?」
ナタリーの軽い返事に訊き返す。
何かあるはずだ。アリスと加奈の風魔法の時のような。
「? 出来るだけ速く逃げるだけよ」
「ほ、ほら、他にあるでしょう?」
しかし、ナタリーは首を傾げて繰り返した。
ソフィアも俺と同じく焦った様子で続ける。
「?? 脇目も振らずに出来るだけ速く逃げるだけよ」
「また、もったいぶっちゃって……」
俺が諦め悪く食い下がる。
いつもの悪知恵と全体を見通すような視点に期待していた。
「??? 脱兎のごとく脇目も振らずに出来るだけ速く逃げるだけよ」
「…………」
「…………」
駄目だ。
結局逃げるだけだ。
「ごめんね。とにかく撤退のタイミングは伝える。それから後は本当に逃げるだけよ。
こちらに隠し玉はないの……強いて言えば、王都から増援が来ているはずだけど期待はしないで」
言葉を失う。だが、こちらの手札がないのも事実だった。
アリスと加奈の風魔法が二度も通じるはずもない。
「あたしが馬で先導する。とにかく、全力で付いてきなさい。
ちゃんと付いてこなかったら置いていくからね!」
……酷いお母さんだった。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
作者の他の作品
この作者の他作品はありません。
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。