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第三部 60話 二回目

ー/ー



 ソフィアがリックを双剣に錬金して構える。
 俺もどうにか立ち上がった。全身に浅い傷はあるが戦えないほどではない。

「これで痛み分けってことには……」
「ははは、なるはずがないだろう。魚が餌に掛かったようなものだぞ?」

 ソフィアの軽口にエリーナが笑って見せた。
 おそらく時間稼ぎを狙ったのだろう。

 しかしエリーナにはお見通しだったらしい。
 すぐに赤い本を構え直す。息を整える暇すら与えない気か。

「さて、次だ」

 いや、違う。
 これだけ動いて息が乱れていないことが一番の問題なんだ。

 待て……いくら何でも体力がありすぎないか?

 エリーナが軽い調子で踏み込んだ。
 同時に白い剣が一振りずつ俺たちへと向かってくる。

 ソフィアが俺を庇うように一歩前へと踏み出した。
 申し訳ないが俺の方も余裕がない。迫って来た白い剣を迎え撃つ。

 右の小剣を払い、白い剣を弾く。
 後ろでソフィアが双剣でエリーナと白い剣を同時に相手取っているのが見えた。

 ――体力が厳しい。
 ――でも、ずっと楽になった。

 さっきまでの疑似三対一に比べれば体力の消耗くらいなら安いものだ。
 代わりにソフィアの負担が大きいはず……。

「ソフィア! 気にするな!」
「……!」

 俺は叫ぶと、エリーナとソフィア目掛けて魔弾を放った。
 同時に障壁を張る。ピンボールのように魔弾が跳ね回る。

 しかし、ソフィアには当たらない。
 ソフィアの動きは数えきれないほど見てきた。

『青い幻』の精度は誰よりも高い。
 エリーナが鬱陶しそうに舌打ちした。

 俺は目の前の剣を一度大きく弾くと、魔弾が飛び交う中へと向かう。
 俺自身は魔弾を避けて進み、ソフィアと同時に斬り付ける――!

 右足を軸に回転して、俺は魔弾を避ける。
 同時に左手に握った逆手のナイフで頸動脈を狙う。

 ソフィアが魔弾に目もくれず、一際強く踏み込んだ。
 両手の双剣を大きく斜めに斬り払う。

「……流石に厄介だな」
「やっぱり」
 
 エリーナの呟きに俺が応じた。
 風の魔法が俺たちの攻撃をいなしていた。

 いつの間にか、魔弾も軌道を変えられてしまう。
 この風をどうにかしないと……。

「……う」

 その瞬間。ずき、と鋭い頭痛が走った。
 ……無理もないか。幻覚と言っても処理している情報量が多すぎる。

「まだよ」

 バチ、という錬金音。
 作り上げたのは――神鋼の鎖。

「おっと」
 エリーナが後ろへと跳んだ。

 ……そうか。鎖の物量ならいくら風で逸らしても限界がある。
 逃げなければ、最終的には鎖に囲まれてしまう。

「……おぉ?」

 ぐん、と体を引っ張られる感覚に思わず声が出た。
 見れば、左の手首に鎖が絡みついていた。鎖の先は木の幹に引っかかっている。

 そのままエリーナの方へと引っ張られていく。
 エルの視界には悪戯っぽく微笑んだソフィアが映っていた。

 ――また投げられるのかよ!?

 内心で叫びながらもソフィアの作戦に乗るしかない。
 鎖は凄まじい強さで俺を引いて、どんどん速度は増してゆく。
 
「ははは、良く飛ぶなぁ」

 エリーナが楽しそうに笑った。
 ……飛ばされてんだよ。

 白い剣がエリーナを守るように脇を固めた。
 俺がそこに飛び込んでゆく。

「ちくしょう!」
 ソフィアの何とかしろという声を聞いた気がして、思わずぼやく。

 俺は障壁を足場に軌道を上に逸らす。白い剣が空振った。
 エリーナの頭上を跳び越えた形だ。エルの眼下にエリーナの後頭部が見えた。

 そこに左のナイフを手首で投げる。
 エリーナが振り返った。白い剣が反応してナイフを弾いた。

「……おおぉ?」

 また体を引っ張られる。
 いつの間にか鎖は錬金し直されて、折り返すようにエリーナへと伸びている。

 ――なるほど。

 そして、ソフィアの考えを理解した。
 俺は着地と同時に自分の足でさらに加速する。

 一息で距離を詰めた。
 小剣を両手に握り直して、エリーナの胴体目掛けて一閃した。
 この速さなら風だけでは間に合わないはず。

「ふむ」

 エリーナは楽しそうに頷いて、しゃがんで俺の小剣を避ける。
 風だけではないと言わんばかりだった。あとは白い剣でとどめを刺せば良い。

「……!」

 そこで初めて。
『エリーナ・コルト』は余裕を失って振り返った。

「……ぐ」
 俺は最後の力を振り絞り、足を踏ん張って『鎖を引いた』。

 しゃがんだばかりの体勢。白い剣は俺へと向いている。
 風だけでは避け切れなかった速度でソフィアが突っ込んできた。

 大半は鎖で使っているからだろう。握っているのはナイフだった。
 その柄から鎖が伸びて俺の左手へと繋がっている。

「大したものだ」

 目の前に迫ったナイフを避け切れないと判断したのだろう。
『エリーナ・コルト』は小さく笑った。思えば最初から楽しんでいるようだった。

 不意打ちも良く食らっていた。
 手を抜いていたわけではなかったと思うが、非情ではなかったのだろう。



「うそ」

 ……だが、そのナイフは『エリーナ・コルト』の首元で止まった。
 ソフィアの腕は小さく震え、その先には進まない。

 ――ああ、そうだった。
 ――肝心なことが頭から抜け落ちていた。

『ソフィア・ターナー』は人を殺さない。
 それが、何よりも重要な前提だったはずなのに。

「……そうか」
 
 目の前のナイフを見て、エリーナが小さく呟いた。
 その声には先ほどまでの楽しさは感じられない。

 ソフィアが後ろへと大きく跳ぶ。
 自分でも止まるとは思っていなかったのだろう。呆然と自分のナイフを眺めている。

「手加減したわけではない、か」
 
 エリーナがゆっくりと自分の首を押さえた。
 その瞳に浮かんでいたのは、先ほどまでなかった怒りだった。

「帝国軍では情けを掛けられることが最大の恥と考えられている。
 良くも悪くも単純な奴らばかりでね。私は時代錯誤だと感じていたが……」

 エリーナが俺たちに背中を向けた。
 そのまま歩き出す。警戒している素振りすらない。

 俺たちは黙って見ているだけだ。
 いや、見ていることしかできない。

 今のソフィアの一撃で打ち止めだ。
 頭痛が酷い。俺はまともに戦えそうにもなかった。

 ソフィアが追い打ちを掛ける意味もない。
 どうせ殺せはしないのだから。殺す気もなく勝てるはずもない。

「……私も帝国軍人だったらしい。
 命を見逃された後で止めを刺そうとは思わないようだ」

 去ってゆく『エリーナ・コルト』が一度だけ振り向いた。
 その様子に寒気が立った。今までの穏やかさは微塵も残っていない。
 あのまま首を切り裂かれていたとしても、この人は笑って死んだ気がした。

「我ながら合理的でないが、見逃された以上は一度退こう。
 ――だが、次は殺す。そのつもりでいてもらおうか」

 不愉快だ、と言わんばかりに憮然と顔を背けた。
 俺たちは英雄の逆鱗に触れたらしかった。



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 ソフィアがリックを双剣に錬金して構える。
 俺もどうにか立ち上がった。全身に浅い傷はあるが戦えないほどではない。
「これで痛み分けってことには……」
「ははは、なるはずがないだろう。魚が餌に掛かったようなものだぞ?」
 ソフィアの軽口にエリーナが笑って見せた。
 おそらく時間稼ぎを狙ったのだろう。
 しかしエリーナにはお見通しだったらしい。
 すぐに赤い本を構え直す。息を整える暇すら与えない気か。
「さて、次だ」
 いや、違う。
 これだけ動いて息が乱れていないことが一番の問題なんだ。
 待て……いくら何でも体力がありすぎないか?
 エリーナが軽い調子で踏み込んだ。
 同時に白い剣が一振りずつ俺たちへと向かってくる。
 ソフィアが俺を庇うように一歩前へと踏み出した。
 申し訳ないが俺の方も余裕がない。迫って来た白い剣を迎え撃つ。
 右の小剣を払い、白い剣を弾く。
 後ろでソフィアが双剣でエリーナと白い剣を同時に相手取っているのが見えた。
 ――体力が厳しい。
 ――でも、ずっと楽になった。
 さっきまでの疑似三対一に比べれば体力の消耗くらいなら安いものだ。
 代わりにソフィアの負担が大きいはず……。
「ソフィア! 気にするな!」
「……!」
 俺は叫ぶと、エリーナとソフィア目掛けて魔弾を放った。
 同時に障壁を張る。ピンボールのように魔弾が跳ね回る。
 しかし、ソフィアには当たらない。
 ソフィアの動きは数えきれないほど見てきた。
『青い幻』の精度は誰よりも高い。
 エリーナが鬱陶しそうに舌打ちした。
 俺は目の前の剣を一度大きく弾くと、魔弾が飛び交う中へと向かう。
 俺自身は魔弾を避けて進み、ソフィアと同時に斬り付ける――!
 右足を軸に回転して、俺は魔弾を避ける。
 同時に左手に握った逆手のナイフで頸動脈を狙う。
 ソフィアが魔弾に目もくれず、一際強く踏み込んだ。
 両手の双剣を大きく斜めに斬り払う。
「……流石に厄介だな」
「やっぱり」
 エリーナの呟きに俺が応じた。
 風の魔法が俺たちの攻撃をいなしていた。
 いつの間にか、魔弾も軌道を変えられてしまう。
 この風をどうにかしないと……。
「……う」
 その瞬間。ずき、と鋭い頭痛が走った。
 ……無理もないか。幻覚と言っても処理している情報量が多すぎる。
「まだよ」
 バチ、という錬金音。
 作り上げたのは――神鋼の鎖。
「おっと」
 エリーナが後ろへと跳んだ。
 ……そうか。鎖の物量ならいくら風で逸らしても限界がある。
 逃げなければ、最終的には鎖に囲まれてしまう。
「……おぉ?」
 ぐん、と体を引っ張られる感覚に思わず声が出た。
 見れば、左の手首に鎖が絡みついていた。鎖の先は木の幹に引っかかっている。
 そのままエリーナの方へと引っ張られていく。
 エルの視界には悪戯っぽく微笑んだソフィアが映っていた。
 ――また投げられるのかよ!?
 内心で叫びながらもソフィアの作戦に乗るしかない。
 鎖は凄まじい強さで俺を引いて、どんどん速度は増してゆく。
「ははは、良く飛ぶなぁ」
 エリーナが楽しそうに笑った。
 ……飛ばされてんだよ。
 白い剣がエリーナを守るように脇を固めた。
 俺がそこに飛び込んでゆく。
「ちくしょう!」
 ソフィアの何とかしろという声を聞いた気がして、思わずぼやく。
 俺は障壁を足場に軌道を上に逸らす。白い剣が空振った。
 エリーナの頭上を跳び越えた形だ。エルの眼下にエリーナの後頭部が見えた。
 そこに左のナイフを手首で投げる。
 エリーナが振り返った。白い剣が反応してナイフを弾いた。
「……おおぉ?」
 また体を引っ張られる。
 いつの間にか鎖は錬金し直されて、折り返すようにエリーナへと伸びている。
 ――なるほど。
 そして、ソフィアの考えを理解した。
 俺は着地と同時に自分の足でさらに加速する。
 一息で距離を詰めた。
 小剣を両手に握り直して、エリーナの胴体目掛けて一閃した。
 この速さなら風だけでは間に合わないはず。
「ふむ」
 エリーナは楽しそうに頷いて、しゃがんで俺の小剣を避ける。
 風だけではないと言わんばかりだった。あとは白い剣でとどめを刺せば良い。
「……!」
 そこで初めて。
『エリーナ・コルト』は余裕を失って振り返った。
「……ぐ」
 俺は最後の力を振り絞り、足を踏ん張って『鎖を引いた』。
 しゃがんだばかりの体勢。白い剣は俺へと向いている。
 風だけでは避け切れなかった速度でソフィアが突っ込んできた。
 大半は鎖で使っているからだろう。握っているのはナイフだった。
 その柄から鎖が伸びて俺の左手へと繋がっている。
「大したものだ」
 目の前に迫ったナイフを避け切れないと判断したのだろう。
『エリーナ・コルト』は小さく笑った。思えば最初から楽しんでいるようだった。
 不意打ちも良く食らっていた。
 手を抜いていたわけではなかったと思うが、非情ではなかったのだろう。
「うそ」
 ……だが、そのナイフは『エリーナ・コルト』の首元で止まった。
 ソフィアの腕は小さく震え、その先には進まない。
 ――ああ、そうだった。
 ――肝心なことが頭から抜け落ちていた。
『ソフィア・ターナー』は人を殺さない。
 それが、何よりも重要な前提だったはずなのに。
「……そうか」
 目の前のナイフを見て、エリーナが小さく呟いた。
 その声には先ほどまでの楽しさは感じられない。
 ソフィアが後ろへと大きく跳ぶ。
 自分でも止まるとは思っていなかったのだろう。呆然と自分のナイフを眺めている。
「手加減したわけではない、か」
 エリーナがゆっくりと自分の首を押さえた。
 その瞳に浮かんでいたのは、先ほどまでなかった怒りだった。
「帝国軍では情けを掛けられることが最大の恥と考えられている。
 良くも悪くも単純な奴らばかりでね。私は時代錯誤だと感じていたが……」
 エリーナが俺たちに背中を向けた。
 そのまま歩き出す。警戒している素振りすらない。
 俺たちは黙って見ているだけだ。
 いや、見ていることしかできない。
 今のソフィアの一撃で打ち止めだ。
 頭痛が酷い。俺はまともに戦えそうにもなかった。
 ソフィアが追い打ちを掛ける意味もない。
 どうせ殺せはしないのだから。殺す気もなく勝てるはずもない。
「……私も帝国軍人だったらしい。
 命を見逃された後で止めを刺そうとは思わないようだ」
 去ってゆく『エリーナ・コルト』が一度だけ振り向いた。
 その様子に寒気が立った。今までの穏やかさは微塵も残っていない。
 あのまま首を切り裂かれていたとしても、この人は笑って死んだ気がした。
「我ながら合理的でないが、見逃された以上は一度退こう。
 ――だが、次は殺す。そのつもりでいてもらおうか」
 不愉快だ、と言わんばかりに憮然と顔を背けた。
 俺たちは英雄の逆鱗に触れたらしかった。