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第三部 57話 一対一

ー/ー



「じゃあ、行くっすよ? 配置変更などない?」
 ミアが俺たちを見回して言った。

 場所は例の森の前。
 予定通り、昨日は森の前で野営した。

 これから森に入る。
 その前の最終確認だった。

「うん。予定通りで大丈夫。
 前方はミアとアリス。後方はソフィアちゃんとキース」

 城塞都市から撤退した人たちがぞろぞろと歩いているのだ。
 エリーナからすれば狙い放題だろう。
 対抗できる俺たちが分担して護衛する必要があった。
 
「で、ナタリーは民間人のふり?」
「働くのはピノだもんね?」
 アリスと加奈が悪戯っぽく笑いかけた。

「あったりまえじゃん! あたしは戦闘要員じゃないんだから!」
「楽で良いねぇ?」
「アリス、あんたね……ここまで集団移動の計画を誰が立ててると思う?」
「……えっと?」
「ミアとあたしだよっ! 加奈は少しだけ手伝ってくれたけど……。
 あんたはずっと寝てたじゃん!?」

 アリスが綺麗に藪蛇を突いていた。
 気まずそうに視線を逸らしている。実際寝てたからな。

「……もういいっすかね?」
「放っておいて大丈夫よ」
「ああ、もういいから行こう」

 ミアが苦笑しながら再確認する。
 代わりにソフィアと俺が答えていた。

 俺たちは森へと入っていった。
 先頭はミアとアリス。後方が俺とソフィア。
 ナタリーは中央付近で身を隠してピノを通して指揮を執る。



「……意外とあっさり進めたな」
「ええ。もっと早く仕掛けてくると思っていたわ」

 俺の呟きにソフィアが応じる。
 俺たちはすでに森の中間地点を越えていた。

 今はちょうど全体で休憩を取っているところだ。
 俺とソフィアは交代で休憩することになっていて、入れ替わりついでに話しかけたのだ。

 森とは言え、あまり大きなものではない。
 今日の夕方には森を抜ける予定だった。

 予定通りではあるのだが……予定では『エリーナ・コルト』がすでに仕掛けているはずなのだ。

「勝手な予定だけどね」
「このまま仕掛けてこないなんてことは……ないか」
「こういう時のナタリーの予想が外れる気はしないわね」

 ソフィアの言葉に頷いた。
 実際に会ってみた感じでも追撃はあるだろう。

「ぴ!」
「あ、ピノ?」
「見回りか?」

 そこにピノが飛んできた。
 俺の肩に乗るとぺしぺしと後頭部を翼で叩いて来た。
 便乗してエルも叩き始める。なんでだよ。

「油断するな、だそうよ?」
 ソフィアが楽しそうに笑う。

「分かったよ……おいこら、叩きすぎだ!」
 エルがばしばしと楽しそうに叩いていたので、声を荒げて見せる。

「ごめんなさい。直るかと思って」
 悪びれずにエルが答える。

 壊れてねーよ。



「仕掛けてきたな……」
「間違いないわね」

 俺が呟くと、エルが幻覚の声で応じる。
 休憩が終わった後、急に濃い霧が発生していた。

 この地域で深い霧なんて聞いたことがない。
 加えてこのタイミング。間違いなく『エリーナ・コルト』の仕業だろう。

「念のため視覚と聴覚の強化を頼む」
「分かったわ」

 いつものように幻覚を利用して感覚を強化する。
 これで霧の中でも対応できるはずだ。



 さらにしばらく歩いた。
 森の出口まであと少しというところか。

 この道は街道と違って整備されていない。
 脱落者は出ていないようだが、全体的に疲労が溜まっているようだった。

「……?」
「どうしたの?」
 俺が森の奥へと目を凝らすと、エルが不思議そうに訊ねてきた。

「何か聞こえないか?」
「聞こえないわ」

 そうか。聴覚の強化は俺にしか効果はない。
 よほど小さな音が鳴っているのか?

 さらに耳をすませて音を拾おうと意識する。
 ……声? 誰かの声のような気がした。

 ……はぐれた……助けて……。

「誰かが呼んでる……!」
「呼んでるって?」
「はぐれたって声が聞こえる」
「私には聞こえないわ。よほど遠い……?」
「分からない。声自体が小さいのかも」

 俺は急いで近くの兵士に事情を説明した。
 誰かが助けを求めていること。巡回しながら護衛しているソフィアに事情を伝えてほしいこと。

 兵士が頷いたことを確認すると、俺は森の奥へと駆け出した。
 殿を務める以上、脱落者を見逃すわけにもいかないだろう。



「あの樹だ!」
「? あの樹……?」

 数分ほど走ると、俺は一際大きな樹を指さした。
 エルが首を傾げるような声を出した。

「誰か……助けて……はぐれたの」
 声は確かに樹の裏側から聞こえている。小さな女の子の声だ。

「助けに来ました! もう大丈夫です!」

 俺は大きく返事しながら、樹の裏側へと回り込み――

「待って、キース!
 まだ声が聞こえているの? 私には聞こえていないわ!」
 エルが声を荒げて叫ぶ。

 ――『エリーナ・コルト』と対面した。

「!?」
「……思った通り、聞こえるんだな」

 薄赤色の髪のハーフエルフは小さく笑った。
 大きな樹に寄りかかったまま、こちらを眺めている。
 声はその手に握った赤い本から聞こえていた。

「……くそ」
「おっと」

 俺が思わず一歩下がろうとした瞬間。
 本隊と分断するように白い金属の壁がせり上がって来た。

「逃がすはずはないだろう?」

 例のリックでも切れなかった合金か。
 ご丁寧にネズミ返しのようになっていて、簡単には越えられない。

「あの反射速度は生まれつきとは考えにくい。
 君、なんらかの手段で視覚を強化しているな?」
「…………」
「この濃霧なら使わない手はない。聴覚強化もあるかどうかは私にとっても賭けだった。分の悪い賭けだとは思わないがね。
 ……だが、少し強化しすぎたな。通常であればこんな小さな音を拾えるものか」

 まずい。
 まずいまずい。

「実際に話をしてみて、あの三人の中では君が一番直情的だった。
 誘い出せるとすれば君だけだ。困っている人がいれば体が動くタイプだろう?」

 エリーナは寄りかかっていた樹から背中を離すと、俺へと向き直った。
 
「……まずは一人、だ」

 先日の言葉を言い直すと、エリーナは赤い本を構えて見せる。
 俺は『エリーナ・コルト』と一対一で戦い、生き残らなければならない。



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「じゃあ、行くっすよ? 配置変更などない?」
 ミアが俺たちを見回して言った。
 場所は例の森の前。
 予定通り、昨日は森の前で野営した。
 これから森に入る。
 その前の最終確認だった。
「うん。予定通りで大丈夫。
 前方はミアとアリス。後方はソフィアちゃんとキース」
 城塞都市から撤退した人たちがぞろぞろと歩いているのだ。
 エリーナからすれば狙い放題だろう。
 対抗できる俺たちが分担して護衛する必要があった。
「で、ナタリーは民間人のふり?」
「働くのはピノだもんね?」
 アリスと加奈が悪戯っぽく笑いかけた。
「あったりまえじゃん! あたしは戦闘要員じゃないんだから!」
「楽で良いねぇ?」
「アリス、あんたね……ここまで集団移動の計画を誰が立ててると思う?」
「……えっと?」
「ミアとあたしだよっ! 加奈は少しだけ手伝ってくれたけど……。
 あんたはずっと寝てたじゃん!?」
 アリスが綺麗に藪蛇を突いていた。
 気まずそうに視線を逸らしている。実際寝てたからな。
「……もういいっすかね?」
「放っておいて大丈夫よ」
「ああ、もういいから行こう」
 ミアが苦笑しながら再確認する。
 代わりにソフィアと俺が答えていた。
 俺たちは森へと入っていった。
 先頭はミアとアリス。後方が俺とソフィア。
 ナタリーは中央付近で身を隠してピノを通して指揮を執る。
「……意外とあっさり進めたな」
「ええ。もっと早く仕掛けてくると思っていたわ」
 俺の呟きにソフィアが応じる。
 俺たちはすでに森の中間地点を越えていた。
 今はちょうど全体で休憩を取っているところだ。
 俺とソフィアは交代で休憩することになっていて、入れ替わりついでに話しかけたのだ。
 森とは言え、あまり大きなものではない。
 今日の夕方には森を抜ける予定だった。
 予定通りではあるのだが……予定では『エリーナ・コルト』がすでに仕掛けているはずなのだ。
「勝手な予定だけどね」
「このまま仕掛けてこないなんてことは……ないか」
「こういう時のナタリーの予想が外れる気はしないわね」
 ソフィアの言葉に頷いた。
 実際に会ってみた感じでも追撃はあるだろう。
「ぴ!」
「あ、ピノ?」
「見回りか?」
 そこにピノが飛んできた。
 俺の肩に乗るとぺしぺしと後頭部を翼で叩いて来た。
 便乗してエルも叩き始める。なんでだよ。
「油断するな、だそうよ?」
 ソフィアが楽しそうに笑う。
「分かったよ……おいこら、叩きすぎだ!」
 エルがばしばしと楽しそうに叩いていたので、声を荒げて見せる。
「ごめんなさい。直るかと思って」
 悪びれずにエルが答える。
 壊れてねーよ。
「仕掛けてきたな……」
「間違いないわね」
 俺が呟くと、エルが幻覚の声で応じる。
 休憩が終わった後、急に濃い霧が発生していた。
 この地域で深い霧なんて聞いたことがない。
 加えてこのタイミング。間違いなく『エリーナ・コルト』の仕業だろう。
「念のため視覚と聴覚の強化を頼む」
「分かったわ」
 いつものように幻覚を利用して感覚を強化する。
 これで霧の中でも対応できるはずだ。
 さらにしばらく歩いた。
 森の出口まであと少しというところか。
 この道は街道と違って整備されていない。
 脱落者は出ていないようだが、全体的に疲労が溜まっているようだった。
「……?」
「どうしたの?」
 俺が森の奥へと目を凝らすと、エルが不思議そうに訊ねてきた。
「何か聞こえないか?」
「聞こえないわ」
 そうか。聴覚の強化は俺にしか効果はない。
 よほど小さな音が鳴っているのか?
 さらに耳をすませて音を拾おうと意識する。
 ……声? 誰かの声のような気がした。
 ……はぐれた……助けて……。
「誰かが呼んでる……!」
「呼んでるって?」
「はぐれたって声が聞こえる」
「私には聞こえないわ。よほど遠い……?」
「分からない。声自体が小さいのかも」
 俺は急いで近くの兵士に事情を説明した。
 誰かが助けを求めていること。巡回しながら護衛しているソフィアに事情を伝えてほしいこと。
 兵士が頷いたことを確認すると、俺は森の奥へと駆け出した。
 殿を務める以上、脱落者を見逃すわけにもいかないだろう。
「あの樹だ!」
「? あの樹……?」
 数分ほど走ると、俺は一際大きな樹を指さした。
 エルが首を傾げるような声を出した。
「誰か……助けて……はぐれたの」
 声は確かに樹の裏側から聞こえている。小さな女の子の声だ。
「助けに来ました! もう大丈夫です!」
 俺は大きく返事しながら、樹の裏側へと回り込み――
「待って、キース!
 まだ声が聞こえているの? 私には聞こえていないわ!」
 エルが声を荒げて叫ぶ。
 ――『エリーナ・コルト』と対面した。
「!?」
「……思った通り、聞こえるんだな」
 薄赤色の髪のハーフエルフは小さく笑った。
 大きな樹に寄りかかったまま、こちらを眺めている。
 声はその手に握った赤い本から聞こえていた。
「……くそ」
「おっと」
 俺が思わず一歩下がろうとした瞬間。
 本隊と分断するように白い金属の壁がせり上がって来た。
「逃がすはずはないだろう?」
 例のリックでも切れなかった合金か。
 ご丁寧にネズミ返しのようになっていて、簡単には越えられない。
「あの反射速度は生まれつきとは考えにくい。
 君、なんらかの手段で視覚を強化しているな?」
「…………」
「この濃霧なら使わない手はない。聴覚強化もあるかどうかは私にとっても賭けだった。分の悪い賭けだとは思わないがね。
 ……だが、少し強化しすぎたな。通常であればこんな小さな音を拾えるものか」
 まずい。
 まずいまずい。
「実際に話をしてみて、あの三人の中では君が一番直情的だった。
 誘い出せるとすれば君だけだ。困っている人がいれば体が動くタイプだろう?」
 エリーナは寄りかかっていた樹から背中を離すと、俺へと向き直った。
「……まずは一人、だ」
 先日の言葉を言い直すと、エリーナは赤い本を構えて見せる。
 俺は『エリーナ・コルト』と一対一で戦い、生き残らなければならない。