第6話 メグミと絵美のことを妹に相談1
ー/ー
これでは、メグミに浮気者!と非難されて、殺されてもしょうがない。しかし、ぼくは恋をしたのだ、たぶん。それも、なんと、いうにこと欠いて、『親密な関係』とか『優先順位のトップ』なんて口走っている。いちおう、「ぼくの女性の友人をすべて抹殺、なんて、宇宙家族ロビンソンのロボットじゃあるまいし、それは勘弁して欲しいし、キミの男性の友人を抹殺してくれ、なんてことを金輪際いいたくない」と口走ったのは我ながら偉いと思うが、土曜日に会って、すぐ日曜日にデートして、また今週も会う約束をしてしまった。
もちろん、メグミが家族旅行から帰ってくるので、今週の土曜、日曜は避けた。去年、あれだけグチャグチャになって、やっと解決したと思ったのに、また、厄介ごとの種を自分で蒔いている。
だけど、どうすればよかったというのか?たまさか、紛れ込んだ明治大学の講堂で、きれいな女の子がピアノを演奏していて、それを盗み聞きした。それで、その女の子と話すきっかけになって、すごく気があって、翌日も近代美術館と、国立博物館と科学博物館に行ってしまって、ますます好きになった。絵美だって、同じ気分でいる。もちろん、キスもセックスもしていないが、手を握って歩いたのは事実だ。
これをメグミにどう説明したものだろうか?ああ、頭が痛い・・・
ドアがどんどん叩かれた。ぼくは自分の部屋にいるのだ。「兄貴?いるの?」と妹が言う。「いるよ」と答える。
「ねえねえ、暇?」
「考えごとしてるところ」
「また、くだらないことを考えているな?」
「うるさいな。なんですか?何か用事ですか?」
「暇なのよ。何もすることがないんだもん」
「彼氏とどっかに行けばいいだろ?ドライブでも何でも」
「ああ、あれ?あれね、振っちゃったから、いま私誰もいないのよ。空き部屋なの」
「もう振っちゃったのか?まだ、二ヶ月も経ってないぞ?」
「しょうがないじゃない、つまんないヤツだったんだから」
「キミは年間何人とつき合って、何人振れば気が済むんだ?学習効果というものがないのか?」
「兄貴みたいに、どんどん増えていって、まったく整理しないで、収拾がつかなくなって、頭が痛くなるよりもいいと思うよ」
「それがだね、また増えたんだよ」
「やっぱり!この前の日曜日にめかし込んで出て行ったし、メグミちゃんは旅行中のはずだし、誰とかな?と思ってたんだけど、やっぱり!」
「だから、そのことで考えごとをしていたんだよ」
「あれ?いつになくまじめに悩むんだね?どうしたの?」
「ちょっとね。メグミにどう言い訳しようかなと思ってさ」
「あら?言い訳だなんて、おかしいね?つまみ食いじゃないってこと?本気なの?」
「う~ん、そう言ってもいいと思う」
「兄貴、それ問題だよ。真理子ちゃんとあれだけグチャグチャになって、やっとメグミちゃんと落ち着いたと思ったら、もう次なの?まだ、二ヶ月も経ってないじゃん?グチャグチャから」
「そうなんだけどなあ・・・」
「兄貴の方こそ学習能力ないじゃん?それで、お次は誰?」
「それがさ、先週の土曜日の話でね・・・」と、ぼくは一部始終を説明した。
「偶然といえば偶然だし、たまさかそうなっちゃって、意気投合して、気があったということなのね。悪気があってしたことじゃないし、メグミちゃんを裏切るつもりでいたわけでもないんだろうけど。困ったわね?」
「な、困っただろ?」
「それで、また会うの?」
「明日」
「まったくもお、兄貴が会おうって言ったわけ?」
「絵美が会いたいっていったんです。もちろん、ぼくも会いたいと言いました」
「彼女だってボーイフレンドいるんでしょ?」
「いるよ」
「兄貴もガールフレンドいるって言ったの?」
「ちゃんと言いました。その部分は、お互いいてもいいや、という協定になっている」
「でも、兄貴の言う優先順位はどうなっちゃったの?」
「だから、頭が痛いんじゃないか?」
「やれやれ、バッカじゃないの?え~っとね、そういうバカな問題は、私とお酒でも飲んで、話して発散すればいいんだよ」
「キミね、いくら彼氏を振っちゃって、暇だからって、兄貴にたかろうというのか?ぼくが頭が痛いにもかかわらず?」
「そうそう、私にとっては他人事だもの。さ、お酒でも飲みに行こうよ。コペンハーゲン連れてってよ」
「まったく・・・気分転換に行こうか?三十分で出るぞ」
「私、もう着替えているんだけど。すぐ出れるよ」
「あ!最初からそう画策していたのか?キミは?」
「そうよ。早く着替えて。行きましょ!」
ぼくと妹は京浜急行で横浜駅まで行き、京浜東北線に乗り換えて石川町まで行った。中華街西門から入った。
中華街西門通りをしばらく歩いて左側の老舗のバーのウィンドジャマー、そこを通り過ぎて、左に曲がって北門通りの加賀町警察署の前にバー・コペンハーゲンがあった。ちょっと行くと同じく、カウンターバーのケーブルカーがある。
横浜の古いバーは、北欧やギリシャなどの地中海人経営の店が多かった。横浜港に出入りしていた北欧や地中海人が、横浜の女性とねんごろになって上陸して酒場のオーナーになったとか言われている。
戦後、進駐軍などの外国人客が増えたため、戦時中に閉店していたそれらのバーが再度開店した。1950年代当時のほとんどのバーは、バーといっても現在のバーテンがシェイカーを握るカウンターバーとは違って、来店客の傍らでホステスの女性がサービスするグランドキャバレーやサパークラブのようなものだった。
ホステスが付かない現在のようなバーは『コペンハーゲン』ぐらいしかなかった。格調高くて立派なバーだった。コペンという名前の通り、北欧系で、老舗の北欧料理レストラン、スカンディヤのおばさんの経営だった。
そして、ドアを入るとL字型のカウンターの一番壁際に、船員くずれなんだからわからないが、北欧人のミスター・ヘニングというおっさんが接客をしていた。ビールを飲みながら。
水曜日の七時だったので、会社帰りの人たちで七分の入り。ミスターヘニングがいつものコーナーでビールを飲んでいた。
「ハイ!アキヒコ!シスターと一緒だね。こっちこっち」と、ヘニングがカウンターの中央の席に案内してくれる。ハイチェアを妹のために引いてくれて、ついでにお尻を触っていく。「ヘニングのエッチ!」と妹がニコニコして言った。
「何飲むの?」とぼくが訊くと、「う~ん、今日はね、タンカレーベースでジンライムかな?」と言う。
「おうおう、いっちょまえに」
「だって、兄貴が教えてくれたんじゃんか?」
ぼくは「そうだったね。須賀さん、須賀さん!」とバーテンのおばさんの須賀さんを呼んだ。
「ハイ、いらっしゃい。明彦、何するの?」
「え~とですね、我が妹にタンカレーでジンライム。ダブルで並々と。ぼくは、メーカーズマークをダブル、オンザロックで」
「オッケー」と須賀さんはタバコを横ぐわえにして言った。ここのバーテンダーは全員女性、それもおばさんなのだ。奥に陣取っているおばさんがここの元締め。スカンディアというデンマーク料理の老舗のオーナーでもある。
初めてここに来た客はちょっと戸惑う。入ると、左手は4人がけの数席のテーブル。右手は、2m ✕ 12mのピカピカに磨き上げられた樫のカウンター。バックバーにはズラリと並ぶ酒瓶の数々。ウォールライトの暗い照明。こういう道具立てだと、カウンターの中には蝶ネクタイと黒のベストを着込んだバーテンダーを予想するのに、そこにいるのは3人くらいのおばさんたち。注文取りをするのは、二の腕に入れ墨をいれたレスラーみたいな白人男性。そりゃあ、戸惑うのが当たり前だ。妹も何回か連れてきていたが最初は驚いていた。
ぼくは、ホリデー・インという聘珍樓が経営していたホテル、12階にあったミリ―ラフォーレというバーに高校の頃から通っていて、そこの常連の習さんという会社経営者(日本でコンテナ型のカラオケを最初に作った会社)に紹介されてコペンを知ったのだ。
「でも、明彦、本当に妹さんなの?似てないじゃない?」と須賀さんに訊かれた。最初に連れてきた時、妹ですと強調したのを須賀さんは覚えていたんだろう。
「本当に妹ですとも」とぼく。
「須賀さん、本当に妹よ。そうじゃなければ、こんなのとデートするわけないでしょ?」と妹。
「なるほどね。何人、妹さんがいるんだろうね・・・」と須賀さんが頭をふりふりして、酒棚からタンカレーとメーカーズマークの瓶を取り出した。ジンをメジャーも使わず注ぐ。ちょっと見て、おまけだ!というように少し足す。明治屋のライムジュース(残念ながらRoseのライムジュースではない)をついで、レモンをグラスの縁に立てた。メーカーズマークも目分量でグラスに注いで、ちょっと足す。「ハイ、おまちどおさま」
「ありがとう、須賀さん」
「ごゆっくりね」と須賀さんはカウンターの向こうにスタスタ行ってしまった。
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もちろん、メグミが家族旅行から帰ってくるので、今週の土曜、日曜は避けた。去年、あれだけグチャグチャになって、やっと解決したと思ったのに、また、厄介ごとの種を自分で蒔いている。
だけど、どうすればよかったというのか?たまさか、紛れ込んだ明治大学の講堂で、きれいな女の子がピアノを演奏していて、それを盗み聞きした。それで、その女の子と話すきっかけになって、すごく気があって、翌日も近代美術館と、国立博物館と科学博物館に行ってしまって、ますます好きになった。絵美だって、同じ気分でいる。もちろん、キスもセックスもしていないが、手を握って歩いたのは事実だ。
これをメグミにどう説明したものだろうか?ああ、頭が痛い・・・
ドアがどんどん叩かれた。ぼくは自分の部屋にいるのだ。「兄貴?いるの?」と妹が言う。「いるよ」と答える。
「ねえねえ、暇?」
「考えごとしてるところ」
「また、くだらないことを考えているな?」
「うるさいな。なんですか?何か用事ですか?」
「暇なのよ。何もすることがないんだもん」
「彼氏とどっかに行けばいいだろ?ドライブでも何でも」
「ああ、あれ?あれね、振っちゃったから、いま私誰もいないのよ。空き部屋なの」
「もう振っちゃったのか?まだ、二ヶ月も経ってないぞ?」
「しょうがないじゃない、つまんないヤツだったんだから」
「キミは年間何人とつき合って、何人振れば気が済むんだ?学習効果というものがないのか?」
「兄貴みたいに、どんどん増えていって、まったく整理しないで、収拾がつかなくなって、頭が痛くなるよりもいいと思うよ」
「それがだね、また増えたんだよ」
「やっぱり!この前の日曜日にめかし込んで出て行ったし、メグミちゃんは旅行中のはずだし、誰とかな?と思ってたんだけど、やっぱり!」
「だから、そのことで考えごとをしていたんだよ」
「あれ?いつになくまじめに悩むんだね?どうしたの?」
「ちょっとね。メグミにどう言い訳しようかなと思ってさ」
「あら?言い訳だなんて、おかしいね?つまみ食いじゃないってこと?本気なの?」
「う~ん、そう言ってもいいと思う」
「兄貴、それ問題だよ。真理子ちゃんとあれだけグチャグチャになって、やっとメグミちゃんと落ち着いたと思ったら、もう次なの?まだ、二ヶ月も経ってないじゃん?グチャグチャから」
「そうなんだけどなあ・・・」
「兄貴の方こそ学習能力ないじゃん?それで、お次は誰?」
「それがさ、先週の土曜日の話でね・・・」と、ぼくは一部始終を説明した。
「偶然といえば偶然だし、たまさかそうなっちゃって、意気投合して、気があったということなのね。悪気があってしたことじゃないし、メグミちゃんを裏切るつもりでいたわけでもないんだろうけど。困ったわね?」
「な、困っただろ?」
「それで、また会うの?」
「明日」
「まったくもお、兄貴が会おうって言ったわけ?」
「絵美が会いたいっていったんです。もちろん、ぼくも会いたいと言いました」
「彼女だってボーイフレンドいるんでしょ?」
「いるよ」
「兄貴もガールフレンドいるって言ったの?」
「ちゃんと言いました。その部分は、お互いいてもいいや、という協定になっている」
「でも、兄貴の言う優先順位はどうなっちゃったの?」
「だから、頭が痛いんじゃないか?」
「やれやれ、バッカじゃないの?え~っとね、そういうバカな問題は、私とお酒でも飲んで、話して発散すればいいんだよ」
「キミね、いくら彼氏を振っちゃって、暇だからって、兄貴にたかろうというのか?ぼくが頭が痛いにもかかわらず?」
「そうそう、私にとっては他人事だもの。さ、お酒でも飲みに行こうよ。コペンハーゲン連れてってよ」
「まったく・・・気分転換に行こうか?三十分で出るぞ」
「私、もう着替えているんだけど。すぐ出れるよ」
「あ!最初からそう画策していたのか?キミは?」
「そうよ。早く着替えて。行きましょ!」
ぼくと妹は京浜急行で横浜駅まで行き、京浜東北線に乗り換えて石川町まで行った。中華街西門から入った。
中華街西門通りをしばらく歩いて左側の老舗のバーのウィンドジャマー、そこを通り過ぎて、左に曲がって北門通りの加賀町警察署の前にバー・コペンハーゲンがあった。ちょっと行くと同じく、カウンターバーのケーブルカーがある。
横浜の古いバーは、北欧やギリシャなどの地中海人経営の店が多かった。横浜港に出入りしていた北欧や地中海人が、横浜の女性とねんごろになって上陸して酒場のオーナーになったとか言われている。
戦後、進駐軍などの外国人客が増えたため、戦時中に閉店していたそれらのバーが再度開店した。1950年代当時のほとんどのバーは、バーといっても現在のバーテンがシェイカーを握るカウンターバーとは違って、来店客の傍らでホステスの女性がサービスするグランドキャバレーやサパークラブのようなものだった。
ホステスが付かない現在のようなバーは『コペンハーゲン』ぐらいしかなかった。格調高くて立派なバーだった。コペンという名前の通り、北欧系で、老舗の北欧料理レストラン、スカンディヤのおばさんの経営だった。
そして、ドアを入るとL字型のカウンターの一番壁際に、船員くずれなんだからわからないが、北欧人のミスター・ヘニングというおっさんが接客をしていた。ビールを飲みながら。
水曜日の七時だったので、会社帰りの人たちで七分の入り。ミスターヘニングがいつものコーナーでビールを飲んでいた。
「ハイ!アキヒコ!シスターと一緒だね。こっちこっち」と、ヘニングがカウンターの中央の席に案内してくれる。ハイチェアを妹のために引いてくれて、ついでにお尻を触っていく。「ヘニングのエッチ!」と妹がニコニコして言った。
「何飲むの?」とぼくが訊くと、「う~ん、今日はね、タンカレーベースでジンライムかな?」と言う。
「おうおう、いっちょまえに」
「だって、兄貴が教えてくれたんじゃんか?」
ぼくは「そうだったね。須賀さん、須賀さん!」とバーテンのおばさんの須賀さんを呼んだ。
「ハイ、いらっしゃい。明彦、何するの?」
「え~とですね、我が妹にタンカレーでジンライム。ダブルで並々と。ぼくは、メーカーズマークをダブル、オンザロックで」
「オッケー」と須賀さんはタバコを横ぐわえにして言った。ここのバーテンダーは全員女性、それもおばさんなのだ。奥に陣取っているおばさんがここの元締め。スカンディアというデンマーク料理の老舗のオーナーでもある。
初めてここに来た客はちょっと戸惑う。入ると、左手は4人がけの数席のテーブル。右手は、2m ✕ 12mのピカピカに磨き上げられた樫のカウンター。バックバーにはズラリと並ぶ酒瓶の数々。ウォールライトの暗い照明。こういう道具立てだと、カウンターの中には蝶ネクタイと黒のベストを着込んだバーテンダーを予想するのに、そこにいるのは3人くらいのおばさんたち。注文取りをするのは、二の腕に入れ墨をいれたレスラーみたいな白人男性。そりゃあ、戸惑うのが当たり前だ。妹も何回か連れてきていたが最初は驚いていた。
ぼくは、ホリデー・インという聘珍樓が経営していたホテル、12階にあったミリ―ラフォーレというバーに高校の頃から通っていて、そこの常連の習さんという会社経営者(日本でコンテナ型のカラオケを最初に作った会社)に紹介されてコペンを知ったのだ。
「でも、明彦、本当に妹さんなの?似てないじゃない?」と須賀さんに訊かれた。最初に連れてきた時、妹ですと強調したのを須賀さんは覚えていたんだろう。
「本当に妹ですとも」とぼく。
「須賀さん、本当に妹よ。そうじゃなければ、こんなのとデートするわけないでしょ?」と妹。
「なるほどね。何人、妹さんがいるんだろうね・・・」と須賀さんが頭をふりふりして、酒棚からタンカレーとメーカーズマークの瓶を取り出した。ジンをメジャーも使わず注ぐ。ちょっと見て、おまけだ!というように少し足す。明治屋のライムジュース(残念ながらRoseのライムジュースではない)をついで、レモンをグラスの縁に立てた。メーカーズマークも目分量でグラスに注いで、ちょっと足す。「ハイ、おまちどおさま」
「ありがとう、須賀さん」
「ごゆっくりね」と須賀さんはカウンターの向こうにスタスタ行ってしまった。