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第三部 53話 帝国の英雄

ー/ー



「どうだろう? そうは思わないかな?」

『エリーナ・コルト』は首を傾げて見せる。
 俺たちが反応できずにいると、さらに続けて見せた。

「ふむ。反応が薄いな。まあ良い。
 私は『エリーナ・コルト』だ。エリーナ、と気軽に呼んでくれ」

 まるで自己紹介でもするように、エリーナは名乗って見せた。
 しかし、その視線は俺たちの表情を観察していた。
 言葉通り、反応を窺っているのだろう。

 あまり時間を掛けるべきではないだろう。
 エリーナ自身も言っていたように、俺たちの方が情報で有利なはずだ。

 俺はソフィアと軽く目配せすると、小柄なハーフエルフへと踏み込んだ。
 ソフィアも合わせてくれた。俺が相手の左側から、ソフィアは反対の右側から攻める。

「全く、気が早いな」
 
 エリーナはぼやくように言って、軍服の懐に手を入れた。
 そして、一冊の分厚い本を取り出した。
 
 なんだ? 本?
 まるで辞書のように分厚くて、題名のない赤い本だった。
 
 俺が小剣を抜いて、胴へと大きく払う。
 ソフィアはリックを槍に変えて喉へと突き込んだ。

「え?」
「何で?」
 
 俺とソフィアの呆然とした声が続いた。
 俺たちの攻撃はどちらも『外れた』のだ。

「風!」
「!」
 ナタリーの声。

 そうか。
 風の魔法でいなしたのか。

 ――だとすれば『命令』はあの本の中か。
 ――一体何ページ分の『命令』が準備されているんだ。

 分厚い本を見て、背筋に寒気を感じた。
 あの本の特定のページ――紙の一枚だけに魔力を流すことはどれほどの技術が必要だろうか。

 俺たちは急いで下がる。様子見を兼ねた一撃に過ぎない。
 外れたのなら、離脱するだけだ。

 軍司令部の跡地から外の大通りへと戻った。
 そこに――逆にエリーナが踏み込んだ。

 特別に速くはない。珍しいとすれば、右手に本を握っていることくらいか。
 俺へとさらに一歩踏み込んで、本を左から右へと払った。
 
「!?」

 本能的な恐怖を感じてしゃがんで避けた。
 受けようとは考えもしなかった。

「痛っ?」

 思わず呟いた。勘違いだった。
 それは『熱』だった。

 俺の頭上を過ぎて行ったのは青白く光る、高温の炎だった。
 俺の後ろの建物が『焼き切れた』。

「嘘だろ?」
 思わず顔が引きつった。
 
 大急ぎで左に転がる。この距離はまずい。
 当たらなくても痛いほどの熱だ。掠ったらきっと死ぬ。

「キース!」
 ソフィアの声を聞きながら、立ち上がりながら距離を取る。

 そして、エリーナを振り向くと――

「まずは一人だ」
「な……」

 ――すでに懐に踏み込んでいた。

 本を握っていない左の肘を叩きこまれようとしていた。
 咄嗟に障壁を張った。ガラスでも割れるように砕ける。

 それでも何とか防御を間に合わせる。
 両腕を交差させた。エリーナの肘に触れる。

 その瞬間、一秒に満たない溜めがあった。
 エリーナの笑みと周囲を逆巻く風の流れを感じて、自分の失策を悟った。

「手を!」
 ミアが叫んだ。咄嗟に左腕を伸ばした。

 手は届いた。しかし、強く握る前にそれは来た。
 一瞬で一度は掴んだ手をすぐに放してしまった。

「く、そ……!?」

 軍司令部前の大通りを、俺は吹き飛ばされた。
 言葉にすれば突風だが、規模が桁違いにもほどがある!

「ちくしょう! 遠ざけるのが狙いか!?」
「落ちる! 落ちるわ!」

 俺とエルが喚き立てる。
 髪が引っ張られて痛かった。

 まずは一人とはそういうことだろう。
 目を向ければ、ソフィアがエリーナの隙を突こうとする姿が小さく見えた。

 これでは復帰に時間がかかるだろう。
 どうしたものかと考えて。

 その違和感に気が付いた。



 ソフィアがエリーナの背中に斬りかかった。
 ひとまずは使い慣れた小剣で水平に払う。

 ――キースが離脱するなら、せめてその隙くらいは突かないと。

 いつの間にかナタリーとアリスは姿を消していた。
 遠くから援護するつもりなのだろう。

「!?」

 ソフィアが驚愕に顔を歪めた。
 完璧だったはずの一撃を、エリーナがしゃがんで避けたのだ。

「私には便利な使い魔がいないのでね。
 あいつのようにはいかないが……このくらいの距離であれば」

 エリーナが一歩詰め寄る。
 その周囲に無数の氷剣が造られてゆく。十や二十ではない。

「しばらくキースは戻れない! どうにか持ちこたえるっすよ」
 ミアの声にソフィアは頷いた。

 氷の剣たちが一斉に斬撃を放った。
 双剣に持ち替えて、どうにか捌いてゆく。
 
 全身にかすり傷を作りながらも、ソフィアはしのぎ切った。
 その姿にエリーナは意外そうな「ほう」という声を漏らした。

 ――え?

 驚いた声は出さなかった。
 それでもエリーナは気付いて、ソフィアに背を向けて振り返った。

 高速で飛んできたキースがエリーナに斬りかかっていたのだ。
『小惑星』ミア・クラークが楽しそうに笑っていた。



 おそらくミアの『引力』で戻された俺は、エリーナへと斬りかかった。
 不意を突いたはずなのに、エリーナが振り返る。

 その首目掛けて右の小剣を叩き込む――!

「ふふ」
 エリーナが右に転がるように避けた。その姿は楽しそうでさえあった。
 
「くっそ」
 これを避けるなよ。……次だ。

 設置しておいた障壁を蹴りつけて、勢いそのままに折り返す。
 起き上がったばかりのエリーナに左のナイフを抜いて斬り付ける。

「!」
 今度はエリーナが上半身を逸らして避けた。
 
 次。斜めに配置した障壁を蹴って一度、上へと跳ぶ。
 さらに、もう一つ障壁を配置。すぐさま今度は下へと跳んだ。

 右腕を巻き込むように斬り返す。
 エリーナの頭上から右の小剣を叩きつけた。
 
「……っ」
 顔面を斜めに斬り下ろすような一撃を、エリーナがしゃがんで避けた。

 もう一回。左のナイフを逆手に握り直す。
 エリーナの背後に、腰を低く落として威力を殺しながら着地した。

「ふ――!」
 
 これで腰を落とした背中合わせ。残り少ない息を全て吐き出す。
 斬り返した勢いはなるべく殺さずに、そのまま回転した。

 エリーナの首目掛けて、低くナイフを一閃する――

「……ばけもの」
「失礼だな。あと、あまり他人のことは言えないぞ」

 ――エリーナは俺の手首を掴んで『受けていた』。

 俺は大きく跳ぶと、ソフィアの元へと下がった。
 ダメージはなかっただろうが、届いたのは事実だろう。
 受けたということは、避け切れなかったということだ。

「…………」
 届くまで、あまりにも遠かったが。

 エリーナはゆっくりと立ち上がると、ミアへと目を向ける。
 お互いに微笑んで見せた。

「嘘つきがいるな」
「え? どこっすか? こわーい」
 エリーナの指摘に、ブラフをかましたミアが応じた。

 何が「どうにか持ちこたえる」だ。
 人を強引に投げ返しながらよく言える。



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「どうだろう? そうは思わないかな?」
『エリーナ・コルト』は首を傾げて見せる。
 俺たちが反応できずにいると、さらに続けて見せた。
「ふむ。反応が薄いな。まあ良い。
 私は『エリーナ・コルト』だ。エリーナ、と気軽に呼んでくれ」
 まるで自己紹介でもするように、エリーナは名乗って見せた。
 しかし、その視線は俺たちの表情を観察していた。
 言葉通り、反応を窺っているのだろう。
 あまり時間を掛けるべきではないだろう。
 エリーナ自身も言っていたように、俺たちの方が情報で有利なはずだ。
 俺はソフィアと軽く目配せすると、小柄なハーフエルフへと踏み込んだ。
 ソフィアも合わせてくれた。俺が相手の左側から、ソフィアは反対の右側から攻める。
「全く、気が早いな」
 エリーナはぼやくように言って、軍服の懐に手を入れた。
 そして、一冊の分厚い本を取り出した。
 なんだ? 本?
 まるで辞書のように分厚くて、題名のない赤い本だった。
 俺が小剣を抜いて、胴へと大きく払う。
 ソフィアはリックを槍に変えて喉へと突き込んだ。
「え?」
「何で?」
 俺とソフィアの呆然とした声が続いた。
 俺たちの攻撃はどちらも『外れた』のだ。
「風!」
「!」
 ナタリーの声。
 そうか。
 風の魔法でいなしたのか。
 ――だとすれば『命令』はあの本の中か。
 ――一体何ページ分の『命令』が準備されているんだ。
 分厚い本を見て、背筋に寒気を感じた。
 あの本の特定のページ――紙の一枚だけに魔力を流すことはどれほどの技術が必要だろうか。
 俺たちは急いで下がる。様子見を兼ねた一撃に過ぎない。
 外れたのなら、離脱するだけだ。
 軍司令部の跡地から外の大通りへと戻った。
 そこに――逆にエリーナが踏み込んだ。
 特別に速くはない。珍しいとすれば、右手に本を握っていることくらいか。
 俺へとさらに一歩踏み込んで、本を左から右へと払った。
「!?」
 本能的な恐怖を感じてしゃがんで避けた。
 受けようとは考えもしなかった。
「痛っ?」
 思わず呟いた。勘違いだった。
 それは『熱』だった。
 俺の頭上を過ぎて行ったのは青白く光る、高温の炎だった。
 俺の後ろの建物が『焼き切れた』。
「嘘だろ?」
 思わず顔が引きつった。
 大急ぎで左に転がる。この距離はまずい。
 当たらなくても痛いほどの熱だ。掠ったらきっと死ぬ。
「キース!」
 ソフィアの声を聞きながら、立ち上がりながら距離を取る。
 そして、エリーナを振り向くと――
「まずは一人だ」
「な……」
 ――すでに懐に踏み込んでいた。
 本を握っていない左の肘を叩きこまれようとしていた。
 咄嗟に障壁を張った。ガラスでも割れるように砕ける。
 それでも何とか防御を間に合わせる。
 両腕を交差させた。エリーナの肘に触れる。
 その瞬間、一秒に満たない溜めがあった。
 エリーナの笑みと周囲を逆巻く風の流れを感じて、自分の失策を悟った。
「手を!」
 ミアが叫んだ。咄嗟に左腕を伸ばした。
 手は届いた。しかし、強く握る前にそれは来た。
 一瞬で一度は掴んだ手をすぐに放してしまった。
「く、そ……!?」
 軍司令部前の大通りを、俺は吹き飛ばされた。
 言葉にすれば突風だが、規模が桁違いにもほどがある!
「ちくしょう! 遠ざけるのが狙いか!?」
「落ちる! 落ちるわ!」
 俺とエルが喚き立てる。
 髪が引っ張られて痛かった。
 まずは一人とはそういうことだろう。
 目を向ければ、ソフィアがエリーナの隙を突こうとする姿が小さく見えた。
 これでは復帰に時間がかかるだろう。
 どうしたものかと考えて。
 その違和感に気が付いた。
 ソフィアがエリーナの背中に斬りかかった。
 ひとまずは使い慣れた小剣で水平に払う。
 ――キースが離脱するなら、せめてその隙くらいは突かないと。
 いつの間にかナタリーとアリスは姿を消していた。
 遠くから援護するつもりなのだろう。
「!?」
 ソフィアが驚愕に顔を歪めた。
 完璧だったはずの一撃を、エリーナがしゃがんで避けたのだ。
「私には便利な使い魔がいないのでね。
 あいつのようにはいかないが……このくらいの距離であれば」
 エリーナが一歩詰め寄る。
 その周囲に無数の氷剣が造られてゆく。十や二十ではない。
「しばらくキースは戻れない! どうにか持ちこたえるっすよ」
 ミアの声にソフィアは頷いた。
 氷の剣たちが一斉に斬撃を放った。
 双剣に持ち替えて、どうにか捌いてゆく。
 全身にかすり傷を作りながらも、ソフィアはしのぎ切った。
 その姿にエリーナは意外そうな「ほう」という声を漏らした。
 ――え?
 驚いた声は出さなかった。
 それでもエリーナは気付いて、ソフィアに背を向けて振り返った。
 高速で飛んできたキースがエリーナに斬りかかっていたのだ。
『小惑星』ミア・クラークが楽しそうに笑っていた。
 おそらくミアの『引力』で戻された俺は、エリーナへと斬りかかった。
 不意を突いたはずなのに、エリーナが振り返る。
 その首目掛けて右の小剣を叩き込む――!
「ふふ」
 エリーナが右に転がるように避けた。その姿は楽しそうでさえあった。
「くっそ」
 これを避けるなよ。……次だ。
 設置しておいた障壁を蹴りつけて、勢いそのままに折り返す。
 起き上がったばかりのエリーナに左のナイフを抜いて斬り付ける。
「!」
 今度はエリーナが上半身を逸らして避けた。
 次。斜めに配置した障壁を蹴って一度、上へと跳ぶ。
 さらに、もう一つ障壁を配置。すぐさま今度は下へと跳んだ。
 右腕を巻き込むように斬り返す。
 エリーナの頭上から右の小剣を叩きつけた。
「……っ」
 顔面を斜めに斬り下ろすような一撃を、エリーナがしゃがんで避けた。
 もう一回。左のナイフを逆手に握り直す。
 エリーナの背後に、腰を低く落として威力を殺しながら着地した。
「ふ――!」
 これで腰を落とした背中合わせ。残り少ない息を全て吐き出す。
 斬り返した勢いはなるべく殺さずに、そのまま回転した。
 エリーナの首目掛けて、低くナイフを一閃する――
「……ばけもの」
「失礼だな。あと、あまり他人のことは言えないぞ」
 ――エリーナは俺の手首を掴んで『受けていた』。
 俺は大きく跳ぶと、ソフィアの元へと下がった。
 ダメージはなかっただろうが、届いたのは事実だろう。
 受けたということは、避け切れなかったということだ。
「…………」
 届くまで、あまりにも遠かったが。
 エリーナはゆっくりと立ち上がると、ミアへと目を向ける。
 お互いに微笑んで見せた。
「嘘つきがいるな」
「え? どこっすか? こわーい」
 エリーナの指摘に、ブラフをかましたミアが応じた。
 何が「どうにか持ちこたえる」だ。
 人を強引に投げ返しながらよく言える。