第三部 38話 雨の中
ー/ー 俺が構えたのを見て、ソフィアが小さく微笑んだ。
そのまま先に踏み込んでくる。
バチ、という音。
リックを双剣に錬金すると、ソフィアは両方の剣を払った。
俺は後ろへと跳ぶ。
さらにバチ、という音が聞こえた。
――背後から。
「!」
どん、と。背中に何かがぶつかった。
ちらりと振り返る。
背後に壁が錬金されていた。
「くそっ」
ソフィアはリックの錬金と同時に地形の錬金も行うようになっていた。
俺は右手の甲に魔力を流す。
そこに仕込まれた魔法陣が発動した。
描かれた命令は『障壁よ、防げ』だ。俺は障壁を足場にして跳び上がる。
さらに錬金された壁を蹴りつけて、ソフィアへと切り返す。
双剣とナイフが交差する。
ソフィアは同時に横へ転がり、俺は姿勢を低くすることで、互いの一撃を避けた。
俺は振り返るより早く、左の掌を相手に向けた。
今度はこちらに魔力を流す。描かれた命令は『魔弾よ、貫け』だ。
視線も向けずに魔弾を乱射した。
バチ、という錬金音。リックの盾か地面の壁で防いだのだろう。
「待たせたわね。
対象は『ソフィア』『リック』『君の魔力』よ。聴覚も強化するわよ?」
エルの声で視界が切り替わった。『青い幻』が浮かび上がる。
小さく頷いた。すぐに聴覚が強化される。
ソフィアの位置が分かった。
振り返ると、ソフィアが地面の壁を戻すところだった。今度は右の掌に魔力を流す。
今度の命令は『魔弾よ――勇敢の象徴たる正義の剣よ、貫け』だ。
汎用的な魔弾剣を使いたいので、まだ『一節三句』だ。
『一節四句』は限定的な用途が多い。その場に応じて使うのが良い。
魔弾剣がソフィアへと飛んで行く。同時に駆け出した。
ソフィアは右に跳んで軽く避ける。俺はそこにナイフを振るう。
今度は後ろへと跳ぶ。俺の左手から魔弾が飛んで追撃する。
ソフィアが双剣で叩き落した。追いついた俺がさらにナイフを振るった。
「ち」
ソフィアがしゃがんで避ける。同時に舌打ちした。
俺が飛んできた魔弾剣を掴んだからだ。
最初の足場に使った障壁を跳ね返って来たものだ。
さらに障壁をいくつも展開する。同時に、連続で響く錬金音。俺が魔弾を放つ。
しかしソフィアの姿はせり上がったいくつもの壁に隠される。
「どこに……」
俺はソフィアを見失ってしまう。
ソフィアが連続で壁を蹴りつける音だけが聞こえるので、せめて後追いする。
急に壁から飛び出した。錬金術も使用した独自の移動術で高速に迫ってくる。
『青い幻』に従って、障壁を展開した。
このまま行けばぶつかるが――俺は別の可能性を『予測』していた。
「厄介な」
バチ、と。さらに錬金音。
足場を錬金して、ソフィアは体を小さく丸めた。
障壁の上を転がるように、ソフィアは俺の真上を取ると、長槍の錬金で七度突いた。
『青い幻』を注意深く確認しながら、俺は一つ一つ避けていく。
同時に魔弾を放つ。ソフィアがリックを盾に変えて防いだ。
「……お互い様よ」
着地しながらソフィアはぼやいた。
俺たちは同時に踏み込んでは切り結んだ。
お互いの攻撃が何度も何度も同時に放たれる。
エルの『青い幻』で俺はソフィアの動きを『予測』する。
全てを先読みして避けてゆく。ソフィアが忌々しいと言わんばかりの表情を浮かべた。
対してソフィアはリックで俺の攻撃を防ぐ。
まともに斬り合った瞬間、切れ味の差で俺のナイフの方が斬れるだろう。面倒臭いにも程がある。
「そう言えば、最初から俺のことが嫌いだったよな?」
斬り合いながら声を掛ける。動揺を誘えれば、という程度だった。
しかし、返事よりも天候の変化が早かった。
とうとう雨粒が俺の頬にぶつかったのだ。
「――嫌いだったわけじゃないわ」
その言葉は意外だった。
嫌われていると思っていたのだ。
「ただ――あんたはいつでも怯えている。
失うことはもちろん、戦うことも、何かを得ることですら、あんたは怖いのよ」
そこまで言うと、ソフィアは後ろへと大きく跳んだ。
いったん、手を止めて俺を見る。さらに皮肉げに口元を歪ませた。
「いつか、自分は全てを失うと信じて疑わないから。
何もかもが自分にはもったいないと思っているでしょう?」
その、俺の本質へと踏み込むような言葉に、俺の足が止まった。
反応できない俺に、ソフィアが続けた。
「なのに誰かが傷つく時、あんたは一歩を踏み出さずにはいられない。
誰よりも震えている癖に、誰も動けない場面で、あんただけは動いてしまうのよ」
何かを思い返すような視線。
一年の頃『駆猿』と対峙して、グレイの弟を庇った時を思い出した。
「恐らくは、自分自身の価値が誰よりも低いが故に。
自分を失うことが一番マシだと思ってる」
ソフィアが休憩をやめて飛び出した。
俺へと長剣を一閃する。逃げるように下がって凌いだ。
「どうせいつかは全て失う、と。周りが死ぬくらいなら自分が死ぬ、と。
だから誰かを助けてそんなにも歪に笑うのよ」
そのまま、何度も長剣で斬り付ける。
人間らしく笑ってほしい、と。繰り返すかのように。
「そんなことで、人間らしい感情を捨てないで。
誰かを助けたいと思うことを歪めないで……私には手に入らないものなのよ」
俺は防戦一方だった。
その言葉に斬り返すことができない。
「その異常さが、あまりにも先生に似ているから。
私は後悔を思い出さずにいられない」
だから嫌っているように見えたのね、と。
言葉通り、ソフィアは後悔を顔に浮かべた。
そして、少女は手を止める。
ああ――どうして、と呟いた。
さらに長剣から一度手を放す。
リックが本来の姿に戻って、地面に着地した。
「どうして、その異常を指摘してあげることができなかったのかしら。
もしもそれができたなら、あんな最期にはならなかったかも知れないのに」
俺は言葉が出ない。
しかし、ソフィアが『アッシュ・クレフ』の最期について話しているのだとは分かった。
「自分には何もないなんて、そんな悲しい考えが間違っていると教えてあげるべきだった。
あんなにも、私自身の間違いを教えてもらったのだから」
ソフィアは素手のまま、俺へと歩み寄った。
俺は呆然とその様子を眺めながら、これが本題だったのかもしれないと頭の片隅で考えた。
「ねえ、キース?」
ソフィアが俺の目の前までやってくると、ソフィアは首を傾げた。
あまりにも真剣な視線で俺を見る。
「あんたにとって、自分がどれほど無価値でも。
周りにとって、あんたがそうだとは限らないのよ」
俺は咄嗟に動けない。
にも関わらず、無意識に一歩下がっていた。
「私の先生は、こんな簡単なことが分からなかった。
教えてあげることが出来なかったの――最期の最期まで気付けなかった」
ソフィアが俺の両肩をしっかりと掴んだ。強く握り締める。
逃げることを許さないようだった。伝えなくては、と。
いつかの光景を思い出す。
燃え盛る屋敷の中庭で、自身の内面を正視できずに俺へと縋りついた少女。
あの日のように俺へと縋りつく。だが、何もかもが違っていた。
どん、と。ソフィアは俺の胸を強く叩きつける。
――先生は独りで自分の価値を決めて『自分には何もない』と思ってしまった。
――周りから見た自分の価値も知らないまま。
――どれほど感謝されているかも知らないで。
――自分を無価値だと信じて疑いもせず、死んでしまったのよ。
雨音がソフィアの声に紛れ込む。
聞き取ることも難しいはずなのに、エルの聴覚強化でよく聞き取れた。
だが、それを差し引いても、やけに大きく響いた。
――あんたは先生によく似てる。
――どうか、あんたはそうならないで。
降りしきる雨の中、ずぶ濡れの顔で少女は言った。
後悔に塗れたくしゃくしゃの涙すら、雨は綺麗に洗い流してしまう。
今、ソフィアは俺の内面を真っ直ぐに見つめていた。
その視線は、ただただ俺を案じている。
先生のようにはならないで、と。それはあまりにも辛辣で。
両手をだらりと下げて、俺は空を見上げた。
その言葉を何度か噛み締める。
ずっと――ひょっとしたら初めて会った時から――言いたかったのだろう。
口を開いてみたが、反論なんて何も出てこなかった。
代わりに出てきたのは別の言葉だった。
――分かりました。
――分かりましたから、もう泣かないでください。
――お嬢様、と。
暗い空を仰ぐ教育係の小さな声は雨音がかき消した。
きっと勝負は俺の負けだった。

そのまま先に踏み込んでくる。
バチ、という音。
リックを双剣に錬金すると、ソフィアは両方の剣を払った。
俺は後ろへと跳ぶ。
さらにバチ、という音が聞こえた。
――背後から。
「!」
どん、と。背中に何かがぶつかった。
ちらりと振り返る。
背後に壁が錬金されていた。
「くそっ」
ソフィアはリックの錬金と同時に地形の錬金も行うようになっていた。
俺は右手の甲に魔力を流す。
そこに仕込まれた魔法陣が発動した。
描かれた命令は『障壁よ、防げ』だ。俺は障壁を足場にして跳び上がる。
さらに錬金された壁を蹴りつけて、ソフィアへと切り返す。
双剣とナイフが交差する。
ソフィアは同時に横へ転がり、俺は姿勢を低くすることで、互いの一撃を避けた。
俺は振り返るより早く、左の掌を相手に向けた。
今度はこちらに魔力を流す。描かれた命令は『魔弾よ、貫け』だ。
視線も向けずに魔弾を乱射した。
バチ、という錬金音。リックの盾か地面の壁で防いだのだろう。
「待たせたわね。
対象は『ソフィア』『リック』『君の魔力』よ。聴覚も強化するわよ?」
エルの声で視界が切り替わった。『青い幻』が浮かび上がる。
小さく頷いた。すぐに聴覚が強化される。
ソフィアの位置が分かった。
振り返ると、ソフィアが地面の壁を戻すところだった。今度は右の掌に魔力を流す。
今度の命令は『魔弾よ――勇敢の象徴たる正義の剣よ、貫け』だ。
汎用的な魔弾剣を使いたいので、まだ『一節三句』だ。
『一節四句』は限定的な用途が多い。その場に応じて使うのが良い。
魔弾剣がソフィアへと飛んで行く。同時に駆け出した。
ソフィアは右に跳んで軽く避ける。俺はそこにナイフを振るう。
今度は後ろへと跳ぶ。俺の左手から魔弾が飛んで追撃する。
ソフィアが双剣で叩き落した。追いついた俺がさらにナイフを振るった。
「ち」
ソフィアがしゃがんで避ける。同時に舌打ちした。
俺が飛んできた魔弾剣を掴んだからだ。
最初の足場に使った障壁を跳ね返って来たものだ。
さらに障壁をいくつも展開する。同時に、連続で響く錬金音。俺が魔弾を放つ。
しかしソフィアの姿はせり上がったいくつもの壁に隠される。
「どこに……」
俺はソフィアを見失ってしまう。
ソフィアが連続で壁を蹴りつける音だけが聞こえるので、せめて後追いする。
急に壁から飛び出した。錬金術も使用した独自の移動術で高速に迫ってくる。
『青い幻』に従って、障壁を展開した。
このまま行けばぶつかるが――俺は別の可能性を『予測』していた。
「厄介な」
バチ、と。さらに錬金音。
足場を錬金して、ソフィアは体を小さく丸めた。
障壁の上を転がるように、ソフィアは俺の真上を取ると、長槍の錬金で七度突いた。
『青い幻』を注意深く確認しながら、俺は一つ一つ避けていく。
同時に魔弾を放つ。ソフィアがリックを盾に変えて防いだ。
「……お互い様よ」
着地しながらソフィアはぼやいた。
俺たちは同時に踏み込んでは切り結んだ。
お互いの攻撃が何度も何度も同時に放たれる。
エルの『青い幻』で俺はソフィアの動きを『予測』する。
全てを先読みして避けてゆく。ソフィアが忌々しいと言わんばかりの表情を浮かべた。
対してソフィアはリックで俺の攻撃を防ぐ。
まともに斬り合った瞬間、切れ味の差で俺のナイフの方が斬れるだろう。面倒臭いにも程がある。
「そう言えば、最初から俺のことが嫌いだったよな?」
斬り合いながら声を掛ける。動揺を誘えれば、という程度だった。
しかし、返事よりも天候の変化が早かった。
とうとう雨粒が俺の頬にぶつかったのだ。
「――嫌いだったわけじゃないわ」
その言葉は意外だった。
嫌われていると思っていたのだ。
「ただ――あんたはいつでも怯えている。
失うことはもちろん、戦うことも、何かを得ることですら、あんたは怖いのよ」
そこまで言うと、ソフィアは後ろへと大きく跳んだ。
いったん、手を止めて俺を見る。さらに皮肉げに口元を歪ませた。
「いつか、自分は全てを失うと信じて疑わないから。
何もかもが自分にはもったいないと思っているでしょう?」
その、俺の本質へと踏み込むような言葉に、俺の足が止まった。
反応できない俺に、ソフィアが続けた。
「なのに誰かが傷つく時、あんたは一歩を踏み出さずにはいられない。
誰よりも震えている癖に、誰も動けない場面で、あんただけは動いてしまうのよ」
何かを思い返すような視線。
一年の頃『駆猿』と対峙して、グレイの弟を庇った時を思い出した。
「恐らくは、自分自身の価値が誰よりも低いが故に。
自分を失うことが一番マシだと思ってる」
ソフィアが休憩をやめて飛び出した。
俺へと長剣を一閃する。逃げるように下がって凌いだ。
「どうせいつかは全て失う、と。周りが死ぬくらいなら自分が死ぬ、と。
だから誰かを助けてそんなにも歪に笑うのよ」
そのまま、何度も長剣で斬り付ける。
人間らしく笑ってほしい、と。繰り返すかのように。
「そんなことで、人間らしい感情を捨てないで。
誰かを助けたいと思うことを歪めないで……私には手に入らないものなのよ」
俺は防戦一方だった。
その言葉に斬り返すことができない。
「その異常さが、あまりにも先生に似ているから。
私は後悔を思い出さずにいられない」
だから嫌っているように見えたのね、と。
言葉通り、ソフィアは後悔を顔に浮かべた。
そして、少女は手を止める。
ああ――どうして、と呟いた。
さらに長剣から一度手を放す。
リックが本来の姿に戻って、地面に着地した。
「どうして、その異常を指摘してあげることができなかったのかしら。
もしもそれができたなら、あんな最期にはならなかったかも知れないのに」
俺は言葉が出ない。
しかし、ソフィアが『アッシュ・クレフ』の最期について話しているのだとは分かった。
「自分には何もないなんて、そんな悲しい考えが間違っていると教えてあげるべきだった。
あんなにも、私自身の間違いを教えてもらったのだから」
ソフィアは素手のまま、俺へと歩み寄った。
俺は呆然とその様子を眺めながら、これが本題だったのかもしれないと頭の片隅で考えた。
「ねえ、キース?」
ソフィアが俺の目の前までやってくると、ソフィアは首を傾げた。
あまりにも真剣な視線で俺を見る。
「あんたにとって、自分がどれほど無価値でも。
周りにとって、あんたがそうだとは限らないのよ」
俺は咄嗟に動けない。
にも関わらず、無意識に一歩下がっていた。
「私の先生は、こんな簡単なことが分からなかった。
教えてあげることが出来なかったの――最期の最期まで気付けなかった」
ソフィアが俺の両肩をしっかりと掴んだ。強く握り締める。
逃げることを許さないようだった。伝えなくては、と。
いつかの光景を思い出す。
燃え盛る屋敷の中庭で、自身の内面を正視できずに俺へと縋りついた少女。
あの日のように俺へと縋りつく。だが、何もかもが違っていた。
どん、と。ソフィアは俺の胸を強く叩きつける。
――先生は独りで自分の価値を決めて『自分には何もない』と思ってしまった。
――周りから見た自分の価値も知らないまま。
――どれほど感謝されているかも知らないで。
――自分を無価値だと信じて疑いもせず、死んでしまったのよ。
雨音がソフィアの声に紛れ込む。
聞き取ることも難しいはずなのに、エルの聴覚強化でよく聞き取れた。
だが、それを差し引いても、やけに大きく響いた。
――あんたは先生によく似てる。
――どうか、あんたはそうならないで。
降りしきる雨の中、ずぶ濡れの顔で少女は言った。
後悔に塗れたくしゃくしゃの涙すら、雨は綺麗に洗い流してしまう。
今、ソフィアは俺の内面を真っ直ぐに見つめていた。
その視線は、ただただ俺を案じている。
先生のようにはならないで、と。それはあまりにも辛辣で。
両手をだらりと下げて、俺は空を見上げた。
その言葉を何度か噛み締める。
ずっと――ひょっとしたら初めて会った時から――言いたかったのだろう。
口を開いてみたが、反論なんて何も出てこなかった。
代わりに出てきたのは別の言葉だった。
――分かりました。
――分かりましたから、もう泣かないでください。
――お嬢様、と。
暗い空を仰ぐ教育係の小さな声は雨音がかき消した。
きっと勝負は俺の負けだった。

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