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第三部 31話 命令

ー/ー



 後期授業の初日、俺たちは三人で廊下を歩いていた。

「……その狐、学院にも連れてくるのか?」
 グレイが不思議そうに俺の頭を見た。

「もちろん。お互いに離れ難くてな――ぐ」
 エルが俺の首に爪を立てた。

 隣のセシルがすぐに治癒術を掛けてくれる。
 無駄遣いも良いところである。

「まあいいけどな……」
 使い魔を連れている生徒も多いし、別にその辺りの規則も厳格ではない。

「じゃあ、俺は向こうだから」
「私は向こう」
「あ、俺は演習場だ」
 グレイ、セシル、俺がそれぞれ別の方向を示す。

 今日は個人の適正に応じた授業らしい。
 俺は魔術の授業を受けることになっていた。



 演習場で授業が始まるのを待っていた。
 何でもこの授業は各分野の特別講師が来るらしいけど。

「すまない。遅れたかな」

 特別講師は聞き慣れた声で演習場に入って来た。
 懐かしくて、思わず涙が出そうになる。

 青いローブに薄茶色の髪と瞳。
 未だに年齢を感じさせない笑みを浮かべている。

 魔術師団長『ブラウン・バケット』が魔術分野の特別講師らしかった。

 ブラウン団長は軽い自己紹介だけ済ませると、さっそく講義を始めた。

「魔術には命令が必要である。今日の授業ではその命令について掘り下げる」
 ブラウン団長は全体を見回すと、何度か小さく頷いて続けた。

「最小の命令とは『対象』と『内容』のみで構成される。
 繰り返す。命令には『対象』と『内容』が必要である」
 ここまで話すと、ブラウン団長はもう一度全体を見回す。

「ここで命令の単位について、一度説明する。
 命令の単位は『節』であり、命令一つを『一節』のように呼称する。
 同じように対象と内容のみで構成された命令を『二句』と呼び、そこに強調を加えることで『四句』まで拡張することが可能だ」
 さらにもう一度、全体を見回す。目が合った。

「よって、最小の魔術は『一節二句』の命令ということになる」
 その瞬間、ブラウン団長が深く微笑んだ。嫌な予感がする。

「私自身この『一節二句』を多用するし、そうあるべきだと考えている。
 だが、使えるに越したことはない。今日は『一節四句』を試してもらおう」
 ブラウン団長はそう言うと、にやりと笑った。

「そこで、一度は見せておこうと思う。誰か協力してほしいのだが……」
「キース? 下を見て?」
「ん?」
 エルの幻聴に応じて下を向く。

「うわ!」
 思わず立ち上がる。足元に大きな虫がいたのだ。
 しかし、俺が立ち上がった瞬間に虫は消え去った。

「エル、お前……!」
 幻覚を見せた犯人に唸り声を上げた。

「ほう。手間が省けたな。そこに立ってくれないか。絶対に動くな」
 ? 手間が省けた?

 あ、最初から当てるつもりだったってことか?
 見透かされるような茶色の瞳を懐かしく思う。怖え。

 考えてみれば、絶対ナタリーアリスから話を聞いてますよね?

 俺は言われた通り、ブラウン団長の正面に立った。
 絶対に動かないと心の底から誓う。

 すると、ブラウン団長はいきなり始めた。

「魔弾よ――正確無比なる破魔の矢よ。
 公正な裁きを以て魔を滅せよ――貫け」

 命令が完成すると、白い矢の形をした無数の魔弾が俺たちへと殺到する。
 しかし、全ては俺たちの横をぎりぎりで避けていく。

「……ッ! ……ッ!?」
 これ、当たったら死ぬんじゃないか?

「……悪かったわ。こんなことになるとは思わなかったのよ」
 無数の矢に毛先をチリチリと焼かれながら、エルが素直に謝った。

「今のは魔物を滅するための『一節四句』の命令だ。
 魔物以外には当たらない――その狐は魔物ではないようだな」
 ブラウン団長が微笑んだ。生徒たちが拍手をする。

 俺の頭の上でエルがぶるぶると震えていた。
 ただの子狐じゃないことはバレている、と。

 その後は演習になったが、俺には『一節四句』が上手く扱えなかった。
 実戦で使える水準とは程遠い。

 ブラウン団長とは直接話せなかった。



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 後期授業の初日、俺たちは三人で廊下を歩いていた。
「……その狐、学院にも連れてくるのか?」
 グレイが不思議そうに俺の頭を見た。
「もちろん。お互いに離れ難くてな――ぐ」
 エルが俺の首に爪を立てた。
 隣のセシルがすぐに治癒術を掛けてくれる。
 無駄遣いも良いところである。
「まあいいけどな……」
 使い魔を連れている生徒も多いし、別にその辺りの規則も厳格ではない。
「じゃあ、俺は向こうだから」
「私は向こう」
「あ、俺は演習場だ」
 グレイ、セシル、俺がそれぞれ別の方向を示す。
 今日は個人の適正に応じた授業らしい。
 俺は魔術の授業を受けることになっていた。
 演習場で授業が始まるのを待っていた。
 何でもこの授業は各分野の特別講師が来るらしいけど。
「すまない。遅れたかな」
 特別講師は聞き慣れた声で演習場に入って来た。
 懐かしくて、思わず涙が出そうになる。
 青いローブに薄茶色の髪と瞳。
 未だに年齢を感じさせない笑みを浮かべている。
 魔術師団長『ブラウン・バケット』が魔術分野の特別講師らしかった。
 ブラウン団長は軽い自己紹介だけ済ませると、さっそく講義を始めた。
「魔術には命令が必要である。今日の授業ではその命令について掘り下げる」
 ブラウン団長は全体を見回すと、何度か小さく頷いて続けた。
「最小の命令とは『対象』と『内容』のみで構成される。
 繰り返す。命令には『対象』と『内容』が必要である」
 ここまで話すと、ブラウン団長はもう一度全体を見回す。
「ここで命令の単位について、一度説明する。
 命令の単位は『節』であり、命令一つを『一節』のように呼称する。
 同じように対象と内容のみで構成された命令を『二句』と呼び、そこに強調を加えることで『四句』まで拡張することが可能だ」
 さらにもう一度、全体を見回す。目が合った。
「よって、最小の魔術は『一節二句』の命令ということになる」
 その瞬間、ブラウン団長が深く微笑んだ。嫌な予感がする。
「私自身この『一節二句』を多用するし、そうあるべきだと考えている。
 だが、使えるに越したことはない。今日は『一節四句』を試してもらおう」
 ブラウン団長はそう言うと、にやりと笑った。
「そこで、一度は見せておこうと思う。誰か協力してほしいのだが……」
「キース? 下を見て?」
「ん?」
 エルの幻聴に応じて下を向く。
「うわ!」
 思わず立ち上がる。足元に大きな虫がいたのだ。
 しかし、俺が立ち上がった瞬間に虫は消え去った。
「エル、お前……!」
 幻覚を見せた犯人に唸り声を上げた。
「ほう。手間が省けたな。そこに立ってくれないか。絶対に動くな」
 ? 手間が省けた?
 あ、最初から当てるつもりだったってことか?
 見透かされるような茶色の瞳を懐かしく思う。怖え。
 考えてみれば、絶対ナタリーアリスから話を聞いてますよね?
 俺は言われた通り、ブラウン団長の正面に立った。
 絶対に動かないと心の底から誓う。
 すると、ブラウン団長はいきなり始めた。
「魔弾よ――正確無比なる破魔の矢よ。
 公正な裁きを以て魔を滅せよ――貫け」
 命令が完成すると、白い矢の形をした無数の魔弾が俺たちへと殺到する。
 しかし、全ては俺たちの横をぎりぎりで避けていく。
「……ッ! ……ッ!?」
 これ、当たったら死ぬんじゃないか?
「……悪かったわ。こんなことになるとは思わなかったのよ」
 無数の矢に毛先をチリチリと焼かれながら、エルが素直に謝った。
「今のは魔物を滅するための『一節四句』の命令だ。
 魔物以外には当たらない――その狐は魔物ではないようだな」
 ブラウン団長が微笑んだ。生徒たちが拍手をする。
 俺の頭の上でエルがぶるぶると震えていた。
 ただの子狐じゃないことはバレている、と。
 その後は演習になったが、俺には『一節四句』が上手く扱えなかった。
 実戦で使える水準とは程遠い。
 ブラウン団長とは直接話せなかった。