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第百五十話

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「もういい、もう休んでくれ。後のことは……私と御庭番衆が全て――――」
「――ごめん、レイジー。私は……休めない。私は望んで、この戦場に立っているんだ。それに……」
 その先を言いかけたものの、咄嗟にブレーキをかける。しかしレイジーは、自分以上の自己犠牲、下手したらそれ以上の『滅私奉公』を行い続ける、あの少女の名を代わりに提示するのだった。
「瀧本、礼安。恐らく……今期一年次の中で最強とされる存在。圧倒的な滅私奉公と、高潔かつ気高い黄金の精神を持ち合わせた……根っからの天才でありながら、努力の天才でもある子」
 今この山梨県にはいないものの、学園内で皆の帰りを待つ、エヴァの想い人。恋多き彼女であるが、未だ移り気のない様子から、よほどのぞっこんである。レイジーは、恋敵でありながら、エヴァの中で彼女には敵わないと思うほど。それほど、彼女を認めており、彼女に少し妬いているのだ。
 最愛の存在に、そこまで想ってもらえることが、たまらなくて。
「――私は、礼安さんが戦い続ける限り……最前線に立ち続ける。礼安さんを傍で支え続ける。それが……武器科としての使命だから」
「……その子が戦い続ける限り、私のどんな言動もただのお節介になりそうだ。フラれちゃったな」
「私のことを想ってくれている上で、提案してくれているのは分かるよ。でも……私だけが最前線から引くわけにはいかないんだ」
 全ては、神奈川支部とのいざこざから。エヴァがフォルニカを拒否し、行くことを無意識下で拒んだ際に、礼安が何の得もない中でエヴァを気遣い赴いた時から。お人よしの性分を働かせ、戦場に出向いたのだ。
「――昔のような、『あの』姿。それを……いつかあの子に見せてあげたいのかな」
「……うん。時が来たら、礼安さんと背中を預け合いながら……『同じ土俵』で共に戦いたいくらいに――今の私は……礼安さんが大好きなんだ」
 自分よりも、遥かに戦場での経験値が足りない、しかしどこか破天荒なレイジーを重ねてしまうほどにお人よし。そこに一目惚れした礼安に、心の色を見抜かれ優しく接された。そんな底抜けの優しさに、エヴァは心を動かされ重い腰を上げた。他でもない、屑な民草のためではなく、礼安のために。
 戦う理由に、英雄の命や人権を一切気にしない野次馬(オーディエンス)なんぞは含まれない。そこに礼安がいれば、それでいい。どこへだって駆けつける。それこそが、今のエヴァであったのだ。
「――あーあ、気にかけてたけど……そこまでトレースした熱いモン見せられたら、私は引き下がるしかないな。全く……私のいない間に、本当の『大切』を見つけちゃってさ」
「……ごめんね、レイジー。私……浮気者だね」
「うんにゃ、そっちの事情を気にせず勝手なことを宣っただけさ、んで関係の自然消滅みたいにしてしまった私が悪いのさ。ぶっちゃけ、嫌われる嫌われない以前に、多分断られるだろうな……とは思っていたからさ」
 レイジーは、彼女の固い決意と新たな恋の背中を押す。小馬鹿にするものではない、その者の勇気を讃えるもの。事情があったものの、自分から離れたため、自分以上の存在がいたとしたらその方へ向かうのみである。
「……じゃあ、オフィシャルに。私とエヴァ……その関係は終わった、って言った方がいいかな。流石に……私があの子に勝てるとは思えない。あの子の底抜けの純朴さとか、お人よし度とかさ」
「――厳密には、終わってないよ。彼女同士の関係性じゃあなくなっただけで……私の大切な人であることに変わりはないよ」
 普通なら、そんな曖昧な終わり方を望む者はいない。しかし、その言葉通りなのだ。いくら彼女同士の関係性が終わったとしても、エヴァにとってレイジーは、喪うことをためらうほどの大切な存在であることに変わりがない。友達以上、恋人未満という関係性に戻るだけなのだ。
「……私は、明日また山梨支部で幹部やら下の人間やらを抑えに戻るよ。その間……基本しのびの里でゆっくりしてもらって構わないさ。学園長ももてなすよう伝えてある。私の不備きっかけで……山梨支部の好き勝手にはさせないからさ」
 どこか含みを感じる言い回しではあったが、今はその真意を知ることはできず。彼女の中にある、話したくない内容のリストにある以上、詳しく追及することはない。自分たちはあくまで民草の平穏を守る英雄と武器。真実を追い求める警察のような存在ではないのだ。
 雲が晴れ、次第にまん丸とした月が、ベンチに座る二人だけにスポットライトを照らす。重たい話はそんな場には似合わないため、お互い困ったように笑いながら昔話に花を咲かせる。
 一年次の春、二人きりのバーベキューをしながら笑い合ったあの日のように。
「昔は……って程でもないが、バカやった記憶があるよ。ボヤ騒ぎになって学園長にコラってされたよね」
「ね。レイジーがいない影響で……今ボヤ騒ぎ以上のことが起きそうなくらいに、ジェネリックゴミ屋敷になってるんだけどね」
「まだ家事苦手なの直ってないのか、戻ったら片付けなきゃね」
「いつか帰ってくるであろう、家事全般大好きな人のために仕事を残してるんだ」
「物は言いような気はするが……そうかい。事を片付けた後に大掃除会とは……後が大変だな全く」
 誰一人、邪魔をする者はいない。ただ自然が、元彼女たちの軽妙なやり取りを眺めているのみである。
 そのためか、レイジーはエヴァの頬に優しいキスをする。唐突なことであったためエヴァは頬を朱に染めるも、満更ではなさそうだった。
「――もうエヴァには、私以上の想い人がいる。お互い……浮気やら寝取り、寝取られは嫌いだ。最後の情熱的なキスを交わすくらいで……友達に戻ろうか」
「……うん。まだ礼安さんとは出来てないことをして……それで友達に戻ろう、レイジー」
 エヴァは肩に手をまわし、レイジーは腰に手をまわし。まるでルーティーンかのように準備し、二人は濃厚なキスを交わす。生半可なものではない、最後のディープキス。普通なら、彼女たちの暗黙の了解と言わんばかりに、ベッド上での開戦合図のようなものであったが、それ以上の行為をすることはない。
 雑食な二人ではあるが、流石に外で行為に及ぼうという趣味はない。
 お互いがキスを終えると、それぞれの舌の間には唾液のブリッジが出来上がる。それほどに濃厚かつ重厚なものであったのだ。
「――ありがとう、エヴァ。私にとって、最初で最後……そして最高の相手だった」
「……ありがとう、レイジー。恋多き私の『初めて』を捧げた、最高の人だった」
 お互い静かに笑い合うと、元恋人としてではなく新たな友人として、笑顔でその丘を後にするのだった。



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「もういい、もう休んでくれ。後のことは……私と御庭番衆が全て――――」
「――ごめん、レイジー。私は……休めない。私は望んで、この戦場に立っているんだ。それに……」
 その先を言いかけたものの、咄嗟にブレーキをかける。しかしレイジーは、自分以上の自己犠牲、下手したらそれ以上の『滅私奉公』を行い続ける、あの少女の名を代わりに提示するのだった。
「瀧本、礼安。恐らく……今期一年次の中で最強とされる存在。圧倒的な滅私奉公と、高潔かつ気高い黄金の精神を持ち合わせた……根っからの天才でありながら、努力の天才でもある子」
 今この山梨県にはいないものの、学園内で皆の帰りを待つ、エヴァの想い人。恋多き彼女であるが、未だ移り気のない様子から、よほどのぞっこんである。レイジーは、恋敵でありながら、エヴァの中で彼女には敵わないと思うほど。それほど、彼女を認めており、彼女に少し妬いているのだ。
 最愛の存在に、そこまで想ってもらえることが、たまらなくて。
「――私は、礼安さんが戦い続ける限り……最前線に立ち続ける。礼安さんを傍で支え続ける。それが……武器科としての使命だから」
「……その子が戦い続ける限り、私のどんな言動もただのお節介になりそうだ。フラれちゃったな」
「私のことを想ってくれている上で、提案してくれているのは分かるよ。でも……私だけが最前線から引くわけにはいかないんだ」
 全ては、神奈川支部とのいざこざから。エヴァがフォルニカを拒否し、行くことを無意識下で拒んだ際に、礼安が何の得もない中でエヴァを気遣い赴いた時から。お人よしの性分を働かせ、戦場に出向いたのだ。
「――昔のような、『あの』姿。それを……いつかあの子に見せてあげたいのかな」
「……うん。時が来たら、礼安さんと背中を預け合いながら……『同じ土俵』で共に戦いたいくらいに――今の私は……礼安さんが大好きなんだ」
 自分よりも、遥かに戦場での経験値が足りない、しかしどこか破天荒なレイジーを重ねてしまうほどにお人よし。そこに一目惚れした礼安に、心の色を見抜かれ優しく接された。そんな底抜けの優しさに、エヴァは心を動かされ重い腰を上げた。他でもない、屑な民草のためではなく、礼安のために。
 戦う理由に、英雄の命や人権を一切気にしない|野次馬《オーディエンス》なんぞは含まれない。そこに礼安がいれば、それでいい。どこへだって駆けつける。それこそが、今のエヴァであったのだ。
「――あーあ、気にかけてたけど……そこまでトレースした熱いモン見せられたら、私は引き下がるしかないな。全く……私のいない間に、本当の『大切』を見つけちゃってさ」
「……ごめんね、レイジー。私……浮気者だね」
「うんにゃ、そっちの事情を気にせず勝手なことを宣っただけさ、んで関係の自然消滅みたいにしてしまった私が悪いのさ。ぶっちゃけ、嫌われる嫌われない以前に、多分断られるだろうな……とは思っていたからさ」
 レイジーは、彼女の固い決意と新たな恋の背中を押す。小馬鹿にするものではない、その者の勇気を讃えるもの。事情があったものの、自分から離れたため、自分以上の存在がいたとしたらその方へ向かうのみである。
「……じゃあ、オフィシャルに。私とエヴァ……その関係は終わった、って言った方がいいかな。流石に……私があの子に勝てるとは思えない。あの子の底抜けの純朴さとか、お人よし度とかさ」
「――厳密には、終わってないよ。彼女同士の関係性じゃあなくなっただけで……私の大切な人であることに変わりはないよ」
 普通なら、そんな曖昧な終わり方を望む者はいない。しかし、その言葉通りなのだ。いくら彼女同士の関係性が終わったとしても、エヴァにとってレイジーは、喪うことをためらうほどの大切な存在であることに変わりがない。友達以上、恋人未満という関係性に戻るだけなのだ。
「……私は、明日また山梨支部で幹部やら下の人間やらを抑えに戻るよ。その間……基本しのびの里でゆっくりしてもらって構わないさ。学園長ももてなすよう伝えてある。私の不備きっかけで……山梨支部の好き勝手にはさせないからさ」
 どこか含みを感じる言い回しではあったが、今はその真意を知ることはできず。彼女の中にある、話したくない内容のリストにある以上、詳しく追及することはない。自分たちはあくまで民草の平穏を守る英雄と武器。真実を追い求める警察のような存在ではないのだ。
 雲が晴れ、次第にまん丸とした月が、ベンチに座る二人だけにスポットライトを照らす。重たい話はそんな場には似合わないため、お互い困ったように笑いながら昔話に花を咲かせる。
 一年次の春、二人きりのバーベキューをしながら笑い合ったあの日のように。
「昔は……って程でもないが、バカやった記憶があるよ。ボヤ騒ぎになって学園長にコラってされたよね」
「ね。レイジーがいない影響で……今ボヤ騒ぎ以上のことが起きそうなくらいに、ジェネリックゴミ屋敷になってるんだけどね」
「まだ家事苦手なの直ってないのか、戻ったら片付けなきゃね」
「いつか帰ってくるであろう、家事全般大好きな人のために仕事を残してるんだ」
「物は言いような気はするが……そうかい。事を片付けた後に大掃除会とは……後が大変だな全く」
 誰一人、邪魔をする者はいない。ただ自然が、元彼女たちの軽妙なやり取りを眺めているのみである。
 そのためか、レイジーはエヴァの頬に優しいキスをする。唐突なことであったためエヴァは頬を朱に染めるも、満更ではなさそうだった。
「――もうエヴァには、私以上の想い人がいる。お互い……浮気やら寝取り、寝取られは嫌いだ。最後の情熱的なキスを交わすくらいで……友達に戻ろうか」
「……うん。まだ礼安さんとは出来てないことをして……それで友達に戻ろう、レイジー」
 エヴァは肩に手をまわし、レイジーは腰に手をまわし。まるでルーティーンかのように準備し、二人は濃厚なキスを交わす。生半可なものではない、最後のディープキス。普通なら、彼女たちの暗黙の了解と言わんばかりに、ベッド上での開戦合図のようなものであったが、それ以上の行為をすることはない。
 雑食な二人ではあるが、流石に外で行為に及ぼうという趣味はない。
 お互いがキスを終えると、それぞれの舌の間には唾液のブリッジが出来上がる。それほどに濃厚かつ重厚なものであったのだ。
「――ありがとう、エヴァ。私にとって、最初で最後……そして最高の相手だった」
「……ありがとう、レイジー。恋多き私の『初めて』を捧げた、最高の人だった」
 お互い静かに笑い合うと、元恋人としてではなく新たな友人として、笑顔でその丘を後にするのだった。