表示設定
表示設定
目次 目次




第百四十六話

ー/ー



 各所を回りながら、忍者たちが修行に励む姿を目の当たりにしていく中、ふとエヴァが目にした存在は、今この場にいるはずのない、『的外れグラサンアロハ権力者』。ゆえに、元来の美しい顔立ちが驚愕に歪んだ。
「が、学園長!?」
「御屋形様にお呼ばれしてね、来ちゃった☆」
 信一郎は、忍者の卵たちに体捌きを現在進行形で教えていた。アロハの姿で。エヴァは驚愕していたままであったが、レイジーはただ静かに笑っていた。
「――相変わらずですね、学園長。学生と学園長としての関係性を断ってから、それでも手ほどきやご指導いただき感謝します」
「まあね。元教え子に『課外学習』を頼まれたら、現地に赴いてハッスルするべきでしょ、それがあるべき教育者としての姿なんだから」
 もともと、信一郎は旅行先として山梨を選んだ理由は、山梨支部が穏健派……さらに、事情があり教会すら裏切っている、『義賊』の頭目であるレイジーが支部長を務めているからこそ。彼女主体で山梨支部の崩壊を計画していたからこそ、選んだのだ。
 全体の母数こそ少ないものの、忍者一人ひとりが信じられないほどの強さを内包している。ものによっては、並の英雄を超越するほど。ドライバー等で力を引き出さずとも、恵まれた膂力と研ぎ澄まされた体技により、状況に応じて英雄以上の働きを見せるのだ。
 その中でエヴァは、他よりも劣っている、ぱっと見て小学校低学年、九歳ほどの忍者の卵に目が行った。一見男児のように見える短髪とシャープな中にあどけなさの残る顔立ちであったが、体つきからして女性であることを理解する。伊達に、人を多く見てきた訳ではない。
 飛び上段蹴りを失敗し、転びそうになっていたところを、片腕で背を支え助ける。
「大丈夫、君?」
「だ、大丈夫だ! アタシに手出しすんなよ!」
「あ、コラ! お客さんであるエヴァに謝りなさい!」
 そんなレイジーの叱りなど意に介すことなく、舌を出し小ばかにしたまま、どこかへ消えてしまった。今まであまり関わってこなかった問題児、それに面食らいながらも、静かに立ち上がった。
「……ごめんね、あの子……ちょっと他の子とそりが合わなくて、だいぶ尖っているんだ」
「――大丈夫、気にしてないよ」
 どこか気になったエヴァは、その後も修行を見せてもらったが、あの子のことを忘れられずにいた。まるで、埼玉での一件で初めて顔を合わせた、当初の透を見ているようで。
「……レイジー、私にあの子のこと……聞かせてくれないかな? 現在分かっている範囲だけでいいからさ」
 どこか捨て置けない雰囲気を感じ取ったエヴァは、レイジーに問うた。一瞬の逡巡の後、彼女は重い口を開いた。
「――あの子は、『教会』に両親を殺されている。しかも……山梨支部先代支部長の気まぐれで。私はその話を言伝でただ聞いただけなんだけど……あの子から私もよく思われてない。それもこれも、私が今の支部長だから」
 情報流出を防ぐために、深いことは言えない。だからこそ、彼女の誤解を防ぐ術は現状存在しない。それに、レイジーが山梨支部の崩壊を企んでいる中で、求めているのは被害者からの礼ではない、ただ自分がそうしたいから崩壊させるのだ。恩を売りたくないのだ。当人の前から姿を消すとき、一番の重荷になるためである。
 事の発端は、弱者を救った忍者の話が、大きくなり始めた数年前。その子が生まれたばかりではあったが、先代支部長が支配していた山梨支部の顔に、そのただの忍者が泥を塗った、と認識されたのだ。
 その頃から、徐々に『教会』の勢力が勢いを増していく中で、彼らはチーティングドライバーを使用し、両親に重傷を負わせたのだ。精神を狂わされ、体技など一切叶わないと自覚した両親はその場から逃げ出すも、『何者か』によって正確に殺害された。しかし死体は確認されないままであった。
 あの子は、今でも生きていると信じている。しかし、現場から見つかった夥しい血痕から、生存は絶望的とされている。このことはあの子は知らないのだが、未だ当人が帰ってきていないことからうっすら察しているのだろう。その子から希望の芽を摘む行為をしたくない、自分が悪者になってあの子が救われるのならそれでいいと、レイジーは腹をくくったのだ。
 エヴァを小ばかにしたあの子は、両親の愛情を一切知らない。そしてこうなる原因を作った『教会』を酷く憎んでいる。忍者の卵たちの七割を占める、戦災孤児の一人であるのも拍車をかけている。
 しかし子供の自分にやれることはない、と半ば復讐を諦めている。それと同時に現行の御庭番衆が『教会』に抗っている姿を、どことなく「糠に釘」のような、無力かつ無駄な行為だと誤解しているのだ。
「――その子の内にあるのは、『諦観』、か」
「そうだね。最近の英雄学園でも……似たような人が大勢いたんじゃあないかな」
 二週間前の合同演習会。そこで裏切った面子は、決まって一組や二組以外の下級生徒がほとんど。「敵わない」からこそ、『嫉妬』していたからこそ、歪んだ力に手を伸ばす。絶望するほどの力の差によって、正しくあり続けることに疲れ、諦めたのだ。
「……でもね、私あの子のポテンシャルは現行の御庭番衆に匹敵する、下手したらそれ以上のものだと思う。行き場のない感情を、力に変えられたら……滅茶苦茶に強くなる。若さの力、ってやつだね」
「――私たち、まだだれがどう見ても若いよね? 十六歳だよね??」
「残念、私はもう十七だ。六月三十日、ついこの間に年老いてしまったよ」
「じゃあ私はどうなるのかな、私五十いってるんだけど??」
 卵たちに手ほどきをしていた信一郎が、実に悲しそうな表情(かお)でこちらを見やる。それと同時に、周りの御庭番衆に笑われてしまう。『原初の英雄』、形無しである。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第百四十七話


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 各所を回りながら、忍者たちが修行に励む姿を目の当たりにしていく中、ふとエヴァが目にした存在は、今この場にいるはずのない、『的外れグラサンアロハ権力者』。ゆえに、元来の美しい顔立ちが驚愕に歪んだ。
「が、学園長!?」
「御屋形様にお呼ばれしてね、来ちゃった☆」
 信一郎は、忍者の卵たちに体捌きを現在進行形で教えていた。アロハの姿で。エヴァは驚愕していたままであったが、レイジーはただ静かに笑っていた。
「――相変わらずですね、学園長。学生と学園長としての関係性を断ってから、それでも手ほどきやご指導いただき感謝します」
「まあね。元教え子に『課外学習』を頼まれたら、現地に赴いてハッスルするべきでしょ、それがあるべき教育者としての姿なんだから」
 もともと、信一郎は旅行先として山梨を選んだ理由は、山梨支部が穏健派……さらに、事情があり教会すら裏切っている、『義賊』の頭目であるレイジーが支部長を務めているからこそ。彼女主体で山梨支部の崩壊を計画していたからこそ、選んだのだ。
 全体の母数こそ少ないものの、忍者一人ひとりが信じられないほどの強さを内包している。ものによっては、並の英雄を超越するほど。ドライバー等で力を引き出さずとも、恵まれた膂力と研ぎ澄まされた体技により、状況に応じて英雄以上の働きを見せるのだ。
 その中でエヴァは、他よりも劣っている、ぱっと見て小学校低学年、九歳ほどの忍者の卵に目が行った。一見男児のように見える短髪とシャープな中にあどけなさの残る顔立ちであったが、体つきからして女性であることを理解する。伊達に、人を多く見てきた訳ではない。
 飛び上段蹴りを失敗し、転びそうになっていたところを、片腕で背を支え助ける。
「大丈夫、君?」
「だ、大丈夫だ! アタシに手出しすんなよ!」
「あ、コラ! お客さんであるエヴァに謝りなさい!」
 そんなレイジーの叱りなど意に介すことなく、舌を出し小ばかにしたまま、どこかへ消えてしまった。今まであまり関わってこなかった問題児、それに面食らいながらも、静かに立ち上がった。
「……ごめんね、あの子……ちょっと他の子とそりが合わなくて、だいぶ尖っているんだ」
「――大丈夫、気にしてないよ」
 どこか気になったエヴァは、その後も修行を見せてもらったが、あの子のことを忘れられずにいた。まるで、埼玉での一件で初めて顔を合わせた、当初の透を見ているようで。
「……レイジー、私にあの子のこと……聞かせてくれないかな? 現在分かっている範囲だけでいいからさ」
 どこか捨て置けない雰囲気を感じ取ったエヴァは、レイジーに問うた。一瞬の逡巡の後、彼女は重い口を開いた。
「――あの子は、『教会』に両親を殺されている。しかも……山梨支部先代支部長の気まぐれで。私はその話を言伝でただ聞いただけなんだけど……あの子から私もよく思われてない。それもこれも、私が今の支部長だから」
 情報流出を防ぐために、深いことは言えない。だからこそ、彼女の誤解を防ぐ術は現状存在しない。それに、レイジーが山梨支部の崩壊を企んでいる中で、求めているのは被害者からの礼ではない、ただ自分がそうしたいから崩壊させるのだ。恩を売りたくないのだ。当人の前から姿を消すとき、一番の重荷になるためである。
 事の発端は、弱者を救った忍者の話が、大きくなり始めた数年前。その子が生まれたばかりではあったが、先代支部長が支配していた山梨支部の顔に、そのただの忍者が泥を塗った、と認識されたのだ。
 その頃から、徐々に『教会』の勢力が勢いを増していく中で、彼らはチーティングドライバーを使用し、両親に重傷を負わせたのだ。精神を狂わされ、体技など一切叶わないと自覚した両親はその場から逃げ出すも、『何者か』によって正確に殺害された。しかし死体は確認されないままであった。
 あの子は、今でも生きていると信じている。しかし、現場から見つかった夥しい血痕から、生存は絶望的とされている。このことはあの子は知らないのだが、未だ当人が帰ってきていないことからうっすら察しているのだろう。その子から希望の芽を摘む行為をしたくない、自分が悪者になってあの子が救われるのならそれでいいと、レイジーは腹をくくったのだ。
 エヴァを小ばかにしたあの子は、両親の愛情を一切知らない。そしてこうなる原因を作った『教会』を酷く憎んでいる。忍者の卵たちの七割を占める、戦災孤児の一人であるのも拍車をかけている。
 しかし子供の自分にやれることはない、と半ば復讐を諦めている。それと同時に現行の御庭番衆が『教会』に抗っている姿を、どことなく「糠に釘」のような、無力かつ無駄な行為だと誤解しているのだ。
「――その子の内にあるのは、『諦観』、か」
「そうだね。最近の英雄学園でも……似たような人が大勢いたんじゃあないかな」
 二週間前の合同演習会。そこで裏切った面子は、決まって一組や二組以外の下級生徒がほとんど。「敵わない」からこそ、『嫉妬』していたからこそ、歪んだ力に手を伸ばす。絶望するほどの力の差によって、正しくあり続けることに疲れ、諦めたのだ。
「……でもね、私あの子のポテンシャルは現行の御庭番衆に匹敵する、下手したらそれ以上のものだと思う。行き場のない感情を、力に変えられたら……滅茶苦茶に強くなる。若さの力、ってやつだね」
「――私たち、まだだれがどう見ても若いよね? 十六歳だよね??」
「残念、私はもう十七だ。六月三十日、ついこの間に年老いてしまったよ」
「じゃあ私はどうなるのかな、私五十いってるんだけど??」
 卵たちに手ほどきをしていた信一郎が、実に悲しそうな|表情《かお》でこちらを見やる。それと同時に、周りの御庭番衆に笑われてしまう。『原初の英雄』、形無しである。