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第百四十五話

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 山梨に伝わる、『義賊伝説』。それは、あらゆる巨悪が一晩のうちに壊滅する、都市伝説の信憑性を遥かに超える言い伝え。世に侍が、掃いて捨てるほど存在した時代から、民草は姿も見せず人々を救い続けた忍者を、神様同様崇めたのだ。
 世間一般に、義賊の代表例とされるのは石川五右衛門や鼠小僧など。後世にも名を轟かせる、いわばレジェンド級の知名度を誇る存在。しかし、それら著名な存在よりも、山梨では伝説として君臨している。ただ、年々忍者の成り手が減少していった結果、伝説が都市伝説ほどの言い伝えに弱化していたのだ。
「今の私は、教会山梨支部の長でもあるけど、同時に――日中は忍野しのびの里にて人々を驚嘆させ、夜は人知れず義賊的行為を行う、『御庭番衆』の十五代目、頭目を務めているんだ。だから……今の私はチーティングドライバーによる精神汚染を一切食らっていない。どこぞの誰かさん第一の精神掌握はされていないんだ」
 その久方ぶりな軽口を聞いて、エヴァはうっすらと涙を浮かべていた。大切な存在が敵に回る恐怖は、エヴァも重々理解している。多くの人にとって、身近に迫った『最悪』と化している。今はその可能性がないものの、もしその場面に出くわしたら。今のエヴァならどうするのだろうか。自分にも、誰にも分かりはしない。
「御屋形様、本日の修練の道筋はどういたしましょう」
「そうだね、今日はざっくりとお客様への演武役と、来るべきⅩデーのために肉体全体を鍛えようか」
 昇降機から出た景色は、非常に地味なものであったものの、エヴァでもネットサーフィン時に見たことのあるもの。山梨県は南都留郡、忍野村にある『忍野 しのびの里』である。しかしその業務員用通路が、関係者以外が立ち寄ったとしても、それ以上進むことをやめてしまうような、ギミックの数々。多くの絡繰りの先に、外の風景が待っているのだ。
「――ああ、そうだった。エヴァはここに立ち入るのは初めてだったね。私の手を、取ってくれるかい」
 久方ぶりに、相棒の手を取る。その手は、以前と変わらぬしなやかさの中に、以前よりも抱えるものが大きい苦労が、ひしひしと伝わってくる。傷跡も何か所かあり、それほどに『苦労を知った』手であるのだ。
 無数の竹槍が下で獲物を待ち構えている中、わずかな足場をリズムよく、まるで子供の遊びかのように飛び移っていたのだ。
「どうかな、この障害物。ちゃんとしたリズムかつ、ちゃんと足場を踏まないと先に進めない、実にハラハラするアスレチック。侵入者知らずだから助かっているんだ」
「ほ、ほぉ……」
 しかし。エヴァはほんの少しの高所恐怖症なため、内心穏やかではなかった。そんな冷や汗を掻くエヴァを察して、すぐさま話題を切り替える。
「しっかし……久しぶりに君の手を繋いだけど、大分疲れているね。相変わらず……かなりの無茶をしているようだ。そして、以前とは異なる力の波動を感じる。今の最愛の人……確か、瀧本礼安とか言ったかな、その子と一緒……だね?」
「――ご明察、よく分かったねレイジー。浮気だなんて言わないでよ、だなんて……私が言えたことではないけれど」
「まさか、そんなこと言わないさ。今の私よりも……きっとあの子の方が、勇敢な君に似合う子だ」
 外敵を排除するための無数のトラップが、小さな足場以外にも存在した。それぞれが常人ならクリアをすぐに放棄してしまうほどの高難易度であったが、レイジーと手を繋いでいるだけで、まるで芸能人の顔パスかのようにするりと通過していく。
「グレープから、ワンチャン教会からの手先がやってくるかもしれない。初見殺しの場で初見殺ししておくに限るのさ。忍者本来の狡猾さでね」
 御屋形、つまるところ皆を守るリーダーであるからこそ、皆の安全を過剰なまでに保証しなければならない。ただでさえ母数が少ないからこそ、重要な存在たる御庭番衆と未来を担う忍者たちを守る、実に理に適った最高の選択であったのだ。
「実際、私の設置したこのトラップ群の影響もあって『教会』の追手はいない。それ以前に、グレープ内とかで尾行しようもんなら忍者の技術で撒いてる、ってのもあるけど。仮初の安寧の内に、新たなる御庭番衆を育てて……いつか山梨支部はおろか、未だ居場所が判明しない本部を、英雄陣営と共に叩く。それが……君もよく知る人物からのお達し、って訳よ」
 そのためなら、資金援助も惜しまない。実に『彼』らしい金の使い方。未来ある存在への投資を惜しまない、『彼』だからこそ。
「それって、もしかして……」
「無論、私立英雄学園東京本校学園長……不破信一郎。今は本名である瀧本とも名乗っているんだったかな。英雄に似たハイポテンシャルである、マジの忍者をそれよりも上位である御庭番衆にして、『教会』とドンパチやる上での日本国民の希望とする、ってこと。どうやら先代頭目が学園長と深い関わりがあるとかないとか。いつか紹介するよ」
 今までの不安が、徐々に晴れていく感覚。話せないと語った理由も、粗方明かされた。不安要素が無くなっていく中で、未だ根幹に至る部分が明かされていないことに、疑問を抱きながらもレイジーについていく。
 次第に視界も晴れていき、ネットの海で見た光景が視界一杯に広がる。
 複雑怪奇な迷路を抜けた先には、観光客の一人もいない、しのびの里そのままの風景。しかしその代わりに、そこら中で忍者たちが現在進行形で研鑽を重ねていた。
 現代でよく見られる、アクロバティックな動きを見せる忍者――の姿をしたパフォーマーではなく、嘘偽りない本物の忍者。英雄側の用語でいう、火や水、風や雷、土等のベース能力のように、様々な忍術を巧みに扱う。外国人が日本に来ると、大概『NINJA』を待ち望んでいるが、そういった本物は現代にも存在したのだ。
 施設等は、しのびの里そのまま。今日はたまたま定休日であったため、これと言って特設施設等が建てられている訳では無いのだが、観光客が見ることのできない裏の世界がそこにあったのだ。
「すっごい……本物の忍者だ……漫画とかでよく見たよ」
「そう、この山梨に伝わる伝説の一つ、『義賊伝説』の正体。それこそ、最強クラスの忍者である御庭番衆が悪を挫く。それこそが伝説の正体であり、真実なのさ」



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 山梨に伝わる、『義賊伝説』。それは、あらゆる巨悪が一晩のうちに壊滅する、都市伝説の信憑性を遥かに超える言い伝え。世に侍が、掃いて捨てるほど存在した時代から、民草は姿も見せず人々を救い続けた忍者を、神様同様崇めたのだ。
 世間一般に、義賊の代表例とされるのは石川五右衛門や鼠小僧など。後世にも名を轟かせる、いわばレジェンド級の知名度を誇る存在。しかし、それら著名な存在よりも、山梨では伝説として君臨している。ただ、年々忍者の成り手が減少していった結果、伝説が都市伝説ほどの言い伝えに弱化していたのだ。
「今の私は、教会山梨支部の長でもあるけど、同時に――日中は忍野しのびの里にて人々を驚嘆させ、夜は人知れず義賊的行為を行う、『御庭番衆』の十五代目、頭目を務めているんだ。だから……今の私はチーティングドライバーによる精神汚染を一切食らっていない。どこぞの誰かさん第一の精神掌握はされていないんだ」
 その久方ぶりな軽口を聞いて、エヴァはうっすらと涙を浮かべていた。大切な存在が敵に回る恐怖は、エヴァも重々理解している。多くの人にとって、身近に迫った『最悪』と化している。今はその可能性がないものの、もしその場面に出くわしたら。今のエヴァならどうするのだろうか。自分にも、誰にも分かりはしない。
「御屋形様、本日の修練の道筋はどういたしましょう」
「そうだね、今日はざっくりとお客様への演武役と、来るべきⅩデーのために肉体全体を鍛えようか」
 昇降機から出た景色は、非常に地味なものであったものの、エヴァでもネットサーフィン時に見たことのあるもの。山梨県は南都留郡、忍野村にある『忍野 しのびの里』である。しかしその業務員用通路が、関係者以外が立ち寄ったとしても、それ以上進むことをやめてしまうような、ギミックの数々。多くの絡繰りの先に、外の風景が待っているのだ。
「――ああ、そうだった。エヴァはここに立ち入るのは初めてだったね。私の手を、取ってくれるかい」
 久方ぶりに、相棒の手を取る。その手は、以前と変わらぬしなやかさの中に、以前よりも抱えるものが大きい苦労が、ひしひしと伝わってくる。傷跡も何か所かあり、それほどに『苦労を知った』手であるのだ。
 無数の竹槍が下で獲物を待ち構えている中、わずかな足場をリズムよく、まるで子供の遊びかのように飛び移っていたのだ。
「どうかな、この障害物。ちゃんとしたリズムかつ、ちゃんと足場を踏まないと先に進めない、実にハラハラするアスレチック。侵入者知らずだから助かっているんだ」
「ほ、ほぉ……」
 しかし。エヴァはほんの少しの高所恐怖症なため、内心穏やかではなかった。そんな冷や汗を掻くエヴァを察して、すぐさま話題を切り替える。
「しっかし……久しぶりに君の手を繋いだけど、大分疲れているね。相変わらず……かなりの無茶をしているようだ。そして、以前とは異なる力の波動を感じる。今の最愛の人……確か、瀧本礼安とか言ったかな、その子と一緒……だね?」
「――ご明察、よく分かったねレイジー。浮気だなんて言わないでよ、だなんて……私が言えたことではないけれど」
「まさか、そんなこと言わないさ。今の私よりも……きっとあの子の方が、勇敢な君に似合う子だ」
 外敵を排除するための無数のトラップが、小さな足場以外にも存在した。それぞれが常人ならクリアをすぐに放棄してしまうほどの高難易度であったが、レイジーと手を繋いでいるだけで、まるで芸能人の顔パスかのようにするりと通過していく。
「グレープから、ワンチャン教会からの手先がやってくるかもしれない。初見殺しの場で初見殺ししておくに限るのさ。忍者本来の狡猾さでね」
 御屋形、つまるところ皆を守るリーダーであるからこそ、皆の安全を過剰なまでに保証しなければならない。ただでさえ母数が少ないからこそ、重要な存在たる御庭番衆と未来を担う忍者たちを守る、実に理に適った最高の選択であったのだ。
「実際、私の設置したこのトラップ群の影響もあって『教会』の追手はいない。それ以前に、グレープ内とかで尾行しようもんなら忍者の技術で撒いてる、ってのもあるけど。仮初の安寧の内に、新たなる御庭番衆を育てて……いつか山梨支部はおろか、未だ居場所が判明しない本部を、英雄陣営と共に叩く。それが……君もよく知る人物からのお達し、って訳よ」
 そのためなら、資金援助も惜しまない。実に『彼』らしい金の使い方。未来ある存在への投資を惜しまない、『彼』だからこそ。
「それって、もしかして……」
「無論、私立英雄学園東京本校学園長……不破信一郎。今は本名である瀧本とも名乗っているんだったかな。英雄に似たハイポテンシャルである、マジの忍者をそれよりも上位である御庭番衆にして、『教会』とドンパチやる上での日本国民の希望とする、ってこと。どうやら先代頭目が学園長と深い関わりがあるとかないとか。いつか紹介するよ」
 今までの不安が、徐々に晴れていく感覚。話せないと語った理由も、粗方明かされた。不安要素が無くなっていく中で、未だ根幹に至る部分が明かされていないことに、疑問を抱きながらもレイジーについていく。
 次第に視界も晴れていき、ネットの海で見た光景が視界一杯に広がる。
 複雑怪奇な迷路を抜けた先には、観光客の一人もいない、しのびの里そのままの風景。しかしその代わりに、そこら中で忍者たちが現在進行形で研鑽を重ねていた。
 現代でよく見られる、アクロバティックな動きを見せる忍者――の姿をしたパフォーマーではなく、嘘偽りない本物の忍者。英雄側の用語でいう、火や水、風や雷、土等のベース能力のように、様々な忍術を巧みに扱う。外国人が日本に来ると、大概『NINJA』を待ち望んでいるが、そういった本物は現代にも存在したのだ。
 施設等は、しのびの里そのまま。今日はたまたま定休日であったため、これと言って特設施設等が建てられている訳では無いのだが、観光客が見ることのできない裏の世界がそこにあったのだ。
「すっごい……本物の忍者だ……漫画とかでよく見たよ」
「そう、この山梨に伝わる伝説の一つ、『義賊伝説』の正体。それこそ、最強クラスの忍者である御庭番衆が悪を挫く。それこそが伝説の正体であり、真実なのさ」