皆と別れ、グレープをたった一人で彷徨うエヴァ。その視界には煌びやかな数多くの誘惑が映るものの、どれもくすみ色褪せて見えるようであった。
先ほどは皆の前であったため、立ち居振る舞いは普段のものと遜色ないものであったが、実際は大切な存在が一週間もいない状態だったため、ずっと酷く落ち込んでいたのだ。
最初、礼安自身から一週間の補習について聞かされた時には、ある程度割り切ろうと考えていた。しかし、エヴァはそこまで割り切れるほど大人ではなかった。瀧本礼安という存在に恋しているからこそ、心ここにあらず、といった状態であったのだ。ありとあらゆる欲を満たせる、そしてその上の存在へと昇華させるこの場であったとしても、彼女自身は空っぽのまま。楽園の名が泣いていた。
まるで、底に大きな穴が開いたグラスのよう。どれほど高い酒や、割るための炭酸水を注がれようと、底が開いたままなため、無限に垂れ流し状態となる。欲を満たす以前に、底を修復する手段がないのだ。
「……このグレープを歩くバニーさんも、おっぱい大きいし、お尻も大きいし。きっと一晩の関係になったら気持ちいいだろうけど……それで今の私が満たされるとは思えない。結局は……割り切れてなかったんだ。今の私は……礼安さんと居なくなった相棒が好きだから」
徐々に満たされない自分が、どこか村八分を受けているような錯覚に陥る。道行くどこかの企業の重役は、皆憑き物が取れたような明るい表情をしていた。背負うものを一旦全て下ろし、楽しむことに全てのエネルギーを注いでいるからだ。
しかし、どう頑張ったところで、今のエヴァにそれが出来ないのだ。どれほど恵まれた環境下であったとしても、『彼女』がまだ入学していない頃の、酷く荒れていた自分自身を思い出せるほどに、心が荒れていた。
どこかへ消えた相棒。それが消えたのも、無力な自分への呆れゆえか。本当ならば、有り得ない思考にまで至る、荒れたエヴァ。
自分に絶望したエヴァは、いつか相棒が帰ってくるであろうその時のために、通常よりも時間をかけ、結果的に『デュアルムラマサMark3』を作り上げた。三号機、ということはそれ以前の試作型である一号二号が存在する。別ベース能力を発動できるものもあったが、それは全て廃版に。
大好きな礼安のベース能力である雷を纏い、自分を徹底的に『偽る』こと。頼れる先輩であり続けること。それが、相棒がいない中、今の自分にできること。
もう二度と、自分の傍から大切な存在を手放さないために、自分をある程度強く見せるのだ。少なくとも、今の最強格かついつもの面子である六人の中に居続けるなら……ある程度の力が必要。力がないと、見放されてしまうかもしれない。ある種の依存であった。
「……本当、どこ行ったんだろう、私の相棒は」
いなくなった一年前から、エヴァは彼女を探し続けた。しかし、日本中をどれだけ探し求めても、彼女は居なかった。
あらゆる情報網を手繰り寄せ、ありったけの情報を集めた。それによって起こりうる障害なんて知らない、相棒にもう一度再会して、いなくなった真相を聞き質したかったのだ。それでも、相棒は見つからず仕舞い。
おそらく、相棒は自分に愛想をつかしたか、もう死んでしまったか。そのどちらかだと考え『割り切る』ことにしたのだ。いわば諦め、怠慢、怠惰。
今もあらゆる情報網を元に探し続けている最中。今まで情報網が無かった、新天地こそグレープ。しかし、未だ見つからず。次第に、さらに雰囲気が最悪なものに。
そこに圧し掛かってくるのは、心の拠り所たる礼安の不在。彼女のいない一週間を耐えられるなんて思ってはおらず。しかしどこに向かうでもなく。ただ歩き続け、道行く幸せそうな大人を見て、自分の精神を痛めつけるのみ。
その時であった。
その場にそぐわない、目深にフードを被った、黒のロングコートの人物。背丈や醸し出す雰囲気からして、齢十六、七ほどの女であることは認識した。それがエヴァの横を過った瞬間、その方を咄嗟に振り向いた。懐かしい香り、懐かしい雰囲気。しかし、どこか危うい予感を感じさせた。
この先に行ったら、エヴァ・クリストフという女は、戻って来れないかもしれない。最悪、死んでしまうかもしれない。そんな第六感が働いたものの、エヴァは居てもたってもいられず、その存在を追いかける。それ以外の選択肢は、心に大きな穴が開いた彼女にとって、有り得なかったのだ。
危険な予感、その理由こそ胸元の、教会所属を示す紋章のバッジ。そのバッジの模様、豪華さからして、間違いなく待田と同じ『支部長』。
それでも、それでも。
エヴァは必死にその影を追った。
道行く人々を強引に押しのけ、その人物を必死で追うのだ。
もう一度、顔を合わせたい。その一心で足を動かす。
自分に非があったのか、もしくは別の要因か。あの時の唐突な別れの真相を知りたかったのだ。
「君は……私の相棒……『レイジー』なのか!?」
そんなエヴァの叫びは、人込みに吸い込まれ、一瞬であるがその人物を見失ってしまう。すぐさま、人込みを抜け出し、命が懸かったかのように、必死に影を追いかけるのだ。
普段、そこまで動かないエヴァはえずきながらも、多くの浮かれている人間の中に、静まり返った人物を見つけ出すのに、大した労力は要らない。
仮初の力として、礼安の力の模造品たる雷の力を使うべく、デュアルムラマサを簡易起動。
全身に魔力を循環、全身の筋肉を刺激し疑似的な雷の速度へと変貌。轟音とともに、その人物へと迫る。
やがて、辿り着いた先は、とある有名観光地に繋がる昇降機。その中に、力を弱めながらもプロアスリートのトップスピードで入り込む。
急速にブレーキをかけたため、身体への負担はかなりのものであったが、そんなもの関係なしに、その存在との対話を試みる。
そこには、目深に被っていたフードを脱いだ、深い蒼色かつ長髪の女性が、静かに微笑んでいた。
「……久しぶりだね、エヴァ。昔よりも……強くなったんだ」
エヴァが長いこと追い続けた『元』相棒、そして『教会』山梨支部現支部長、レイジー・アルゴノーツが、そこで困ったように笑んでいたのだ。