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第7話 美咲の案件、性感染症4

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 美咲は梅毒治療についてネットで調べてみた。保健所では無料で治療が受けられるとあったが、よく見るとそれは梅毒だけの治療で、合併検査(HIV以外)は別枠で有料の場合があること。予約待ちや混雑で即対応が難しいこと。医師の診察が簡素で心理的サポートは期待薄であることが分かった。

 美咲は美代子に言った。「美代子ちゃん、保健所は無料みたいやけど、あんまりお勧めやなかっちゃね。パパ活で接触した男の人は、梅毒だけじゃなくて、他の性病も合併して持っとる可能性があるっちゃ。私ゃ、有料でも専門のクリニックを勧めるけど、どう思うっちゃ?」

 美代子は目を伏せて答えた。「美咲先生、私がどうのと言える立場じゃないのは分かっています。けれど、保健所の無料というのは、先生の検索結果を見ても不安です。お金がかかりますが、クリニックを選んだほうが私は良いと思います」

 美咲は頷き「よし、分かったっちゃ。クリニックにしよう!」と言った。

 美咲と美代子は相談して、結局、JR船橋駅や高校から離れた千葉市内のクリニックを選ぶことにした。知り合いに会うのを恐れたためだ。選んだのは、JR千葉駅から徒歩4分の「千葉レディースクリニック」。産婦人科と皮膚科を併設し、性感染症治療が可能な場所で、女性患者が多く訪れるとネットのレビューにあった。

 クリニックの院内は、白と淡いピンクを基調にした清潔な空間だった。待合室には柔らかいソファが並び、女性誌や健康パンフレットが置かれている。壁には「女性のための安心医療」と書かれたポスターが貼られ、緊張を和らげるような雰囲気だった。受付の窓口には、30歳くらいの女性が笑顔で対応していた。看護師も穏やかな声で患者を案内している。

 美咲は美代子に付き添い、待合室で問診票を渡された。美代子は美咲に相談しながら、震える手で書き込んだ。「どうせ保健所に報告義務があるっちゃけん、ウソは書かん方がええよ」と美咲が言うと、美代子は小さく頷いた。

 美代子が呼ばれた時、美咲は待つつもりだったが、美代子に「一緒に入ってください」と懇願され、彼女の不安そうな目に負けてともに診察室に入った。美咲は「何か聞かれたら、正直に話すっちゃよ」と忠告した。

 担当医は、野村玲奈というショートカットで知的な印象のアラサーと思われる医師だった。野村医師は美咲を見て「付き添いの方ですか?どのようなご関係で?」と尋ねた。美咲は落ち着いて答えた。「私は彼女の高校の教師の崎山美咲です。彼女は匿名で治療を希望しています。保険適用もしません。治療費は私が負担いたします」

 野村医師は眉を少し上げ「匿名のこと、保険適用しないことは了解しました。先生以外、両親にも内緒なんですね?」と確認。美代子と美咲は揃って頷いた。

 美代子は保健所の検査結果書類を渡し、野村医師がそれを目を通す。「確かに、梅毒の初期症状ですね」と独り言のようにつぶやいた。

 野村医師が「個人のプライバシーに関わる話ですが、伊達さんは梅毒に感染するようなことをされたのですか?答えないで構わないですけど…」と美代子に聞いた。

 少し躊躇した美代子だが「…ハイ、実は不特定多数の男性とパパ活をしていました。男性がイチゴ3つ…いえ、45,000円でナマでどう?と持ちかけられて、安全日だったので、コンドー…避妊具をつけないでやりました」と正直に答えた。

「なるほど。ということは、その男性と避妊具なしで行為した後も他の男性と行為しましたか?」「ええ、四回ほど。ただ、それは全部避妊具を付けていました」「避妊具を付けていても、口唇性交とかで二次感染の可能性もあるのよ」と言って「その避妊具なしで行為した男性は特定できるの?」と美代子に聞いた。「スマホの緑…LINEのIDはわかります」

「う~ん」と唸る野村。美咲が「野村先生、彼女にいろいろ聞いとるっちゃけど、私が勤めとる学校で、他にも少女売春しとるかもしれん生徒がおる可能性があるっちゃ。私ゃ、まだこの案件を内密にしとって、できればその子らや客を調べて、学校から少女売春の芽を摘みたいと思うとるっちゃね。ただ、将来がある子たちやけん、穏便に事を運びたいんよ。もちろん、美代子ちゃんの名前は絶対に出さん約束をしとるっちゃ。協力してくれんね?」と興奮して思わず長崎弁で言ってしまった。

 野村が「あら?崎山先生のご出身は長崎ですか?」と美咲に聞く。「うん、長崎市の出身っちゃよ」と答えると、野村が「なぁんだ、同じ九州じゃなかと?わたくし、熊本出身たい」と熊本弁で返した。九州弁が飛び交い、美代子は目を白黒させる。

 野村医師は美代子に、検査と治療方針を丁寧に説明し始めた。「まず、TPとRPRの再検査をしますね。TPは梅毒の菌に対する抗体を調べる検査で、一度感染するとずっと陽性になるの。RPRは今の感染の活動性を測るもので、数値が高いほど治療が必要って分かるんです。それから合併検査や視診が必要なら、開脚での内診もお願いすることになります。HIVやクラミジアなど他の性感染症も一緒に調べましょう。治療はペニシリンを使って、経過観察も大切ですよ」

 美代子は恥ずかしそうに「太ももの内側に赤い発疹が広がってて…」と打ち明けた。医師は優しく頷き「性器にしこりや潰瘍があるかもしれないから、確認が必要ね。恥ずかしい気持ちは分かりますけど、あそこの産婦人科検診台で」と、ドラマで見るような台を指して「開脚で検査させてもらいます。大丈夫ですか?」美代子は目を潤ませながら「完治するまで何でもやります。お願いします」と答えた。

 TP/RPR再検査、合併検査、開脚での検査が終わり、美代子と美咲は待合室で待った。美代子は美咲に「先生、私、覚悟を決めました。完治するまでお付き合いください」と言った。美咲は美代子の肩にそっと手を置いて「美代子ちゃん、よう頑張ったっちゃね。これから一緒に乗り越えよう」と優しく励ました。美代子は涙ぐみながらも、初めて笑顔を見せた。

 看護師に呼ばれ、検査結果を聞く。野村医師が説明した。「HIV、クラミジア、淋病は感染していません。肝炎やヘルペスも大丈夫ですよ」その場で治療が始まった。

 野村医師が「ステルイズを1回注射しますね。ステルイズはペニシリンの一種で、梅毒の初期ならこれ1回で菌をやっつけられるお薬なの。ちょっとチクッとするけど、すぐ終わるからね」と言うと、看護師が美代子の臀部に注射を打った。鈍い痛みに美代子は顔を歪めたが「これで終わるなら」と耐えた。

 治療に立ち会っている美咲に野村が「崎山先生、私ゃ医者として、こういう子たちを見過ごせんよ。教師としてどうにかしたい気持ち、よう分かるっちゃ」と言うと、美咲が「私ゃ、学校で生徒を守る責任があるっちゃね。野村先生と一緒に何かできそうや」と応じ、二人は互いの決意を確かめ合った。

 野村が美咲に「なぁ、崎山先生、九州女同士で飲みに行かんね?治療が終わったら、伊達さんを家に帰して、ちょっと話したいとよ」と誘う。美咲が「そりゃよかね!私ゃ、美代子ちゃんのことや学校のことで頭がいっぱいやけど、野村先生と飲めば何かアイデアが浮かぶかもしれんっちゃ」と笑った。

 結局、初回の費用は28,000円だった。野村医師は「治療後1ヶ月でRPRを再検査しますね。抗体価が4分の1以下に下がれば成功の目安です。半年間、1~2ヶ月ごとに追跡検査をして、RPRが陰性か低値安定で完治と判断します」美咲は内心で計算した。

「保険適用せんけん、後3~4回は通院やね。合計で5万円は超えるっちゃね。でも、女の子の一生が救われるなら安いもんやけど…ああ、お金が…」美代子は所持金の32,000円を美咲に渡そうとしたが、美咲は「乗りかかった船っちゃよ」と返した。「ああ、お金が…」と嘆きながらも、美代子の手を握り締めた。

 治療が終わり、美代子を家に送る前に、クリニックの玄関で野村が美咲に「じゃあ、後で九州魂で待っとるよ」とウインクした。美咲は「うん、すぐ行くっちゃ」と返し、美代子をタクシーに乗せた。タクシーの窓越しに、美代子が「先生、私、ちゃんとやり直すけんね」と言うと、美咲が「うん、応援しとるっちゃよ。ゆっくり休みな」と笑顔で手を振った。美代子は小さく頷き、タクシーが走り出すと、少しだけ背筋を伸ばして前を向いた。それを見送った後、美咲は千葉駅近くの居酒屋「九州魂」に足を運んだ。木目調の店内に、焼酎のボトルがずらりと並び、九州料理の香りが漂う。

 二人掛けのテーブルで、野村が「崎山先生、いくつね?」と聞くと、美咲が「24っちゃよ」と答える。野村が「わたくし、34たい。10歳も上かぁ、羨ましかね。最近、彼氏と別れてしもうて、寂しかとよ」と愚痴をこぼした。

 美咲が「私ゃ、同僚の瀬戸大翔が好きっちゃけど、アプローチかけてもいつも失敗ばっかりやねぇ。居酒屋で絡んでも、恋人未満のままっちゃ」と返す。野村が「そりゃ勿体なか!24歳ならまだまだこれからよ。わたくしなんか、もうアラサーすぎて焦っとるたい」と笑い、焼酎をグイッと飲み干した。

 注文を待つ間、野村が「なぁ、もつ鍋と馬刺し頼むけど、やっぱ九州の味は最高やね」と言うと、美咲が「長崎のちゃんぽんも負けんっちゃよ。野村先生、熊本の馬刺しは確かにうまいけどね」と笑い、二人は九州の食文化で軽く言い合いながらも、すぐに意気投合した。

「なぁ、美代子ちゃんのパパ活、少女売春の話、どうするつもりね?」と野村が切り出すと、美咲が「私ゃ、学校でそげな子たちを見逃せんっちゃ。穏便に解決して、芽を摘みたいんよ。野村先生、知恵貸してくれんね?」野村が「よかよか、協力するばい。九州女の意地で、何とかしてやろうやないか」と頷き、二人は杯を重ねた。

 美咲が「美代子に聞いた話やけど、我が校の副生徒会長の佐藤美穂っちゅう子がパパ活やっとって、美代子はその子からパパ活のいろはを教わったらしいっちゃ。佐藤美穂っちゅう子は、優等生で生徒会を仕切っとって、教師や生徒に信頼されとる子なんよ。ほんとに意外やったっちゃ。それで、佐藤は美代子だけじゃなくて、他の子も誘っとると私ゃ疑っとるんよ。まず、佐藤のパパ活を何とかして、暴いて、彼女にも性感染症の検査を受けさせたいっちゃ。彼女から他の子を誘っとらんか探るんよ。それで、できれば彼女らのお客を特定したいっちゃ。もしそいつらが感染に気づいとらんかったら、さらに女子高生に二次感染させるかもしれんし、既婚やったら、奥さんや奥さんが妊娠したら新生児に感染が広がるかもしれんっちゃ。どこまでできるか、どこまで隠密にできるか分からんけど、できるだけやってみたいっちゃね」と野村に説明した。

 野村が「よし!探偵の真似事ならわたくしもやるばい!」と言うが、美咲が「長尾遥香っちゅう同じ長崎の出で、同じ高校勤務の数学教師の友達がおるけん、彼女と調査はやるっちゃよ。野村先生には、佐藤美穂や他の子を捕まえたら、梅毒とか性感染症の恐ろしさを説明してもらって、二次感染となれば、将来、男の人とまともにお付き合いできんくなるっちゃ!って脅して欲しいっちゃ。みんなに感染症検査を受けさせたいんよ。お願いするっちゃね」と頭を下げた。「まかせとき!九州の絆で、しっかり支えるばい」と答える野村。


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次のエピソードへ進む 第8話 案件:性感染症 佐藤美穂1


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 美咲は美代子に言った。「美代子ちゃん、保健所は無料みたいやけど、あんまりお勧めやなかっちゃね。パパ活で接触した男の人は、梅毒だけじゃなくて、他の性病も合併して持っとる可能性があるっちゃ。私ゃ、有料でも専門のクリニックを勧めるけど、どう思うっちゃ?」
 美代子は目を伏せて答えた。「美咲先生、私がどうのと言える立場じゃないのは分かっています。けれど、保健所の無料というのは、先生の検索結果を見ても不安です。お金がかかりますが、クリニックを選んだほうが私は良いと思います」
 美咲は頷き「よし、分かったっちゃ。クリニックにしよう!」と言った。
 美咲と美代子は相談して、結局、JR船橋駅や高校から離れた千葉市内のクリニックを選ぶことにした。知り合いに会うのを恐れたためだ。選んだのは、JR千葉駅から徒歩4分の「千葉レディースクリニック」。産婦人科と皮膚科を併設し、性感染症治療が可能な場所で、女性患者が多く訪れるとネットのレビューにあった。
 クリニックの院内は、白と淡いピンクを基調にした清潔な空間だった。待合室には柔らかいソファが並び、女性誌や健康パンフレットが置かれている。壁には「女性のための安心医療」と書かれたポスターが貼られ、緊張を和らげるような雰囲気だった。受付の窓口には、30歳くらいの女性が笑顔で対応していた。看護師も穏やかな声で患者を案内している。
 美咲は美代子に付き添い、待合室で問診票を渡された。美代子は美咲に相談しながら、震える手で書き込んだ。「どうせ保健所に報告義務があるっちゃけん、ウソは書かん方がええよ」と美咲が言うと、美代子は小さく頷いた。
 美代子が呼ばれた時、美咲は待つつもりだったが、美代子に「一緒に入ってください」と懇願され、彼女の不安そうな目に負けてともに診察室に入った。美咲は「何か聞かれたら、正直に話すっちゃよ」と忠告した。
 担当医は、野村玲奈というショートカットで知的な印象のアラサーと思われる医師だった。野村医師は美咲を見て「付き添いの方ですか?どのようなご関係で?」と尋ねた。美咲は落ち着いて答えた。「私は彼女の高校の教師の崎山美咲です。彼女は匿名で治療を希望しています。保険適用もしません。治療費は私が負担いたします」
 野村医師は眉を少し上げ「匿名のこと、保険適用しないことは了解しました。先生以外、両親にも内緒なんですね?」と確認。美代子と美咲は揃って頷いた。
 美代子は保健所の検査結果書類を渡し、野村医師がそれを目を通す。「確かに、梅毒の初期症状ですね」と独り言のようにつぶやいた。
 野村医師が「個人のプライバシーに関わる話ですが、伊達さんは梅毒に感染するようなことをされたのですか?答えないで構わないですけど…」と美代子に聞いた。
 少し躊躇した美代子だが「…ハイ、実は不特定多数の男性とパパ活をしていました。男性がイチゴ3つ…いえ、45,000円でナマでどう?と持ちかけられて、安全日だったので、コンドー…避妊具をつけないでやりました」と正直に答えた。
「なるほど。ということは、その男性と避妊具なしで行為した後も他の男性と行為しましたか?」「ええ、四回ほど。ただ、それは全部避妊具を付けていました」「避妊具を付けていても、口唇性交とかで二次感染の可能性もあるのよ」と言って「その避妊具なしで行為した男性は特定できるの?」と美代子に聞いた。「スマホの緑…LINEのIDはわかります」
「う~ん」と唸る野村。美咲が「野村先生、彼女にいろいろ聞いとるっちゃけど、私が勤めとる学校で、他にも少女売春しとるかもしれん生徒がおる可能性があるっちゃ。私ゃ、まだこの案件を内密にしとって、できればその子らや客を調べて、学校から少女売春の芽を摘みたいと思うとるっちゃね。ただ、将来がある子たちやけん、穏便に事を運びたいんよ。もちろん、美代子ちゃんの名前は絶対に出さん約束をしとるっちゃ。協力してくれんね?」と興奮して思わず長崎弁で言ってしまった。
 野村が「あら?崎山先生のご出身は長崎ですか?」と美咲に聞く。「うん、長崎市の出身っちゃよ」と答えると、野村が「なぁんだ、同じ九州じゃなかと?わたくし、熊本出身たい」と熊本弁で返した。九州弁が飛び交い、美代子は目を白黒させる。
 野村医師は美代子に、検査と治療方針を丁寧に説明し始めた。「まず、TPとRPRの再検査をしますね。TPは梅毒の菌に対する抗体を調べる検査で、一度感染するとずっと陽性になるの。RPRは今の感染の活動性を測るもので、数値が高いほど治療が必要って分かるんです。それから合併検査や視診が必要なら、開脚での内診もお願いすることになります。HIVやクラミジアなど他の性感染症も一緒に調べましょう。治療はペニシリンを使って、経過観察も大切ですよ」
 美代子は恥ずかしそうに「太ももの内側に赤い発疹が広がってて…」と打ち明けた。医師は優しく頷き「性器にしこりや潰瘍があるかもしれないから、確認が必要ね。恥ずかしい気持ちは分かりますけど、あそこの産婦人科検診台で」と、ドラマで見るような台を指して「開脚で検査させてもらいます。大丈夫ですか?」美代子は目を潤ませながら「完治するまで何でもやります。お願いします」と答えた。
 TP/RPR再検査、合併検査、開脚での検査が終わり、美代子と美咲は待合室で待った。美代子は美咲に「先生、私、覚悟を決めました。完治するまでお付き合いください」と言った。美咲は美代子の肩にそっと手を置いて「美代子ちゃん、よう頑張ったっちゃね。これから一緒に乗り越えよう」と優しく励ました。美代子は涙ぐみながらも、初めて笑顔を見せた。
 看護師に呼ばれ、検査結果を聞く。野村医師が説明した。「HIV、クラミジア、淋病は感染していません。肝炎やヘルペスも大丈夫ですよ」その場で治療が始まった。
 野村医師が「ステルイズを1回注射しますね。ステルイズはペニシリンの一種で、梅毒の初期ならこれ1回で菌をやっつけられるお薬なの。ちょっとチクッとするけど、すぐ終わるからね」と言うと、看護師が美代子の臀部に注射を打った。鈍い痛みに美代子は顔を歪めたが「これで終わるなら」と耐えた。
 治療に立ち会っている美咲に野村が「崎山先生、私ゃ医者として、こういう子たちを見過ごせんよ。教師としてどうにかしたい気持ち、よう分かるっちゃ」と言うと、美咲が「私ゃ、学校で生徒を守る責任があるっちゃね。野村先生と一緒に何かできそうや」と応じ、二人は互いの決意を確かめ合った。
 野村が美咲に「なぁ、崎山先生、九州女同士で飲みに行かんね?治療が終わったら、伊達さんを家に帰して、ちょっと話したいとよ」と誘う。美咲が「そりゃよかね!私ゃ、美代子ちゃんのことや学校のことで頭がいっぱいやけど、野村先生と飲めば何かアイデアが浮かぶかもしれんっちゃ」と笑った。
 結局、初回の費用は28,000円だった。野村医師は「治療後1ヶ月でRPRを再検査しますね。抗体価が4分の1以下に下がれば成功の目安です。半年間、1~2ヶ月ごとに追跡検査をして、RPRが陰性か低値安定で完治と判断します」美咲は内心で計算した。
「保険適用せんけん、後3~4回は通院やね。合計で5万円は超えるっちゃね。でも、女の子の一生が救われるなら安いもんやけど…ああ、お金が…」美代子は所持金の32,000円を美咲に渡そうとしたが、美咲は「乗りかかった船っちゃよ」と返した。「ああ、お金が…」と嘆きながらも、美代子の手を握り締めた。
 治療が終わり、美代子を家に送る前に、クリニックの玄関で野村が美咲に「じゃあ、後で九州魂で待っとるよ」とウインクした。美咲は「うん、すぐ行くっちゃ」と返し、美代子をタクシーに乗せた。タクシーの窓越しに、美代子が「先生、私、ちゃんとやり直すけんね」と言うと、美咲が「うん、応援しとるっちゃよ。ゆっくり休みな」と笑顔で手を振った。美代子は小さく頷き、タクシーが走り出すと、少しだけ背筋を伸ばして前を向いた。それを見送った後、美咲は千葉駅近くの居酒屋「九州魂」に足を運んだ。木目調の店内に、焼酎のボトルがずらりと並び、九州料理の香りが漂う。
 二人掛けのテーブルで、野村が「崎山先生、いくつね?」と聞くと、美咲が「24っちゃよ」と答える。野村が「わたくし、34たい。10歳も上かぁ、羨ましかね。最近、彼氏と別れてしもうて、寂しかとよ」と愚痴をこぼした。
 美咲が「私ゃ、同僚の瀬戸大翔が好きっちゃけど、アプローチかけてもいつも失敗ばっかりやねぇ。居酒屋で絡んでも、恋人未満のままっちゃ」と返す。野村が「そりゃ勿体なか!24歳ならまだまだこれからよ。わたくしなんか、もうアラサーすぎて焦っとるたい」と笑い、焼酎をグイッと飲み干した。
 注文を待つ間、野村が「なぁ、もつ鍋と馬刺し頼むけど、やっぱ九州の味は最高やね」と言うと、美咲が「長崎のちゃんぽんも負けんっちゃよ。野村先生、熊本の馬刺しは確かにうまいけどね」と笑い、二人は九州の食文化で軽く言い合いながらも、すぐに意気投合した。
「なぁ、美代子ちゃんのパパ活、少女売春の話、どうするつもりね?」と野村が切り出すと、美咲が「私ゃ、学校でそげな子たちを見逃せんっちゃ。穏便に解決して、芽を摘みたいんよ。野村先生、知恵貸してくれんね?」野村が「よかよか、協力するばい。九州女の意地で、何とかしてやろうやないか」と頷き、二人は杯を重ねた。
 美咲が「美代子に聞いた話やけど、我が校の副生徒会長の佐藤美穂っちゅう子がパパ活やっとって、美代子はその子からパパ活のいろはを教わったらしいっちゃ。佐藤美穂っちゅう子は、優等生で生徒会を仕切っとって、教師や生徒に信頼されとる子なんよ。ほんとに意外やったっちゃ。それで、佐藤は美代子だけじゃなくて、他の子も誘っとると私ゃ疑っとるんよ。まず、佐藤のパパ活を何とかして、暴いて、彼女にも性感染症の検査を受けさせたいっちゃ。彼女から他の子を誘っとらんか探るんよ。それで、できれば彼女らのお客を特定したいっちゃ。もしそいつらが感染に気づいとらんかったら、さらに女子高生に二次感染させるかもしれんし、既婚やったら、奥さんや奥さんが妊娠したら新生児に感染が広がるかもしれんっちゃ。どこまでできるか、どこまで隠密にできるか分からんけど、できるだけやってみたいっちゃね」と野村に説明した。
 野村が「よし!探偵の真似事ならわたくしもやるばい!」と言うが、美咲が「長尾遥香っちゅう同じ長崎の出で、同じ高校勤務の数学教師の友達がおるけん、彼女と調査はやるっちゃよ。野村先生には、佐藤美穂や他の子を捕まえたら、梅毒とか性感染症の恐ろしさを説明してもらって、二次感染となれば、将来、男の人とまともにお付き合いできんくなるっちゃ!って脅して欲しいっちゃ。みんなに感染症検査を受けさせたいんよ。お願いするっちゃね」と頭を下げた。「まかせとき!九州の絆で、しっかり支えるばい」と答える野村。