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第三部 14話 元教育係

ー/ー



 休日の夕方。
 俺はティアナと二人で三番街を歩いていた。

 俺がキース・クロスではないと知って、色々と世話を焼いてくれたのだ。
 特に助かったのは簡単な学術書をいくつか教えてくれたこと。

 俺は本を抱えて薄暗い通りを歩いてゆく。この辺りは人通りが少ない。
 ティアナ一人では心配だが、流石に元騎士団員としては慣れたものだ。

「でも、意外だった。助けてくれるなんて」
「ある程度の協力はしますよ? ……約束してくれたので」
 予想外の協力者に感謝する。正直に話したのが良かったのだろう。

「そうだ、孤児院には近づかないで下さいね」
「そんなにすぐバレるか?」
「バレます。顔つきから違います。
 あ、逆に兄さんだと気づかれない可能性はありますね」
「……そうか」
 バレないと思っていた自分が恥ずかしい。

「しつこいわよ!」
 唐突に大きな声が響いた。聞き覚えのある声だった。

 ティアナと二人で目を見合わせると、走り出す。
 通りの隅で、やはりと言うかソフィアが男に絡まれていた。

 何やら食い下がっているのは、以前見かけたハーフエルフだった。
 しかし俺達に気が付くと、俯きながら去って行った。

「大丈夫か?」
「ええ、話をしていただけよ……ん?」
 そっけなく答えるが、ティアナに気付いて首を傾げた。

「ああ、妹だよ」
「ティアナ・クロス?」
 無駄に優秀な記憶力が腹立たしい。

 ソフィアはティアナに向き直ると、小さく微笑んだ。
 ティアナも小さく頭を下げる。

「ソフィア・ターナーと言います。キースの同級生です」
「あ、これはご丁寧に。妹のティアナ・クロスです……ぇ?」
 そう言って、二人揃って礼儀正しくお辞儀する。

 ソフィアって俺以外には随分と常識的じゃないか?
 首を傾げていると、ティアナがきっと俺を睨んだ。

 動揺した顔で「公爵様じゃないですかっ? 聞いてないですよっ?」と囁く。
 さらに俺の足を軽く踏んで「これはご丁寧に、じゃないですよっ」と続けた。八つ当たりだと思う。

「さっきの男は何なんだ?」
 話題を逸らす意味も兼ねて訊いた。

 話を聞くと、どうやらソフィアは『ハーフエルフの新国』への移住を強引に勧められているようだ。あの男は有力なハーフエルフに片っ端から声を掛けているとのこと。

「ハーフエルフの新国?」
「あ、数年前に出来たハーフエルフだけの国ですね?」
「ええ。ハーフエルフの間では結構話題になったわね」
 俺の疑問に二人が答える。ひょっとしたらティアナも声を掛けられたのかもしれない。

「なるほど。それで、強引な勧誘を受けていたと……ん?」
 ソフィアなら大丈夫だとは思うが、心配だなと考えて気が付いた。

「ソフィア、護衛は?」
「……」

 今更ながらこの子は公爵令嬢である。護衛団がいても不思議ではない。
 さらに言えば、恐らくは次期公爵だ。

 しばらく黙った後、ソフィアがぷいと顔を背けた。

 見たことあるぞ、その顔。六歳の頃と全く同じ顔だ。
 口を尖らせるのは都合が悪い時の癖だろう。

「聞いてくれよ。お嬢様はいつも護衛を振り切ってしまうんだ」
 リックが泣き言のような声を上げる。

 俺とティアナの視線に気付いているのだろう。
 たっぷり時間を掛けた後、小さく呟いた。

「……邪魔なのよ」
 恐らくは今も仕えているだろう、ユイさんの苦労する姿が目に浮かぶようだった。

 どうやら、随分とお転婆に育ってしまったようだ。
 ……元教育係の俺にも責任があるのだろうか?



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 休日の夕方。
 俺はティアナと二人で三番街を歩いていた。
 俺がキース・クロスではないと知って、色々と世話を焼いてくれたのだ。
 特に助かったのは簡単な学術書をいくつか教えてくれたこと。
 俺は本を抱えて薄暗い通りを歩いてゆく。この辺りは人通りが少ない。
 ティアナ一人では心配だが、流石に元騎士団員としては慣れたものだ。
「でも、意外だった。助けてくれるなんて」
「ある程度の協力はしますよ? ……約束してくれたので」
 予想外の協力者に感謝する。正直に話したのが良かったのだろう。
「そうだ、孤児院には近づかないで下さいね」
「そんなにすぐバレるか?」
「バレます。顔つきから違います。
 あ、逆に兄さんだと気づかれない可能性はありますね」
「……そうか」
 バレないと思っていた自分が恥ずかしい。
「しつこいわよ!」
 唐突に大きな声が響いた。聞き覚えのある声だった。
 ティアナと二人で目を見合わせると、走り出す。
 通りの隅で、やはりと言うかソフィアが男に絡まれていた。
 何やら食い下がっているのは、以前見かけたハーフエルフだった。
 しかし俺達に気が付くと、俯きながら去って行った。
「大丈夫か?」
「ええ、話をしていただけよ……ん?」
 そっけなく答えるが、ティアナに気付いて首を傾げた。
「ああ、妹だよ」
「ティアナ・クロス?」
 無駄に優秀な記憶力が腹立たしい。
 ソフィアはティアナに向き直ると、小さく微笑んだ。
 ティアナも小さく頭を下げる。
「ソフィア・ターナーと言います。キースの同級生です」
「あ、これはご丁寧に。妹のティアナ・クロスです……ぇ?」
 そう言って、二人揃って礼儀正しくお辞儀する。
 ソフィアって俺以外には随分と常識的じゃないか?
 首を傾げていると、ティアナがきっと俺を睨んだ。
 動揺した顔で「公爵様じゃないですかっ? 聞いてないですよっ?」と囁く。
 さらに俺の足を軽く踏んで「これはご丁寧に、じゃないですよっ」と続けた。八つ当たりだと思う。
「さっきの男は何なんだ?」
 話題を逸らす意味も兼ねて訊いた。
 話を聞くと、どうやらソフィアは『ハーフエルフの新国』への移住を強引に勧められているようだ。あの男は有力なハーフエルフに片っ端から声を掛けているとのこと。
「ハーフエルフの新国?」
「あ、数年前に出来たハーフエルフだけの国ですね?」
「ええ。ハーフエルフの間では結構話題になったわね」
 俺の疑問に二人が答える。ひょっとしたらティアナも声を掛けられたのかもしれない。
「なるほど。それで、強引な勧誘を受けていたと……ん?」
 ソフィアなら大丈夫だとは思うが、心配だなと考えて気が付いた。
「ソフィア、護衛は?」
「……」
 今更ながらこの子は公爵令嬢である。護衛団がいても不思議ではない。
 さらに言えば、恐らくは次期公爵だ。
 しばらく黙った後、ソフィアがぷいと顔を背けた。
 見たことあるぞ、その顔。六歳の頃と全く同じ顔だ。
 口を尖らせるのは都合が悪い時の癖だろう。
「聞いてくれよ。お嬢様はいつも護衛を振り切ってしまうんだ」
 リックが泣き言のような声を上げる。
 俺とティアナの視線に気付いているのだろう。
 たっぷり時間を掛けた後、小さく呟いた。
「……邪魔なのよ」
 恐らくは今も仕えているだろう、ユイさんの苦労する姿が目に浮かぶようだった。
 どうやら、随分とお転婆に育ってしまったようだ。
 ……元教育係の俺にも責任があるのだろうか?