【2】①
ー/ー
「報告するまでもなく本社にもバッチリ伝わってるし、支店長ちょっと不味いかもな、立場上」
井上が暗い声でぼそっと零すのに、亜沙美も不安になる。
上坂は何も悪くない。
しかし組織の責任者として、部下の不始末に知らぬ顔などできないくらいは亜沙美も理解している。感情とは別の部分で。
実際に、本社から入電があったらしいのも聞いた。
「あのお客様は大丈夫そうだけど。コレ、ネットに全部書かれたらすげーヤバいよ」
客を一方的にクレーマー呼ばわりして、本人からは一言の謝罪もない。「そういう」企業なのだ、と事実を淡々と全世界向けに公開されたら。
もし騒動になってマスコミ等に確認されたとしても、粛々と認めるしかないのだ。
日常的にSNSに親しんでいる亜沙美の世代には、その危険もリアルにわかる。
「……あの。私なんかが口出せることじゃないですけど、その、──今野さんを窓口の担当から外したりはなさらないんですか?」
周りに誰もいないのを確かめた上で、亜沙美は越権行為だというのは承知で思い切って尋ねてみた。
「あの人さ、他の仕事はスキル的にちょっと無理だから。PC全然使えないし、窓要員として採った人だしな。それに全然何もできない人じゃないのもわかるだろ?」
井上が表現に気を遣いながら説明してくれる。
「そもそも窓口って、基本的には経験浅いバイトの仕事なんだよ。マニュアルだけじゃ難しいケースとか、それこそ無茶な客とかのために、一応ベテランのパートが入ってるわけ。今は佐原さんが新人だから俺が付いてるけど、普段は今野さんだけなんだよね」
何故、指導役がいつも窓口にいる今野ではなくわざわざ内勤社員の井上なのか、という疑問も同時に解けた。
彼女には日常の仕事は別として、指導を任せられるだけの技量はないと見做されているのだろう。
今野以外はそれこそ新人に毛の生えたようなアルバイトしかいないのだから。
実際に他の部署では実務をよく知るパートタイマーが指導に当たるのは普通らしい。
アルバイトの募集があると教えてくれた大学の先輩の話だ。
彼女はもう一年は勤めていて、最初は窓口配属だったがすぐに今の部署に移ったという。
どうやら『誰にでもできる』窓口担当の仕事ぶりで協調性含めた能力を見定めてから、適性による業務へというシステムのようだ。
おそらく亜沙美も、少し慣れて次の新人が入ったら順に部署替えになるだろうとは社内の慣習を知る彼女の言だった。
アルバイト自体が初めての亜沙美にはよくわからない。
次の勤務日にも、相変わらず今野は窓口に居た。
特段の何かが起こらなければ、決して仕事ができない人ではないのだ。それは、短い期間でも共に過ごした亜沙美も知っている。
それでも、正直同僚として一緒に働きたいと感じる人物ではなかった。
もちろん言動に出すつもりもないけれど、今日は取り分け当たりがきついのは亜沙美の気のせいではないと思う。
実際、井上が何度か苦言を呈していた。
庇ってくれるのは助かるが、彼も本務があるので窓口張り付きではない。
何よりも指導期間がもうすぐ終わるのだ。自分でなんとかしなければ。
形だけの笑顔で受け流しながらも、何かが削られて行くのが辛かった。
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井上が暗い声でぼそっと零すのに、亜沙美も不安になる。
上坂は何も悪くない。
しかし組織の責任者として、部下の不始末に知らぬ顔などできないくらいは亜沙美も理解している。感情とは別の部分で。
実際に、本社から入電があったらしいのも聞いた。
「あのお客様は大丈夫そうだけど。コレ、ネットに全部書かれたらすげーヤバいよ」
客を一方的にクレーマー呼ばわりして、本人からは一言の謝罪もない。「そういう」企業なのだ、と《《事実》》を淡々と全世界向けに公開されたら。
もし騒動になってマスコミ等に確認されたとしても、粛々と認めるしかないのだ。
日常的にSNSに親しんでいる亜沙美の世代には、その危険もリアルにわかる。
「……あの。私なんかが口出せることじゃないですけど、その、──今野さんを窓口の担当から外したりはなさらないんですか?」
周りに誰もいないのを確かめた上で、亜沙美は越権行為だというのは承知で思い切って尋ねてみた。
「あの人さ、他の仕事はスキル的にちょっと無理だから。PC全然使えないし、窓要員として採った人だしな。それに全然何もできない人じゃないのもわかるだろ?」
井上が表現に気を遣いながら説明してくれる。
「そもそも窓口って、基本的には経験浅いバイトの仕事なんだよ。マニュアルだけじゃ難しいケースとか、それこそ無茶な客とかのために、一応ベテランのパートが入ってるわけ。今は佐原さんが新人だから俺が付いてるけど、普段は今野さんだけなんだよね」
何故、指導役がいつも窓口にいる今野ではなくわざわざ内勤社員の井上なのか、という疑問も同時に解けた。
彼女には日常の仕事は別として、指導を任せられるだけの技量はないと見做されているのだろう。
今野以外はそれこそ新人に毛の生えたようなアルバイトしかいないのだから。
実際に他の部署では実務をよく知るパートタイマーが指導に当たるのは普通らしい。
アルバイトの募集があると教えてくれた大学の先輩の話だ。
彼女はもう一年は勤めていて、最初は窓口配属だったがすぐに今の部署に移ったという。
どうやら『誰にでもできる』窓口担当の仕事ぶりで協調性含めた能力を見定めてから、適性による業務へというシステムのようだ。
おそらく亜沙美も、少し慣れて次の新人が入ったら順に部署替えになるだろうとは社内の慣習を知る彼女の言だった。
アルバイト自体が初めての亜沙美にはよくわからない。
次の勤務日にも、相変わらず今野は窓口に居た。
特段の何かが起こらなければ、決して仕事ができない人ではないのだ。それは、短い期間でも共に過ごした亜沙美も知っている。
それでも、正直同僚として一緒に働きたいと感じる人物ではなかった。
もちろん言動に出すつもりもないけれど、今日は取り分け当たりがきついのは亜沙美の気のせいではないと思う。
実際、井上が何度か苦言を呈していた。
庇ってくれるのは助かるが、彼も本務があるので窓口張り付きではない。
何よりも指導期間がもうすぐ終わるのだ。自分でなんとかしなければ。
形だけの笑顔で受け流しながらも、何かが削られて行くのが辛かった。