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【1】②

ー/ー



 今野に呼ばれて前に出たものの、相手の(いきどお)りの意味もわからず狼狽えるだけの亜沙美に余計に苛立つ客の悪循環。
 そこへ、席を外していた亜沙美の指導社員である井上がやって来たのだ。

「大変失礼いたしました。こちらの不手際でご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」
 一切弁解することなく、真摯に詫びて深々と頭を下げる上坂。
 状況からして言い訳の余地など何もないので当然かもしれないが、人の上に立つ人間だけのことはある、と人生経験も浅い学生の身では感じた。

「あのね、私は別に『何かしろ』とか要求してるんじゃないの。間違いを認めて謝ってさえくれたらそれで済んだことよ。でもそちらの方は如何にも私が言い掛かりつけて脅してるとでも言いた気だったわね。違う!?」
 一応は抑えてはいるのだろうが客の女性が怒りを込めて発する言葉に、名指しされた当の今野は無言のままだ。

 実際、最初に揉めた時点で今野が「これ以上、いくら粘られても何もできませんよ!」と強い口調で言い放ったのは、後方に居た亜沙美にも届いていた。
 彼女は今野相手ではどうにもならない、とすぐにその場を離れ本社に問い合わせたらしい。

「本当に返す言葉もございません。ところでご用件はお済みでしょうか?」
「まだよ。『仕方ないけど受けてあげるわ』なんて上から言って、『お願いいたします』って立場じゃないと思ってるんですけど、私。……ああ、そちらはそう考えてるのかしら?」
 あからさまな嫌味にも、何ら反論できる筈もない。

「では早速処理させていただきますので! ──井上さん、いいか?」
「はい! 本当に申し訳ありません」
 井上が詫びながら促すのに、客の女性は改めて用件をり出しながらも(かぶり)を振った。

「あなた方にこれ以上謝っていただく必要ないわ」
 口にはしなかったが、今野に謝らせろというのが本音だろうことは亜沙美にも想像がつく。
 それでも、表面上だけでも引いてくれた彼女は『大人』なのだろう。

「もう本当に結構です。ただ、こういうケースは年度末で他にもあると思うので、二度と同じミスがないようにだけお願いしたいの」
 すべて終了した後、上坂や井上が並んで再度謝罪を述べるのに、彼女は薄く笑みさえ浮かべてさらりと告げる。

「仰る通りです。すぐにでも周知徹底を図らせていただきますので」
 鷹揚に頷いて、客はそのまま帰って行った。









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 今野に呼ばれて前に出たものの、相手の|憤《いきどお》りの意味もわからず狼狽えるだけの亜沙美に余計に苛立つ客の悪循環。
 そこへ、席を外していた亜沙美の指導社員である井上がやって来たのだ。
「大変失礼いたしました。こちらの不手際でご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」
 一切弁解することなく、真摯に詫びて深々と頭を下げる上坂。
 状況からして言い訳の余地など何もないので当然かもしれないが、人の上に立つ人間だけのことはある、と人生経験も浅い学生の身では感じた。
「あのね、私は別に『何かしろ』とか要求してるんじゃないの。間違いを認めて謝ってさえくれたらそれで済んだことよ。でもそちらの方は如何にも私が言い掛かりつけて脅してるとでも言いた気だったわね。違う!?」
 一応は抑えてはいるのだろうが客の女性が怒りを込めて発する言葉に、名指しされた当の今野は無言のままだ。
 実際、最初に揉めた時点で今野が「これ以上、いくら粘られても何もできませんよ!」と強い口調で言い放ったのは、後方に居た亜沙美にも届いていた。
 彼女は今野相手ではどうにもならない、とすぐにその場を離れ本社に問い合わせたらしい。
「本当に返す言葉もございません。ところでご用件はお済みでしょうか?」
「まだよ。『仕方ないけど受けてあげるわ』なんて上から言って《《いただいて》》、『お願いいたします』って立場じゃないと思ってるんですけど、私。……ああ、そちらはそう考えてるのかしら?」
 あからさまな嫌味にも、何ら反論できる筈もない。
「では早速処理させていただきますので! ──井上さん、いいか?」
「はい! 本当に申し訳ありません」
 井上が詫びながら促すのに、客の女性は改めて用件をり出しながらも|頭《かぶり》を振った。
「あなた方にこれ以上謝っていただく必要ないわ」
 口にはしなかったが、今野に謝らせろというのが本音だろうことは亜沙美にも想像がつく。
 それでも、表面上だけでも引いてくれた彼女は『大人』なのだろう。
「もう本当に結構です。ただ、こういうケースは年度末で他にもあると思うので、二度と同じミスがないようにだけお願いしたいの」
 すべて終了した後、上坂や井上が並んで再度謝罪を述べるのに、彼女は薄く笑みさえ浮かべてさらりと告げる。
「仰る通りです。すぐにでも周知徹底を図らせていただきますので」
 鷹揚に頷いて、客はそのまま帰って行った。