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四限が終わるなり大雅が教室の後方のドアを出ると、もう一つのドアから郁が出たところだった。
目的地は自分と同じだろうとそのまま背中を眺めながら歩いていたのだが、郁は階下にある購買部に向かうことなく階段を上がり始める。
一瞬迷って、大雅は少しスピードを落とし距離を開けて彼の後をついて行った。一階上の校舎の端、理科準備室のドアをノックする郁の姿。
大雅には聞こえなかったが中から応えがあったのか、彼は慣れた様子でドアを開けて準備室の中へと消えた。
……理科準備室。担任の八木は理科担当だ。何か用があって呼ばれでもしたのだろうか。
見つかっては不味いという意識はあったものの、大雅はそのまま回れ右などできずに忍び足で準備室に近づいた。
室内からは見えないよう気をつけて、ドアの上部に嵌まったガラス越しにそっと覗くと、中央のソファに我が物顔で腰掛けている郁。目の前のテーブルには弁当包みが置かれている。八木は部屋の奥の窓際の席に座っていた。
思わず洩れそうになった声を寸前で押し止め、大雅は慌ててその場を離れた。
いったいなんだろう。──あの光景を、どう解釈すればいいのだろう。
階段を早足で二階分駆け下り、大雅は何も考えられないまま購買部へ足を運ぶ。残っていたパンを端から適当に取って買うと、教室に戻った。
牛乳を買い忘れたことに気づいたのは、味わう余裕などなく一つ目のパンの最後の一片を口に押し込んだときだった。
それからも何度か、郁が準備室を訪ねているのを確かめた。
コソコソと何をしているのか、と情けない思いもあったが、心に浮かんだ直感の衝撃に掻き消されてしまう。
教室で、ホームルームや理科の授業中の郁の様子を凝視するうちに、大雅の中で荒唐無稽でしかなかった「仮定」が真実味を帯びて行った。
──やはり郁は、八木を。
男同士であり得ない、気持ち悪い、とは
微塵も感じなかった。
……きっと、自分もそうだ。郁が好きなのだ。おそらくは、彼が八木へ向けるのと同じ種類の感情で。
大雅は今まで誰かに恋をしたことはない。
男子はもちろん、女子にさえ。他人を愛せないと考えたことはなかったが、少なくとも誰かに恋愛感情を抱いたことは皆無だった。
郁への想いを自覚した時、大雅は「ああ、そうか」と思った。そうか。自分は郁が、『男』が好きなのだ。
多少の驚きはあったが、そこには迷いも葛藤もなかった。見た目に反して
細々と悩み多き性格なのにも拘らず、清々しい程に心が凪いでいる。
ことこの件に関しては、大雅はただありのままに現実を受け入れるだけだ。
しかし、ある意味開き直っていた大雅でも、この恋が叶うと期待してはいなかった。