ホームルームが終わり、帰り支度をして教室を出た郁を、廊下で八木が待ち構えていた。
「羽住くん。最近、石和くんと親しくしているようですね。……よかった」
八木に声を掛けられて郁は頷いた。安堵しているらしい彼に、本当に心配してくれていたのだ、と嬉しくなる。
哀しみや寂しさ、ではなく。
今でも郁は、八木のことは好きだ。
ただ、その意味が少し変わって来ている。郁はもう、八木と恋人になりたいとはまったく思っていない自分にようやく気づかされた。
既婚者だからというのとは無関係に、郁にとって八木は「好きな先生」というあるべきポジションに落ち着いた、気がする。
きっと、これでよかった。誰も傷つかない。郁の心にまだ微かに残る痛みも、跡形もなく消してくれるだろう。
今もそっと見守ってくれているらしい、大切なトモダチが。
八木に別れを告げて、郁は廊下の少し先でこちらを気にする素振りで待っていてくれた大雅の元に駆け寄った。
「郁、その、──」
「大丈夫!」
どこか不安そうな表情の大雅の背中を掌で軽く叩いて、郁は作ったものではない、心からの笑顔を向ける。
「大雅、今日はどうする?」
明るい郁の声に、大雅もホッとしたように頬を緩めた。
「今日は図書館行かないか? ちょっと探したい本あるんだ」
「おー、了解。市立の?」
「うん。いちばん近いし、規模も大きいし」
駅に向かって歩きながら、行き先が決まる。
「今読んでる歴史ファンタジーが結構面白くてさ。ほら、この間話しただろ?」
「ああ。蒼がどうのってタイトルのやつだっけ? あの文庫の」
郁が訊くと、大雅は大きく頷いた。
「うん。読みやすいわりに本格的で、引き込まれる感じ。よかったら郁も読む? 一巻、もう読んだから貸すよ?」
「大雅がいいんなら借りようかな。読んで、気に入ったら自分でも買うよ」
「わかった。明日にでも持って来る。……もし合わなかったら、遠慮しないでそう言ってくれていいから」
「俺がそういうナナメの気遣いするかどうかくらい、もうわかってんだろ?」
大雅の台詞を、郁は平然と笑い飛ばす。
「そうだよな。──で、もっと世界観に浸りたい、って言ったら大袈裟かもしれないけど。モデルになってる時代背景とか衣装とか興味出て来ちゃって。調べたら、そういうのって俺が簡単には買えないような豪華本? も多いみたいなんだ。でも、せっかくならちゃんとしたのが見たいし」
「あー、わかる。特に図鑑だか図録だかよく知らないけど、絵とか写真がメインのやつだと、もうはっきりコストの差がわかるっつーか。自分でぱっと買えるレベルのじゃ物足りないんだよな」
「そう! だから図書館なんだけど。郁、やっぱ話通じるなぁ」
大雅も郁も「読書家」「読書が趣味」とまでは言い切れない。それでも読まない人間は文字通りまったく読まないのを知っているので、相対的には読む方に入るのだろう。
これも、二人の共通点のひとつ。