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既に五十を過ぎた大島が、課長に昇進したのは五年前。
時勢を反映してか、課員には結婚しても子どもができても共働きを続ける者が多い。
大島の世代には当たり前だったように、皆が結婚するのが『普通』という状況はなくなって来ていた。そのため、中堅以上でも独身など珍しくもない。
それだけではなく、男性社員の妻が専業主婦であったり女性社員が結婚や出産で退職したりの方がむしろ少数派なのではないか。
そのため当然ながら、男女を問わず子どもを持つ部下も少なくなかった。
苦い反省も込めて、小学校の入学式だけはよほどのことがない限り出るように、と大島が説得する側に回っているのは皮肉なものだ。
我ながら「どの口が言うのか」と呆れるしかない。
今年も一人、三十代の男性社員の
和久井が該当する。しかも一人娘だと聞いていた。
「保育園の卒園式は妻に任せます。彼女の方は、今そこまで仕事も詰まっていませんから」
現在大島がトップを務めている課は、三月から四月に掛けてが特に多忙だ。しかも、それなりに遠距離の出張も入る。
できれば参列させてやりたいのはやまやまだったのだが、彼自身があっさりと断って来た。
その分、入学式には大島自身がどんな無茶をしてでも休ませてやると決めている。
たとえば「絶対に、何があっても」一人でも休んだら回らない仕事があるとすれば、それは課員ではなく管理する方の不手際に過ぎない。
しかも有給休暇は理由など問わない従業員の権利だ。
実際、会社側が休暇取得日を変更できる「時季変更権」を行使するような『特段の事情』がある状態ではないのだから。
「小学校の入学式は一生に一回しかないんだぞ!」
職場の現状を知る本人が遠慮するのに、昔の恥を打ち明けてまで納得させた。
そう、一回きりだ。
確かに、入学式自体はその後もある。中学校も高校も。しかし、生まれて初めての『入学式』はやはり子どもにとっては重みが違った。
それを、大島は身をもって知っている。