大きなクエストはすべて終わった。そして、今日からバージョン1の最後のメインストーリーを進めていく。
私がログインしたときには四人は揃っており、一日一回限定のやり逃してはならないラッキーダンジョンに向かっていた。
【女神の贈り物】(モンスタードロップや宝箱のアイテムが良い物になる。効果時間:一時間)『千
J』)
【女神の鑑定】(手に入るアイテムの性能が高くなる。効果時間:一時間)『千
J』
ラッキーダンジョンでは必須の御業を四人分。かなりの出費になるけれど、ここで惜しんではいけない。どう頑張っても金策をして全員の装備や強化アクセサリーを完璧に整えることはできないとなれば、運を女神に任せるしかない。この私にだ!
弟子入りクエストが終わっていないサーラちゃんとサクさんが、それぞれの修行クエストを頑張っているあいだ、ハヤトとエナコは装備を強化しに南方の町に向かった。
「こんにちは~」
「おめぇらか」
少しとっつきにくいロールプレイをおこなっているのは、サクさんと同じランディーという種族のデンチュウさん。装備に特殊な効果を付けたり強化をすることができる強化錬金術師というなかなかレアで難しい職業の人だ。その腕前はかなりのもので、雑誌でも紹介されるほどの強化成功率の高さを誇っている。
エナコは杖と魔具を買い替えるたびにせっせと通っていたので顔を覚えられていた。まぁ絵美ちゃんのこの性格のせいでもあるだろうけど。
「彼の防具に魔法耐性を乗せて下さい。それと、新しくした剣に斬撃力強化を」
「おめぇの杖は?」
「素材が足りなくて。頑張って四日以内に手に入れて持ってこないと」
「その日に何かあるのか?」
「その日までにメインストーリーの最終ダンジョンの主を倒さないとハヤト君にかけられた呪いが解けないの」
ハヤトから装備と素材を受け取りながらデンチュウさんは質問を重ねた。
「呪いって?」
「蘇生ができない呪いなんです」
「デスゲームにありそうな設定だな」
「設定じゃありません!」
「すまんすまん。メタな発言だった」
謝罪する彼にエナコは説明を続けた。
「彼は主人公なんです」
「「主人公?」」
私とデンチュウさんの声が重なった。
「蘇生できないという境遇でありながら危険な冒険するなんて、主人公以外の何者でもないでしょ!」
『主人公』もメタだとは思うけど、世の中にはそういった人生を送っている人もいるという解釈でよい?
「あんちゃん、本当かい?」
「まぁ、教会での蘇生がされないのは本当です」
言っていいことなのかな? ハッキリとは答え難いよね。
「え、まじ?!」
デンチュウさん、ちょっとだけ素が出ちゃったよ。
「そうかそうか、だったら気持ちを入れてやらにゃいかんな」
頑固で取っ付きにくそうな強化錬金術師というロールプレイに戻ったデンチュウさんの強化は成功し、また少しだけハヤトを解放に近づけた。
ゲーム内の数値が命を左右するなんて納得いかないけれど、その数値こそが命の支えであることは間違いない。
「ありがとね。最終日には来るから、デンチュウさんも今日よりレベル上げておいてよ」
「おうよ!」
彼は勢いのある気持ちの良い人だ。ロールプレイを『恥ずかしげもなく』なんてディスる人もいるけれど、そんなプレイで多くの人は楽しみ、人を楽しませている。
あぁ、できれば私も女神ではなくプレイヤーとして楽しみたい。そのためにはハヤトの救出を成功させなければならない。どんなに楽しいゲームでも、弟を殺した世界で遊ぶなんてまっぴらごめんだから。
ハヤトの恋とハヤトの失恋。ハヤトの死と蘇生。その合間には私の失恋もあった。絵美ちゃんを女神の使徒として送り込み、サクさんという最強の初心者と出会い、危うかったPvP事件とバーニングゴリラ戦を乗り越えた。
最終決戦まではもうフロンティアの内外で事件はないだろうと思っていたのに、そのどちらの事件も起こってしまう。
まず起こったのはゲームの外でのこと。ついに訪れた決戦の日に、出会ってはいけないふたりが出会ってしまったのだ。
***
昼過ぎまでのバイトを終えた私は、買い物に出てきたお母さんと合流して遅めの昼食を食べていた。稼いだお金でたまにはご馳走したいけど、それらはすべてジュエールへと変えなければならない。
親孝行できないことが心苦しい。そう思いながら食べたハンバーグステーキの味を私は忘れない。
スーパーで買い物を済ませて自転車置き場にやってくると、通りの向こうに見知った人の姿が見えた。それは向こうも同じだったようで、青になった信号を渡りながら声をかけてきた。
「弥生」
お母さんの名前を呼び捨てで呼ぶ人は限られている。私はその人がこれから口にするであろうことを予想して冷や汗が噴き出した。
「あら、翔子」
彼女は絵美ちゃんのお母さんだ。
「日奈ちゃん? 今日は戻ってきてたのね。絵美はどう? 迷惑かけてないかしら」
「どういうこと? 絵美ちゃんが何か?」
「何日か前から日奈ちゃんの部屋に泊っているのよ」
やっばーーーーい! 学生時代からの親友で地元に住んでいるふたりが顔を合わせるなんてあたりまえのこと。それを想定していなかった私は馬鹿だ。
「日奈子の部屋って、大学の部屋ってことよね?」
「そうよ。日奈ちゃんと一緒にって」
まずい、どうする。どうしたらいい。せめて隼人を別の場所に移すしかない。だけど、どうしたらいいのよ。助けて誰か。お願い!
「日奈子は今こっちに帰ってきてて、代わりに隼人が向こうに泊ってるのよ」
「え? ってことは今、向こうは隼人君と絵美のふたり?」
翔子さんとお母さんの視線が私の回答を求めている。先日は機転を利かせた私の有機頭脳だったけど今回はまったく働かない。
「日奈子、どういうことなの?」
狼狽が露わになりそうになったとき、私の頭に「仕方ないですね」と声が流れた気がした。直後にあるワードが脳を何度もかすめ、私はそれをどうにか掴み取った。
「えーとね、私の大学の友達がハヤトがやってるのと同じゲームにハマっちゃってさ。意気投合してその人の家に泊まり込んでやってるんだよね。だから急に部屋が空いちゃって。そのことを絵美ちゃんに話したら代わりに泊まりたいって」
うおー! もう後戻りはできないぞ。
「隼人はなんでそのことを言わないのよ」
「ひとり暮らしを体験したいって言った手前、言いづらかったのよ。ごめん、私も口止めされてたんだ」
「どなたの家に泊まってるの? 相手の親御さんにご挨拶しないと」
「その点は気にしないで大丈夫。立花君っていうんだけど、ひとり暮らしをしている人だから。ご両親に迷惑をかけることはないよ」
だめだ、私の心に何本もの針が刺さっていく。この嘘によって、吐き気をもよおすほどの罪悪感に襲われている私の心に、さらに極太の槍が刺さったのは次の瞬間だ。
「大原?」
なぜ今? なぜあなたが? なぜこの状況で?
私の名を呼んでこっちに寄ってきたのは立花君だった。
「日奈子の同級生?」
「はい、高校と大学が一緒なんです。立花っていいます」
「立花って、今の話にあった立花君?」
再び視線が私を刺し、終わった……と諦めた。
「ゲームのために隼人が泊っているって今聞いたの。ご迷惑じゃないかしら?」
突然こんなことを言われ彼は眉をピクリと動かし、私を一瞥してからお母さんに言った。
「迷惑だなんて。ゲームを教えてほしいって頼んだのは僕のほうですから。こちらこそ勝手なことしてしまって申し訳ありません」
彼の脳は量子コンピューターなの? こんなやり取りと私の表情や状況から察したのか、私にとっての最善の回答を言ってのけた。いや、そんな問題じゃない。私のために嘘を吐いてくれたのだ。人が良いにもほどがある。
「僕が責任をもってお預かりしますので、どうか心配しないでください」
私がここで驚き顔など見せては彼の嘘を台無しにしてしまう。だけど、このままここにいたらボロがでかねない。
「そのお礼するから。ね、立花君」
自転車に乗って立花君の手を取った私は、彼を引っぱりお母さんたちのもとを離れた。
「あれで良かったのか?」
「うん、あれ以上ないっていう対応だったよ。なんかもの凄い気を使ってもらっちゃって本当にごめんなさい。話の流れでついあなたの名前を出しちゃったの」
「つい僕の名前が出たのか」
「めちゃめちゃ助かったのよ。良かったらご飯どう? このあいだのパフェと合わせてお礼をさせて」
なんか勢いで誘っちゃったことに恥ずかしさを覚え、目を合わせることができない。数秒を置いて、引いている手から彼の歩速が落ちたことが伝わってきたので私は足を止めた。
「お誘いありがとう。だけど、このあと友達と予定があるんだ。大原も忙しいんじゃないのか?」
「うん、そうだけど」
夕方からは四人パーティーが揃うので、メインストーリーを進めることになっている。私がいなくてもとりあえずは大丈夫だけど、男性絡みの私用で参加しないのはあまり良いことじゃない。
「最優先することがあるんだから、それをしっかり片付けろよ」
彼は笑顔でそう言って帰っていった。
何を期待した? 隼人を助けることに全力を注ぐって決めたはずだ。万が一があっちゃいけない。
咄嗟に口裏を合わせてくれた彼の背に感謝をしつつ、私も急いで家に帰った。