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バーニングゴリラ

ー/ー



 心配だった金策についてはレガシー君に協力を要請し、さらにラッキーダンジョンで出た有用なアイテムも譲ってもらった。もちろん後日、利子を付けてお礼をするという約束のうえで。こんなことを了承してもらえたのはリアルフレンドのサーラちゃんさまさまだ。男は女に弱い生き物だから。そうだよね?

 村人は儀式をおこないたいと言って、ハヤトたちを村から追い出そうとするため儀式の場には近づけない。なので四人はイグニグオーリラに差し出す貢物に紛れ、儀式の場に運んでもらう作戦を決行した。日本の神話でこんな感じのお話があったよね。

 儀式の場で(はりつけ)にされた少女のまわりにハヤトたちは身をひそめている。日が昇り切って正午を迎えたとき、村の中心に立てられた歪な形の像のまわりに魔術陣が浮き上がり、少女の身体が赤く光り出した。

「いくぞ!」

 サクさんの掛け声で四人が飛び出し、磔になっている少女を救出する。彼女を覆っていた光が弾けて消えると、魔術陣が明滅しだした。

「なんてことをしてくれたんだ。魔術陣を維持する生命の力の補充ができなくなって、魔獣が復活してしまうぞ!」

 村長の説明チックなセリフが終ると台座に乗った像に亀裂が走り、そこから立ち昇った陽炎が一気に勢いを増して破裂した。

「あれが、イグニグオーリラか」

 歪な獣の像の中から現れたのは燃えたゴリラを彷彿とさせる魔獣だ。

「バーニングゴリラだ!」

 エナコが叫んだ横で「イグニス・グォリラ?」と、ネイティブな発音でサーラちゃんが言った。

「どういう意味?」

「たぶんですけど……火のゴリラみたいな意味かと思います」

 名前の由来が解明されたとき、バーニングゴリラは地面を叩いて感情をあらわにした。まるで窮屈な檻から解き放たれたかのよう。

「さぁ、やるわよ!」

 リーダーの号令によってフォーメーションが組まれた。そのなかには女神のサポートも組み込まれている。

【女神の聖衣】(守備力強化:中、魔法・ブレス防御:中、効果時間:一分)
【女神の羽根】(俊敏強化:小、効果時間:二分)

 サーラちゃんとエナコとハヤトが外に広がって、ゴリラが中心になるように立ち位置を調性。サクさんは足止めのために燃えるゴリラに向かっていった。

「包め、流れる風よ
 流せ、降り注ぐ脅威を
 エルスシェルト」

 女神の御業と白魔術の守りを受けてなお、バーニングゴリラの近くにいるとHPがジリジリと減少していく。それ以前に、これが戦いというものなのかよくわからない。ゴリラの生態はよく知らないけど奇妙な動きで、狂ったように暴れ回っているふうにも見える。そのため、サクさんは動きが読めず開始早々から大ピンチだった。

 作戦の第一段階は、サクさんがひとりで立ち向かい注意を引きつけ、残りの三人が結界の準備をするというモノ。懸命に戦う彼の姿に、「燃えちゃう、燃えちゃうよ」と私は思わず声が出た。

 魔炎獣という情報から火耐性を準備してきたけど、まさかバーニング状態のゴリラだなんて想像もできなかった。対策してなかったらきっと一瞬で終わっていたはずだ。だけど、推奨攻略レベルが五十以上はありそうなので、サクさんほどのプレイヤースキルがなかったら、火耐性うんぬん関係なく無理ゲーだっただろう。

「準備OK、やるよ!」

 エナコの指示で突き立てられた三本の杖が光で繋がりイグニグオーリラを囲んだ。

「大いなる女神アドミスよ、呪炎に狂いし獣を鎮め、敬虔(けいけん)なる汝の使途に、剣と盾を授けたまえ」

 結界術が行使されたとき、私の前にメッセージが現れた。

 『女神の使徒の結界に力を注ぎますか?』【YES】【NO】

 【YES】を押すしかないのだけど、その下に表示された注意事項が私の心に躊躇いを生みだした。

 『一秒で三十(ジュエール)消費していきます』

「こんちくしょうめ!」

 形成された正三角錐の結界が強く輝き、ゴリラを覆う呪炎が弱まった。この結界内ではゴリラは弱体化し、ハヤトたちの能力が高まるのだ。女神の神聖力(ジュエール)が続く限り。

「サクさん、ハヤト、頑張ってよ」

 ハヤトは彼の援護のために結界に飛び込み、サーラちゃんは白魔術の詠唱に入った。

「照らせ、太陽の恵みよ
 か弱き者の活力と成れ
 ライティングケアリオーラ」

 頭上から照らす光がサクさんの怪我を癒していく。これはサーラちゃんが新しく使えるようになった中距離用の治療系白魔術だ。

 レッドラインに向けてグングン減っていた彼のHPは、そのベクトルを変えて増えていく。火傷や傷は塞がってキレのある動きが戻った。だけど、戦いが続く限り一時しのぎにしかならない。ハヤトは当然として、まるでサクさんも痛みを感じているかのような形相だ。そんなアタッカーふたりの剣戟が乱れ舞う。

「やるよ!」
「はい!」

 後衛では、並んで立つふたりの女子が意思を交わし合った。

「解放せよ、【竜骨のタリスマン】」

 エナコはこの日のために用意した魔具を起動し、さらに新しく覚えた魔法の詠唱を開始する。

「集え 大気に満ちた命よ
 流れよ 大地を芽吹かす龍脈よ
 すべての力を繫栄の焚き木とし
 聖を育み邪を滅す荘厳な炎となれ」

 【竜骨のタリスマン】を使って溜め込んでいた魔力を上乗せし、本来ならば扱えない高レベルの魔法を行使した。
 続いてサーラちゃんも呪文詠唱を開始した。

「大地の波動 水の清爽 風の癒し 火の猛り
 世界を支えし精霊よ
 我を囲いし門を開き
 盟友の力となりたまえ
 エクスワールド」

 サーラちゃんの前方に光の輪が現れた。

「あの光輪の中に撃ってください!」

 これですべての準備は整った。ほぼ同時にサクさんがハヤトを庇って力尽きる。

 村人たちが恐れおののき見守るなかで、サーラちゃんが作った光の輪の後光を受けたハヤトがイグニグオーリラに向けて剣を突き出した。

「風爆」

 切っ先が爆発してイグニグオーリラの身体と炎を揺るがし、その勢いでハヤトも後ろに跳ねとんだ。

「炎殺……」

 呪炎によって火耐性の高いイグニグオーリラを倒す。そのためにエナコと私が考えた作戦は対属性による攻撃ではなく、さらなる高火力の火属性を叩き込むといったものだ。

「ブレイジングバーンロード」

 火属性の高い種族を火属性強化に育て、溜め込んでいた魔力を上乗せし、今買える最高級の杖を可能な限り強化して、現状最強の火属性魔法を完璧に詠唱した。それによって顕現した超大炎をサーラちゃんの白魔術と女神の結界によって増幅させる。

 これ以上は思いつかない一度きりの大魔法が、呪炎に狂う魔獣を飲み込んだ。

 サクさんは戦闘不能から復帰していない。サーラちゃんとエナコはすべてを出し切って戦闘能力は皆無。これでダメならお手上げなので、ハヤトは一目散に逃げることになっている。

 息を飲んで見守る中、流れ出る炎の大魔法の勢いが衰えていく。エナコが突き出している杖から先は、数十メートルが焼け焦げた黒い道になっていた。

 紫の炎に包まれていたイグニグオーリラは真っ黒な消し炭となって動かない。あらゆる物を焼き尽くす渾身の大魔法は見事に魔獣を焼き滅ぼした。そう思ったのに……ふたつのゴールドアイが静かに見開かれた。

 真っ黒なのは焼け焦げたからではなくて、光を反射しない体毛のせいだ。その身体は火傷どころか体毛の一本すら焦げているように見えない。

「そんなのあり?!」

 呪炎に守られていたとしても、さすがに無傷はありえない。一撃必殺すらありえるほどの魔法だったのだから。

 エナコもサーラちゃんも呆然としている。ハヤトは立ち上がって武器を構えてはいるけど気が揺らいでいるように見えた。

 私の焦りはこれまでで一番ひどくて動悸を起こす寸前だ。こっちはすべてを出し尽くしたのに相手は無傷で元気だなんて。ここから逆転する手立てなんてあるの? 一矢報いる手すら浮かばない。

「絵美ちゃん、ハヤトを逃がして!」

 絵美ちゃんの反応はない。それどころか、この場の誰も動かなかった。

「終わった……」

 ハヤトはあきらめの言葉を漏らして剣を下ろした。

 まだ終わってない。逃げられる。この心の声はハヤトには届かない。

「絵美ちゃん、どうしたのよ?!」
「終わったんです……あたしたちが勝ったんです!」
「どういうこと?」

 戦闘不能状態から一分ほど経過したサクさんが立ち上がる。エナコとサーラちゃんは顔を合わせて手を取り合った。

「やったー!」
「勝っちゃいました!」

 イグニグオーリラは顕在なのに、ふたりは勝利宣言をして喜んでいる。理由はまったくわからないけど、あれほど荒れ狂っていたバーニングゴリラも勢いがすっかり鎮火してしまっていた。

「もしかして、呪いの炎が消えたから?」
「たぶん。邪気みたいなモノも威圧みたいなモノも感じないんですよ」

 邪気? 威圧? そんなの感じてたってこと?

「もしかして、わたしの使った白魔術がエナコさんの魔法に影響を与えて、呪いの炎を聖なる炎で焼き尽くしちゃったのでは?」

 なるほど、それは一理ある……か? あるのか?

 そういえば、イグニグオーリラはこの国の守護者だって設定だった。呪炎によって狂ったから呪炎が消えて戻ったわけ?

「そうだとしても、なんで無傷なんでしょうか?」
「あたしも無傷なことには焦ったけど、よくよく考えたらこの魔法の詠唱に答えがあったよ」
「答えってなんです?」

 この謎にサーラちゃんも興味深々だ。

「最終節が『聖を育み邪を滅す荘厳な炎となれ』ってことだから。本体のゴリラは国の守護者でしょ? つまり『聖』ってことなんじゃない?」
「あぁ、そういうことですか」

 そんなふうに盛り上がっているあいだに、ハヤトは座り込んでいるゴリラに寄っていく。そこに村人が集まってきた。

「勇敢なる冒険者よ。聖獣様を助けていただきありがとうございます。そして、ご無礼をいたしましたことを深くお詫び申し上げます」

 苛烈を極めた戦いは濃密なれど一分という短さで終わった。それはつまり、結界に注がれた神聖力(ジュエール)が二千もなかったということだ。いつもみたいに二十分以上も戦っていたらと思うとゾッとする。

 ハヤトたちは村を救った英雄として称号と、村に伝わる秘宝を貰うことができた。さらに、魔炎獣イグニグオーリラ改め、聖獣ゴウオリアからは、聖獣の加護という超レアなパッシブ(常時発動)スキルを与えられた。

 【聖獣ゴウオリアの加護・極】(筋力値+10、体力値+10、魔力+10、HP+20、火耐性+25)

 これはエグイ、エグ過ぎる! これだけでもレベルが五個は上がったくらい強くなったのに、さらに好きな能力値に+5ポイント振り分けられるという大盤振る舞いだ。

「全ポイント火属性魔法強化に振っちゃった」

 エナコは私が目指していた炎の大魔道士の道を歩いている。ちょっと悔しい!

 アドミスがこのクエストを必須とした理由はわからない。しかし、強敵に見合うだけの思わぬレベルアップができた。だけど、これは敵に塩を送る行為? いや、アドミスは公平な女神を自称してるから……。解せぬ!



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 心配だった金策についてはレガシー君に協力を要請し、さらにラッキーダンジョンで出た有用なアイテムも譲ってもらった。もちろん後日、利子を付けてお礼をするという約束のうえで。こんなことを了承してもらえたのはリアルフレンドのサーラちゃんさまさまだ。男は女に弱い生き物だから。そうだよね?
 村人は儀式をおこないたいと言って、ハヤトたちを村から追い出そうとするため儀式の場には近づけない。なので四人はイグニグオーリラに差し出す貢物に紛れ、儀式の場に運んでもらう作戦を決行した。日本の神話でこんな感じのお話があったよね。
 儀式の場で|磔《はりつけ》にされた少女のまわりにハヤトたちは身をひそめている。日が昇り切って正午を迎えたとき、村の中心に立てられた歪な形の像のまわりに魔術陣が浮き上がり、少女の身体が赤く光り出した。
「いくぞ!」
 サクさんの掛け声で四人が飛び出し、磔になっている少女を救出する。彼女を覆っていた光が弾けて消えると、魔術陣が明滅しだした。
「なんてことをしてくれたんだ。魔術陣を維持する生命の力の補充ができなくなって、魔獣が復活してしまうぞ!」
 村長の説明チックなセリフが終ると台座に乗った像に亀裂が走り、そこから立ち昇った陽炎が一気に勢いを増して破裂した。
「あれが、イグニグオーリラか」
 歪な獣の像の中から現れたのは燃えたゴリラを彷彿とさせる魔獣だ。
「バーニングゴリラだ!」
 エナコが叫んだ横で「イグニス・グォリラ?」と、ネイティブな発音でサーラちゃんが言った。
「どういう意味?」
「たぶんですけど……火のゴリラみたいな意味かと思います」
 名前の由来が解明されたとき、バーニングゴリラは地面を叩いて感情をあらわにした。まるで窮屈な檻から解き放たれたかのよう。
「さぁ、やるわよ!」
 リーダーの号令によってフォーメーションが組まれた。そのなかには女神のサポートも組み込まれている。
【女神の聖衣】(守備力強化:中、魔法・ブレス防御:中、効果時間:一分)
【女神の羽根】(俊敏強化:小、効果時間:二分)
 サーラちゃんとエナコとハヤトが外に広がって、ゴリラが中心になるように立ち位置を調性。サクさんは足止めのために燃えるゴリラに向かっていった。
「包め、流れる風よ
 流せ、降り注ぐ脅威を
 エルスシェルト」
 女神の御業と白魔術の守りを受けてなお、バーニングゴリラの近くにいるとHPがジリジリと減少していく。それ以前に、これが戦いというものなのかよくわからない。ゴリラの生態はよく知らないけど奇妙な動きで、狂ったように暴れ回っているふうにも見える。そのため、サクさんは動きが読めず開始早々から大ピンチだった。
 作戦の第一段階は、サクさんがひとりで立ち向かい注意を引きつけ、残りの三人が結界の準備をするというモノ。懸命に戦う彼の姿に、「燃えちゃう、燃えちゃうよ」と私は思わず声が出た。
 魔炎獣という情報から火耐性を準備してきたけど、まさかバーニング状態のゴリラだなんて想像もできなかった。対策してなかったらきっと一瞬で終わっていたはずだ。だけど、推奨攻略レベルが五十以上はありそうなので、サクさんほどのプレイヤースキルがなかったら、火耐性うんぬん関係なく無理ゲーだっただろう。
「準備OK、やるよ!」
 エナコの指示で突き立てられた三本の杖が光で繋がりイグニグオーリラを囲んだ。
「大いなる女神アドミスよ、呪炎に狂いし獣を鎮め、|敬虔《けいけん》なる汝の使途に、剣と盾を授けたまえ」
 結界術が行使されたとき、私の前にメッセージが現れた。
 『女神の使徒の結界に力を注ぎますか?』【YES】【NO】
 【YES】を押すしかないのだけど、その下に表示された注意事項が私の心に躊躇いを生みだした。
 『一秒で三十|J《ジュエール》消費していきます』
「こんちくしょうめ!」
 形成された正三角錐の結界が強く輝き、ゴリラを覆う呪炎が弱まった。この結界内ではゴリラは弱体化し、ハヤトたちの能力が高まるのだ。女神の|神聖力《ジュエール》が続く限り。
「サクさん、ハヤト、頑張ってよ」
 ハヤトは彼の援護のために結界に飛び込み、サーラちゃんは白魔術の詠唱に入った。
「照らせ、太陽の恵みよ
 か弱き者の活力と成れ
 ライティングケアリオーラ」
 頭上から照らす光がサクさんの怪我を癒していく。これはサーラちゃんが新しく使えるようになった中距離用の治療系白魔術だ。
 レッドラインに向けてグングン減っていた彼のHPは、そのベクトルを変えて増えていく。火傷や傷は塞がってキレのある動きが戻った。だけど、戦いが続く限り一時しのぎにしかならない。ハヤトは当然として、まるでサクさんも痛みを感じているかのような形相だ。そんなアタッカーふたりの剣戟が乱れ舞う。
「やるよ!」
「はい!」
 後衛では、並んで立つふたりの女子が意思を交わし合った。
「解放せよ、【竜骨のタリスマン】」
 エナコはこの日のために用意した魔具を起動し、さらに新しく覚えた魔法の詠唱を開始する。
「集え 大気に満ちた命よ
 流れよ 大地を芽吹かす龍脈よ
 すべての力を繫栄の焚き木とし
 聖を育み邪を滅す荘厳な炎となれ」
 【竜骨のタリスマン】を使って溜め込んでいた魔力を上乗せし、本来ならば扱えない高レベルの魔法を行使した。
 続いてサーラちゃんも呪文詠唱を開始した。
「大地の波動 水の清爽 風の癒し 火の猛り
 世界を支えし精霊よ
 我を囲いし門を開き
 盟友の力となりたまえ
 エクスワールド」
 サーラちゃんの前方に光の輪が現れた。
「あの光輪の中に撃ってください!」
 これですべての準備は整った。ほぼ同時にサクさんがハヤトを庇って力尽きる。
 村人たちが恐れおののき見守るなかで、サーラちゃんが作った光の輪の後光を受けたハヤトがイグニグオーリラに向けて剣を突き出した。
「風爆」
 切っ先が爆発してイグニグオーリラの身体と炎を揺るがし、その勢いでハヤトも後ろに跳ねとんだ。
「炎殺……」
 呪炎によって火耐性の高いイグニグオーリラを倒す。そのためにエナコと私が考えた作戦は対属性による攻撃ではなく、さらなる高火力の火属性を叩き込むといったものだ。
「ブレイジングバーンロード」
 火属性の高い種族を火属性強化に育て、溜め込んでいた魔力を上乗せし、今買える最高級の杖を可能な限り強化して、現状最強の火属性魔法を完璧に詠唱した。それによって顕現した超大炎をサーラちゃんの白魔術と女神の結界によって増幅させる。
 これ以上は思いつかない一度きりの大魔法が、呪炎に狂う魔獣を飲み込んだ。
 サクさんは戦闘不能から復帰していない。サーラちゃんとエナコはすべてを出し切って戦闘能力は皆無。これでダメならお手上げなので、ハヤトは一目散に逃げることになっている。
 息を飲んで見守る中、流れ出る炎の大魔法の勢いが衰えていく。エナコが突き出している杖から先は、数十メートルが焼け焦げた黒い道になっていた。
 紫の炎に包まれていたイグニグオーリラは真っ黒な消し炭となって動かない。あらゆる物を焼き尽くす渾身の大魔法は見事に魔獣を焼き滅ぼした。そう思ったのに……ふたつのゴールドアイが静かに見開かれた。
 真っ黒なのは焼け焦げたからではなくて、光を反射しない体毛のせいだ。その身体は火傷どころか体毛の一本すら焦げているように見えない。
「そんなのあり?!」
 呪炎に守られていたとしても、さすがに無傷はありえない。一撃必殺すらありえるほどの魔法だったのだから。
 エナコもサーラちゃんも呆然としている。ハヤトは立ち上がって武器を構えてはいるけど気が揺らいでいるように見えた。
 私の焦りはこれまでで一番ひどくて動悸を起こす寸前だ。こっちはすべてを出し尽くしたのに相手は無傷で元気だなんて。ここから逆転する手立てなんてあるの? 一矢報いる手すら浮かばない。
「絵美ちゃん、ハヤトを逃がして!」
 絵美ちゃんの反応はない。それどころか、この場の誰も動かなかった。
「終わった……」
 ハヤトはあきらめの言葉を漏らして剣を下ろした。
 まだ終わってない。逃げられる。この心の声はハヤトには届かない。
「絵美ちゃん、どうしたのよ?!」
「終わったんです……あたしたちが勝ったんです!」
「どういうこと?」
 戦闘不能状態から一分ほど経過したサクさんが立ち上がる。エナコとサーラちゃんは顔を合わせて手を取り合った。
「やったー!」
「勝っちゃいました!」
 イグニグオーリラは顕在なのに、ふたりは勝利宣言をして喜んでいる。理由はまったくわからないけど、あれほど荒れ狂っていたバーニングゴリラも勢いがすっかり鎮火してしまっていた。
「もしかして、呪いの炎が消えたから?」
「たぶん。邪気みたいなモノも威圧みたいなモノも感じないんですよ」
 邪気? 威圧? そんなの感じてたってこと?
「もしかして、わたしの使った白魔術がエナコさんの魔法に影響を与えて、呪いの炎を聖なる炎で焼き尽くしちゃったのでは?」
 なるほど、それは一理ある……か? あるのか?
 そういえば、イグニグオーリラはこの国の守護者だって設定だった。呪炎によって狂ったから呪炎が消えて戻ったわけ?
「そうだとしても、なんで無傷なんでしょうか?」
「あたしも無傷なことには焦ったけど、よくよく考えたらこの魔法の詠唱に答えがあったよ」
「答えってなんです?」
 この謎にサーラちゃんも興味深々だ。
「最終節が『聖を育み邪を滅す荘厳な炎となれ』ってことだから。本体のゴリラは国の守護者でしょ? つまり『聖』ってことなんじゃない?」
「あぁ、そういうことですか」
 そんなふうに盛り上がっているあいだに、ハヤトは座り込んでいるゴリラに寄っていく。そこに村人が集まってきた。
「勇敢なる冒険者よ。聖獣様を助けていただきありがとうございます。そして、ご無礼をいたしましたことを深くお詫び申し上げます」
 苛烈を極めた戦いは濃密なれど一分という短さで終わった。それはつまり、結界に注がれた|神聖力《ジュエール》が二千もなかったということだ。いつもみたいに二十分以上も戦っていたらと思うとゾッとする。
 ハヤトたちは村を救った英雄として称号と、村に伝わる秘宝を貰うことができた。さらに、魔炎獣イグニグオーリラ改め、聖獣ゴウオリアからは、聖獣の加護という超レアな|パッシブ《常時発動》スキルを与えられた。
 【聖獣ゴウオリアの加護・極】(筋力値+10、体力値+10、魔力+10、HP+20、火耐性+25)
 これはエグイ、エグ過ぎる! これだけでもレベルが五個は上がったくらい強くなったのに、さらに好きな能力値に+5ポイント振り分けられるという大盤振る舞いだ。
「全ポイント火属性魔法強化に振っちゃった」
 エナコは私が目指していた炎の大魔道士の道を歩いている。ちょっと悔しい!
 アドミスがこのクエストを必須とした理由はわからない。しかし、強敵に見合うだけの思わぬレベルアップができた。だけど、これは敵に塩を送る行為? いや、アドミスは公平な女神を自称してるから……。解せぬ!